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    Categories: RMB金融

SWIFTランキングで日本円が再び人民元に抜かれる

SWIFTが公表する『RMBトラッカー』で、日本円と人民元の国際送金シェアが再逆転しました。ユーロ圏を含む国際送金において、日本円のシェアが5位に落ち、人民元のシェアが4位に浮上したのです。ただ、このシェアの逆転は、人民元が強くなったからというよりも、どちらかといえば日本円のシェアが減ったから、という側面が強いように見えます。そして、やはり人民元が国際的資本取引の世界で存在感を示すのは難しいようです。

トリレンマと人民元

人民元は世界の基軸通貨にはならない

果たして、人民元は世界の基軸通貨となるのか――。

これは、以前から個人的に注意深く見守っている論点のひとつです。

現在、中国の通貨当局は人民元の「オフショア市場」を創設し、世界各国と人民元建ての通貨スワップなどを精力的に締結し、さらにはデジタル通貨(俗にいう「デジタル人民元」)を発行し、「CIPS」と呼ばれる人民元の決済システムを導入するなどして、その使い勝手を急速に高めている、という状況にあります。

ただし、あくまでも「金融評論家」としての見解を申し上げておくならば、「人民元オフショア市場」、「人民元通貨スワップ」、「デジタル人民元」、「CIPS」といった個々の動きは重要ではあるにせよ、現在のところ、人民元が米ドルに代わる世界の基軸通貨となる、という可能性はありません。

その大きな理由は、「国際収支のトリレンマ」と呼ばれる国際収支均衡理論上の鉄則にあります。これは、①資本移動の自由、②金融政策の独立、③為替相場の安定、という3つの政策目標を同時に満たすことは絶対にできない、というものです。

このうち「①資本移動の自由」とは、「おカネが国境を越えて自由に行き来することができる状態」、もっといえば、「その国の株式や債券などを、外国人投資家が自由に売ったり買ったりすることができる状態」だと考えていただければ良いでしょう。

これこそまさに、その通貨が国際的に通用する通貨となるための「絶対に必要な条件」なのですが、ある理由があって、中国はこの「①資本移動の自由」を保証することができないのです。

資本移動の自由とは?

もっとも、日常生活を営んでいると、この「おカネが国境を越える」という点について、ピンとこない方も多いかもしれません。それもそのはずで、「おカネが国境を越える」ことのメリットを享受するのは、私たち一般人ではなく、銀行、保険会社、年金基金といった巨額のおカネを持った機関投資家だからです。

これについて考える前に、そもそも論について確認しておきましょう。

現代の国際社会では、「通貨」(おカネ)は国によって異なっており、たとえば日本だと「円」という通貨が使われていますが、台湾だと「新台湾ドル(新台幣)」、韓国だと「韓国ウォン」が使用されています。

(※ただし、例外として、ドイツ、フランスといった「ユーロ圏」では国が異なっていても同じ「ユーロ」という通貨を使っていますし、中国の場合は中国本土では「人民元」、香港では「香港ドル」、マカオでは「マカオパタカ」という通貨が発行されているなど、「国」と「通貨」の範囲は一致しないことがあります。)

そして、これらの通貨については、国境を越えて広く使用される通貨(俗にいう「ハード・カレンシー」)もあれば、その国の外ではまったく使い物にならない通貨(俗にいう「ソフト・カレンシー」、あるいは「ローカル・カレンシー」)もあります。

いったい何が「ハード・カレンシー」と「ソフト・カレンシー」を分けているのか。

その最大の要因は、おそらく、「その国の通貨当局が、自国通貨を自国以外の企業や国民にも使わせることを認めているかどうか」にあるのではないでしょうか。

たとえば、日本の場合だと、基本的に外国人の機関投資家が日本国内の債券や株式を売買するのは自由ですし、実際、2021年9月末時点で、外国人投資家が保有する上場株式は234兆7479億円、債券は213兆8420億円に達しています。

ちなみに外国人投資家が保有している金融商品は、株式市場では時価の30%、債券市場では時価の13%程度です。

外国人は日本の市場で資金調達することができる!

それだけではありません。外国人は日本の市場で株式を上場したり、債券を調達したりすることができます。

日本から溢れ出た5兆ドルもの国際与信は欧米に向かう』でも取り上げたとおり、2019年3月末時点における「円建外債」(いわゆる「サムライ債」)の発行額(※時価ではなく額面)を集計すると、その合計額は10兆円弱、といったところでしょうか(図表1)。

図表1 サムライ債残高(発行額ベース、2019年3月末時点)
国籍 発行額 構成割合
フランス 3兆3099億円 38.15%
豪州 8848億円 10.20%
英国 7221億円 8.32%
香港 7009億円 8.08%
韓国 3883億円 4.48%
メキシコ 3470億円 4.00%
オランダ 3234億円 3.73%
フィンランド 2380億円 2.74%
インドネシア 2000億円 2.31%
スイス 1974億円 2.28%
その他 1兆3638億円 15.72%
合計 8兆6756億円 100.00%

(【出所】日本証券業協会『公社債便覧第166号 2019年3月末現在』より著者作成)

金額としてみたら、あまり多いものではありませんが、それでも外国の企業・政府が日本の市場で自由に資金(日本円)を調達することができるというのは、日本円が外国にも開かれている、という証拠でしょう。

トリレンマで「どれを捨てるか」

トリレンマに足を取られる通貨当局

ただし、ここで先ほど指摘した「国際収支のトリレンマ」に照らすと、自国通貨を外国に対して開放してしまうと(つまり命題「①資本移動の自由」を達成してしまうと)、残りの命題「②金融政策の独立」、「③為替相場の安定」のうち、どちらか1つを捨てなければなりません。

このうち「②金融政策の独立」とは、政策金利や通貨供給量といった金融政策を、自分の国の実情にあわせて自由に調整することができる状態、と考えれば良いでしょう。

現在の日銀は、長引くデフレからの脱却を狙い、旺盛な量的緩和を行っていて、巨額の債券(国債など)を購入していますが、これも日本が金融政策の独立を重視している証拠です。

これに対し「③為替相場の安定」とは、為替市場が急変したりしないこと――たとえば、「1ドル=100円」と決められていて、その水準から為替相場が大きくブレたりしないことです。日本の場合、この政策目標を、基本的にはあきらめています。

というのも、日本は「①資本移動が自由」であり、かつ、「②金融政策が独立」しているため、仮に日銀が通貨供給量をさらに増やそうとすれば、国際的な投機筋はこれを見越し、日本円を売る(=円安になる)、といった動きが生じるかもしれないからです。

あるいは日本の金融政策がまったく変わらなかったとしても、米FRBが金融緩和の段階的縮小(テーパリング)に踏み切ると決めれば、米ドルの通貨供給量が減るとの連想から、相対的に日本円の価値が米ドルに対して下がる方向に向かいがちです。

しかも、日本の通貨当局(財務省)はもう10年以上、為替介入を行っていません。

基本的に、日本の通貨当局のスタンスとは、為替相場がよっぽど激変でもしない限り、為替介入はしない、というものであり、これは日本が「①資本移動の自由」、「②金融政策の独立」の2点を重視するため、「③為替相場の安定」を捨てている、という意味でもあるのです。

金融政策の独立を放棄する香港

ちなみに、世界には「①資本移動の自由」に加え、「③為替相場の安定」を重視するあまり、「②金融政策の独立」という目標を捨てている国もあります。その典型例が、通貨を米ドルにペッグしている香港や、通貨をユーロにペッグしているデンマークでしょう。

たとえば、香港の場合は1米ドル≒7.8香港ドル(厳密には上下0.05香港ドルのレンジ)にほぼ固定されており(つまり「③為替相場の安定」が重視されており)、また、「①資本移動の自由」については保証されているため、結果的に「②金融政策の独立」を放棄せざるを得ません。

具体的には、米FRBが金融政策を変更し、たとえばFF金利を引き上げるなどしたら、それに合わせて香港も基本的には香港金融管理局(HKMA)が政策金利を追随して引き上げてざるを得ません。つまり、香港では自国のインフレ率、失業率などと無関係に金融政策を決めなければならないのです。

はたして、中国にこれができるのでしょうか。

資本開放の覚悟ができていない中国

結論的にいえば、中国の金融当局は、「②金融政策の独立」、「③為替相場の安定」のどちらかを捨ててまで、「①資本移動の自由」を保証するだけの覚悟はできていないように見受けられます。

実際、中国の通貨・人民元は、2016年10月に国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)の構成通貨に組み入れられたのですが、その際、中国当局が使った手法が、「中国本土の金融市場の開放」ではなく、「中国本土から隔離された市場(=オフショア市場)の創設」というものでした。

そして、「人民元をIMFのSDRの構成通貨にする」という目標を達成した中国は、その後、オフショア市場の規模を成長させることなく、現在に至っています。

要するに、オフショア市場の規模を小さく留めておくことで、中国本土の為替市場(オンショア市場)に対する為替介入などを通じた為替相場の安定を確保する、というのが、中国の通貨当局にとっても大きな目標なのでしょう。

実際、中国当局は、いまだに外国の機関投資家に対し、自国の株式や債券などの自由な売買を認めていません。基本的には、「適格外国機関投資家(QFII)」という認定を受け、割り当てられた金額までしか売買ができないのです。

さらには、外国の企業や政府が中国本土で自由に債券を発行することは難しいのが実情です。

日本の場合は3つのメガバンクが中国本土で人民元建ての債券(いわゆる「パンダ債」)を発行したことがありますが(※昨年9月末時点で三菱UFJフィナンシャル・グループは当該債券を償還済み)、これは例外的なものと考えて良いでしょう。

一党独裁国家で資本移動の自由を認めてしまうと…?

ではなぜ、中国が「①資本移動の自由」を認めていないのでしょうか。

その理由は、中国の国内の金融市場が未成熟であり、「②金融政策の独立」と「③為替相場の安定」という2つの命題については、どちらも失いたくないからではないかと思います。

とくに中国のような独裁国家の場合だと、「③為替相場の安定」については必達の命題です。為替相場が変動し、輸出業者がそれにより不測の損害を被るような事態が生じれば、輸出業者の怒りの矛先が北京の中国共産党本体に向かいかねません。

また、「①資本移動の自由」については、これを簡単に認めるわけにはいかないという事情もあるのかもしれません。

もしも中国当局が「①資本移動の自由」を個人に対して認めてしまうと、14億人とされる中国の人民が、自分たちが所有している人民元という通貨を、いっせいに米ドル、日本円、ユーロといった外国通貨と両替しようとするかもしれず、そうなると人民元の価格は暴落します。

あるいは逆に、「①資本移動の自由」を機関投資家に対して認めてしまうと、人民元を使って儲けようとする機関投資家、ヘッジファンドといった市場の「ホットマネー」が中国に流入し、中国の通貨・人民元が急騰し、中国の輸出業者が大打撃を受ける、といった展開も考えられます。

だからこそ、中国としては、米ドル、ユーロ、日本円といった「国際通貨」に対して「①資本移動の自由」を認めるわけにはいかない、という事情があるのです。

人民元送金の未来

RMBトラッカーで「円と元が再逆転」

ただし、中国の通貨当局としては、人民元をいきなり米ドルやユーロ、日本円といった国際通貨なみに外国に対して開放するつもりはないようですが、その一方で、人民元の国際的な使用頻度については、少しずつ、引き上げようとしているようです。

こうしたなか、国際的な銀行間資金決済を担う機構「SWIFT」が公表する『RMBトラッカー』を眺めていると、興味深いことが発生していました。2021年12月のデータを見ると、「ユーロ圏を含むデータ」において、国際送金に占める人民元のシェアが日本円のシェアを再び上回っていたのです(図表2)。

図表2  通貨別決済ランキングとシェア(2021年12月時点)
ランク ユーロ圏含む ユーロ圏除外
1位 USD(40.51%) USD(42.66%)
2位 EUR(36.65%) EUR(38.16%)
3位 GBP(5.89%) GBP(3.74%)
4位 CNY(2.70%) JPY(3.21%)
5位 JPY(2.58%) CAD(1.99%)
6位 CAD(1.64%) CNY(1.91%)
7位 AUD(1.27%) AUD(1.27%)
8位 HKD(1.17%) CHF(1.21%)
9位 SGD(0.95%) HKD(0.83%)
10位 SEK(0.75%) SEK(0.70%)

(【出所】RMBトラッカーより著者作成。CNYが中国の通貨・人民元であり、それ以外についてはEURはユーロ、USDは米ドル、GBPは英ポンド、JPYは日本円、CADは加ドル、HKDは香港ドル、AUDは豪ドル、SGDはシンガポールドル、THBはタイバーツ、CHFはスイスフラン、SEKはスウェーデンクローナを意味する)

この『RMBトラッカー』では、「顧客を送金人とする決済額および銀行間決済額(SWIFT上で交換されたメッセージ)」の上位20通貨の順位と割合が毎月公表されており、人民元の決済シェアと順位を知ることができます。

図表2で見ると、「ユーロ圏を含むデータ」では、1位と2位は米ドル、ユーロが占め、3位が英ポンド、そして4位が日本円ではなく人民元となっています。

じつは、過去にも1度、2015年8月に人民元の月間決済シェアが日本円のそれを上回ったこともありますので、「円・元逆転現象」が生じるのはこれで2回目です。

はたして翌月以降も「円・元の逆転」という構図はこのまま定着するのでしょうか、それとも日本円が「4位」の座を取り返すのでしょうか。興味は尽きません。

人民元が増えたのではなく、円が減ったという可能性も!

ただし、このSWIFTのランキングについてはわりと変動が激しいことでも知られており、何らかの事情でいきなりある通貨の決済シェアが膨らむこともありますし、円安が進めば米ドルベースで測定される送金シェアが下落することもあります。

もっとも、2021年12月のランクの変動は、人民元のシェアが高まったからというよりも、どちらかといえば日本円のシェアが落ちたから、といった側面の方が強いかもしれません。

じつは、ユーロ圏を除外したデータでは、日本円は3位に入ることが多かったのですが、2021年1月以降は4位に沈むことが増え、決済シェアで英ポンドに抜かれてしまっているほどです。人民元がユーロ圏を含めたデータで日本円を抜いて4位に入ったことは、どちらかといえば一過性の現象と見るべきなのかもしれません。

(※余談ですが、SWIFTのデータだと、なぜかユーロ圏を含めたデータの方が、人民元の決済シェアの比率が高まるようです。ユーロ圏内で人民元の送金需要がそこまで強いものなのでしょうか、なかなかに大きな謎です。)

相変わらず使い勝手が悪い人民元

ただし、人民元の決済シェアがこのまま増え続けるのかどうかについては、現時点でなかなか見えてきません。中国が一部の国(たとえばトルコなど)に対し、人民元建ての輸出を増やしている、といった報道はあるのですが、人民元決済が広く全世界で広まっていくというものでもないからです。

いや、もちろん、中国の通貨当局が人民元の国際化を徐々に進行させていることは事実ですが、それと同時に、肝心の機関投資家の、たとえば債券取引の世界などでは、正直、人民元建ての債券など、ほとんど見向きもされていません。

想像するに、為替ヘッジ付きの投資戦略において、ヘッジ手段が限られている、ヘッジコストが高すぎる、などの点に加え、人民元建ての債券の利回り水準自体が機関投資家から見て魅力的ではない、債券の種類が限られている、などの問題点もあるのかもしれません。

(※あるいは、単純に為替市場で数十億円、数百億円といったレベルの資金を安定的に人民元に両替する市場が存在しないだけなのかもしれませんが…。)

人民元の通貨としての使い勝手が向上していないことを考えるならば、今回、SWIFTデータで順序の逆転が生じたからといって、人民元が「米ドルに代替する基軸通貨」に一歩近づいた、とまで見るのは、少し議論が飛躍しているように思えてならないのです。

参考:人民元シリーズ

なお、参考までに、当ウェブサイトで「人民元が基軸通貨となるか」について議論した一連の考察については、下記で閲覧可能です。

どうかご一読賜りますと幸いです。

新宿会計士:

View Comments (6)

  • 人民元決済のうち、決済外貨乏しい途上国への
    中国の騙しボッタクリ『債務の罠方式』での
    人民元貸付と支払の往復カウントが
    どれぐらいあるのか関心があります。

    ところで、
    >(※余談ですが、SWIFTのデータだと、
    >なぜかユーロ圏を含めたデータの方が・・・・謎です)
    についてです。

    欧州の国々には域内専用のTARGETなどの
    EURO決済ネットワークが発達しており、
    ユーロ加盟国間ではユーロでの決済にわざわざ
    国際通信ネットワークであるSWIFTを使わない
    取引が多いです。
    そのため、
    SWIFTを使った取引のみを集計したこの統計では、
    ユーロ圏を含めると、EUROの比率が下がって
    他の通貨の比率が上昇すると思われます。

  • 人民元は毛沢東しかいないのはダサくないか?

  • >もっとも、2021年12月のランクの変動は、人民元のシェアが高まったからというよりも、どちらかといえば日本円のシェアが落ちたから、といった側面の方が強いかもしれません。

    海外に設立した現地法人を拠点としての「素部材の現地調達・現地決済」が浸透し、円を介さずとも決済できてしまうようになったのも一因なのかなと思いました。

    企業としても儲けを円に換金せず、米ドルのままで保管した方が有利なことが多いのかと・・。

  • ちょっとずれるかもしれません。
    韓国資本(100%)の銀行が日本で営業していますね。
    さて彼の国の文化は嘘が得意。嘘が嘘では無くなっている国。
    と言う事は預金がある日突然無くなっていることもある。
    ということ。
    通貨スワップなど無くても日本から簡単に手当てできる。
    更に預金者は日本国から1000万円迄保証されている。
    なんか旨く出来てるようなとんでもない事が近く起きると思うのは私だけ?