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    Categories: 金融

ウクライナ侵攻で対露ドル停止なら人民元はどう出るか

ロシアのウクライナ侵攻が世界のブロック経済化の号砲となるのか――。ロシアがウクライナに軍事侵攻するとの懸念が高まっているなか、米国のジョー・バイデン大統領は19日、ロシアに「大きな代償を払うことになる」とした警告したうえで、ロシア企業がドルで取引できなくなるという可能性に言及したのだそうです。ただ、こうした金融制裁が実現した場合に、中国がどう出るのかについては、少し注意する必要があるかもしれません。

ロシアのウクライナ侵攻懸念

最近、ロシアがウクライナへの侵攻を狙っているのではないか、などとされる報道が相次いでいます。

たとえば、CNNは昨日、ウクライナ国防省が20日までに、ロシアのウクライナへの「侵攻がいつでも起きうる可能性がある」との最新の分析情報を明らかにした、と報じました。

ロシアの兵力集結ほぼ完了、侵攻いつでも可能 ウクライナ分析

―――2022.01.20 16:40付 CNNより

この分析結果によれば集結したロシア地上軍の規模は12.7万人以上とされ、また、「ロシアは欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)の分裂や弱体化を試みている」、「欧州大陸での安全保障を確保するため米国の対応能力を削ぐことも狙っている」などと指摘した、としています。

因縁浅からぬ両国

もちろん、ロシアが本当にウクライナに侵攻するのかどうかはよくわかりません。

ただ、もともとウクライナは旧ソ連を構成する国のひとつでしたし、地理的に見れば、ウクライナはロシアから見て南西に位置し、ウクライナ国境から首都・モスクワまでは、直線距離にして、500キロメートル弱しか離れていません。

そのウクライナは冷戦終結後、親ロシア派と親欧米派の政権が繰り返されてきたという事情もあります。

実際、2014年にロシアがクリミア半島やセバストポリ市を「併合した」のも、政変によって親露政権が倒れ、ヤヌコビッチ大統領(当時)がロシアに亡命したことがきっかけでしたし、ロシアからは「旧ソ連時代にロシアからウクライナに移管されたのを取り返しただけだ」、という言い分も聞こえてきました。

さらには、ロシア系住民が多いとされるウクライナ東部(ドネツク州、ルガンスク州)がウクライナからの独立宣言を行い、その両州に対しロシアが自国パスポートの付与をはじめ、さまざまな支援を行っている、という問題もあります。

こうした動きも、ロシアがウクライナに対してかけているさまざまな圧力の一環と見るべきなのかもしれません。

米国にとって「金融制裁」は「もうひとつの武器」

ただし、ウクライナ自身がNATOに加入していないという事情などもあり、欧米側としても、仮にロシアがウクライナに軍事侵攻したとしても、ロシア軍と直接対決するというのは難しいのが実情です。

この点、米メディア『ウォール・ストリート・ジャーナル』(WSJ)によると、米国はNATOに加盟するバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)が米国製の武器をウクライナに移動することを許可した、などと報じています。

米、バルト3国によるウクライナへの武器移動を許可

―――2022 年 1 月 21 日 07:05 JST付 WSJ日本版より

しかし、これにしても「武器移動の許可」であり、「米軍が直接、ロシアのウクライナへの侵攻を防ぐ」という話ではありません。

もっとも、こうしたなかで、もうひとつ、興味深い話題もあります。米国が持つ「武器」は、軍事的なものに限られない、という話です。

ロイターなどのメディアによると、米国のジョー・バイデン大統領は19日、もしロシアがウクライナに本格的に軍事侵攻すれば「大きな代償を払うことになる」としたうえで、具体的にはロシア企業がドルで取引できなくなるという可能性に言及したのだそうです。

米大統領、ロシアのウクライナ侵攻を予測 ドル取引停止を警告

―――2022年1月20日7:50付 ロイターより

このあたり、たしかにロシアにとってはそれなりの打撃でしょう。

現実問題として、米ドル自体が世界の基軸通貨であり、米国と敵対する国(たとえば北朝鮮やイランなど)も含め、基本的には世界の多くの人々が、米ドルという通貨を信頼し、保有したがっています。

また、米国の対イラン制裁でも見られたように、「ドル決済圏」~の排除は、「国際通貨」を持たない国には、大変に強烈な経済制裁手段となり得ます。

中国はどう出る?「人民元経済圏」という懸念

ただし、こうした話題を目にしたときに、ふと思い出すのが、「人民元の国際化」という論点です。もっといえば、仮に「ドル経済圏から排除されたロシアが、中国の人民元を使用することで、米国の経済制裁から逃れることはできるのか」、という視点です。

その際、中国とロシアからなる「人民元ブロック経済圏」が発足し、トルコ、北朝鮮、スリランカ、パキスタンなどが「人民元経済圏」に所属することで、米ドルの基軸通貨体制を揺るがすことになるのかどうかについては、ひとつの知的ゲームとしては、興味深いところでしょう。

これに対する回答としては、「現時点においては人民元が米ドルに代替する基軸通貨となる可能性は高くない」、というのが当ウェブサイトなりの見解です。

昨年11月以降、当ウェブサイトにて断続的に掲載してきたとおり(※本稿末尾に記載)、中国は自国通貨・人民元を国際的に広めるという野心を持っているのですが、どうもこれについてはうまく行くかどうかがよくわかりません。

そもそも論ですが、人民元自体が現状において、国際的な資金市場ではほとんど取引されていないという統計的事実がありますし、中国の通貨当局としても、「国際収支のトリレンマ」という鉄則をよく知っていますから、全面的な資本取引自由化には及び腰です。

ただし、今回の米露対決局面をきっかけに、中露両国がさらに深く結びつき、親中諸国、親露諸国、北朝鮮などとともに、「一種のブロック経済圏を形成する」、というシナリオについては、十分に考えられます。

そうなると、たとえば西側諸国から経済制裁を喰らい、米ドルや日本円などの調達ができなくなっている北朝鮮が、将来的には人民元建て・ルーブル建てで債券を発行することで、中国やロシアなどから物資を輸入することができるようになる、というのは、たしかに嫌なシナリオではあります。

もちろん、中国やロシアが北朝鮮に対し、そんなことを許せば、それこそ日米欧諸国としては、中露両国に対してそれなりの厳しい対応を取る、という可能性もありますが、それと同時に欧州は天然ガスをロシアに依存しているという事情もあり、西側諸国で足並みがそろうという保証もありません。

いずれにせよ、中国やロシアの動きについては、「通貨論」という視点から眺めると、また違った動きが見えてくるのではないかと思う次第です。

参考:人民元は基軸通貨にならない

なお、当ウェブサイトで昨年掲載した「中国の金融覇権」に関する一連の論考としては、次のようなものがありますので、ぜひともご参照ください。

新宿会計士:

View Comments (8)

  • ロシアは中国に原油や天然ガスを輸出しています。中国から見ると,原油に関してはサウジアラビアからより多くの原油をロシアから輸入しています。中国からロシアへの輸出品に関して,それ以外の大きなものは思いつきません。ロシアは中国からの輸入超過で赤字です。
    軍事面を含めた中露関係は,非常にデリケートで微妙なところがあります。GDPでは中国はロシアの4倍で,軍事的にも中国はロシアにとって脅威です。中国も過去にロシアから侵略されたことがあり,信用はしていないでしょう。アメリカより中国のほうが,何をしでかすか分からないところもあるでしょう。現在は,アメリカが中露の共通の敵なので,敵の敵は味方という法則で表面上結びついています。でも,共同してアメリカと戦うというよりは,相手にアメリカに戦わせて,自分は漁夫の利を得よう,という姿勢なので,ロシアが困ったら中国が助ける,という構図にはならない気がします。

  • いつも秀逸な記事をご提供いただいてますが
    今回の記事はいつにもまして示唆に富んだ
    内容と感じます。

    プーチンがウクライナ侵攻し
    ロシアが米ドル決裁網から
    締め出されても
    欧州ユーロが同調しなければ
    工業製品輸出国でないロシアは
    その場合あまり困らないでしょう。
    まあ、それを理由に
    韓国さんがイランのケースと同様に
    ラッキー♪と原油代金踏み倒しに
    走ることもあるでしょう。(笑)
    なお、
    半島韓流メディアでは、
    SWIFT網を遮断? とありましたが、
    SWIFT自体はベルギーに本拠を置く機関で
    米国のものではありません。

    米ドル・ユーロともロシアを締め出せば
    新宿会計士さまのご懸念の、
    中国人民元でのブロック経済圏は
    あり得るシナリオで、
    私達民主主義国家グループは
    中露朝+αの無法国家グループ
    みたいなものと対峙をしなければ
    いけないという厄介な事態に陥ります。

    • 「中露朝+αの無法国家グループ通貨圏」は成立するのでしょうか?
      資源がいくらあっても、食糧は賄えないような気がします・・。

      • カズさま コメントありがとうございます。

        中露朝+α(Kかも?)が結集する
        「無法国家グループ通貨圏」は
        ご指摘の食糧以外でも
        構成国のGDP全部足しても
        鼻息が荒いだけで(笑)
        G7日米欧の民主主義国家グループに
        まったく及びません。

        でもそこは、独裁国家の強みで
        あのズタボロ国家北朝鮮の見本もあるので
        突き進んでしまう可能性はあると思います。

  • 「ドルが使えない?ふ~ん、じゃあ、ユーロで取引するからいいよ」となりそうな気もします。中露両国相互の潜在的警戒心を考えれば、「じゃあ人民元で」という選択肢はまずないと思います。

  • 納豆にウクライナと日本を加入させた、新ワルシャワ条約機構を作れば面白いかも

    • 納豆にウズラタマゴなら
      日本でもありますが?

      東側の旧ワルシャワ条約機構に
      キムチと支那竹を足したのが
      無法国家グループの
      新ワルシャワ条約機構どんぶりかと。

  • ロシアの目的は、旧ソ連時代の領土確保が前提条件です。
    これは中共の一路一帯計画のウィーンや中東迄を旧中国領土だと思っている
    事と同じです。
    ウクライナはロシアが西欧からの侵略に対応する障壁ともいうべき国又は地域です。
    ロシアとしては確保を望む事は十分に考えられる事です。
    問題はロシアが現在の状況からして、1)ウクライナ全土を狙うのかどうかです。
    2)ウクライナの真ん中にドニエプル川があり、東側だけで今回は我慢するかどうか。
    3)それとも中共みたいに、今回は見送りにし次代を待つ事ができるか
    米国がルーブルを米ドルから切り離すとした場合、思い出されるのがCOCOMです。
    中共と一緒にセカンドCOCOMを直ぐ始めるにしても、米国に未だサムソン。TSMCの
    半導体工場は出来上がっておりません。
    さらに独国は昨年12月末に原発6基あった内の3基を停止させる事をしたそうです。
    仏国での原発事故に伴い、独国内の電力状況が凄く怪しくなっている状況です。
    そうなると独国はエネルギーを露国の天然ガスに握られるという事になり、米国が
    セカンドCOCOMしたくても、欧州(特に独国)により、制裁する事が非常に
    難しい状況となります。 
    人民元とルーブルの経済圏ができるとして、どちらが主導権を取る事になるのでしょうか? 
    見かけは人民元の方が大きく見えますが、露国が黙っている訳でもなく、共通の経済圏を
    作る事は難しいと思います。 COCOM時、世界はドル圏とルーブル圏の2つに分かれて
    いたように統合経済圏は作れないと思います。
    露国の諺にタタールの軛(モンゴル帝国の支配)があり、シベリア地域のへの中共人の進出に苛立っている事もあり、中共とロシアが仲が良いとは思えません。
    ただ、どちらも相手を利用したいという気持ちは濃厚です。(特に米国に対し)