北朝鮮の奇妙な物価安定の理由は「紙幣不足」だった?

当ウェブサイトでときどき取り上げる話題のひとつが、「恒常的な物資不足等で経済が困窮しているはずの北朝鮮で、なぜか物価が安定しているように見えること」の不思議さです。これについては以前から当ウェブサイトで申し上げているとおり、結論からいえば、経済学の鉄則で十分に説明可能です。モノ不足と同時に「カネ不足」も生じていると考えれば、なにも矛盾しません。そして、こうした当ウェブサイトの仮説が正しかったという可能性を示唆する記事が出て来たようです。

北朝鮮で食糧難なのに物価安定の怪

韓国メディア『聯合ニュース』(日本語版)に昨日、こんな記事が掲載されました。

北朝鮮で深刻な食糧難 正恩氏「一粒残さず収穫せよ」=韓国情報機関

―――2021.10.28 20:29付 聯合ニュース日本語版より

これは、北朝鮮の独裁者で朝鮮労働党総書記でもある金正恩(きん・しょうおん)が「ごはんを食べる者は全員農村の支援に行け」、「一粒残さず収穫せよ」と指示した、というわだいです。情報源は韓国の国家情報機関である「国家情報院」(国情院)が28日、国会で議員に対して明らかにしたものだとか。

情報源が情報源だけに、若干信憑性の問題もないではないのですが、ただ、少なくとも北朝鮮で、コメやトウモロコシの供給が潤沢になったという話は聞きません。

では、実際に北朝鮮の物価は現在、どうなっているのでしょうか。

アジアプレス・ネットワーク』というウェブサイトの『<北朝鮮>市場最新物価情報』というページには、北朝鮮ウォンで測定された北朝鮮の主要4品目(ガソリン、軽油、コメ、トウモロコシ)の物価と、1米ドル、1人民元あたりの北朝鮮ウォンの為替相場の推移が掲載されています。

『アジアプレス・ネットワーク』のウェブサイトで現時点の物価を確認すると、ガソリンや軽油の価格が再び高騰しているようですが、やはりコメ、トウモロコシの価格は安定しており、また、対人民元、対米ドルの為替相場も多少の乱高下は見られますが、ウォンが両通貨に対し暴落していくという傾向は見られません。

どうもこれだけの情報を見ると、物資不足のはずなのに物価が安定しているというのは大変に不思議な現象に思えてなりません。

北朝鮮の物価はときどき乱高下するものの意外と安定

ただ、北朝鮮の物価や為替相場については、ほかにも不思議な動きは多々見られます。

たとえば、今年6月頃に、とくにコメ、トウモロコシの価格が暴騰する(=コメ、トウモロコシと対比した北朝鮮ウォンの価値が下落する)一方で、為替相場については下落(=米ドル、人民元と対比した北朝鮮ウォンの価値は上昇)するという、これもまた非常に不思議な現象が見られました。

やはり、北朝鮮の物資不足という報道は、ウソなのでしょうか。

国連安保理の経済制裁は北朝鮮にまったく打撃を与えていないと考えるべきなのでしょうか。

これについてどう考えれば良いかについては、『「物資不足」なのに「物価安定」?北朝鮮経済の謎解き』などを含め、以前から当ウェブサイトでは、北朝鮮の物価に関し、さまざまな仮説を立ててきたところですが、結論からいえば、「モノ不足」だけれども「物価が安定している」という事象は、お互いにまったく矛盾しません。

現時点の暫定的な仮説は、こうです。

北朝鮮では物資不足とともに『紙幣不足』も生じており、自国通貨・ウォンで測定した物価は乱高下しつつも結果的には安定している」。

モノの値段=カネの値段

これは、仮説としてはあくまでも理屈のうえで考えられるものに過ぎませんが、個人的には北朝鮮の物価現象を説明するものとしては、非常に良い仮説だと自信を持っています。

いったいどういうことかといえば、「物価」とは「モノの値段をカネで測定した指標」であるとともに、「カネの値段をモノで測定した指標」でもある、という意味です。

世の中の経済・金融評論家の方々を眺めてみると、この視点を持っている人は非常に少ないと思います(当ウェブサイト以外でこの点をかなり以前から指摘されているのは、経済評論家の上念司さんくらいでしょうか)。

酷い場合には、「共産主義国の北朝鮮の経済を自由主義国の尺度で見ても正確なことはわからない」といったことを主張する方もいらっしゃいますし、ごくまれに、当ウェブサイトにもそんな趣旨のコメントが寄せられることがあるのですが、正直、「共産主義」云々のくだりは不勉強の極みです。

当たり前の話ですが、経済学の鉄則は、「世の中のありとあらゆるモノの価値はすべて需給で決まる」、というものです。

モノの供給に対して需要が大きければ価値は上がりますし、モノの供給に対して需要が小さければ価値は下がります。これは、自由主義であろうが共産主義であろうが、貨幣経済であろうがなかろうが、まったく同じことがいえます。

このような経済学の鉄則からすれば、「もしも北朝鮮で紙幣不足が生じているならば」、物資不足であるにも関わらず、物価がときどき乱高下をしながらも奇妙に安定していることについては十分に説明がつくのです。

(※余談ですが、「共産主義の北朝鮮の経済を自由主義の尺度で論じるな」などとおっしゃる方は、前世紀に共産主義経済が破綻した理由が需給メカニズムを無視した計画経済にあったという点を学ばれた方が良いと思う次第です。)

ソマリアシリングという事例がありまして…

ただ、このように議論していくと、「北朝鮮ウォンなんてしょせんは紙屑でしょう」、「自国民からも信頼されていない紙幣で物価を議論しても仕方がないのではないか」、といった、これまた驚くほど無知なコメントが出て来ることもあるのですが、こうした認識は正しくありません。

当ウェブサイトにしばしば優れたコメントを残してくださる「とある福岡市民」様というが教えて下さったエピソードに、大変面白いものがあります。

たとえば、ソマリアでは、1991年に無政府状態に陥り、中央銀行が機能停止状態に追い込まれましたが、その中央銀行が発行していた「ソマリアシリング」は、発行体が破綻しているにも関わらず、紙幣がいまだに流通しているのだそうです。

いや、新たな紙幣が発行されず、1991年以前に発行された紙幣は汚損などにより徐々に流通量が減っているとみられるため、むしろ希少価値は上昇しているのかもしれません。

北朝鮮の場合、ソマリアと違って発行体は存在していますし、むしろ北朝鮮政府は自国の人民を迫害する強圧的な政府でもありますので、その支配下にある北朝鮮全土では北朝鮮ウォンが広く使用されていると考えるのは自然な話でしょう。

したがって、北朝鮮で自国紙幣が刷れなくなれば、モノ不足が生じていたとしても物価は安定するか、むしろ下がる可能性が出てくる、というわけです。

財政難で紙幣すら印刷できない北朝鮮

こうしたなか、その仮説の正しさを間接的に裏付けるような記事が、先週、アジアプレス・ネットワークに掲載されていました。

<北朝鮮内部>財政危機で紙幣の印刷不能に 臨時金券「トンピョ」発行で代替図るも不信拡大

―――2021.10.22付 アジアプレス・ネットワークより

これが、大変に興味深い記事です。

北朝鮮で財政難が深刻化し、国家機関や国営企業の資金繰りが悪化した結果、「紙幣の印刷もできなくなった」というのです。

アジアプレス・ネットワークによると、8月末頃から、行政や党の機関、国営企業、工場などの資金繰りが悪化し、銀行でも現金の引出や送金を受け付けなくなったとの情報が「頻繁に伝わってくるようになった」のだそうであり、最近では「トンピョ」などと呼ばれる臨時の金券が発行されているのだそうです。

これについては、当初、「市中から外貨を吸収するのが目的ではないか」との分析も出て来ていたようであり、実際、当ウェブサイトでも『住民から外貨紙幣奪う?北朝鮮当局の外貨不足深刻化か』でそのような仮説を紹介したことがあります。

ただ、アジアプレス・ネットワークは、この「トンピョ」を発行した目的は、「資金難にあえぐ国家機関、国営企業、工場、銀行の救済という側面が強い」と指摘しているのですが、これは「中国から紙とインクが入って来なくなり、一時的に国産品で印刷せざるを得なくなった」ということだそうです。

もっとも、中国から紙とインクが入って来なくなった理由について、アジアプレス・ネットワークは「外貨不足」を挙げているようですが、これについては単純にコロナ危機で中国との物流が止まっているため、という可能性もあるでしょう。

いずれにせよ、「北朝鮮の物価が安定している」かにも見えるという現象は、「北朝鮮の経済が安定している証拠」ではないことだけは間違いないと考えて良いでしょう。

読者コメント一覧

  1. とある福岡市民 より:

    > 紙幣の印刷もできなくなった

     悲しすぎる……

     ベネズエラでは通貨「ボリバル」をデジタル通貨にして、紙幣の発行コストを抑える(発行自体はしてるそうです。表裏同じデザインですけど)事をしてました。北はデジタル通貨にするネット環境が整ってないのでしょうね。

     紙幣の印刷もできない、デジタル通貨を使えるインフラがない、となれば信用を担保にした手形取引もできますけど、社会主義国では難しいでしょうね。裏切り密告が奨励される社会ですから、誰も信用できませんので。

    1. sey g より:

      日本が来るまで、物々交換していた朝鮮。彼等に貨幣経済は、難しかったのかなー。
      西側諸国との関係が切れたら 李氏朝鮮に収束するのかも。

  2. 閑居小人 より:

    米国とカリオストロ公国と北朝鮮だけが米ドル札を作れるとされていますが、国連制裁と武漢肺炎のせいでインクと用紙が調達できないらしいなんて、武漢肺炎も唯一良いことをしています。
    ミサイルを打つ資金と資材はどうやって調達しているのでしょうか。
    北朝鮮の交易国(特に武器)を締め上げるよい方策があればいいですね。

  3. サムライアベンジャー より:

     肝心のデータらしいデータがないので、北朝鮮の内政、経済を分析するのは難しそうですね。

     北朝鮮国民はすでにモノ不足・供給不足には慣れていて、物々交換、闇市、自給自足経済なのではないでしょうか。

     いずれにせよ、どんなに国民生活が荒れても、クーデターが起きてキム王朝支配が揺らぐことはなさそうですよね。どんな悪政が続いても500年も続いちゃうのが半島の伝統なので。

  4. がみ より:

    スーパーKと言われた偽ドル紙幣の印刷も出来なくなったか…

    仮想通貨をかき集めていたようですが、電力確保出来ないとパーですし、昨年実際起きたのですが露北朝国境近くのロシアの発電所が発電やめて送電供給受けてた東北部の中国と北朝鮮が真冬にパニックになった経緯も聞いてます。

    ソマリアもなんですが、アフリカ諸国のほとんどの国が自国で紙幣を印刷出来ず(偽金の作られないレベルの印刷技術と紙技術が無い)、主にフランスで造幣しています。
    欧州のアフリカ紙幣印刷を請負う国家って潰そうと思えば大量に紙幣供給するだけでも相手国経済を破壊出来るんだなぁと当時思いました。

    私がアフリカにいたのは30年も前になりますが、西側がじゃぶじゃぶ金注ぎ込んでる経済優等生ケニアですら地方に行くと最早土に還ろうとしているレベルの紙幣しか流通してませんでした。

    当時現地のWHO職員とかに「肝炎の最大感染源は紙幣だから気をつけてね♪」って言われてましたね。

    「韓紙は5000年の耐久性」らしいのですが、紙の原料まで食べ尽くしたんですかね?

    ちなみに昨日の北朝鮮政府の公式報道で5万人近くPCR検査をしたが1人の新型コロナウィルス陽性者も居なかったたそうですから居ないんでしょう。
    食糧自給もエネルギー源にも困っていないと政府公式広報が言っているので他国が心配することでは全く無いですね。
    安心安心…

  5. 悪寅狗 より:

    過去スレ(住民から外貨紙幣奪う?北朝鮮当局の外貨不足深刻化か)のコメント欄でも貼らせていただきましたが、偽造する価値すらないといわれていた北朝鮮ウォン札の偽札が出回っているようです。
    https://news.goo.ne.jp/article/dailynk/world/dailynk-141491.html
    この記事によれば、困窮した一般市民が民生用のプリンターでコピーした偽札とのことで、見つかったら厳罰を免れ得ない偽札作りににまで手を出しているとあります。
    これは想像ですが、この偽札は臨時金券「トンビョ」の偽札なのかもしれませんね。
    もはや物々交換もままならず、食料や物資を得るのに偽札に頼らざるを得ないという話かもしれません。

  6. クロワッサン より:

    >ただ、アジアプレス・ネットワークは、この「トンピョ」を発行した目的は、「資金難にあえぐ国家機関、国営企業、工場、銀行の救済という側面が強い」と指摘しているのですが、これは「中国から紙とインクが入って来なくなり、一時的に国産品で印刷せざるを得なくなった」ということだそうです。

    紙とインクが無いなら、金一族の写真を紙幣として使えば良いのに。

    日本だと一万円札、五千円札、二千円札、千円札だから、金日成、金正日、金正恩、金与正の四人で丁度良いです。

    1. sey g より:

      金与正は2千円札ですかね。

      1. クロワッサン より:

        sey g さん

        ですかね。

        不倫や近親相姦をネタにする腐女子の先駆けと与正姫を同格にする事を、姫が光栄に思ってくれる事を期待してますw

    2. とある福岡市民 より:

      人に贈る時は金日成(キムイルソン)の写真一枚を封筒に入れて「金一封」(キムイルボン)ですね。

      1. クロワッサン より:

        とある福岡市民 さん

        上手いです!

  7. バシラス・アンシラシスは土壌常在菌 より:

    ということは、一万円札どころかドル札や韓国ウォン、人民元ですら
    もはや北朝鮮は印刷できないっことか

  8. sqsq より:

    物の価格は需給で決まる。その通りだが、前提として金を出せば物が買えるという、「市場」が存在しているのか疑問だ。北朝鮮の紙幣を持って商店に行けば好きなだけ米が買えるのか。
    米に高値が付けば、高値で売りたいと思う農家から追加で米が出てくるのか。
    この前提があれば北朝鮮の米の価格は需要と供給の出会う所で決まると言えるかもしれない。
    私がこのようなことを言うのは80年代にミャンマーを旅行した時の記憶があるからだ。
    国営のホテルで国産のビール(マンダレービール、今でもあるのだろうか)にはチャットの定価が付されていた。ただし「あれば」のはなし。国営ホテルに配給される国産ビールは闇市場に流れて、宿泊客は買えない。ところがホテル近くの中華料理屋では、もっとおいしい密輸の「アンカービール」(シンガポールのビール)が飲めるのだ。チャットなどいくら持っていても相手にされない。米ドルしか受け取らない。この例は「物の価格は需給で決まる」に合致している。
    ただし交換価値のある米ドルの世界だ。
    北朝鮮でウオン紙幣を使い、欲しいものが、好きなだけ買えるとは到底思えない。そこで決まるウオン価格とは需要と供給を反映したものなのだろうか。

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