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インドネシアと更新「スワップ外交」に死角はないのか

事実上の「三角スワップ」になっていませんか?

本稿は、ショートメモです。日本の財務省は本日、インドネシアとの通貨スワップ協定を延長したと発表しました。引出上限金額・引出可能通貨といった条件は従来とまったく変わらず、日本は引き続き、アジア6ヵ国との通貨スワップ協定をそのまま維持しています。一方、中国との為替スワップについては今月25日に失効します。

日尼通貨スワップの更新

財務省は本日、日本とインドネシアが従来の通貨スワップを延長したと発表しました。

日=インドネシア間の二国間通貨スワップ取極を改正しました

―――2021年10月14日付 財務省HPより

条件は、従来と変わりません。

「インドネシア側からの要請により、自国通貨・ルピアを227.6億ドル分の米ドルまたは日本円と交換することが可能」とするものであり、契約期間について発表はありませんが、おそらくは本日以降、3年間ないし5年間有効なのだと思います。

また、日本の財務省がアジア諸国と締結している通貨スワップは、次の6本で変わりません(図表1)。

図表1 日本の財務省がアジア諸国と締結する通貨スワップ

契約相手 交換条件(相手国要請時) 相手国要請時の上限
インドネシア中央銀行 尼ルピアを米ドルか日本円と交換 227.6億ドル
フィリピン中央銀行 比ペソを米ドルか日本円と交換 120.0億ドル
シンガポール通貨庁 星ドルを米ドルか日本円と交換 30.0億ドル
タイ中央銀行 泰バーツを米ドルと交換 30.0億ドル
マレーシア中央銀行 馬リンギットを米ドルと交換 30.0億ドル
インド準備銀行 印ルピーを米ドルと交換 750.0億ドル
合計 1187.6億ドル

(【出所】財務省『アジア諸国との二国間通貨スワップ取極(2021.10.14現在)』【※PDFファイル】をもとに著者作成)

これらの通貨スワップについては、インドネシア以外に関しては、いちおう双方向型のスワップであり、日本が相手国に要請し、相手国から米ドルを入手することも可能ではありますが、こうした条項が発動される可能性は極めて低いと考えて良いでしょう。

中国との為替スワップは今月失効予定だが…

一方、これら6ヵ国の中央銀行・通貨当局以外にも、日本銀行は外国の中央銀行・通貨当局等と、次の為替スワップを締結しています(図表2)。

図表2 日銀が締結する為替スワップ
契約相手 交換条件 上限
米連邦準備制度 米ドルと日本円 上限なし
欧州中央銀行 ユーロと日本円 上限なし
イングランド銀行 英ポンドと日本円 上限なし
カナダ銀行 加ドルと日本円 上限なし
スイス国民銀行 瑞フランと日本円 上限なし
タイ中央銀行 泰バーツと日本円 2400億泰バーツ/0.8兆円
シンガポール通貨庁 星ドルと日本円 150億星ドル/1.1兆円
豪州準備銀行 豪ドルと日本円 200億豪ドル/1.6兆円
中国人民銀行 人民元と日本円 2000億人民元/3.4兆円

(【出所】日銀『海外中銀との協力』より著者作成)

興味深いことに、日本の金融システムは世界の5つの主要通貨(米ドル、ユーロ、英ポンド、加ドル、瑞フラン)について、(通貨スワップではありませんが)為替スワップの仕組みを使えば、理論上は無限に手に入れられる、ということです(※ただし、これらの通貨の供給オペは常時行われているわけではありません)。

もともと日本円自体が国際的には非常に強い通貨であることに加え、為替スワップファシリティを通じてさまざまな通貨を日銀が供給可能であるという状況は、日本の金融市場をより強固なものにしているともいえます。

また、今月25日は中国との為替スワップが満期を迎えますが(日銀『中国人民銀行との為替スワップ取極締結について』等参照)、正直、日本の金融機関がパンダ債の発行・ロールオーバーを取りやめれば、中国との為替スワップは不要になるのかもしれませんね。

なお、通貨スワップと為替スワップの違いなどについては、『「発売記念」あらためてスワップについてまとめてみる』などでも触れたとおりですので、適宜ご参照ください。

以前、『【総論】4種類のスワップと為替スワップの威力・限界』で通貨スワップや為替スワップなどのスワップ取引についていろいろと議論したのですが、あれから少し時間が経ってしまったことに加え、わが国が新たな為替スワップを締結したことや、米FRBが提供する為替スワップの引き出し状況に特筆すべき状況が出たことなどを受け、内容が少し陳腐化しているきらいがあります。そこで、『数字でみる「強い」日本経済』が公式には本日、書店の店頭に並ぶのを契機にして、スワップについてじっくりとまとめておきたいと思います。【...
「発売記念」あらためてスワップについてまとめてみる - 新宿会計士の政治経済評論

スワップ外交の課題

個人的には、現在の日本のスワップ外交については、外交・安全保障などの方針と整合させることが必要と考えています。

偶然でしょうか、日本がスワップを締結している相手は、「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)にコミットする「クアッド」(米豪印)のすべてが含まれますが、それだけではありません。

日本が今後、FOIPやTPPを国家として推進していくうえで、次のような国との通貨スワップないし為替スワップの存在が望ましいのではないかと思えてなりません。

  • 通貨スワップ…TPP締結国(たとえばベトナム)、日本と基本的価値を共有する国(たとえば台湾)
  • 為替スワップ…ニュージーランド、香港など、日本の機関投資家にもなじみがある通貨の採用国

また、現在、スワップ協定を締結している相手国のうち、インドネシアとマレーシアについては、日本以外の国ともスワップ協定を締結しており、実質的な「三角スワップ」が成立している可能性もあります。

たとえば世界的な金融危機が生じた際に、ある「X国」がインドネシアやマレーシアとのスワップを発動し、「X国」が入手したこれらの通貨を外為市場で米ドルに一気に両替すると、それだけでインドネシアやマレーシアの外為市場は不安定化します。

このため、これらの国が上記通貨スワップ協定に従い、日本に対して米ドルないし日本円の提供を求めてきた場合には、間接的には日本が「X国」に対して米ドルや日本円を提供してしまったかの経済効果が生じかねません(「X国」に入る可能性がある国の典型例は、中国でしょう)。

このあたり、金融安全保障を財務省がどう考えているのか、いまひとつ見えてこない点でもあるのです。

新宿会計士:

View Comments (17)

  • ほぼ同意なのですが、香港との為替スワップについては反対です。

    もはや香港は中共の配下であり、日本は対応に慎重になるべきです。

    習近平のレガシー作りなのか中国内部にのっぴきならない事情があるのかわかりませんが、せっかく香港(場合によっては台湾も)という便利な欧米各国からの関税回避・金融制裁回避地を力で呑み込んだツケは中共自身が払うべきです。

    私は中共の南シナ海人工島・香港での悪事や台湾への態度に本気で怒っています。
    日本がその自称国内の秩序維持にいかなる保証もするべきではないと考えています。

    • 追記
      台湾は人も良く好きではあります。
      当地横浜などは華僑さんと言えば台湾の方です。
      しかし、台湾についても前のめりな肩入れはすべきではないと考えています。

      中共に配慮してとかではありません。
      台湾の政権も今は親日を前面に示す政権ですが、つい近年までは馬総統率いる親中の国民党で現在も少なからん生理的が台湾には存在し大陸志向で反日でもあります。
      台湾国民の意思次第ではいつ方向性が変わるかわかりません。

      香港もですが台湾でも中韓程ではなくても、かなりの反日教育は行われて来ました。

      台湾の首都はどこ?
      と問うと台湾の人々の中でも台北と答える方と南京と主張する方にわかれます(他の地名を主張する方もいる)。
      決まっていないのです。

      実は捏造半分と解される南京事件の証言補強をしているのは大陸から台湾に来た外省人の国民党も加担しています。

      疑心暗鬼も良くないですが、日本は独立国として諸外国とはあらゆる可能性・最悪の事態も想定して柔軟(軟弱ではなく)付き合って行くべきだと考えています。
      実際アメリカですらプラザ合意で日本の解体・再占領に近い事をして現在の日本へ影を落としています。
      プラザ合意が現在の中韓を勃興させ世界を混沌に陥れた元凶かもしれないのです。

      国家なんて元々相容れない価値観・倫理観・宗教・地勢・人種・言語が歴史と共に形成したものだと思っているので、方向性や思惑が異なるのは当たり前だと考えます。

      したたか且つ力強く外交も国政も経済協力もしていかなければ生き残れないのではないでしょうか?

      • がみ様
         私も同様のことを考えてしまいます。がんばっている台湾ですが、一枚岩でもないという事実があります。

         以前Facebookで建築家の台湾の方と知り合いになりました。徴兵歴がある方なのか、やたらと蒋介石・国民党の軍と、それを支える米軍の構図のある昔の写真をアップロードしていました。写真には写ってないものの、自然蒋介石の敵=日本、という発想になって当然です。

        (直接言ったかどうか忘れましたが)「蒋介石はそもそもアメリカ軍に裏切られたじゃん」と思いました。

         今でもファイスブック上で、「日本統治時代の台湾」というようなグループに入ってますが、日本人が軍事・友好の話をするとなぜか台湾人の反応は冷淡です。そもそも日本の話題のグループなのに「反日」的な発言していたのでは意味がないと感じましたが。そういう意味でも香港も似てます。どういう反日教育が行われているのか分かりませんが、Web上では北京語で反日記事が大量に見つかります。あれだけ大量にプロパガンダが流され、日本側の主張といったような冷静な記事を見つけることはほぼ不可能でしょう。

        「民間交流」なるものを信じたいですが、「国家に友人はいない」と考え方もまた真実です。

         インドネシアも、ASEANの韓国No2ですから。(No1はフィリピン)。

  • 日本のスワップ先の方が、韓国より先にデフォルトする可能性もあるんじゃないかな。

  • インドネシアは高速鉄道の件もありましたし、もう「敵ではないけどそれほど仲が良いわけでもない国」扱いで良いと思いますが、延長ですか。
    高速鉄道の件は、本当に中国の技術を信じたのか、中国を当て馬にして日本に値引きを迫ろうとしたら中国に決まってしまったのかわかりませんが。
    もう「途上国を支援したら感謝される」なんて幻想は捨てた方が良いと思います。
    関わるなら徹底的に契約重視。違反したら即ペナルティ。

    • > 高速鉄道の件は、本当に中国の技術を信じたのか、中国を当て馬にして日本に値引きを迫ろうとしたら中国に決まってしまったのかわかりませんが。

      インドネシアの内情を知っている訳ではないので一般論ですが、軍事に関心の強い顧客が、平和ボケした日本の新幹線を本命にする可能性は余り無いと思います。平時は複線でも、有事には単線並列にしたがる。単に日本の情報が欲しかったのカモ知れませんし、ハードだけ日本製を狙ったのカモ知れませんし。

    • しきしま 様

      >敵ではないけどそれほど仲が良いわけでもない国

      新幹線ではミソを付けましたが、これは中国の方が一枚上手なので、インドネシアが騙されたと言う事です。
      在来線改良工事では日本に発注してくれてますし、実はこっちの方が美味しい。
      良いお客様です。潜水艦も買って呉れるようですよ。
      韓国などより優遇しても良いんじゃありませんかね。

  • G7国際決済通貨国である日本が
    インドネシアにスワップ供与は
    アジア経済安定のため貢献として
    理解できます。

    ただ、新宿会計士さまが
    「スワップの死角」とご指摘の通り
    インドネシアはローカル通貨スワップを
    韓国と結んでしまっています。

    G20の中でも脆弱通過国グループで
    問題児の韓国ウォンですが
    かつての巨額売国野田スワップのように
    日本を騙して結べるはずもないなかで
    日本円に守られたインドネシアルピアに
    頭下げずに抱きついて守ってもらおうとの
    効果を与えてはしまいます。

    本来ならしてあげても不思議はない
    対韓経済をしていない日本ですが
    さりとて、
    たとえウォンみたいなものはないほうが
    世界のためになるだろうと言われるほどの
    呆れた韓流のありようとはいえ
    世界経済とアジアの安定のために
    目をつぶってあげる寛容さも必要かと思います。

  • インドネシアとマレーシアを同等扱いするのはどうなのですかね?

    インドネシアは(日本側から見て)いろいろと問題の多い大統領ですが、人口2億6千万のイスラム教最大の国家で、ニッケル・原油等の資源国です。 日本としては貿易赤字国家ですが、リスクヘッジとしては見逃せない場所かもしれません。 ジョコに対しての対応は今のままで・・・。

  • インドネシアやマレーシアに対してのスワップ発動要件として、”三角スワップ効果の無効化” を謳って欲しいところです。

    具体的には「自国通貨を売りに来たX国の通貨を、スワップ枠いっぱいまで売り尽くし(対抗売り)てからのこと」とすればどうでしょうか?

  • 高速鉄道の件での裏切りなど,インドネシアは全く信用できない相手ですが,日本にとって死活問題である原油輸入路のチョークポイントのマラッカ・ロンボクの両海峡を扼する国で,インドネシアが全面的に共産チャイナ側につかれると日本はキン〇マを共産チャイナに握られているも同然の状態となり完全にアウトなのですよ.

    ですから,色々と腹立たしいことがあろうと,韓国に三角スワップとして悪用される可能性を排除できなかろうと,インドネシアに対しては,根本的に利害が衝突するレベルの問題でない限り,日本はある程度は御機嫌を取らざるを得ないのです.

    インドネシアに他国へのよりは格段に多額の通貨スワップを日本が供与している理由に関しては,私は以上のように推測していますし,そういう理由であれば外交として合理性が十分にあると考えています.

    要するに,地政学的な観点から言えば,日本はインドネシアによって首根っこを押さえられているからインドネシアの身勝手な要求を多少は呑まざるを得ない,と言い換えても良いでしょう.

    特にインドネシアの場合,イスラム教国家ですから,インドネシアをこちら側に引き留めるための御機嫌取り活動をアメリカに分担してもらうことは出来ないという点も大きいと考えます.(特に顕著になったのは9.11からだと思いますが,アメリカはイスラム国家やイスラム勢力を敵視していることを隠そうとしなくなりましたので)

    • 10年以内にインドネシアの韓国化も有り得るかも

      • 韓国化かどうかは別にして,インドネシアに色々と援助を頼まれて応えねばならない事態は十分に有り得るでしょうね.

        そして日本にとってのインドネシアの地政学的価値を考えれば,それは已むを得ないことだと私は判断します.少なくとも,

        ーA.共産チャイナが失速して経済的にも軍事的にも完全に没落し日本にとって共産チャイナはもはや脅威でなくなるというこの世の天国が実現するか,
        ーB.逆に日本が人民解放軍の軍門に下り日本はもはや共産チャイナに抗う必要性が皆無になる(つまり完全に共産チャイナに従属してしまう)というこの世の地獄が実現するか,
        その何れかが現実のものとなる時までは.

        ただ,インドネシアが韓国と決定的に違うのは,韓国のように,

        1.その建国が史実に反する嘘に基づいていたり,
        2.その嘘を根拠として日本を逆恨みしたり,
        3.原理主義的儒教(性理学)の価値観=全てに序列・上下関係を求める価値観に基づいて現実の実力とは無関係に日本を見下す,

        といったことは,インドネシアはしていないということです.

        ですので,「韓国化」という言い方には個人的には強い違和感を感じる次第です.

        • インドネシアも若い人はおしなべて反日だよ
          歴史教育がそうなっているので、反日にならない方が不自然

          • 例え多少の反日でもインドネシアを共産チャイナ側につかせることは日本の戦略的に全くのNG.エネルギー資源を運ぶ海上通商路を断たれることになるからね.だからインドネシアに関しては多少の反日は日本として受け容れざるを得ない.

            そこが日本にとって韓国とインドネシアとの戦略的価値の決定的な違い.韓国の戦略的価値は「こちら側にあるほうが望ましい」レベルで目一杯高く見積もってもせいぜいが「敵側に渡すと我が方は一瞬の油断も許されなくなる」レベル,それに対してインドネシアの価値は「敵側に渡すことは絶対に許されない」レベル.