【総論】国家免除条約と「主権免除が認められる事例」

本稿では「総論」的に、「主権免除」、あるいは「国家免除」について取りまとめておきます。これは、「国家やその財産については、他の国の裁判所からの免除を認める」という国際的なルールのことですが、これに関連し、国連国際法委員会が作成し、2004年12月に国連総会で採択された「国連国家免除条約」の概略と日本の取扱い、そしてこの条約の現状について、簡単に説明しておきたいと思います。

絶対免除主義と制限免除主義

「主権免除」、あるいは「国家免除」とは、いったい何でしょうか。

外務省ウェブサイトの『国及びその財産の裁判権からの免除に関する国際連合条約』というページなどによると、これは、「国家やその財産については、他の国の裁判所からの免除を認める」という、国際的なルールのことです。

外務省によると、過去には「絶対免除主義」が一般に受け入れられた国際ルールでしたが、これは、「国およびその財産についてはすべて無条件に他の国の裁判所の裁判権からの免除を認める」という考え方のことです。

ところが、19世紀以降、国による経済活動が活発に行われるようになったことなどを受け、現在は「制限免除主義」、つまり「国の商業的な行為に関しては免除を認めない」という考え方が、多くの国において採用されるに至っています。

こうしたなか、「具体的にいかなる範囲まで免除が認められるか」については、以前は国際ルールが確立されていなかったため、1977年に国連総会が国際法委員会に対し、「主権免除に関する国際法規」の作成を検討するよう勧告。

その後は2004年12月2日、国連総会において『国及びその財産の裁判権からの免除に関する国際連合条約(国連国家免除条約)』が採択されるに至りました。

これにより、「具体的にいかなる範囲まで主権免除が認められるかについての国際ルールが確立されるには至っていない」という状況を解消することを目指したのです。

国連国家免除条約とは?

では、この国連国家免除条約とは、どのようなものなのでしょうか。

外務省のウェブサイトには英文和文それぞれのテキストとその説明書概要に関する資料(や一枚絵)などが掲載されていますが、わかりやすくいえば、次のような考え方です。

  • (1)原則:国は、他の国の裁判所の裁判権からの免除が認められる。
  • (2)例外:①当該国が明示的に同意した場合の裁判手続、②国連国家免除条約に定める裁判手続(商業的取引から生じた裁判手続、雇用契約に関する裁判手続、身体傷害や財産の損傷に関する裁判手続など)
  • (3)国の財産に対する強制的な措置(差押等)は当該国が明示的に同意した場合を除き、取られてはならない
  • (4)刑事手続、軍事的活動については本条約の対象外とする

じつは、この国連国家免除条約自体、主権免除(国やその財産に関して他の国の裁判所の裁判権からの免除が認められること)の具体的な範囲を定めるという点に意義があります。

ここで、商業的取引とは、次のものをいうとされます。

商業的取引とは?
  • ①物品の販売または役務の提供のための商業的な契約または取引
  • ②金融的な性質を有する取引(貸付等)に係る契約(そのような貸付や取引についての保証や填補に係る義務を含む)
  • ③商業的・工業的・通商的・職業的な性質を有するその他の契約または取引(※ただし、雇用契約を含まない)

(【出所】国連国家免除条約第2条1(c)を要約)

その際、契約や取引が「商業的取引」かどうかを決定するに際しては、基本的にはおもにその契約・取引の「性質」で考慮することとされています(なお、必要に応じてその他の要素が考慮されることもありますが、このあたりはおそらく常識で判断して良いのでしょう)。

また、③の部分で「雇用契約を含まない」としている理由は、同条約第11条で別途規定されているからです。このあたりは雇用されている個人が外交官などである場合に関する規定など、わりと詳細な例外も設けられています。

なお、同条約第8条1によると、「(a)自ら当該裁判手続を開始した場合」や「(b)当該裁判手続に参加した場合や本案に関して他の措置を取った場合」は、基本的に主権免除を主張することはできなくなります(ただし、主権免除を主張するために出廷した場合は例外的に主権免除が認められます)。

もしも相手国でわが国を被告とする「欠席裁判」が行われていて、万が一にわが国が敗訴した場合、控訴したら、その瞬間、主権免除が認められなくなる可能性があるといえるでしょう。

条約の意義と締結国、わが国の国内法

さて、外務省によると、この条約の最大の意義は、次のとおりです。

私人が外国との間で取引等を行う場合に、当該外国に関して免除が認められる範囲等が明確化されることにより、このような私人がより安全に取引等を行うことが可能となるほか、我が国政府等が外国において取引等の活動を行う場合についても、当該外国の裁判所の裁判権からの免除が認められる範囲等が明確化されることにより、より円滑な活動を行うことが可能となる。

要するに、どういう場合に裁判の対象となるのか、ちゃんと線引きしておけば、国としても私人としても安心だ、ということです。

ただし、この条約自体はまだ発効していません。

外務省によると、この条約が発効するためには30ヵ国が締結することが必要ですが(同第30条)、締結に必要な手続(批准、加入、受諾、承認)が完了した国は、わが国を含めて22ヵ国に過ぎないからです(日本は2007年1月11日に署名し、2010年5月11日に受諾が完了)。

実際、国連の “PRIVILEGES AND IMMUNITIES, DIPLOMATIC AND CONSULAR RELATIONS, ETC” のページで確認してみると、現時点において署名は終わっているけれども批准・加入・受諾・承認のいずれかの手続が完了していないという国が、まだ14ヵ国あります。

詳細は次のとおりです。

署名が完了し、批准・加入・受諾・承認が未了の国(14ヵ国)
  • ベルギー、中国、デンマーク、エストニア、アイスランド、インド、マダガスカル、モロッコ、パラグアイ、ロシア、セネガル、シェラレオネ、東ティモール、英国
署名していないが加入(Accession)した国(8ヵ国)
  • 赤道ギニア、イラク、イタリア、カザフスタン、ラトビア、リヒテンシュタイン、サウジアラビア、スペイン
署名、批准または受諾(Acceptance)、承認(Approval)が完了している国(14ヵ国)
  • オーストリア、チェコ、フィンランド(受諾)、フランス(承認)、イラン、日本(受諾)、レバノン、メキシコ、ノルウェー、ポルトガル、ルーマニア、スロバキア、スウェーデン、スイス

(【出所】国連ウェブサイトに表示されている情報を著者がカウント)

ただ、この条約自体はまだ発効していませんが、わが国はこの条約を締結したという関係もあり、2009年に『外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律』という法律を制定し、2010年4月22日に施行されています。

この法律は、国連国家免除条約の規定をほぼそのまま国内法に置き換えたもので、言い換えれば、日本国内ではすでにこの条約の趣旨に従った法律が適用されている、ということです。

この条約は無効なのか?

さて、日本の場合は条約の締結と国内法の整備まで済んでいるのですが、締結国は現時点で22ヵ国に留まります。同条約第30条では、この条約は「30ヵ国目の批准書、受諾書、承認書または加入書が国連事務総長に寄託された日から30日後」に発効すると定められているため、まだ発効していません。

では、この条約は「発効していない」から無効、つまり「一切無視して良い」というものなのでしょうか。

著者自身の見解も交えて申し上げるなら、「まだ発効していない条約だから無視して良い」という解釈には、少し無理があると思います。なぜなら、この条約自体、これまでの国際慣習法の考え方を取りまとめたものであり、国際的な司法の判断も、この条約のことをある程度は尊重するはずだからです。

このため、この条約の考え方から著しく逸脱した判決が外国で出た場合には、そのような判決は「主権免除」の考え方を侵害し、国際法違反となる、と考えて良いのではないでしょうか。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. 月路です より:

    主権免除(独対伊)国際司法裁判所(ICJ)判決(ドイツ対イタリア; ギリシャ訴訟参加)

    2012年2月3日判決

  2. カズ より:

    原理原則を発信しつつも取り合わないこと。
    変な仏心を出して”ホトケ”にならないこと。
    虎児を得ずとも、危うきに近寄らないこと。

    大切なのは、相手の土俵に上がらないこと。
    なのかな?

  3. 名無しの権兵衛 より:

     韓国の裁判所も、基本的には「国連国家免除条約」に照らして判断すると思います。
     この条約で主権免除の対象外とされているものの中に「身体の障害」があり、これには肉体的損傷のみならず「精神的傷害」も含まれるとされており、これを根拠に、原告(自称元慰安婦)の主張を認めるのだと思います。
     しかし、原告が日本政府に対して請求している慰謝料の発生原因となったと主張する日本政府の行為は、「絶対免除主義」時代のものですから、「制限免除主義」の「国連国家免除条約」を遡及適用しない限り、原告敗訴になるはずですが、「法の遡及適用」は韓国裁判所の得意技の一つですから、難なくクリアすると思います。
     2015年の「日韓慰安婦合意」についても、原告の「政治的合意であって、法的拘束力はない」という主張を採用してクリアすると思います。
     また、「国連国家免除条約」で定められている「強制的措置(差押・強制競売など)は、相手国の同意が無ければ実施してはならない」についても、この条約が未発効であることなどを理由に適用されないとし、日本政府の資産差押えを実行すると思います。
     すでに、「自称元徴用工判決」で経験済みですが、どのような屁理屈をひねり出すのか、楽しみではあります。
     

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