武漢コロナ騒動の影であまり目立たないのが、「レバノン国債のデフォルト」という話題です。レバノンといえば日本で刑事訴追されている被告が逃げ込んだ国としても有名ですが、そのレバノンが額面12億ドルの外貨建て債券の償還に失敗する模様だ、と報じられています。レバノン政府が全力でデフォルトを回避しようとした痕跡が見られないのは不思議ですが、今回の事件をどう考えるべきでしょうか。
レバノン国債のデフォルト
中東の小国・レバノンといえば日産自動車元CEOのカルロス・ゴーンが逃亡した先として有名ですが(『ゴーン逃亡、レバノンへの経済制裁・断交も躊躇するな』等参照)、どうもそのレバノンが再び話題に上がり始めたようです。
複数のメディアの報道によれば、レバノンは現在、金融危機の状況に陥りつつあり、ついには外貨建債務の債務不履行(デフォルト)宣言に追い込まれるようです。
Lebanon to default on debt payments for first time as crisis deepens(2020/03/07付 BBCより)
Lebanon to Default on Dollar-Denominated Debt(2020/03/07(土)付 WSJより)
これらの報道によれば、月曜日に償還期限を迎えるドル債(額面12億ドル)の償還資金の手当てが付かず、デフォルトすることが確実になったことを、レバノン政府が土曜日に公表したのだそうです。
米メディアWSJによれば、レバノン政府は問題の12億ドルの債券以外にも、償還期が4月に到来する7億ドル、6月に到来する6億ドルの債務を抱えているそうです。
これについて今年1月21日に就任したばかりのレバノンのハッサン・ディアブ首相は、「国内の医薬品も不足するような状態で、外国の投資家におカネを返せる状況にはない」などと述べ、事実上の「デフォルト宣言」となった格好です。
BBCによると、レバノン国内で自国通貨を売って米ドルに両替する動きが活発化する中で、ここ数カ月、レバノンの通貨・レバノンポンドは米ドルに対して大きく下落していると指摘。
ディアブ首相は「国民の40%が貧困層に転落しかねない状況」と危機感を示しながらも、国際的な債権者とのあいだでの債務再編に関する協議を始める意向を示したとしています。
もっとも、WSJによれば、レバノンの債務は外国の投資家からのものというよりも、どちらかといえば国内の銀行が高金利をエサに外国に居住するレバノン人からかき集めたドル資金をレバノン政府が吸い上げる、という構造になっていたのだとか。
また、WSJの記事に紹介されているムーディーズの分析によると、レバノンの外貨準備高は公式には300億ドルであるにも関わらず、外貨建て債務の償還に回せる資金余力は50億ドルからせいぜい100億ドルに過ぎないのだそうです。
国債もデフォルトする!
このレバノン国債のデフォルト騒動は、例の武漢コロナ騒動のために注目度合いが薄れているきらいがありますが、やはり「国債がデフォルトする」と聞くと、何やらものものしいものを感じます。
しかし、現実には国債のデフォルトは頻発しています。
たとえば、近年でいえばギリシャ国債が2012年に元本削減という形で事実上のデフォルト状態となりましたし(※公式には「デフォルト」ではなく「債務減免」と称しているようですが…)、おそらくユーロ圏の構造が変わらない限り、ギリシャ危機は再々々々々々々々々々々々々燃するでしょう。
一方、「デフォルトの常習国」といえば2001年に外貨建て債券のデフォルトを宣言した、南米の農業大国・アルゼンチンです。
この「2001年問題」を巡り、アルゼンチンは一方的に元本の削減を宣言したのですが、これを不服とするヘッジファンド側(つまり「ホールドアウト債権者」)がアルゼンチン政府を米国の裁判所に訴え、米国のニューヨーク地裁で2014年にアルゼンチンが敗訴したことで、再び「デフォルト問題」が浮上。
2016年3月になって、ようやく和解が成立したほどです。
アルゼンチン、ホールドアウト債権者と和解に合意(2016 年 3 月 1 日 07:23付 WSJ日本版より)
国債デフォルトの3条件
ただ、こうした国債のデフォルト事例を日本にも当てはめることはできません。
たしかに日本は「国の借金」(?)とやら(正確には「中央政府の金融負債残高」)が1000兆円を超えていて、GDPの2倍以上という水準に達しています。表面上だけで見れば、「GDP公的債務残高比率」はギリシャすらを大きく上回る状況であり、これを日本のマスメディアは「財政危機」と表現します。
しかし、そもそも論ですが、戦争などの特殊な事情を除けば、国債のデフォルトが発生するためには、次の3つの条件が満たされなければなりません。
- (1)国内投資家が国債を買ってくれないこと
- (2)外国投資家が国債を買ってくれないこと
- (3)国内中央銀行が国債を買ってくれないこと
当たり前ですが、国内に国債の引受余力が十分にあれば、わざわざ起債条件が不安定な海外市場にまで出掛けて国債を発行する必要はありません。
しかし、国内の資金余力がない場合(例:米国)や、国債の発行通貨が自国通貨ではなく外貨である場合(例:アルゼンチン)や共通通貨の場合(例:ギリシャ)などでは、やはり国内投資家だけでなく、外国投資家にも国債を買ってもらわなければなりません。
そして、この(1)~(3)で最も大切な条件が、(3)、つまり「バックストップとして中央銀行が国債を買ってくれるかどうか」です。
日本、英国、米国の共通点は、日本国債、英国債、米国債の全額が自国通貨(日本円、英ポンド、米ドル)で発行されていて、かつ、これらの通貨は国際的な市場で広く取引されている「ハード・カレンシー」である、という点にあります。
このため、日英米の場合、仮に国内の投資家が国債を買うだけの余力を失っていたとしても、外国人投資家に国債を売れば良いのであり、実際、日本円、英ポンド、米ドルは外国人投資家から見て運用対象資産として魅力的です。
そして、万が一、(1)国内投資家、(2)外国投資家が国債を引き受けてくれない状態になったとしても、(3)自国の中央銀行に国債を引き受けさせれば、「デフォルト」にはなりません(状況によってはハイパー・インフレが生じるかもしれませんが…)。
なお、日本の場合は「国の借金(?)」を遥かに上回る家計資産が存在しており、国全体として資金が有り余っているがために、少々日銀が国債の引き受けをしたところで「ハイパー・インフレ」どころか「2%インフレ」を達成するのにも苦労しているほどですが…。
レバノンの事例はよくわからないが…
今回のレバノンの事例については、報道を眺めていても、今ひとつ事情がよくわかりません。
おそらくレバノンのことですから、外国と通貨スワップ協定などを結んでいるということはないでしょう。ただ、不思議なことに、レバノン政府に本気でデフォルトを回避しようとした形跡が見られないのです。
通常であれば、外貨建債務は借りたタイミングで償還期日が決まっていますので、借り換えのタイミングに合わせて資金調達計画を立てるなど、資金繰りの手当てをします。当然、国際的な投資銀行のデット・シンジケーション部門もアドバイザリー的な側面からの支援をするはずです。
アルゼンチンの例に見るまでもなく、一度でもデフォルトしてしまうと、その後の債券調達は非常に困難になってしまいますし、レバノンの主幹事証券はいったい何をしていたのか、という気がします(もっとも、国際的な資金市場から見れば、12億ドルとは「微々たる金額」ではありますが…)。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そういえば日本の近所にも外貨準備高の信頼性に疑義が生じている国があるようです(『外貨準備高に関する韓国銀行の説明は正しいのか?』等参照)。
国際通貨基金(IMF)にとっては、この際、各国が報告している外貨準備高について、その金額が本当に妥当なのか、改めて検証するちょうど良い機会だといえるかもしれません。
View Comments (7)
韓国銀行は、本来は国内でのウォン流通量を不胎化するための通貨安定証券を米ドルの基準金利+αで大量に発行していたと思います。
もしも韓国企業が海外で稼いだ米ドルを高金利を付して吸い上げているのであれば、実のところレバノンと同じような構図が成り立ってるのかも知れません。
更新、ありがとうございます。
あれ、コメント数が…(笑)
皆さん、コロナウイルスと日経平均含む世界株安で、ゴーンなんかどうでもよくなっているのでしょうか?
及川幸久氏(幸福の科学ですが)のチャンネルから、
『レバノンがデフォルト 次は韓国?』
https://youtu.be/mikRoDitLrk
韓国の外貨準備高の多くの部分には実のところ、現金化が難しいジャンク債がかなり含まれているのではないか、と言われ続けています。
そのジャンク債にレバノン国債が含まれていたとしたなら?
恐怖の連鎖デフォルト、連鎖通貨暴落です。
まあ、自身の家で火が燃えあがってきているのに、隣の家の火事を見てシメシメと思う余裕なんてありませんよねぇ…
新宿先生解説ありがとうございます。よくわかりました。
このニュースの露出は極端に少ないですね。韓国中国に関係ないから「報道しない自由」と言うやつでしょうか(笑)
それともレバノンの確信犯でニュースにすら値しないのかな。。。
ゴーンさんの不正蓄財が案外レバノンを支えてたのかもよ。贅沢してたんじゃなくてね。
ゴーンさん失脚逃亡とデフォルト関係あるんじゃないかな。
だとしたら日本に睨まれてもゴーンさん引き渡せないよね。
>米国のニューヨーク地裁で2014年にアルゼンチンが敗訴したことで、再び「デフォルト問題」が浮上。
2016年3月になって、ようやく和解が成立したほどです。
この辺の「食い逃げはできないぞ」というのが確立し、債務国は時間をかけてでも返さなければならなくなったのですが 逆に他国や巨大金融の新たな融資を受けやすくなっているのが現在かもしれませんね。 アルゼンチンの女性ポピュリズム大統領が失脚した時、「これからは南米だ! アジアへの垂流し投資は終了、アフリカは残念ながら21世紀終盤!」というキャンペーンがあったような気がします。
最も恩恵を受けたのがブラジルでしょうね。 実際この時期にブラジルへ進出した日本企業は それなりにあります。
大成功!という話はあまり聞きませんが、長期的投資(支配)なのでしょうか。
レバノンは旧約聖書にも出てくる歴史的な所のようですが、極東の個人としてはパレスチナ同様「利用されている植民地では?」と思うのです。 「パレスチナに対する愛は無いのかー!」と叱られそうですが 自足自給の道しかない人々が イスラエルがあるから生きていられる(反イスラエルのイスラム国家支援とかも含め)、が現実ではないかと思うのです。 極端にいうと「オイラ達、過去にこんな地域 支配してたから支援してくれー! でも、今は産業も学問も無いぜ(笑)」のようなもの。
21世紀の中世が続いています。
少し前の論文になってしまいますが面白かったので
http://www.ier.hit-u.ac.jp/~kitamura/PDF/A132.pdf
ソブリンリスクの歴史と教訓
―ユーロ問題への視点―
北村 行伸
レバノンの国家体制は「宗派体制」と言われるもので、オスマン帝国のミレット制を主権国家向けに焼き直したものです。
大統領はキリスト教マロン派、首相はイスラム教スンナ派、国会議長はシーア派から選出され、この3派が国家の様々な利権を分け合う仕組みです。
今回デフォルトしたEU建て債権の保持者は大半が欧米(含南米)に移住したマロン派住民及びその子孫と言われています(ゴーンも幾分付き合っていたかもしれません。)
大統領はなんとかしたかったかのでしょうが、あとの2派にとっては他人事ですから、国としては傍観ということになったと思われます。これがアラブ系もかむドル建て債権なら挙国一致の対応があったかもしれません。