珍しい相場展開:「アジア通貨安」なのになぜか円安に

昨日は日本円がほかのアジア諸国通貨とともに売られるという非常に珍しい相場展開が生じています。一部メディアの報道では、米国の金融政策の動向を好感し、リスクオン相場(リスク資産が買われ、安全資産が売られる相場展開)となったことが円安の要因だ、などと報じられているのですが、そのわりには「リスク資産」であるはずのほかのアジア諸国通貨も同様に売られているのです。円が売られている理由としては、やはりコロナウィルスくらいしか考えられないのですが…。

政策金利維持を好感?

昨日の外為市場では、円が米ドルに対して大きく売られ、昨夜10時ごろの市場では約1年ぶりの円安水準となる1ドル=112円を挟んだ値動きとなっています。

この点、非常に不思議なことに、日本の場合は為替相場が下落すれば(つまり円安・ドル高になれば)、株価が上昇する、という意味で、為替と株に強い相関関係が存在しています(実際、昨日の日経平均終値は前日比+78.45円となる23,479円15銭でした)。

外為市場では、円は「安全資産」であるとされており、実際、市場全体のリスク選好が後退したときに買われ(つまり円高となり)、リスク選好が伸びたときに売られる(つまり円安となる)、という傾向があります。そこで真っ先に思いつく円安の理由は、米国の金融政策です。

次のWSJの記事によると、先月28日から29日にかけて開催された米連邦公開市場委員会(FOMC)議事録では現在の米国の政策金利水準が据え置かれるとの観測が広がったため、リスクオンが広まったとされています。

Fed Minutes Show Comfort With Economy, Rate Stance Last Month(米国時間2020/02/19(水) 14:01付=日本時間2020/02/20(木) 04:01付 WSJより)

ただ、一部メディアでは「FOMCを受けて安全資産である円が売られた」という報道もあったのですが、ファクト・チェックをしておくと、FOMC議事録が公表される数時間前からすでに円売りが始まっており、「FOMCを好感して円売りが始まった」というものではありません。

「リスクオンによる円安」が続いているという説明には、どうも素直に納得し辛い気がします。

逆のコリレーション

さて、以前、次のような図表を紹介したことがあります。

図表1 アジア主要通貨に関する1月20日と2月3日午前の為替相場比較(対ドルレート)
通貨相場変動騰落率
韓国ウォン1159.61→1198.5+3.35%
タイバーツ30.36→31.23+2.87%
オフショア人民元6.8673→7.0108+2.09%
シンガポールドル1.3466→1.3675+1.55%
台湾ドル29.969→30.374+1.35%
マレーシアリンギット4.0595→4.1071+1.17%
オンショア人民元6.8669→6.9367+1.02%
インドネシアルピア13621→13715+0.69%
香港ドル7.7693→7.7764+0.09%
日本円110.18→108.5▲1.52%

(【出所】WSJの市況欄を参考に、1月20日終値と2月3日午前11時過ぎのデータを比較)

これは、コロナウィルス蔓延が大騒ぎされ始める直前の1月20日時点と、日本が一部の中国人の入国拒否を始めた直後の2月3日時点のアジア各国の為替相場を調べたものです。

これを見ていただければわかりますが、旧正月のため相場がほとんど動いていなかったオンショア人民元、ドルペッグ制を採用する香港ドルなどを除くと、対米ドルで3%以上下落した韓国ウォンを筆頭に、ほとんどの通貨が対米ドルで下落していることが確認できます。

しかし、その唯一の例外が、日本円です。

市場のリスク選好が後退したときにはほとんどの場合、日本円が買われるという傾向にあるのですが、このときも同様に、アジア主要通貨のなかでほぼ唯一、日本円が買われているのです。

もっとも、その後、外為市場はコロナウィルス騒動の初期のショックから徐々に落ち着きを取り戻したためでしょうか、これらの通貨は2月中旬にかけて、いずれも対米ドルでいったん買い戻される展開となっています。

今回は「法則」が外れている!

ところが、今回はこの「法則」が、当てはまりません。

わかりやすいように、図表1とまったく同じ並びにして、昨日(つまり2月20日日本時間夜10時過ぎ時点)と①2月19日(水)終値との比較(図表2)、②2月14日(金)との比較(図表3)を作成しておきましょう。

図表2 アジア主要通貨に関する2月19日終値と2月20日夜の為替相場比較(対ドルレート)
通貨相場変動騰落率
韓国ウォン1193→1206.38+1.13%
タイバーツ31.21→31.44+0.74%
オフショア人民元7.0131→7.0386+0.36%
シンガポールドル1.3945→1.4005+0.43%
台湾ドル30.171→30.36+0.63%
マレーシアリンギット4.165→4.1841+0.46%
オンショア人民元6.9983→7.0239+0.37%
インドネシアルピア13688→13708+0.15%
香港ドル7.7722→7.7815+0.12%
日本円111.36→112.02+0.60%

(【出所】WSJの市況欄を参考に、2月19日終値と日本時間2月20日午後10時過ぎのデータを比較)

図表3 アジア主要通貨に関する2月14日終値と2月20日夜の為替相場比較(対ドルレート)
通貨相場変動騰落率
韓国ウォン1183.46→1206.38+1.94%
タイバーツ31.2→31.44+0.77%
オフショア人民元6.9934→7.0386+0.65%
シンガポールドル1.3922→1.4005+0.60%
台湾ドル30.029→30.36+1.10%
マレーシアリンギット4.1415→4.1841+1.03%
オンショア人民元6.9871→7.0239+0.53%
インドネシアルピア13675→13708+0.24%
香港ドル7.7679→7.7815+0.18%
日本円109.77→112.02+2.05%

(【出所】WSJの市況欄を参考に、2月14日終値と日本時間2月20日午後10時過ぎのデータを比較)

まず、日本時間2月20日深夜時点の相場に対し、前日比で比べたものが図表2ですが、一番大きく下落している通貨は韓国ウォンであり、これにタイバーツが続くという意味で、図表1と状況はそっくりです。

このことから、一見すると「リスクオフ」、「リスク回避」という動きが発生しているかにも見えるのですが、大きな違いは日本円が買われておらず、他の通貨と同様に売られている点にあります。

そして、この傾向は、一週間前、つまり2月14日時点と比較した図表3をみていただくと、よりいっそう明確です。ここに挙げた通貨の中で、日本円がほかのアジア通貨を差し置き、一番大きく売られているからです。

日本はコロナウィルス問題の震源地?

つまり、これまでの市場の動きだと、市場のリスク選好が増せば円が売られてアジア諸国の通貨が買われ、市場のリスク選好が後退すれば円が買われてアジア諸国の通貨が売られる、という展開が続いていたのですが、今回は円がアジア諸国通貨と同時に売られるという、非常に珍しい状況が生じているのです。

おそらくアジア諸国通貨が売られている理由は、やはり、コロナウィルスショックが大きいのではないでしょうか。

たとえば、昨日はコロナウィルスに関連し、日本で英国のクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で乗客だった高齢の日本人2人(東京都在住の80代男性と神奈川県在住の80代女性)が亡くなるという状況が発生しています。

横浜港で検疫中のクルーズ船に関連した患者の死亡について(2020/02/20付 厚生労働省HPより)

また、すでにいくつかのメディアに報じられていますが、令和初の天皇誕生日(2月23日)に予定されていた一般参賀が中止されるとともに、祝賀レセプションも中止が決定されたそうであり、さらに一部メディアは自民党が3月の党大会を延期する方向で調整に入った、などと報じています。

つまり、コロナウィルス騒動が嫌気されて日本円が売られる一方で、円安となれば株高となるのがセオリー(?)ですから、本日の株価は上昇するという、何やらよくわからない相場展開になる可能性もあるでしょう。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. 嵐 千里 より:

    新宿会計士様
    おはようございます。

    これからの動向を追いかけ、検証して行きましょう。

  2. 愛読者 より:

    > アジア諸国通貨が売られている理由は、やはり、コロナウィルスショックが大きいのではないでしょう
    これが最大の原因でしょう。日本に関して言うと,去年の10~12月期GDP-6.3%も効いていると思います。韓国も同様。今後のほうが産業への影響が拡大しそうです。

    1. イーシャ より:

      愛読者 様

      > 日本に関して言うと,去年の10~12月期GDP-6.3%
      これって、リーマンショック後の落ち込みより激しいんですよね。
      消費増税時の前提が崩れてしまっているように感じます。

  3. カズ より:

    これが企業の株式なんかだと、市場全般の混乱に乗じた値下がりの後に優良な銘柄だけが買い直されるような状況なのでしょうけれど、通貨の場合はどうなるのでしょうね。

    単に損得勘定のみが投機筋の行動原理であるのならば、通貨安が株高に関連している日本の状況では、いつまでも通貨安は続かない気はするのですが・・。

    コロナ騒動による操業停止等が、日本の産業に与える影響は小さいものではないのかも知れないのですが、海外で運用展開されてる金融収支が無くならない限り、全般としての経済的な安泰は崩れないのでは?・・と思ったりしてます。

    なにしろ利息というものは製造業の現場なんかとは違って、借り手の存在する限り「年間365日・1日24時間」100%の力で操業してくれるのものなのですからね。

  4. だんな より:

    日本は、多少円安になっても、原油安なので、悪影響は想像しにくいと思います。輸出企業の業績回復の可能性もありますが、これにコロナウイルスの影響が、どうなるかといった感じだと思います。
    韓国は、一時1208ドルウォンまで下がっています。防衛ラインを超えた状況で、どうなるかなので、日本と状況が大きく異なります。気になるのは、1200ラインの抜かれ方が、あっさりしすぎという印象です。過去からここはKIKOも厚く、一日中攻防戦をしている事も、珍しく有りませんでした。韓国銀行が、介入していないのか、資金が無いのか、取引量が多いのかが、分かりません。→これはお分かりの方、教えて下さい。
    ウォンも黄色信号が点灯しただけで、赤信号には変わっていません。1250が抜かれると、赤信号だと思いますが、それまでに、1220〜1230の間に一山あるのが、過去のパターンです。

  5. 2月22日22時22分の記事が楽しみ  より:

    日本に「渡航注意」の情報=新型コロナで米保健当局
    ttps://www.yomiuri.co.jp/world/20200221-OYT1T50052/

    今度はアメリカです。「注意レベルは3段階で最も低いレベル1の「通常の注意が必要」で、渡航の中止や延期は勧告していない」とのことです。とはいえ、今から同様の対応をする国が増えてくるでしょうね。

  6. 福岡在住者 より:

    金の価格も注目して下さい。昨年12月後半から上げています。
    NY原油先物は年明け後下げていますが、これは 新型肺炎で人・ものの移動が減少することを意識したものでしょう。
    リスク・オンしているものは株式かなと思っています。 特に隣は上海と比べそれほど下げてません。上げ下げが激しくなければ博打は楽しくありませんから、、、。 海外勢がすこし揺さぶるかもしれませんね。
    日本も自国民が移動・購買を控えるようになれば ヤバイ状態になってしまう。オリンピックという麻薬で無難に乗り切ってほしいものです。

  7. りょうちん より:

    ここはやはり

    「安全通貨の 法則が 乱れる!」

    の小見出しにしていただきたかった。あ、FFよりDQ派でしたか。

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