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人民元の台頭の本当のリスクは米国の金融制裁の無効化

米国時間の14日、米財務省は北朝鮮出身労働者をロシア、中近東諸国などに派遣するのに関わっていたとして、北朝鮮と中国の2つの会社を「SDNリスト」と呼ばれる資産凍結リストに付け加えました。いかに中国といえども、やはり、米ドルによる資金決済システムから排除されるのは非常に困ります。その意味で、北朝鮮に対する経済制裁を巡っては、今までどおり、着実な実行と経済制裁の穴を徹底的に塞ぐという地味な作業が必要なのですが、それと同時に、北朝鮮やイランなどのならず者国家にとって「朗報」があるとすれば、人民元の国際的地位が徐々に高まっていることです。

人民元の国際通貨化

人民元取引比率は徐々に高まる

近年、中国の通貨・人民元などが国際社会において台頭している、などと言われます。

実際、国際決済銀行(Bank for International Settlements, BIS)が3年に1回公表する「OTC(店頭)外為市場調査」(図表1)でも、人民元の外為市場における取引量が着実に増えていることが確認できます。

図表1 OTC外為市場通貨ペア比率(単位:%)
通貨 2013年 2016年 2019年
米ドル 87.04 87.58 88.30
ユーロ 33.41 31.39 32.28
日本円 23.05 21.62 16.81
英ポンド 11.82 12.80 12.79
豪ドル 8.64 6.88 6.77
加ドル 4.56 5.14 5.03
スイスフラン 5.16 4.80 4.96
人民元 2.23 3.99 4.32
香港ドル 1.45 1.73 3.53
NZドル 1.96 2.05 2.07
スウェーデン・クローネ 1.76 2.22 2.03
韓国ウォン 1.20 1.65 2.00
シンガポールドル 1.40 1.81 1.81
ノルウェー・クローネ 1.44 1.67 1.80
メキシコ・ペソ 2.53 1.92 1.72
インド・ルピー .99 1.14 1.72
その他 11.38 11.60 12.04
合計 200.00 200.00 200.00

(【出所】BIS “Triennial Central Bank Survey of Foreign Exchange and Over-the-counter (OTC) Derivatives Markets in 2019 (Data revised on 8 December 2019)” の “Foreign exchange turnover” より著者作成。なお、「通貨ペア」が集計されているため、合計すると100%ではなく200%となる)

ただ、依然として世界の外為市場における取引量の上位を占めているのは米ドルであり、ユーロ、円、英ポンドなどが続き、人民元の取引高はスイスフランよりも少ないことがわかります。

GDPで見れば2017年においてスイスが7000億ドル弱、中国が12兆ドルで、じつに20倍近い開きがあるにも関わらず、外為市場における通貨の取引高はスイスの方が微妙に多いというのも不思議な気がしますね。

外貨準備に占める比率はすでに世界5位に!

一方で、国際通貨基金(IMF)は四半期に1回、全世界の各国がIMFに報告して来る外貨準備高の通貨別構成を集計して公表しており、これによると2019年6月末時点の外貨準備高については、内訳が判明するものの62%が米ドルで占められていることがわかります(図表2)。

図表2 世界の外貨準備の通貨別構成(2019年6月末時点)
区分 米ドル換算額(十億ドル) Aに対する比率
外貨準備合計 11,733
内訳判明分(A) 11,021 100.00%
うち、米ドル 6,792 61.63%
うち、ユーロ 2,243 20.35%
うち、日本円 597 5.41%
うち、英ポンド 489 4.43%
うち、人民元 218 1.97%
うち、加ドル 211 1.92%
うち、豪ドル 188 1.70%
うち、スイスフラン 16 0.14%
その他の通貨 269 2.44%
内訳不明分 711

(【出所】国際通貨基金(IMF) “Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves, COFER” より著者作成)

先ほどの外為市場の統計と異なり、外貨準備については人民元は英ポンドに次いで5番目の地位を占めています。その理由は定かではありませんが、おそらく外貨準備を管轄する中央銀行は民間金融機関と比べて人民元建ての資産を保有するのが容易だからなのかもしれません。

人民元は非常に不透明

もちろん、中国経済が世界経済に占める重要性が高まれば高まるほど、通貨の存在感自体は増えていくでしょう。しかし、中国は資本市場が外国に開放されておらず、また、なかば公然と為替介入を常態化させているため、人民元はそもそも私たち自由主義経済諸国の通貨とは性質がまったく異なります。

実際、米財務省は昨年8月に中国を為替操作国に指定しましたが(『米財務省、中国を為替操作国に認定』参照)、実際に米財務省にいわれるまでもなく、中国の外為市場の動きはきわめて不透明でもあります。

こうしたなか、米財務省は先日、この為替操作国の指定をいったん解除しました。

Treasury Releases Report on Macroeconomic and Foreign Exchange Policies of Major Trading Partners of the United States

―――2020/01/13付 米財務省HPより

リンク先のレポートは、本来ならば米財務省が半年に1回公表している『為替監視レポート』ですが、今回は本来の公表予定だった昨年10月ではなく、3ヵ月ずれ込み、今年1月になって公表されたのですが、遅れた理由は為替操作国指定を解除するために中国政府と折衝していたためでしょうか。

もっとも、米財務省は中国の為替操作国指定をまたいつでも元に戻せるので、今回、中国が為替操作国から外れたとしても、そこにあまり大きな意味があるとは思えません。あくまでもこれの米中対立は一時的な緊張緩和と見るべきでしょう。

現状は米ドルが強いが…

中国ですら米国を敵に回せない

さて、人民元の地位が徐々に台頭していることは間違いないにせよ、現時点においては依然として、米ドル、ユーロ、日本円、英ポンド、スイスフランなどの自由民主主義国の通貨は「ハード・カレンシー」としての地位を保っています。

そもそも論として、人民元自体が資本取引の規制を維持したままで、ここまで国際的な地位を上昇させたこと自体が驚異的ですが、ただ、少なくとも「基軸通貨」として将来的に米ドルにとって代わることは非現実的であると考えざるを得ません。

すなわち、現状、中国としては嫌でも外貨建て取引(とくに米ドル建ての取引)からは逃れられないということでもあります。

こうしたなか、私たち日本人はあまり認識する必要はないのですが、米ドル建て送金には「OFAC規制」というものがあります。これは、米国の『外国資産管理法(Foreign Assets Control Regulations)』という法律に従い、

米国大統領が、国家の安全保障を脅かすものと指定した国や法人、自然人などをSDN(Specially Designated Nationals and blocked Persons)リストとして公表すること、および同リストに記載された制裁対象が米国内に保有する資産を凍結できる

とする規制のことです(詳しくはジェトロ『海外向けに米ドル建ての送金を行う際の制限』に記載があります)。OFACとは米財務省の「外国資産管理室(Office of Foreign Asset Control)」のことですが、具体的なSDNリストはOFACのウェブサイトで確認できます。

Specially Designated Nationals And Blocked Persons List (SDN) Human Readable Lists(OFACウェブサイトより)

つまり、OFACのSDNリストに掲載されてしまえば、そのリストに掲載された国、法人、自然人は在米資産が凍結されてしまいますし、何も知らずに迂闊にそのSDNリストの相手と取引してしまえば、取引してしまった者も経済制裁を受けるのです。

そして、「SDNリストの相手と取引した結果、制裁されること」を、一般に「セカンダリー・サンクション」と呼びます。

北朝鮮関連で中国に対する経済制裁

さて、このOFACは米国時間1月14日付けで、北朝鮮に対する国連安保理制裁逃れに関連し、新たに2つの企業を制裁対象に指定しました。

Treasury Sanctions Entities for Facilitating the Exportation of Workers from North Korea

Today, the U.S. Department of the Treasury’s Office of Foreign Assets Control (OFAC) announced two North Korea-related designations focusing on the Government of North Korea’s continued supply of illicit labor to overseas markets.

―――2020/01/14付 米財務省HPより

リンク先の記事によると、OFACは今回、北朝鮮が引き続き外国に労働者を違法に派遣しようとしていたのに対し、北朝鮮の “Korea Namgang Trading Corporation” (NTC)社と、中国の “Beijing Sukbakso” の2社です。

米財務省は、北朝鮮が2017年9月11日に採択された『国連安保理決議2375号』や同年12月22日に採択された『国連安保理決議2397号』に基づく経済制裁から逃れようとしていると指摘しており、とくに第2397号に基づく北朝鮮出身労働者の追放期日は昨年12月22日でした。

このうちNTC社については、北朝鮮政府または「朝鮮労働党」の指令に基づいて北朝鮮人労働者を送り出すことに関わっていたとして、今回、経済制裁の対象に指定されたものです。

米財務省によると、NTC社が派遣した先はロシア、ナイジェリア、中東諸国などとs荒れており、NTCはこれらの国に北朝鮮人労働者を送り出すにあたってのロジスティクス(ビザ、パスポート、海外就労手続等)に関与したとされています。

一方の「北京スクバクソ社」については、NTC社などに対し、北朝鮮人労働者のロジ廻りなどにおいて、実質的なオペレーションの支援を行っていたとされています。

米財務省は今回のOFAC決定に従い、これらの会社の在米資産については凍結措置の対象とする一方で、この両者と取引を行ったことが判明したものについても「セカンダリー・サンクション(二次的制裁)の対象にする」と警告しています。

経済制裁は「名目が大事」

もちろん、この経済制裁については「イタチゴッコ」という側面がありますので、米国財務省としても常に情報を集めながら、いわば「走りながら経済制裁の対象を次々と付け加えていく」、という側面があります。また、経済制裁には得てして必ず穴があるものです。

そして、これに関してはわが国もおなじことです。わが国の財務省は外為法に基づく『経済制裁対象者リスト』を常時アップデートしており、直近だと昨年12月19日付で資産凍結等の措置の対象者リストが変更されています。

こうしたなか、よく北朝鮮経済制裁の話を紹介すると、「どうせ瀬取りや国境取引で経済制裁は無効になるはずだ」、といった主張をする人がいるのですが、ただ、だからといって米国の経済制裁に意味がない、という話にはなりません。

「国連加盟国が北朝鮮出身労働者を(公式には)追放しなければならない」という経済制裁が存在していた場合、今回の米財務省の決定のように、経済制裁を発動することができる名目は確実に増えていくのです。

結局、『総論:経済制裁について考えてみる』でも検討したとおり、日本や米国のような自由主義かつ法治主義を採用する国家が経済制裁を発動する場合には、ちゃんとした名目と証拠がなければなりません。

ただし、「ちゃんとした名目と証拠」があれば、経済制裁の種類によっては相手国に非常に大きな打撃を与えることもできます。

このため、北朝鮮に対する経済制裁についてはしっかりと実施していかなければなりませんし、たとえ中国であっても日米など国際社会の監視の目をかいくぐって北朝鮮に公然と支援をすることは非常に難しいと考えるのが自然な発想でしょう。

人民元台頭は非常に危険

ただし、何度も申しあげているとおり、北朝鮮に対する経済制裁にはいくらでも穴がありますし、現実の経済制裁は「イタチゴッコ」という側面があることは間違いありません。

さらに、もうひとつ困ったことがあるとすれば、また、全世界において人民元建ての取引の比重が増えてくれば、米国や日本などの西側諸国の監視を受けない取引が増えてきてしまう可能性がある、ということでもあります。

当然、警戒しなければならない通貨の筆頭格は、何といっても中国人民元でしょう。

現在は中国の通貨・人民元による決済ができる取引はさほど多くありませんが、人民元の国際的な地位は年々、着実に上昇しており、極端な話、北朝鮮やイランが米国などの経済制裁を逃れ、中国の資金決済システムを通じて直接に取引できてしまう可能性すらあるのです。

その意味で、法治主義国でも自由主義国でもない中国の通貨・人民元の国際的な地位を上昇させることは、世界の安全保障にも深刻な脅威を与えかねないものであるということを、西側諸国のリーダーらはもっと認識しなければなりません。

いっそのこと、中国の中央銀行である中国人民銀行をSDNリストに加えて経済制裁の対象にする、ということがあっても面白いかもしれませんね。

新宿会計士:

View Comments (8)

  • 経済理論分野は不勉強ながら申し上げます。通貨の本質とは財の保管能力だけでなく、購買能力決済能力(マーチャンダイズ力)にあるとすれば、購買行動の「速度」がかつてないほどに高まった人類文明の今の段階では、ディジタル化された決済力の「強い弱い」で通貨の「強い弱い」を評価することは可能と思います。使えないクレジットカードを持っていても意味がないのと同じです。その一方で信用力がこれまでに比べてディジタル化で(より容易に|より精度高く)計量可能のかは門外漢な不肖はにわは語る言葉を持ちません。お金持ちかどうかは、液晶画面に表示されたただの数字かも知れませんし、富や力はそんなものでないとの反駁もきっとあるでしょう。

  • 更新ありがとうございます。

    中国元が上がってきているんですね。逆に日本円や英国ポンドのシェアが微減。元が上がると米ドル始めユーロ、円等を介さず、つまり自由主義陣営の監視を受けず、勝手な事をやられる。

    会計士さんの言われる通り、人民元の地位が現時点においては依然として、米ドル、ユーロ、日本円、英ポンド、スイスフランなどの通貨「ハード・カレンシー」よりも低ければ良いですが、もう直ぐにでも追いつかれそうです。

    こんな元でも、持っていれば大喜びの未開国が沢山あるのでしょう。

  • 素朴な疑問なんですが、人民元で、中国の輸出品を購入することって可能なんでしょうかw

    いや個人輸入レベルなら、人民元でも支払い可能なのは知っていますが、商社レベルで、中国企業に人民元で支払おうとしたら「USDでないとダメアル!」とか言われていたりしたら笑えます。

  • 『北朝鮮関連で中国に対する経済制裁』の下8行目
    >米財務省によると、NTC社が派遣した先はロシア、ナイジェリア、中東諸国などとs荒れており、
    s荒れており→されており の誤変換ですね。

  •  昨年秋に、北朝鮮の石炭密輸船と認定された船が何十回も日本に寄港しているとの報道がありました。確認のため検索かけたら中央日報・SankeiBiz・東京新聞がヒットしましたが、他にもあるかも知れません。
    (いずれも2019.10.21付で、どれも元記事は共同通信が民間会社の船舶追跡データや海上保安庁の情報を集計したものだそうです)
     一旦日本に寄港した際に積荷の産地を北朝鮮以外に偽装した可能性や、船名や船籍を変更して寄港したりという、一方的に日本を利用したとしか思えない内容ですが、中央日報と東京新聞は『韓国は入港禁止にしているのに』という点を強調してるあたりが厭な感じだったんですが、つい最近その続きみたいな記事を見かけました。地元紙の国際・総合面あたりに載っていた「北朝鮮絡みで制裁対象認定されている中国籍の船が日本に寄港したのに、取り押さえもせず出航させた」という趣旨のベタ記事です。既に現物が手元に無くて記憶頼りですみませんm(_ _)m日本に対する二次制裁を誘導しかねない内容にみえるんですが、他に同様の報道ご覧になった方いらっしゃいますか?

  • あのぅ。人民元が台頭しているって、本当なのでしょうか?
    あの国では、経済のみならず、情報も統制されているのでしょう?
    ニュースも伝わり辛いのですが、あの国のIT企業や製造業で倒産が相次いでいるというのが聞こえております。

    あの国のディフォルトについては、これまで何度も言われてきて、いまや伝説?と化しています。
    なので、ディフォルトについては、可能性は低いと見ています。なにせ、統制経済ですから。

    しかし、その不透明な統制経済の通貨である人民元が、アメリカの金融制裁を無効化する?どうやって?

    一つ、おばさんに考えられるのは、習近平氏肝入りの”一帯一路”で人民元経済圏を作ること。
    ここで問題です。中国が輸入しなくてはならないもの、石油、穀物は人民元で支払えるかです。
    それらを輸出する国が対価として人民元を受け取るとしたら、その受け取った人民元で欲しいものが輸入できるかじゃありません?でなきゃ、システムが成立しない。

    お金って、その対価が保証されてからの価値ですもの。うふふ。これ、相棒シリーズの「X DAY」からの受け売りですけどね。この間、TV放映しておりましたよ(笑)。

  • 心配ありませんよ、円は最強通貨です。
    それに
    ドル円相場(円安)の影響ですから、日本円の外為市場比率の低下は。

    ル/円相場が90円になれば、また、円の外為市場比率は20%に戻りますよ。

    2010年4月1ドル約90円 外為市場比率約20%
    2019年4月1ドル約110円 同 約16.8%

    算式は 90÷110×20= これで16%台だから
    ドル円相場しだいで外為市場比率は、なん%かは増減してる。と言えるでしょう。