当ウェブサイトでは定期的にお伝えしているのが、国際決済銀行(BIS)が公表する「国際与信統計」と、日銀が公表する『BIS国際与信統計の日本分集計結果』を使った、国際的な金融の流れです。これは、金融機関の国境をまたいだ与信についての包括的な統計であり、多少、ほかの統計と整合しない部分はあるにせよ、統一的な尺度で全世界の与信状況を概観することができるため、当ウェブサイトでは好んで紹介しているものです。本稿では、先月の『日本は世界最大の債権国だが、手放しに喜べない理由も』の「続き」として、「カネの流れから見た日本の金融機関」の最新状況について、確認しておきたいと思います。
目次
BIS統計の定期更新
先月は、当ウェブサイト初の試みとして、『数字で読む日本経済』というシリーズを執筆してみました。
これは、「数字」をテーマにさまざまな統計データを集め、これらをもとにして、日本経済の姿を「カネの面」から記述しようとした試みであり、その結果については『日本経済を客観的な数字で読んでみた結果を総括します』にまとめています。
そして、「日本という国と日本円という通貨自体の実力」という観点から執筆したのが、『日本は世界最大の債権国だが、手放しに喜べない理由も』という記事です。
これは、国際決済銀行(Bank for International Settlements, BIS)が公表している国際与信統計( “Consolidated banking statistics” や “Locational banking statistics” など)を入手し、「債権国」として見たときの日本の世界における地位を確認する、という企画です。
結論的には、日本は「所在地ベース」、「最終リスクベース」のいずれでみても、「世界最大の債権国」であり、とくに日本の金融機関はGDPにも匹敵する金額を外国に貸し出しているとういうことが、統計からは明らかになっている、とするものです。
金融から見た、日本の実力
日本のクロスボーダー与信シェアは15%
まずは説明よりも前に、BISが公表している、2019年6月末時点における海外与信額の多い国を並べ替えておくと、次のとおりです(図表1)。
図表1 債権国一覧(最終リスクベース)
国 | 最終リスクベース | 構成比 |
---|---|---|
日本 | 4兆4271億ドル | 15.33% |
米国 | 3兆6556億ドル | 12.66% |
フランス | 3兆1175億ドル | 10.80% |
英国 | 2兆9898億ドル | 10.35% |
ドイツ | 2兆2342億ドル | 7.74% |
カナダ | 1兆8768億ドル | 6.50% |
スペイン | 1兆8281億ドル | 6.33% |
スイス | 1兆3948億ドル | 4.83% |
その他 | 7兆3537億ドル | 25.47% |
報告国合計 | 28兆8775億ドル | 100.00% |
(【出所】Bank for International Settlements, “Consolidated banking statistics (CBS)” )
これによると、2019年6月末時点において、BISに統計データを提出している31の国・地域の「国際与信」(クロスボーダー与信+現地向け与信)の金額は、約28.9兆ドルと、とてつもない金額に達していることがわかります。
ちなみにこの28.9兆ドルは、BISに提出された統計データのみの合計額であり、オフショア(特にケイマン諸島など)の国際与信などを含めたら、さらに金額は多くなると思います(※もっとも、オフショアから外国に対する融資実態については、よくわかりませんが…)。
また、「最終リスクベース」とは、与信先の所在地ではなく、「与信の最終的なリスクがどこに所在するのか」を基準に、国・地域の分類を行った統計のことです(たとえば、日本の金融機関がニューヨーク支店に対してカネを貸した場合は、それは「米国に対する与信」ではなく、「日本に対する与信」として扱います)。
世界最大の債権国・ニッポン
日本の外国に対する与信(最終リスクベース)は、金額で約4.4兆ドルであり、31の国・地域のなかでは米国を押しのけてトップであり、日本の外国に対する与信シェアはじつに15%を超えているという状況にある、ということがわかるでしょう。
もっとも、「日本は世界最大の債権国だ」というのが事実だとしても、その金額は実態よりも水膨れしている可能性はあります。というのも、この最終リスクベース与信のなかには、
- 邦銀が外国に進出して、外国の企業向けに現地通貨でおカネを貸している金額
- 日本の地銀、信用金庫、農協などが「その他有価証券」の保有目的区分で保有する外国債券
- 日本の地銀、信用金庫、農協などが保有するケイマン籍などの仕組債・仕組ローン
- メガバンクや大手証券会社などが外国カウンターパーティと行っているレポ取引
といった金額が、すべて合算されていると考えられるからです。
ただし、厳密な金額がその他の統計と厳密に一致しているとは限りません。たとえば、昨日の『「国の借金」ではなく「資産負債バランス」こそが問題』でも報告した、「資金循環統計上、日本の経済主体が海外に対して投資している金融資産の額」(1077兆9613億円)の内訳とは、うまく整合しません。
具体的には、1077兆9613億円の内訳は
- 対外直接投資…179兆1220億円(全体の約16.6%)
- 対外証券投資…615兆2277億円(全体の約57.1%)
- 貸出…157兆8133億円(全体の約14.6%)
ですが、このうち「対外直接投資」はBIS統計が集計対象にしている「国際与信」ではありませんし、また、BIS統計の対象に含まれる「対外証券投資」の額については、預金取扱機関による金額はこの一部(116兆3584億円)を占めるに過ぎません。
こうした不整合が生じている理由は、おそらく、資金循環統計が集計対象としているのが「国内勘定のみ」である(つまりメガバンクなどの海外での資金調達・運用活動が含まれていない)一方、BIS統計(最終リスクベース)では海外支店における活動が含まれている、という違いがあるためでしょう。
(もっとも、これらの違いを考慮しても、まだ微妙に不一致は残りますが…)
さて、昨日の資金循環統計にしてもそうですが、BIS統計についても、データ自体はどんっどんどんと新しいものが出て来ます。また、アップデートされたデータをチェックするのは、以前の議論をまとめて思い出し、知識をさらに深めるという意味もあります。
相変わらず4兆ドルを超える与信
さて、このBIS統計、更新されるのには少し時間が掛かります。
このデータは、基本的に四半期(つまり3ヵ月)に1回のタイミングで公表されるのですが、やはり国が多いためか、各国が提出してから、集計には時間がかかるようであり、普段は4~5ヵ月ほど遅れて公表されます(たとえ、2019年6月末時点のデータが公表されたのは、2019年12月3日でした)。
このため、「どの国が2019年9月末時点で、日本からいくらのカネを借りていて、その金額はその国にとってどれだけの重要性を持っているのか」、といった情報についての分析が実施できるのは、もう少し先(おそらく来年2月~3月頃)になると思います。。
ただ、わが国の場合はけっこう律儀で、日銀はBIS統計の「日本分類集計結果」については、だいたい3ヵ月以内に公表することにしているようであり、実際、先週金曜日に2019年9月末時点の集計結果が公表されています。さっそくですが、その概要を見てみましょう(図表2)。
図表2 国際与信統計・最終リスクベース与信・総括表(2019年9月末時点)
項目 | 金額 | 比率 |
---|---|---|
合計 | 4兆3718億ドル | 100.00% |
先進国向け | 2兆9621億ドル | 67.75% |
欧州 | 9756億ドル | 22.32% |
米国・その他 | 1兆9864億ドル | 45.44% |
オフショア向け | 8053億ドル | 18.42% |
発展途上国向け | 5815億ドル | 13.30% |
アフリカ・中東 | 693億ドル | 1.58% |
アジア・太平洋 | 4226億ドル | 9.67% |
欧州 | 268億ドル | 0.61% |
ラテンアメリカ・カリブ海諸国 | 629億ドル | 1.44% |
国際機関 | 229億ドル | 0.52% |
(【出所】日銀『BIS国際資金取引統計および国際与信統計の日本分集計結果』)
図表2は、国際与信統計のうち、「最終リスクベース」の『クロスボーダー与信および非現地通貨建て現地向け与信残高』の合計額を転記したもので、2019年9月末時点で日本が外国に貸しているおカネの額が約4.4兆ドルだ、という意味です。
ただし、内訳について見てみると、「先進国向け」が全体の約68%と圧倒的に多く、次に「オフショア向け」が18%で、「発展途上国向け」は全体の13%に過ぎません。
(※余談ですが、図表2に「欧州」が2回出て来ますが、これは、日銀の統計上、西欧諸国(英仏独伊など)については「先進国」カテゴリーで、旧東欧諸国などについては「発展途上国」カテゴリーで、それぞれ集計されているためであり、べつに誤植ではありません。)
国別ランキング
米国とオフショアの比率が高い
いつものことですが、ランキングを確認しておきましょう。
まずは、全世界の国について、上位20ヵ国順に並べ替えたものが、図表3です。
図表3 国際与信統計 日本の与信上位先20ヵ国
相手国 | 金額 | 構成比 |
---|---|---|
米国 | 1兆7821億ドル | 40.76% |
ケイマン諸島 | 6095億ドル | 13.94% |
フランス | 2126億ドル | 4.86% |
英国 | 2103億ドル | 4.81% |
ドイツ | 1293億ドル | 2.96% |
オーストラリア | 1205億ドル | 2.76% |
タイ | 1002億ドル | 2.29% |
ルクセンブルク | 964億ドル | 2.21% |
中国 | 787億ドル | 1.80% |
カナダ | 761億ドル | 1.74% |
香港 | 736億ドル | 1.68% |
オランダ | 708億ドル | 1.62% |
シンガポール | 702億ドル | 1.61% |
韓国 | 540億ドル | 1.23% |
インドネシア | 507億ドル | 1.16% |
アイルランド | 498億ドル | 1.14% |
インド | 475億ドル | 1.09% |
台湾 | 396億ドル | 0.91% |
スペイン | 384億ドル | 0.88% |
ベルギー | 374億ドル | 0.86% |
その他 | 4242億ドル | 9.70% |
合計 | 4兆3718億ドル | 100.00% |
(【出所】日銀『BIS国際資金取引統計および国際与信統計の日本分集計結果』より著者作成)
…。
いかがでしょうか。
いつもどおり、米国向けの与信が全体の40%少々を占めており、これにオフショアであるケイマン諸島(約14%)が続く、という構図です。
尖閣オフショアマーケットの創設はいかが?
ちなみに、以前の『カリブ海の小国に63兆円を貸し付ける最強の日本の金融機関』でも報告したとおり、ケイマン向け与信が6000億ドルにも達している理由は、おそらく、「タックスヘイブン」として、ケイマン諸島の使い勝手が良いからでしょう。
ただし、一部の方は誤解されているようですが、べつにケイマン諸島を使った投資スキームは、「租税回避」などの不正な取引で使われているものではありません。というよりも、「オフショア」については、ケイマン諸島だけでなく、わが国にも合法的に存在しています。
非常に細かい話ですが、日本の資本市場にも俗に「東京オフショア・マーケット」というものが創設されており、正確には、外為法第21条第3項に定める「特別国際金融取引勘定」のことですが、英語の “Japan Offshore Market” 、略して「JOM」(ジョム)などと称することがあります。
一般にオフショアとして使用される地域は、債券利子に対する源泉徴収の適用がないなどのメリットがあるため、投資スキームにおいて使用されることが多いのです。
もっとも、日本のオフショア市場はどうも何かと使い勝手が悪いため、結局、本邦の資金がオフショア(というよりも、ケイマン諸島やBVI、あるーばなど)に流れて行ってしまうのです。
したがって、本気で日本が資本流出を防ぎたければ、外為法を徹底的に改正し、JOMの使い勝手を徹底的に改良すべきであり、このあたりはやはり金融立国である英国や米国など、アングロサクソン系のやり方を徹底的に学習すべき点ではないでしょうか。
せっかく「日本円」という世界最強クラスの通貨を使っているのですから、もったいない気がしてなりません。
(※何なら、北海道や沖縄などの産業を振興する目的で、「札幌オフショアマーケット」、「沖縄オフショアマーケット」、「竹島オフショアマーケット」、「尖閣オフショアマーケット」などを創設しても良いのではないかと思う次第です。)
アジアで最も重要な国はタイ
さて、図表3だと少しわかり辛いのですが、これを「アジアだけ」に限定して書き換えたのが、次の図表4です。
図表4 アジアに対する与信(上位順)
相手国 | 金額 | 構成比 |
---|---|---|
タイ | 1002億ドル | 2.29% |
中国 | 787億ドル | 1.80% |
韓国 | 540億ドル | 1.23% |
インドネシア | 507億ドル | 1.16% |
インド | 475億ドル | 1.09% |
台湾 | 396億ドル | 0.91% |
マレーシア | 230億ドル | 0.53% |
フィリピン | 134億ドル | 0.31% |
ベトナム | 89億ドル | 0.20% |
その他 | 67億ドル | 0.15% |
アジア太平洋合計 | 4226億ドル | 9.67% |
全世界 | 4兆3718億ドル | 100.00% |
(【出所】日銀『BIS国際資金取引統計および国際与信統計の日本分集計結果』より著者作成)
これも普段のBIS統計の紹介で解説しているとおりですが、「日本の金融機関からの投融資」という面からみて、アジアで最も重要な国は、隣国である中国や韓国ではなく、タイです。また、インドネシア、インド、台湾なども、金額的な構成から見て、アジアの中では日本の金融機関にとって重要な相手国です。
なお、香港(330億ドル)については、図表4のランキングに掲載されていませんが、その理由は、香港向け融資については「オフショア」扱いになるからです。
また、香港自体が金融センターでもあるため、香港を経由して中国本土などに資金が流れているという可能性もありますが、そもそも「金融センター」であるはずの香港に対し、日本の金融機関が330億ドルしかカネを貸していないというのも意外な気がします。
客観的な統計が大事
以上、本稿では昨日の『「国の借金」ではなく「資産負債バランス」こそが問題』に続き、金融統計を淡々と紹介してみました。
さて、意外な話ですが、どの国であっても「経済新聞」を名乗っているメディアに限って、経済のことをまったく理解していないという共通点があるようですが(※冗談ですが、なかば本気です(笑))、その理由は、彼らがえてして「数字」を軽視しているからです。
その典型例は、最近よく目にする、「日韓貿易戦争(?)のおかげで日本の対韓輸出高が激減している」といった俗説だと思います(何がどう誤っているのかについては、『数字で検証する、「対韓輸出規制が日本経済に打撃」説』あたりで解説しています)。
そして、「数字」を軽視するあまり(あるいは都合がよい情報を鵜呑みにするあまり)、「国の借金は1000兆円を超えている!」「GDPの2倍超だ!」「日本は今すぐ財政再建する!」といった、悪質なプロパガンダが蔓延してしまっているのです。
とくに、「日本は財政再建が必要だから、消費税などの増税が必要だ」、といった誤った考え方については、淡々と事実関係を記述していくことが、最大の対抗策でもあります。「数字で日本経済の姿を把握し、それを淡々と記述すること」は、当ウェブサイトとしてのささやかな社会貢献のつもりです。
View Comments (2)
尖閣諸島を「タックスヘイブン」に?
まじめな話,日本は相続税が高すぎて,海外の金持ちは移住しませんし,その他諸々の法人関係の税金も高いので,海外からの投資もそれほどではないです。でも,日本人は海外生活適応力が低いので,金持ちでも(税金の安い国に)海外移住しませんし,海外投資も日本に国籍を置いたまま,限られた形で海外投資して,日本に税金を払っています。
日本人の大半が国際化して世界を自由に飛び回るようになったら,大量に海外にお金が流失するかもしれませんね。
香港(330億ドル):図表3では736億ドルになっています。
この時期、フランスが3位になったのは英国ジョンソン首相選出の影響でしょうか?
さて、唯我独尊であるrule makerのアングロサクソンに対抗するにはなかなか至難の業ですねぇ。それでも、rising sun marketをいつの日にか、と。尖閣も一案ですが、より現実的には宮古島を推奨いたします。