X

岩屋氏、シャングリラ会合で「開かれたインド太平洋」を強調

週末にシンガポールで恒例の「シャングリラ会合」が開かれ、わが国からは岩屋毅防衛大臣がこの会合に参加しました。韓国の国防長官と会談に応じたことから、インターネットでは「岩屋(氏)はさっさと辞めろ」といった声もあるようですが、主催者である英国際戦略研究所(IISS)が動画サイトにアップロードした動画を見てみると、岩屋氏は流暢とはいえないにせよ明瞭な英語でスピーチで従来の日本の姿勢をきっちりと強調したことに加え、日米豪防衛相会談をこなすなど、「そつのない仕事ぶり」が目立ちました。そのことは正当に評価すべきではないでしょうか。

シャングリラ会合での岩屋氏のスピーチ

英国際戦略研究所(IISS)は毎年、「アジア安全保障会議」(通称「シャングリラ会合」、英語 “IISS Shangri-La Dialogue” )という会合を主宰しています。

わが国からも岩屋毅防衛大臣がこの会合に参加するために、5月31日(金)から2泊3日でシンガポールに出張中ですが、岩屋氏のスピーチ内容や、実際に開催された防衛相会合などをみると、なかなか興味深いことが判明します。

岩屋氏のスピーチはIISSがYouTubeにアップロードした動画で確認することができますが、何と英語で直接、発信しています(スピーチの原文は防衛省のウェブサイトでも確認可能です)。

彼の英語の発音は典型的な「ジャパングリッシュ」ですが(笑)、それでも非常に聞き取りやすいものですし、また、重要な部分についてはわざわざ強調するなど、演説は非常に上手です。

日本の防衛トップがこのような情報発信を行うこと自体、なかなか有意義なことでもあります(なお、日本語訳についても防衛省のホームページにアップロードされています)。

第18回IISSアジア安全保障会議(シャングリラ会合)防衛大臣スピーチ(2019/06/01付 防衛省HPより)

岩屋氏のスピーチをひととおり聞いたのですが、簡単にいえば、諸国に対して現在の安倍政権が推進する「自由で開かれたインド太平洋」構想への参加を呼び掛けるとともに、北朝鮮のCVID(※)方式による核放棄に向けた努力の重要さを強調するものです。

(※「CVID」とは「完全な、検証可能な、かつ不可逆な方法での廃棄」(Complete, Verifiable and Irreversible Dismantlement)のこと。)

岩屋氏の演題は “Korean Security: The next steps” (朝鮮半島の安保:次のステップ)というセッションで行われたものでしたが、スピーチの冒頭でいきなり「自由で開かれたインド太平洋」に言及したうえで、

シャングリラ会合参加者は全員、『自由で開かれたインド太平洋』という同じビジョンを共有していると信じる

と述べているのですが、これなどは「法による支配」に反する行動を取っている中国に対しては非常に強烈な先制パンチですね。

そのうえで、岩屋氏は「北朝鮮のCVID方式による非核化を目指す姿勢に何ら変わりはない」、「北朝鮮の瀬取り監視活動には米豪加・ニュージーランドだけでなく、英仏なども含まれる」として、広く自由主義国全体が参加していることを明示しています。

(※余談ですが、「西側諸国の共同の瀬取り監視活動」という下り韓国が登場しないあたり、岩屋氏はさりげなく良い仕事をしていると思います。)

もっとも、岩屋氏のスピーチの中で、私が賛同できない下りがないわけではありません。その代表例は、

Japan will continue to tirelessly work on initiatives to further strengthen Japan-U.S. and Japan-U.S.-ROK cooperation, including joint exercises, such as those to enhance ballistic missile warning capability (日本は引き続き、弾道ミサイル警戒能力といった合同訓練を含め、日米、日韓での防衛協力体制を強化していく)

という部分と、

Japan seeks to normalize its relations with North Korea through a comprehensive resolution of outstanding issues of concern such as abductions, nuclear and missile issues, as well as the settlement of the unfortunate past. (日本は北朝鮮との間での、拉致問題、核・ミサイル問題、不幸な過去の清算などを含めた諸問題の包括的解決を通じて国交正常化を目指す)

という部分です。

そもそも論として、レーダーを照射してくる韓国のような国との防衛協力など考えたくもありませんし、また、犯罪者集団である北朝鮮との国交正常化など、正気の沙汰ではありません。

ただし、これについては岩屋氏の問題というよりも、むしろ安倍政権全体の問題であり、この2点を岩屋氏の責任に帰することは公平ではないでしょう。

重要な3つの防衛相会談

さて、岩屋氏はシャングリラ会合のスピーチで「そつなく仕事をこなした」格好ですが、それだけではありません。3つの「防衛相会談」をこなしました。

日豪防衛相会談(概要)(2019/06/01付 防衛省HPより)

まずは日豪防衛相会談です。

豪州といえば、日本が過去に7回、「外相・防衛相2+2会合」を開催した相手国です(『外相・防衛相2+2会談の相手国が増えるのは良いことだが…』参照)。岩屋氏は新任のレイノルズ国防大臣に就任の祝意を示すとともに、広範囲な日豪防衛協力を確認しました。

日中防衛相会談(概要)(2019/06/01付 防衛省HPより)

次に、日中防衛相会談です。

中国といえば、先月末、共同通信が日本が「日中2+2会合創設を提案した」と報じた相手国でもありますが(『中国が「一帯一路」で韓国に揺さぶり?自業自得の韓国外交』参照)、魏鳳和(ぎ・ほうわ)中国国防部長との会談では、人的相互訪問を含めた日中防衛交流全体について一致したそうです。

こうしたなか、私が「一番重要だ」と考えるのは、日米豪防衛相会談です。

日米豪防衛相会談共同声明(2019/06/01付 防衛省HPより)

この会談では、「自由で開かれたインド太平洋戦略」の実現に向けた『日米豪戦略アクション・アジェンダ』で合意されたのですが、これこそわが国の防衛体制の大きな変化を示すものでしょう。

先ほど紹介した岩屋氏のスピーチでも、岩屋氏は「日米韓の連携の大切さ」と言及しておきながら、たとえば「北朝鮮の瀬取り監視活動」を巡っては、わざと韓国に言及せず、それどころか豪州との協力にわざわざ言及していたことを思い出します。

こうした行動から見えて来るのは、

  • 日中間で偶発的な交戦の勃発を防ぐよう、日中関係をうまく管理していく
  • 北朝鮮のCVID方式の非核化に向けて、日米豪加NZ英仏との連携を強化していく
  • 事実上、日本が連携を深めるべき相手には韓国の姿はない

という、日本政府としての一貫した方針でしょう。

韓国とは「防衛相会談」に非ず?

一方で、今回の一連の会合で1つ、不可解なことがあります。

それは、岩屋氏は韓国の鄭景斗(てい・けいと)国防部長官とも会談を持ったのですが、これについて防衛省は「日韓防衛相会談」とは呼称しておらず、かつ、その概要についても掲載されていない、という事実です。

実際、『写真一覧|岩屋防衛大臣の動静』を確認しても、韓国との会談は岩屋氏が硬い表情で鄭長官と対面している写真しか掲載されておらず、しかも「日韓防衛当局間での意見交換」とのキャプションが付され、日豪・日中・日米豪の会談と比べて明らかに扱いが異なっているのです。

日豪防衛相会談

日中防衛相会談

日米豪防衛相会談

日韓防衛当局間での意見交換

(【出所】いずれも防衛省『写真一覧|岩屋防衛大臣の動静』)

これについて、韓国メディア『聯合ニュース』(日本語版)は「韓日国防相会談が実施された」と報じているのですが(下記リンク参照)、会談の位置付け自体が日韓両国で異なっている、ということでもあります。

韓日 約8カ月ぶり国防相会談=交流正常化へ前進(2019.06.01 17:36付 聯合ニュース日本語版より)

聯合ニュースは鄭氏が

韓日の国防協力に関連して良い話をした。哨戒機の近接威嚇飛行に関しても虚心坦懐に、率直に意見交換した

と述べたとしていますが、防衛省のウェブサイトにはこの概要は一切掲載されておらず、それどころかわが国のメディア・産経ニュースは「日韓の主張が平行線をたどった」と述べています。

韓国、レーダー照射認めず平行線 日韓防衛相が非公式会談(2019.6.1 20:48付 産経ニュースより)

では、聯合ニュース、産経ニュースのいずれが正しいのでしょうか?

防衛省の情報開示から考えると、おそらく日本側としては今回の会談はあくまでも「実務者協議」に過ぎず、かつ、レーダー照射問題を巡って韓国側が事実関係を認めなかったという事実が残った、ということでしょう。

岩屋氏「日韓協力で真摯に努力」の真意

ところで、産経ニュースは岩屋氏が記者団に対し、

日韓、日米韓の防衛協力を継続していくことに真摯に努力していきたい

と述べた、と報じていて、インターネット上の掲示板などを眺めてみると、

岩屋(防衛相)はさっさと辞めろ

といった罵詈雑言のたぐいが溢れているようです。

ただ、冷静に考えてみると、この「日米韓の防衛協力」という発言は、岩屋氏だけでなく、従来から安倍総理自身が繰り返しているものです。「日米韓の防衛協力」が問題発言だというのであれば、岩屋氏だけでなく「安倍(総理)もさっさと辞めろ」と言わなければ筋が通らないのではないでしょうか。

もちろん、岩屋氏のこの発言の仕方は非常に不器用だと思いますが、私は別に問題発言だとは思いません。何度も当ウェブサイトで協調しているとおり、いずれ日韓関係はどこかの段階で何らかの清算を余儀なくされるでしょうが、そのタイミングは「今すぐ」ではないからです。

少なくとも現在は、まだ米韓同盟が生きており、必然的に「日米韓三角同盟」の枠組みを破壊することはできません。

それよりも、岩屋氏が「日米韓の連携が大事だ」と言っておきながら、

  • 韓国の国防長官との対話については「防衛相会談ではない」と位置付けている事実
  • 瀬取りの監視で連携する相手国からわざと韓国を抜かしているという事実

などを考えるならば、日本政府が現在、韓国をどう位置付けているのかについては、おぼろげながら見えてくると思うのです(日本政府の韓国に対する現在の姿勢がパーフェクトだと申し上げるつもりはありませんが…)。

新宿会計士:

View Comments (45)

  • 自己コメント。

    岩屋氏の言動を見ていると、とくに日米連携という点では何らおかしなことを言っていないし、それどころか安倍政権の外交、防衛方針の忠実な実行者だ、というのが実情。

    日韓連携をしきりに言い募っているから批判を一身に浴びているが、安倍総理にとっては「弾除け」という側面も否定できないと思います。

  • シャングリラ会合での岩屋氏のスピーチのことは全く知りませんでした。たいへん有益な情報ありがとうございます。

  • 「日韓防衛当局間での意見交換」は、会話にならなかったから「会談」にあらずという外交的レトリックなんんでしょうが、「下級国民」の方々には、プロレスの様にわかりやすいアングルでないと受けが悪いのです。

    あと岩屋氏はカオで損している部分はありますね。

  • やあ、新宿会計士様の援軍は、ありがたいことこの上ない限りです。
    自分も岩屋防衛大臣を擁護している側ですから、ネットにおける彼の孤立無援ぶりは痛々しい限りです。
    岩屋氏はレーダー照射事件があっても、安保理決議の実施に対して一歩も退いたところはありません。この一点で彼を支持するには十分な理由となります。
    ここを見ずに、表面上で韓国に媚び、誤ったメッセージを送っているかのような発言を捉えて、岩屋氏を『売国奴』と叫ぶのは短絡的に過ぎます。また、『パチンコ議員』の非難も浴びせられますが、『パチンコ屋の倒産を応援するブログ』を応援しておられる新宿会計士様は、岩屋氏がパチンコ業界に何の力も無いことも把握しておられるとおられると思います。
    さらに、グアム沖での日米韓豪合同軍事演習(パシフィックバンガード)を終えて、日本は米豪とは公式の会談を持ち共同声明を発する。なのに、韓国とは非公式会談であり、共同声明も無し。ここに日本政府と防衛省のすべての態度が出ています。

    しかし、ネットの論調も日本にとって悪いものではないでしょう。苦肉の策に使えるというものです。
    ネットから叩かれる岩屋防衛大臣は、さしずめ周瑜から棒叩きを受ける黄蓋といったところでしょうか?
    後々にどんな秘策が飛び出してくるのかを考えれば、むしろワクワクしてきます。(笑)

  • 私は日頃、岩屋無能説を唱えておりますが、確かに今回の「シャングリラ会合」における彼の働きは評価してよいと思います。韓国の鄭長官との会談は不安でしたが、都合よく発言を切り取られていないことから、言葉を選んで発言していたであろうと思われます。

    意地悪な憶測をするなら、事前に総理からミッチリと釘を刺されていたのかもしれませんし、近頃評判が悪いのを察知して挽回に努めたのかもしれません。何にせよ、岩屋氏が自分の立場をわきまえて周到に仕事ができる人であるとわかって少し安心しました。

    英語のスピーチにいては十分に及第点だと思います。日本人は日本式の発音で構わないのです。十分に丁寧で畏まった、well educated Englishだと思います。

  • 私も岩屋無能説に一票です
    そつなくこなして当たり前
    韓国との会談なんか必要なかった
    しかも40分て、それなら非公式じゃなく公式に会談してレーダー照射の件を改めて抗議すべきだったのでは?
    中央日報の見出しではすでに「哨戒機問題後初の韓日国防相会談…日本は謝罪の代わりに不満だけ話す」とものすごい上から目線です
    非公式会談でなんかメリットあったの?

    • 私も同じ意見です。
      そつなくこなすのは官僚たちの仕事でしょう。
      笑顔であのような写真を撮られることで間違った(歪められた)韓国に都合のよい情報に
      書き換えられてもしょうがないでしょう。
      習近平のように憮然とした表情をするなりできるでしょう。
      そもそもG20で会談しないと同じ立場を取るべきだと思います。

    • 匿名さん fumさんへ

      ちょっとした
      思考実験に、お付き合い願いたい

      韓国という箱に、
      良い情報と悪い情報を入れた場合の違いを考える

      箱の中が、どうなっているのかは一切、考えない

      出てくる答えに違いは有るのだろうか?

      もし、出てくる答えに違いが無いのならば、

      第三者から見て、見栄えのイイモノを入れた方が
      得策ではないだろうか?

    • 匿名さん fumさんへ

      追伸

      一番イイのは、
      箱に何にも入れないコトだとは思う

  •  冷静に観察すること、目的、結果、考察を切り分けることの重要さを会計士様のページを見ると再認識できます。完全にゼロは難しいのですが、「(どんな人間でも)自分が先入観をもっていること」と、「先入観を排して観察すること」は重要ですよね。

     韓国に対しては、レーダー照射や慰安婦、徴用工等の個別の対応は重要ではあるのですが「日本及び日本人へのヘイトをまき散らす韓国という国家の没落とヘイト国家認定」をゴールに、日本は国際社会を味方につけ、戦略的に対応していってほしいと思います。
     韓国は侮ってはいけない相手で、感情で主に国際社会のマスコミ、いわゆるパヨクと連携して攻撃を行ってきます。いわゆる「被害者」攻撃なので、対抗するには日本がそれ以上の「被害者」で、韓国人が「加害者」であることを広めていく努力が必要でしょう。旭日旗攻撃等は、不快ですが、ある意味、良い機会と考えます。日本の伝統文化、世界中の様々な伝統文化、デザインに対する「ヘイト」であり、韓国がヘイト国家であることを様々な国際イベント等で広げていかないといけないですよね。

  • 私、ゴッドファーザーの映画が好きです。
    いったい、何の話だよ。おばさん!という声が聞こえましたが、無視させていただきます。
    ゴッドファーザーPart2だったと思いますが、マイケル・コルレオーネが今までコンシリエリだった義理の兄トム・ヘーゲンを解任するシーンがあります。理由を迫るヘーゲンに、マイケルは、「これから始まる事は君向きじゃないんだ」と答えます。

    岩屋氏のことで炎上しているサイトのコメントを見ると、「早く解任しろ」とか「小野寺さんに戻せ」というのがありました。小野寺さんは好きです。プライムニュースなどで伺う防衛構想は、とても魅力的(❤)。
    でも、この時期、安倍総理が、あえて、防衛相を小野寺氏から、岩屋氏に変えました。
    「これから始まる事は小野寺さん向きじゃないんだ」ということなのかも知れません。なにが始まるのかしら。
    別稿でもコメントさせていただきましたが、岩屋氏の発言に、安倍総理や菅官房長官はクレームをつけていません。岩屋氏は汚れ役?

  • 対韓に関しては岩屋防衛大臣は前任の小野寺さんとコンビで「良い警官・悪い警官」という対処になっているようで、それはそれで日本の総体としては有意義かと思います。わざとやっている演技なのか、天然なのかはわかりませんが。

1 2 3