本日から安倍総理が訪中しますが、「日中関係改善」だの、「日中新時代」だのといった期待を持つ人もいるようであり、わりと保守的な論調で知られる産経新聞でさえ、ウェブ版に『日中関係は改善』とする記事を掲載しているほどです。ただ、中国共産党一党独裁で日本への侵略の意図を隠そうともしない中国との関係改善が簡単に進むほど、物事は単純ではありません。こうしたなか、私はジャーナリスト・福島香織氏の優れた論考を発見しました。
目次
安倍訪中について考える
「日中関係改善」?そんなバカな!
報道によると、本日から安倍晋三総理大臣が中国を訪問します。
日本の現職総理大臣としての訪中は、2011年12月の野田佳彦首相(当時)以来、約7年ぶりのことであり、これについて比較的「安倍政権寄り」の論調で知られる産経ニュースは「日中関係改善」と報じています。
【今週の焦点】安倍晋三首相25日から訪中 厳しい対中姿勢を一貫、関係は改善 日本首相の訪中は7年ぶり(2018.10.21 22:12付 産経ニュースより)
ただ、産経新聞さんには非常に申し訳ないのですが、私の目には、日中関係が「改善」しているようには見えません。
まず、尖閣諸島周辺海域への中国船の侵入は、常態化しています。海上保安庁ウェブサイト『尖閣諸島周辺海域における中国公船等の動向と我が国の対処』によれば、接続水域内に侵入する中国船舶が、野田政権末期の2012年10月頃から激増していることが確認できます(図表1)。
図表1 中国公船等による尖閣諸島周辺の接続水域内入域及び領海侵入隻数
(【出所】海上保安庁HP、クリックで拡大)
「日中関係に氷解ムード」と演出したい気持ちもわからないではありませんが、他国の領海を平気で侵犯するような国との関係が「改善」しているわけなどありません。
また、少し古いデータで恐縮ですが、内閣府が毎年実施している『外交に関する世論調査』のうち、昨年12月25日付で公表された最新版調査によれば、中国に「どちらかといえば親しみを感じない」「親しみを感じない」と答えた割合が8割弱にも達しています(図表2)。
図表2 日本国民の中国に対する親近感の推移
(【出所】『外交に関する世論調査』より著者作成)
おそらく、産経ニュースが「中国との関係が改善している」と述べた理由は、今年5月に中国の李克強(り・こっきょう)首相が中国首相として8年ぶりに日本を公式訪問したこと、安倍総理の訪中が実現したことにあると思うのですが、それによって「日中関係改善」と表現するのは、いささか乱暴です。
繰り返しですが、日中関係はまったく改善していません。
正体は中国の擦り寄り
ただ、産経ニュースの短い記事のなかに、今回の安倍総理訪中が実現した理由が詰まっていることも事実です。端的に言えば、日本側ではなく中国側にこそ、日本との関係を改善したいという強いニーズがある、ということです。
まず、現在、中国は米国のトランプ政権が仕掛けた貿易戦争によって苦しんでおり、今回の貿易戦争については、中国が一方的に米国から殴られている状況にあります。
数字で見てみればわかりますが、『世界の統計2018』(図表9-6『主要相手国別輸出入額』、P170~)によると、中国の米国に対する2016年における輸出額は、米国側の統計で4817億ドルに達しています。これに対し米国からの中国の輸入額は1158億ドルに過ぎません。
米中貿易額(2016年、金額単位:百万ドル)
- 米国側の統計
- 中国→米国 481,718…①
- 米国→中国 115,775…②
- 米国の貿易赤字 365,943…③=①-②
- 中国側の統計
- 中国→米国 385,678…④
- 米国→中国 135,120…⑤
- 中国の貿易黒字 250,558…⑥=④-⑤
(※余談ですが、米中双方の統計では、輸出入の額に大きな齟齬が生じています(とくに①と④の金額には1000億ドル近い差異が生じています)。一般に、輸出と輸入のカウント方式は異なりますが、それにしても両者の差異は大きすぎます。)
つまり、中国の米国に対する一方的な貿易黒字という状況で、米国が中国に制裁関税を加えれば、中国としては対抗措置を取るにも限度があります。
これに加えて、中国・習近平(しゅう・きんぺい)国家主席が提唱した「一帯一路構想」や、中国が主導した国際開発銀行である「アジア・インチキ・イカサマ銀行」、じゃなかった、「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)などが行き詰まりを見せています。
さらには、中国は常にキャピタル・フライトのリスクにさらされており、通貨・人民元については暴落の恐怖の隣り合っている状況にあります(※ただし、中国本土では厳格な資本統制が敷かれているため、本当に人民元が暴落しそうになったときに、無理やりそれを止める手立てはありますが…)。
ほかにも中国の苦境はいろいろとあるのですが、重要なポイントは
「苦境に陥った中国が日本に擦り寄ってきている」
という点だと考えれば良いでしょう。
日中関係では「逃げ足の速さ」が大事
福島香織氏の論考『意外に安倍政権好きな中国知識人』
こうしたなか、ジャーナリストの福島香織氏が昨日、こんな論考を日経ビジネスオンラインに寄稿されています。
意外に安倍政権好きな中国知識人/日中関係の現在と行方を占う(2018年10月24日付 日経ビジネスオンラインより)
リンク先の記事を読むためには、日経IDを取得するなどのややこしい手続が必要ですし、いったん登録すると日本経済新聞社から日々大量のスパム・メールが届くという非常に迷惑な代物です(※日経ID等、記事を読むための詳細条件については、日経ビジネスオンラインで直接ご確認ください)。
ただ、別に私は日本経済新聞社の回し者ではありませんが、それでも福島香織さんの『中国新聞趣聞~チャイナ・ゴシップス』シリーズや鈴置高史さんの『早読み深読み朝鮮半島』シリーズを読むためだけであっても、日経IDを取得する価値は十分にあると思います。
それはさておき、リンク先の記事、中身がスカスカな某メディアの記事と異なり、福島氏の論考は中身がぎっしりと詰まっているので、うまく要約できません。福島氏の主張内容の全容を読みたいという方は、やはり、リンク先の文章を直接読んでいただくのが良いと思います。
そのうえで、ここでは私自身が気になった下りを抜粋しながら紹介したいと思います。
中国側で一方的に期待が高まっている!
福島氏によれば、この記事を執筆した時点で福島氏自身は北京にいて、「体制内学者」や「民間研究所のアナリスト」らに話を聞いて回ったのだそうです。福島氏はその結果に基づいて、次のとおり、中国の知識人らの間で「日中新時代」への期待が高まっていると述べます。
「彼らは共通して、この訪中が日中関係の新時代の始まりになることを期待している。しかも、そういう新時代の日中関係を作ることができるのは安倍政権しかないという認識である。日本人が思っている以上に中国体制内の人間の安倍政権評価は高い。ひょっとすると日本人より高いかもしれない。」
こうした中、福島氏が「とある勉強会」で「某大学の国際関係学教授」が提示した日中関係史を紹介しているのですが、私の文責で箇条書きにすると、次のとおりです。
- 1972年~1992年…蜜月期
- 1992年~2010年…戦略的競合及び合作関係期
- 2010年~2018年…完全なライバル関係、競争期
- 2018年~ 安倍総理の訪中により「新時代の日中関係期」へ
何とも頭がクラクラしますね。
ただ、こうした見解が出てくるということは、言い換えれば、それだけ中国の方で日中関係改善への期待感が強まっている証拠でもあります。
こうした中、私自紙も深く共感する、福島氏の独自の議論があります。それは、「現在の安倍政権が対中強硬的な政権だからこそ、逆説的に、中国国内で安倍政権に対する期待が深まっている」、とする下りです。
たとえば、福田康夫政権のように、中国の側から日中関係を改善しようとしても、肝心の日本の政権が短命で倒れてしまうほど弱いようであれば、中国側から見ても「日中関係改善推進はリスクが高い」と見られるのもやむを得ないといえます。
いずれにせよ、福島氏の論考が優れている部分は、「日本の政権が強い方が中国にとっても日中関係改善を推進しやすい」といった指摘に見られるように、「相手の立場から物事を深く斬り込んで分析する」という点にあるのだと思います。
ご都合主義の中国の主張
ところで、中国側で対日関係改善への期待が高まっていることは、よくわかりました。
ただ、それと同時に、中国側の主張をよく理解しておくことも重要でしょう。それを端的に表現したのが、福島氏の論考に含まれる、次の下りです。
「同時に中国が困難に陥ったとき(文革直後の疲弊期、天安門事件直後の孤立期)、日本は救世主的に中国を支援した歴史があり、困った時は日本に頼れ、という発想もある」。
これがすべてでしょう。
そして、こうした「ご都合主義」を隠すために、中国側では「日本にも中国と関係を改善する動機がある」と主張するのですが、あくまでも福島氏が紹介した中国側の分析を列挙すると、
- 自民党内には伝統的に親中派が多い
- 経済界の日中関係改善要求もそれなりに強い
- 日本もトランプ政権の要求に振り回されており、反保護主義という点で日中の見解は一致できる
- 日本経済界に海外市場の拡大要求がある
- 拉致問題解決に中国が協力するという姿勢が必要だ
といったものです。ご都合主義も極まれり、といったところでしょうか。
むろん、日本もトランプ政権の経済・貿易面での要求には辟易としている側面もありますし、日本企業は常に海外市場拡大を志向しています。
ただ、それと同時に、北朝鮮による日本人拉致問題1つとってみても、中国が日本のために骨を折ってくれたことはありません。尖閣諸島周辺海域への侵入を常態化させておきながら、自分たちにとって都合が悪くなったときに日本との友好関係を唱え始めるという心理には、ちょっと私にはウンザリ感があります。
福島氏「日本には逃げ足の速さが必要だ」
ただ、私が当ウェブサイトなどで福島氏の論考を好んで紹介することが多いのは、彼女の国家観に深く同意できる部分が大きいからです。その下りは、次のとおりです。
「日中関係の改善があっても、前提には日中は敵対性のある競争関係にある。中国体制内学者たちも、2018年以降の日中関係改善は戦略的、策略的なものであるとしており、実際、双方の国民感情、特に日本人の対中感情の改善にまではなかなか至らないだろうと私も思う。そして日本が敵対性のある競争関係の中国に対して安心感を持つには米国の軍事的後ろ盾を失うわけにはいかず、米国にとっても日本は失うわけにはいかない軍事戦略上の最前線なのだ。」
表現その他で細かい異論がないでもありませんが、福島氏のこの主張自体には、私もほぼ賛同します。
中国は共産党一党独裁国家であり、また、中華文明にどっぷりと染まった国でもあります。良い、悪いは別として、日本的な契約ないし約束の概念が通じる相手でもありませんし、日本的、あるいは欧米的な信義則が通用する相手でもありません。
私自身、「日中断交」といった極論を唱えるつもりはありませんが、それと同時に、日中は価値を共有する関係ではありません。「最悪の事態(たとえば戦争)にならないようにマネージしつつ、お互いにとってメリットになる分野では協力する」という是々非々の関係を目指すべきでしょう。
そのことを福島氏なりの言葉で表現すれば、次のとおりです。
「日中関係改善ムードというのは意外にもろいものであり、特に中国市場に進出、投資を考えている企業人たちは、中国経済の動向や、利益の計算以上に、その脆さが引き起こしうるリスクを念頭において、常に逃げ足の速さというものを確保しておく必要があるのではないか。」
賢く振る舞うことが必要だ
本日以降の安倍総理の訪中では、おそらく、日中通貨スワップ協定や一帯一路構想における協力などが議題に上ると想定され、それらの中にはある程度の合意もなされるのではないかと思います。
とくに、日中通貨スワップ協定については、当ウェブサイトでも説明してきたとおり、私の理解では「通貨スワップ」というよりも「為替スワップ」に近い性質のものであり、単純に「日本が中国を支援する協定である」とは言い切れない部分もあります。
このため、ある程度は中国と「関係が大きく改善した」かのような話題が出て来ることもやむを得ないと考えており、このあたりは、私が他の保守派の論客と意見を異にする部分でもあります。
※通貨スワップと為替スワップの違いについては次の記事などもご参照ください。
ただ、「中国リスク」、つまり中国に進出した企業が、反日暴動や契約違反などで、こっ酷い目に遭わされる可能性や、人件費の急騰、法治主義の不徹底など、理不尽な取扱いを受けるリスクについては、まったく消えていないどころか、むしろ強まっています。
安倍総理のことですから、中国に対して変な妥協をしてくるということはしないと信じたいところですが、シンプルに「日中関係は改善基調にある」、「日中新時代が訪れる!」などと期待をするのではなく、努めて客観的・冷静に事態を見守るという姿勢こそ大事にしたいものだと思います。
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アメリカ一番つよく、中国が2番目というカタチが大切です。少なくともアメリカと対立する可能性が少ない。中国が国力を低下させて日本が浮上すると日本がアメリカと対立しかねない。そして米中が組み、日本は孤立し改憲しトラトラトラとかいうのでしょう。
< 更新ありがとうございます。
< 日中関係が改善基調にある、という見方は甚だ危険でしょう。産経らしくない(笑)。まあ、そう見たい気持ちは分からなくはないですが。中国は今、米中貿易戦争を仕掛けられ、やられっぱなしです。そこで日本に目を付けた。日米は世界一強固な同盟国ですから、なんとかそこに楔を打ち込みたい。少し中国側に寄って欲しい。
< 米中貿易が中国の3650億ドル以上の黒字。これがもし半減するとなると、悲鳴上げます。日本も輸出関税でトランプに譲歩をしいられている。
< でも、すぐスンナリと中国と蜜月になるかと言えば、絶対ない。日本人の8割が嫌ってるんですから(笑)。
< その理由は安倍首相が前人未到の長距離政権だから奴らは近寄って来ているフシがある。弱い内閣なら、シナはやりたい放題しますよ。或いは無視か。
< 習近平にしても侮れない安倍首相と思ったんでしょう。でも招待されようが甘い顔は禁物。安倍さんの事だからチョンボはないでしょうが、日本企業の積極的な進出、合弁企業などこれまで、イヤというほど苦渋を飲まされている。
< そこを理解した上で、過剰なリスクを伴わないよう、中国に頼り切るとかは、絶対あってはならない。また、日本企業は専従日本人スタッフを育成して常駐させがちです。私の勤めた企業もそうでした。
< 極端に言うと定年まで在中させます。基本家族帯同。あんな共産主義の国に、可愛い家族を連れて行けますかッ。
< 米国、欧州、カナダなどならともかく、中国、韓国らは2〜3年の任期制、基本単身にすべき。それでも帰国後、心療内科に通う者も居ますから。ま、中国とは握手外交でテーブルの下で蹴り合い、ですかね。
10月25日から訪中する安倍総理に対し、様々な懸念の声が出ています。日中スワップ協定の再開、一帯一路への協力表明など、中国に阿るかのような発表がなされ、不安が広がっています。
私個人は、安倍総理が一時の気の迷いで中国の甘言にほだされたとは思いません。彼はセキュリティダイヤモンド構想のような大きな絵が描ける人です。今回の中国への接近も、後々に日本の国益につながる思惑があってことと思います。米国へも事前に根回しを行っているはずです。
しかし、多くの方が不安に思う気持ちも良く分かります。天安門事件で中国が世界から孤立した時、真っ先に今上天皇皇后両陛下を訪中させ経済制裁解除のきっかけを作ったことを初めとして、さんざんに中国へ貢いできた日本政府の行状を思えば「またやらかすのではないか」と疑うのも宜なるかな。何度も何度も何度も何度も嫌になる位、中国と韓国に貢ぎ、その度に裏切られてきた過去を思い返せば、容易に今度こそ大丈夫と期待できません。実は私にも一抹の不安はあります。外務省が裏で変なことを画策して、安倍さんの足をすくう可能性はあります。
一方の中国は、CCTVに安倍総理を好意的に報道させたり、対中ODA終了に関して、中国の経済発展に対する日本の貢献を積極的に報じるよう指導したりと、日中関係改善ムードを演出することに躍起になっています。産経の報道もこうした当局の意向に沿うものでしょう。この手のひらを返したような日本へのおもねりは、中国の窮状を如術に物語っています。骨の髄まで反日で育った人民が、簡単に性根を改めるとは思えませんが。
とにかく現状は、米中対立で困り果てた中国が、日本に縋り付いている状態です。立場はこちらが上です。安倍さんは、相手の弱みに付け込むような厭らしいやり方は好まないでしょうが、力関係は十分に把握した上で、したたかな外交を展開してくれると信じています。
< 阿野煮鱒様
< コメント拝見しました。内容が端的で分かりやすく、文筆力がお有りだと思います。普段あまり他人を褒めない私ですが(笑)、前もどなたかが貴方の事を褒められてましたね。また書き込んで下さい。失礼します。
常連様にお褒めいただき恐縮です。
誤字脱字だらけが改まらず、お恥ずかしい限りですが、精進して参ります。
よろしくご指導ください。
中国との関係改善はないでしょう。無論韓国ともありません。
これに北朝鮮を加えた3国には、ドライにビジネスライクに付き合うのが一番だと思います。国家間も会社間も同様です。間違っても情などを見せればそこに付け込まれます。個人間の場合は自らが痛い目に合うだけで、国や社会に迷惑を掛けませんので自由でよいと思います。余程の信用がおける人間でない限り、深く付き合うことは回避したほうが良いです。小生も韓国で気の許せる人間は10年で僅か3人しかいません。何せ約束を守らないことに罪悪感を持たない人間が多すぎて、とても仲良くできる人たちではないです。
駄文にて失礼いたします
鈴置氏や福島を読んでいらっしゃるのですね
田中信彦氏の"「スジ」の日本、「量」の中国"や山田泰司氏の"中国生活「モノ」がたり"
もオススメですよ、同じ紙面とは思えない位の媚中プリで頭がクラクラしますが
中国人の思考を知る上で参考に成ります
日本と中華秩序とは相容れないのが良く分かります
良く、中共政府と中国人は別って云う人がいますが、中国人を"中華"を自認する人と定義すると
"中華"と日本文化が相容れないと云うコトを理解していないのだと思います
遣唐使廃止をした菅原道真公は本当にエライと思います