通貨と国債の関係を考える

先日、『「国の借金」解説(2017年12月版)』のなかで、国債のデフォルトについて議論しましたが、頂いたコメントから、通貨(おカネ)の本質について補足説明しておくべきだと思いました。そこで、本日は通貨と国債と、簡単なマクロ経済学の議論を展開してみたいと思います。

通貨と国債の関係について議論する

おカネとは、考えてみれば不思議な存在

考えてみれば、おカネ(つまり通貨)とは、非常に不思議な存在です。たとえば、1万円札は、紙に「1万円」と刷り込んでいるだけの代物であり、その紙自体に1万円の価値はありません。法律によって1万円札は1万円の価値があると決められているから、皆がそれを信じているだけの話です。

むかし、「1990年代に核戦争が発生し、人類文明が崩壊しつつあるなかで、暗殺拳を駆使する世紀末救世主があらわれる」というマンガがありました。このマンガの冒頭で、モヒカン刈りの集団が、奪ったばかり荷物から札束を「こ~~んなもんまでもってやがった」などと言って空中にばら撒くシーンがあります。

つまり、この人気マンガの作者は、核戦争か何かで経済が壊滅すれば、法律とともに1万円札の価値も消滅する、ということが言いたかったのだと思います。

もちろん、日本の場合は国としての制度もしっかりしていますし、2009年からの3年3ヵ月、民主党政権が続いても、国家が崩壊しなかったほどの国です。しかも、私が知る限り、某隣国の独裁者を除けば、日本に核ミサイルを撃ちこむと公言している国は存在しません。

このため、「核戦争によって1万円札の価値が消滅する」ということは、とりあえずは心配しなくて大丈夫でしょう。引き続き、サイフに入っている1万円札は、1万円としての価値を有し続けると考えて良さそうです。

歴史に見るハイパー・インフレ

ただ、人類の歴史上、紙幣の価値が暴落した事例は、いくつかあります。

歴史の教科書に出ている事例は、第一次世界大戦後のドイツで発生した、ハイパー・インフレです。よく言われているように、第一次大戦の戦時賠償金の支払い負担に加え、1923年に発生した、フランス・ベルギー両国によるドイツの工業地帯・ルール地方の占領に伴うサボタージュが契機となった格好です。

また、つい最近だと、アフリカのジンバブエで発生したハイパー・インフレが有名でしょう。これは、ムガベ政権が白人の地主・資本家らから資産を取り上げたものの、白人層が国外に流出した結果、国内産業が崩壊し、それにともない貨幣価値が暴落したものです。

いずれの事例においても、「100兆マルク」、「1兆ジンバブエ・ドル」など、ちょっとなかなか見ることができない単位の紙幣が発行されています。これらの共通点は、国の基礎的な産業が、何らかの理由で壊滅したことにあります。

逆に、政治と産業が普通に機能していても、いきなりハイパー・インフレが発生することもあります。たとえば、南米(メキシコ、ブラジル、アルゼンチンなど)に多い事例ですが、政府や金融機関が外国から外貨でおカネを借りていて、返せなくなってしまうような事例があります。

このように考えていくならば、ハイパー・インフレや経済破綻には、いくつかのパターンがあることがわかります。

戦争により産業が壊滅した場合
  • 第一次大戦後のドイツ
  • 第二次大戦後の日本・ドイツ
経済政策の失敗により産業が壊滅した場合
  • 近年のジンバブエ、ベネズエラ、北朝鮮
対外債務の支払いができなくなった場合
  • 1998年のロシア
  • 2001年のアルゼンチン

こうやって調べてみると、例を挙げればキリがありません。

内需国は対外債務デフォルトの影響を受け辛い

ただし、ここでもう1つ、重要な事実があります。それは、国内の政治、産業がしっかりとしていれば、対外債務のデフォルトが発生したとしても、経済が崩壊しないこともある、ということです。たとえば、アルゼンチンは米ドル建ての国債を、2001年と2014年にデフォルトさせていますが、経済は崩壊していません。

実は、アルゼンチンの場合、「貿易依存度」がそれほど高くありません。少し古いデータで恐縮ですが、2014年において、輸出依存度は13.1%、輸入依存度は11.9%に過ぎないのです。これは、同年の日本(輸出依存度14.9%、輸入依存度17.6%)よりも低い数値です。

もちろん、アルゼンチン・ペソの価値が下落傾向にあることは事実です。たとえば、2008年1月時点で1ドル=3.1683ペソだった為替相場は、2015年7月1日時点で1ドル=9.4294ペソと、およそ3分の1に下落。さらにその後も下落は続き、2018年1月時点で1ドル=20ペソ程度となっています。

つまり、10年間でおよそ6分の1程度にまで下落した格好です。当然、輸入品物価は上昇します。しかし、アルゼンチンの場合は農業国でもあり、また、輸入品物価が上昇したことで国産品の価格競争力が上昇し、結果的に貿易収支は改善したという効果も得られました。

つまり、単純な対外債務のデフォルトは、必ずしも国家破綻を意味しないのです。

(※余談ですが、日本の場合、日経あたりが「日本は輸出立国だ」とウソをついていますが、伝統的に貿易依存度はOECD加盟国平均値と比べても低く、とくに21世紀以降、輸出依存度は20%を超えたことがありません。輸出依存度が常に40%前後のドイツや韓国のような国と異なり、日本は外的ショックに強い国であるということは、どこかであらためて取り上げたいと思います。)

通貨の信頼=国の信頼

ここから、ある仮説を導くことができます。それは、「貨幣の信頼」は「国の信頼」と等しい、ということです。

国を成り立たせているのは国民であり、国の経済を成り立たせているのは国民の働きです。そして、通貨とは、その国の経済を数字で見えるようにするための便利なツールであり、通貨の裏には実体経済が存在しているのです。

日本という国では、円という通貨が通用しています。これは、日本銀行が発行している通貨ですが、裏付けとなっているのは日本経済そのものです。日本国内では、日本円が法定通貨として無限の通用力を付与されていて、日本国内では誰もが1万円札に1万円の価値があると「信じて」います。

ところで、「日本の借金は危険水域だ」といった財務省のウソについては、以前から当ウェブサイトでも批判してきました。先日、『「国の借金」解説(2017年12月版)』で申し上げたとおり、日本国債も日本円も、「日本国の信頼を裏付けとした金融商品」という意味では、究極的にはまったく同じものだからです。

「国の借金」(ただしくは「経済主体の1つである日本政府が負っている金融負債」)についても、個人の借金と同じように考えてしまう人が多いのは仕方がありませんが、財政の専門家である日本政府・財務省が、素人を騙すようなウソをばら撒くことについては、感心しません。

マクロ経済の基本原理

経済指標はどう決定されているのか?

さて、「国の借金がー」という議論をする人は、たいていの場合、「おカネを借り過ぎたら返せなくなる」という、家計や企業の感覚で物事を語ります。お恥ずかしながら、会計士業界でもそういう人はいて、企業財務分析の感覚で、「日本の国の借金はGDPの2倍を超えている!」などと平然と言い放ちます。

しかし、中央政府の財政について議論するときに、マクロ経済学の最低限の基本知識すら持たずに感覚だけで議論することは、極めて危険ですし、愚かでもあります。

そこで、ここではごく簡単に、金利と株価と為替の関係について確認しておきましょう。

一般に、国債の金利は金融市場で需給により決定されますが、その際、その国の経済成長率とインフレ率に大きな影響を受けることで知られています。

たとえば、市場関係者が予想する経済成長率やインフレ率が上昇すれば、「国債を買うより株式などに投資した方が儲かる」と考える人が増えます。そうなれば、株式を買って(=株高)国債を売る(=債券安)、という流れが生じます。

その反面、経済成長率やインフレ率の見通しが悪化すれば、それと逆に、「リスク資産を売って安全資産を買おう」とする動きが強まります。つまり、株式を売って(=株安)国債を買う(=債券高)、という流れです。

この説明は、厳密には正しくないのですが、それでも教科書によく使われている説明であり、現実のマーケットの動きを説明するのに便利ですので、ここでもとりあえずはその考え方を踏襲しています。

ちなみに債券価格と債券利回りは逆相関しますので、

  • 「国債が売られる」=「国債価格が下落する」=「国債利回りが上昇する」
  • 「国債が買われる」=「国債価格が上昇する」=「国債利回りが下落する」

という関係にあります。このことは国債について論じる上で、忘れてはならない基本的な原則ですので、抑えておいて損はないでしょう(※「国の借金がー」などと言っている人の中には、意外にこの基本原理を知らない人もいるようです)。

ところで、中央政府が国債を増発した場合、各種指標は、どう動くでしょうか?

まず、需給が変化するので、基本的に国債の金利は上昇する方向に動きます。国債を買う側の需要曲線が変わっていないのに、国債を売る側(つまり中央政府)の供給曲線が変わるので、必然的に金利は上昇します。

しかし、市場に対しては「中央政府がより多くのおカネを使う」というメッセージを与えることになり、他の条件がまったく同じであれば、「景気が良くなる」との観測から株価は上昇し、為替相場は自国通貨高に動きます。

ただし、オープン経済(自国の市場が外国に開放されている国)の場合、自国通貨が上昇し過ぎて、結局は中央政府の財政政策の効果が打ち消されてしまうのです。実際、2008年の金融危機直後に、日本が行った財政政策が失敗に終わったことからも、こうした理論の正しさが裏付けられています。

金融政策をセットにする理由

日本は典型的なオープン経済の国です。自国の市場は外国に開放されており、外国人投資家は好きなだけ日本円を買ったり売ったりすることができますし、日本の株式や国債、社債などを自由に売買することもできます。

そして、「日本円」という通貨自体の供給量が一定であれば、国が財政政策を打てば、その分、民間企業が投資に使えるおカネの量が減ってしまいます(これをクラウディング・アウトと呼びます)。民間の需要が一時的に落ち込んでいるだけならこれでも問題はありませんが、困ったことがもう1つ発生します。

それは、国内の通貨供給量が一定の状態で、一時的に政府が財政出動を増やせば、それにより金利が上昇し、外国から資金が流入して、為替相場が自国通貨高に動く、ということです。そうなれば、輸出企業は輸出競争力を失ってしまいます。

日本の場合、もともと貿易依存度(輸出入のGDPに対する比率)はOECD加盟国と比べて高くないのですが、それでも不況期に円高になってしまえば、輸出企業の業績は悪化してしまいます。また、不況期に円高になれば、輸入品に対する需要が増え、国内産業が打撃を受けます。

そこで、不況から脱出する際には、国内の通貨供給量を増やす政策が必要です。これが「金融緩和」と呼ばれるものです。日本の場合は2013年4月に黒田東彦総裁がQQEを開始してから5年が経過しますが、20年続いたデフレ基調から脱却するのは容易ではないものの、失業率が大きく低下するなどの効果は間違いなく出ています。

あとはこれに財政政策を組み合わせれば、日本経済は浮揚することでしょう。

政府が無駄遣いしたらどうなるのか?

ただし、中央政府も一国の経済の中では「経済主体」の1つであることは間違いありません。

そして、中央政府を動かしている人間が万能ではないことにも注意が必要です。たとえば、ひと昔前の国鉄のように、どう考えても採算が取れない地域に鉄道を引き、赤字を垂れ流すという放漫財政を繰り返せば、あっという間に財政赤字は膨らんでしまいます。

また、経済成長率を超える勢いで債務が増大し、利払いがかさんでしまえば、政府部門が肥大化し、経済全体が非効率になってしまいかねません。実際、日本の場合も、全国にある「ハコモノ」が不良資産化し、地域経済を圧迫していることは、政府による無駄遣いが危険であることの証拠でしょう。

また、「政府が何でも面倒を見てくれる」、という状況になれば、まじめに働くのがバカらしいと思う人が増えてしまい、民間の活力が損なわれてしまいます。民間企業だったら無駄遣いすれば倒産しますが、国の場合は無駄遣いしても倒産することはありません。

政府財政の規模が大きくなれば、無駄が発生しやすいということは、非常に注意が必要です。実際、英国でも1970年代には財政が肥大化し、それこそ「ゆりかごから墓場まで」という高福祉が財政を圧迫していたのですが、マーガレット・サッチャー首相の改革の主眼は、「小さな政府の実現」に置かれました。

放漫財政と政府支出拡大を混同する愚

しかし、この「政府の無駄遣い」の議論と、「不況期における財政支出拡大」の議論は、混同してはなりません。有効需要が不足しているときに、一時的に政府支出を拡大して有効需要を喚起すれば、不況からの脱却に有効であることは、歴史が証明しています。

そして、日本の場合、財務省が財政拡大を阻む理由は、どうやら増税を通じて省益・利権拡大を図っている点にあるようです。つまり、財務省の霞ヶ関支配と緊縮財政路線が続けば、必要な支出も削られ、消費税の税率は30%台にまで引き上げられ、国民経済は破綻することにもなりかねません。

私自身、「大きな政府」が良いのか、「小さな政府」が良いのか、確たる答えを持っていません。ただ、不況期には税率を下げて政府支出を拡大し、好況期には税率を上げて政府支出を抑制すれば良いだけの話だと考えています。

つまり、財政を「景気の調整弁」として使うのが正しいのであって、たとえば「GDPと政府債務の比率」を財政目標にするユーロ圏などの政策の愚かしさは議論にすら値しません。

なお、ユーロという「統一通貨の失敗」については、いちど、当ウェブサイトでもじっくり議論してみたいと思います。引き続き、当ウェブサイトのご愛読を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. 新宿会計士 より:

    今日の文書、一読して、何だかワンパターンだと思いました。こうした中、米FRBが利上げに踏み切り、ペースを加速すると報じられています。

    https://www.wsj.com/articles/fed-raises-rates-and-signals-faster-path-next-year-1521655316

    どうせ書くなら、新興国からの資金流出リスクについて、小稿を執筆してみても面白いかな、と思った次第です。

    引き続き当ウェブサイトのご愛読ならびにお気軽なコメントを賜りますよう何卒よろしくお願い申し上げます。

  2. 歴史好きの軍国主義者 より:

    いつも知的好奇心を刺激する記事の配信有り難うございます。

    当方、マクロ経済理論は大昔高校の授業で古典経済やケインズの有効需要位しかやっていなかったので金融政策をミックスした現在のマクロ経済論のご説明は非常に為になりました。

    ただ素人的にわからないのは中央銀行が国債買い上げで通貨供給を増やしても、市中通貨供給が増えず、家計の貯蓄を通じ国債に還流して物価に対して十分なインフレを発生させられない。要は十分な流動性を持たせられない。
    こういった事象はどのようなメカニズムにより発生するのでしょうか?
    本記事や参考記事を読みましたがピンと来ないのです。

    あ。素人なので子供による宇宙の果てに対する問いかけの様に誰もわかっていない事への無謀な疑問ならスルーで全然構わないです(笑)。

    答えがあるなら別の記事で触れる機会があればその時に書いていただけばありがたいです。
    別に急ぎませんので。

    以上です。長文失礼しました。

  3. 非国民 より:

    政府が投資するにしても、よい投資先がなくなった。国鉄時代の新幹線。今や3分に1本走っているのにいつも混んでいる。このような投資だったら政府もこころおきなく投資できる。今や、インフラはほぼ完成。どちらかというと老朽化による更新だけで、新しく経済が成長するものが見当たらない。

    1. 50代窓際族 より:

      非国民様

      おっしゃる通りだと思います。
      現在の国債の増大の問題点は、国富を増加させられる投資先が
      あまりなく、社会保障費の補填(富を産まないことになりますが、
      社会保障を受けられている方には大変失礼な言い方で申し訳あり
      ません。)と先の国債の返済に回している部分が増加している
      ところにあると思います。
      この構造を換えない限り、国債の増大は永遠に続きます。国民の
      財産額を超える日が来ないとも限りません。

      50代窓際族

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