外貨準備通貨で日本円↑人民元↓

外貨準備の世界では人民元の組入れ額がさらに減る一方、円安にも関わらず、むしろ日本円の組入れ額が増えたようだ――。そんな「意外な結果」が出てきました。IMFが今月公表した統計によると、世界の外貨準備に占める日本円の割合は5.45%に達し、ドルベースでは5987億ドル、円ベースでは90兆円弱にまで増えました。その一方で人民元は前四半期比129億ドル減って2601億ドルで、構成割合は2.37%に過ぎませんでした。これをどう解釈すべきでしょうか。

拡大する人民元決済

国際決済通貨としての人民元の地位が上昇する

先日の『SWIFTランキングで人民元が急伸し再び4位に浮上』では、国際送金において、今年10月の人民元の使用割合がユーロ圏を含めたランキングで4位に、ユーロ圏を除いたランキングでも5位に急浮上した、とする話題を取り上げました。

グラフ化してみるとわかりますが、たしかに人民元の使用は11月に入り、急激に伸びています(図表1)。

図表1 国際送金における人民元(CNY)のシェア

(【出所】『RMBトラッカー』をもとに作成)

なぜ人民元の利用が伸びているのかについては、正直、よくわかりません。

真っ先に考えられる仮説は「①ロシアが経済制裁の影響で自国の貿易決済を全額人民元に切り替えたから」、「②アルゼンチンやトルコなど、外貨不足に苦しむ国にも人民元決済が広がっているから」、といったところでしょうが、いずれも確たる証拠はありません。

貧しい国が人民元の利用を増やしている?

ただし、この2つの仮説のうち、①については、どうしても不自然さが残ります。もしも「ロシアが人民元決済の割合を増やしているから人民元の利用が増えている」のであれば、その影響はもっと早くから生じていたはずだからです。

このように考えていくと、この2つの仮説で考えるならば、より可能性が高いのは②の方でしょう。

たとえば、「外貨不足に陥っている国に対して中国が人民元スワップの提供を通じた『大攻勢』を掛け、その結果として人民元の使用が伸びている」、という仮説説明が成り立つ余地もあるからです。

とりわけ、以前の『【資料公開】今年9月時点における中華スワップ一覧表』でも説明しましたが、中国人民銀行が諸外国と締結しているスワップ(通貨スワップや為替スワップ)は2023年9月末時点で少なくとも29本、3兆9385億元(図表を作成した11月中旬の為替レートで約5403億ドル相当)に達します(図表2)。

図表2 中国人民銀行が外国通貨当局と締結しているスワップ(2023年9月末時点)

(【出所】『2023人民幣国際化報告』より集計。対象期間は2018年10月1日から23年9月30日までに締結されたもの。なお、同期間内に重複してスワップが締結されている場合には新しいもののみを記載)

通貨スワップで人民元の使用を拡大しているのか

このうち日欧などの先進国と締結している8本のスワップ(総額2兆4250億元)については「外貨流動性供給スワップ」(俗にいう「為替スワップ」)だと考えられ、基本的に発動されることは極めて稀であろうと予想できます。

しかし、韓国、インドネシア、マレーシアなどの発展途上国と締結している21本のスワップ(総額1兆5135億元)は通貨スワップであり、このうちとくにロシア(1500億元)、アルゼンチン(1300億元)、トルコ(350億元)などのスワップが引き出されている可能性があります。

こうした状況証拠を踏まえると、昨今の人民元決済の急増は、米ドルやユーロなどの外貨不足に陥っている国(アルゼンチンやトルコあたりでしょうか?)がやむなく中国からスワップで調達した人民元で貿易決済を行うために、人民元を使った決済が増えている、といったところが真相に近いのではないでしょうか。

外貨準備統計に見る通貨の実力

COFERの最新データ:円の割合が再び増える

こうした仮説を裏付けるデータが、もうひとつでてきました。

当ウェブサイトで「定点観測」的に取り上げている話題のひとつに、国際通貨基金(IMF)が四半期に一度公表している『COFER』と呼ばれるデータがあります。

COFERとは “Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves” の略語で、日本語に意訳すれば「世界の公式外貨準備統計における通貨別構成」、といったところでしょうか。

このCOFERの2023年9月末時点における最新データが、今月下旬までに発表されています。これによれば、世界各国の外貨準備高に占める通貨別シェアは、米ドルが59.17%で引き続きトップを占め、ユーロが19.58%でこれに続き、日本円(5.45%)、英ポンド(4.83%)と続きます(図表3)。

図表3 世界の外貨準備構成(2023年9月末時点)
通貨金額(前四半期比)構成割合の変化
米ドル6兆4979億ドル(▲1440億ドル)59.43%→59.17%
ユーロ2兆1505億ドル(▲568億ドル)19.75%→19.58%
日本円5987億ドル(+16億ドル)5.34%→5.45%
英ポンド5304億ドル(▲33億ドル)4.77%→4.83%
加ドル2744億ドル(▲41億ドル)2.49%→2.50%
人民元2601億ドル(▲129億ドル)2.44%→2.37%
豪ドル2224億ドル(+27億ドル)1.97%→2.02%
スイスフラン203億ドル(▲10億ドル)0.19%→0.18%
その他4266億ドル(+229億ドル)3.61%→3.89%
内訳判明分10兆9813億ドル(▲1949億ドル) 
内訳不明分9203億ドル(+332億ドル) 
合計11兆9015億ドル(▲1616億ドル) 

(【出所】International Monetary Fund, Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves データをもとに作成。以下、図表4、図表6において同じ)

これらの中で日本円は3位ですが、その割合がジワジワと増えているのは意外です。9月末時点といえば円安が進んでいたがために、とりわけ個人的には、「外貨準備に占める日本円の割合は減るに違いない」と予想していたからです。

米ドルの割合は減り続け、ユーロは近年安定

次に、主な通貨の金額、割合の推移を通貨別に確認すると、興味深いことがいくつか判明します。

まず、外貨準備の世界において、米ドルの「実力」は、徐々に低下しています(図表4-1)。

図表4-1 世界の外貨準備に占める米ドル建ての資産とその割合

これによると、世界の外貨準備における米ドル建て資産の割合は前世紀には70%を超えていましたが、今世紀に入ってからその割合はジリジリと低下し、現時点では60%を割り込み、過去最低水準にあります。

これに対しユーロは2014年頃から安定して20%台前後を維持しており、直近では20%をほんの少し割り込んでいるとはいえ、安定的に推移していることがわかります(図表4-2)。

図表4-2 世界の外貨準備に占めるユーロ建ての資産とその割合

日本円が増え、人民元が減少する

また、日本円に関しては、円安の影響もあってか、金額自体は最盛期と比べて減っているものの、割合としては再び上昇傾向にあります(図表4-3)。円安にも関わらず、いや、円安だからこそ、各国の通貨当局がこぞって日本円を外貨準備に組み入れたがっている、ということでしょうか。

図表4-3 世界の外貨準備に占める日本円建ての資産とその割合

ところが、人民元に関していえば、2021年12月をピークに、金額、割合共に減り続けているのです(図表4-4)。データが存在するのが2016年以降に限られるため、若干いびつなグラフになってしまいますが、最近、人民元建ての資産の割合が落ちていることが確認できるでしょう。

図表4-4 世界の外貨準備に占める人民元建ての資産とその割合

円建てで見ると日本円は「うなぎ上り」

これに加えて、興味深いグラフもあります。

ドル建て表示されている外貨準備額を、国際決済銀行(BIS)のデータを使ってその通貨建てに戻してあげると、日本円建ての外貨準備がうなぎ上りであるのに対し、人民元建ての外貨準備がやはり減少していることが確認できるのです(図表5)。

図表5-1 外貨準備の日本円(ドル表示と日本円表示)

図表5-2 外貨準備の人民元(ドル表示と人民元表示)

(【出所】International Monetary Fund, Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves データおよび The Bank for International Settlements, “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates (daily, vertical time axis) データをもとに作成)

具体的には直近の2023年9月時点において、円建ての外貨準備は日本円換算で89.35兆円と過去最高を記録していますが、これも、意外な気付きといえます。

よく、「円安は日本の実力が低く評価されている証拠だ」、だの、「日本が叩き売られている証拠だ」、だのと力説する人がいますが、現実には外貨準備という「最も信頼される世界」で日本円の残高がじわじわと増えているのです。

また、それと同時に人民元の外貨準備が減り続けているということは、要するに、「人民元でおカネを貯めるのはやめておこう」と考える中央銀行が増えている、という証拠でしょう。

これに、先日のSWIFTデータを組み合わせるならば、「人民元を使う人は多いが、人民元を貯める人は少ない」、ということであり、国際送金の世界で人民元を使っている国は、「外貨不足からやむなく人民元に手を出している」という事例が多いのではないか、という仮説が成り立つところです。

気になる「その他通貨」

さて、COFERがらみでもうひとつ、気になる動きもあります。それは、「その他の通貨」の割合が、またぞろ増えて来ていることです。

「その他通貨」の金額と割合の推移をグラフ化したものが、次の図表6です。

図表6 世界の外貨準備に占めるその他通貨建ての資産と割合

2012年12月に金額、割合が急落している理由は、これ以降、豪ドルと加ドルが「その他通貨」から別掲されるようになったからです。2016年12月にも同様に金額、割合が落ちていますが、これは人民元が「その他通貨」から別掲されるようになったことによります。

この増えている「その他通貨」がいったい何なのかは気になるところですが、想像するに、これはインドルピーや韓国ウォンのような発展途上国通貨ではなく、国際的な金融市場で広く通用する通貨として、ニュージーランド・ドル、シンガポール・ドル、あるいは北欧系の通貨ではないでしょうか。

ただ、IMFはこの「その他」の割合が増えてきたら、それを別掲表示に切り替える傾向があります。

早ければ来年3月に公表される2023年12月末時点のデータから、新たな通貨が別掲表示されることになるのではないかと予想する次第です。

本文は以上です。

読者コメント欄はこのあとに続きます。当ウェブサイトは読者コメントも読みごたえがありますので、ぜひ、ご一読ください。なお、現在、「ランキング」に参加しています。「知的好奇心を刺激される記事だ」と思った方はランキングバナーをクリックしてください。

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

このエントリーをはてなブックマークに追加    

読者コメント一覧

  1. 引きこもり中年 より:

    素朴な疑問ですけど、日経は、この人民元の外貨準備高が減ったというIMFのデータを、どう論評するのでしょうか。(朝日新聞なら、そもそも報道するのでしょうか)

    1. 引きこもり中年 より:

      中国経済に不都合なことを言うと、中国で捕まるそうです。ということはIMFも捕まるのでしょうか。

  2. 伊江太 より:

    まあとにかく、世界どの国でも、安全確実が第一、決して博打は打たない、を信条としている外貨準備当局者が抱いている、日本円、チャイナ人民元の中長期的資産価値への見方なんでしょうね。

    日本で「円の紙屑化は避けられない」と言ってみたところで、憫笑の対象にはなっても、特段咎められることはないが、アチラで人民元について同じことを言ったら・・・。

    ウ~ン、二度と日の目は見られないかな(笑)。

    1. 引きこもり中年 より:

      伊江太さま
      >まあとにかく、世界どの国でも、安全確実が第一、決して博打は打たない、を信条としている
      ならば、日本のマスゴミも安全第一で、中国様の機嫌を損なうことは書けない。マスゴミ村の空気が変わって、書いても安全になるまで書けない、ということを信条にしているのでしょうか。なにしろ、中国様の機嫌を損なうと、中国に特派員が逮捕される危険性がありますから。(そのうち、日本の大手メディアは、中国の特派員を外注するようにするのでしょうか)

  3. さより より:

    通貨は信頼性という言葉と、有事の米ドルという言葉がリンクして報道される事が多かったように記憶している。
    が、考えてみれば、いつも有事に備えている必要も無いだろう、取り敢えず、お互いの取り引きは継続しているのだから、お互いの取り引き分の決済に一々、他国通貨を介在させなくてもいいんじゃない?という考え方が出て来たのか?

  4. 匿名 より:

    『悪貨は良貨を駆逐する』ということですかね?

  5. カズ より:

    >「人民元を使う人は多いが、人民元を貯める人は少ない」

    中国人民元は、対中決済でのみ有効な「地域振興券」のようなものですね。
    即時利用が鉄則で、換金性のないクーポンを貯めたがる人は居ないのです。

    1. 新宿会計士 より:

      >中国人民元は、対中決済でのみ有効な「地域振興券」のようなものですね。

      な、な、なんだって!?
      ななな何たる妄言…謝罪しる!反省しる!
      そして「地域振興券」に謝罪しる!!

    2. クロワッサン より:

      地域振興券と言われてなんだか納得して、そう言えば「デジタル地域通貨」ってのがあったのを思い出しました。

      デジタル地域通貨の自治体事例5選!知っておきたい活性化のヒント
      2023年04月10日 掲載
      https://www.nttbizsol.jp/knowledge/expansion/202304101100000871.html

      人民元もデジタル化が(強引ながら)進んでいると聞くので、規模が違う程度なのかな?と。

      1. カズ より:

        なんでもデジタル化してしまうと、「無秩序な信用創造」が生じやすそうなんですよね。
        拠出額と運用額が大きく乖離したら回らなくなりそうに思います。
        かつての円天詐欺みたいにですね。

        1. 新宿会計士 より:

          重ね重ね

          誰がうまいこと言えと…www

        2. クロワッサン より:

          >かつての円天詐欺みたいにですね

          つまり『元天詐欺』?

※【重要】ご注意:他サイトの文章の転載は可能な限りお控えください。

やむを得ず他サイトの文章を引用する場合、引用率(引用する文字数の元サイトの文字数に対する比率)は10%以下にしてください。著作権侵害コメントにつきましては、発見次第、削除します。

※現在、ロシア語、中国語、韓国語などによる、ウィルスサイト・ポルノサイトなどへの誘導目的のスパムコメントが激増しており、その関係で、通常の読者コメントも誤って「スパム」に判定される事例が増えています。そのようなコメントは後刻、極力手作業で修正しています。コメントを入力後、反映されない場合でも、少し待ち頂けると幸いです。

※【重要】ご注意:人格攻撃等に関するコメントは禁止です。

当ウェブサイトのポリシーのページなどに再三示していますが、基本的に第三者の人格等を攻撃するようなコメントについては書き込まないでください。今後は警告なしに削除します。なお、コメントにつきましては、これらの注意点を踏まえたうえで、ご自由になさってください。また、コメントにあたって、メールアドレス、URLの入力は必要ありません(メールアドレスは開示されません)。ブログ、ツイッターアカウントなどをお持ちの方は、該当するURLを記載するなど、宣伝にもご活用ください。なお、原則として頂いたコメントには個別に返信いたしませんが、必ず目を通しておりますし、本文で取り上げることもございます。是非、お気軽なコメントを賜りますと幸いです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

【おしらせ】人生で10冊目の出版をしました

自称元徴用工問題、自称元慰安婦問題、火器管制レーダー照射、天皇陛下侮辱、旭日旗侮辱…。韓国によるわが国に対する不法行為は留まるところを知りませんが、こうしたなか、「韓国の不法行為に基づく責任を、法的・経済的・政治的に追及する手段」を真面目に考察してみました。類書のない議論をお楽しみください。

【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました

日本経済の姿について、客観的な数字で読んでみました。結論からいえば、日本は財政危機の状況にはありません。むしろ日本が必要としているのは大幅な減税と財政出動、そして国債の大幅な増発です。日本経済復活を考えるうえでの議論のたたき台として、ぜひとも本書をご活用賜りますと幸いです。
関連記事・スポンサーリンク・広告