厚年資金を国民年金に「活用」?「流用」の間違いです
今度は、厚生年金の保険料を国民年金に流用する案が出て来たようです。日経の報道によると厚労省は基礎年金を3割底上げするための財源として厚生年金の財源を「活用」することを検討する、としていますが、日本語では普通、それは活用とはいいません。流用です。しかも、もともと厚年の保険料は労使折半であり、労使合わせれば、最大で国年の7倍もの保険料を負担させられているのです。
目次
総支給額と手取りの関係
給与明細をご用意ください
自分自身でビジネスを展開していると気付くことがあるとすれば、サラリーマンの皆さんは「目に見えないコスト」をたくさん負担している、という事実ではないでしょうか。
当ウェブサイトの読者の皆さまのなかには、会社組織や役所などで現在働いている人、あるいはかつて働いていた、という人が多いようですので、毎月の給料をもらうときもらう「給与明細」について、イメージが付くという人も多いことでしょう。
もしお手元にこれがあるという人は、是非お手元に準備していただきたいのですが、たいていの場合は少なくとも、一般にこんな項目が出てきます。
- 総支給額→給料や諸手当、交通費など、会社が従業員に支払うすべての金額
- 控除項目→社会保険合計、税額合計、その他
- 社会保険→健康保険、厚生年金、厚生年金基金、介護保険、雇用保険
- 税額合計→所得税、復興税、住民税
総支給額と手取りの関係
総支給額(または「支給額合計」など)や控除項目に関しては、勤務先の会社によっても細目に違いがありますが、基本的に「総支給額」には基本給や残業代、さらに(たいていは非課税の)交通費などが含まれます。
一方、控除項目として大きいのは社会保険料であり、これには従業員などの立場であれば、少なくとも健康保険、厚生年金、雇用保険の3項目が必ず出て来るほか、40歳以上であれば介護保険が、勤務先の会社や業界などに年金基金(いわゆる3階部分)があれば厚生年金基金が、それぞれ天引きされます。
また、社会保険料のうち厚年と健保に関しては、多くの場合、4~6月の3ヵ月間の平均値で決まるため、4~6月期が繁忙期である公認会計士業界などの場合は、残業をたくさんこなして残業代が大量につくと、健保、厚年保険料がそれぞれ跳ね上がる、という理不尽な仕組みでもあります。
そして、「税額」については、その月の給与などに応じて決まるのが所得税と復興税、前年の所得をもとに決まるのが住民税であり、もしも昇給などがあって月給が大幅に上がったりすると、社会保険料や住民税が少し遅れて徴収されることになるのです。
こうした事情もあり、先日の『【資料集】給与の年収と手取りの関係表(1億円まで)』でも説明した年収と手取りの関係図は、必ずしも正確なものとは限りません。「年収水準が毎年ほぼ一定であれば、だいたい年収と手取りの関係はこの記事のデータに収斂する」と述べているだけのことです。
月給20万円の手取りは159,761円
さて、それはともかくとして、ここで少し、具体的な数値例を挙げておきましょう。
まずは、介護保険に入っていない(=40歳以下の)月給20万円の人のケースです。
月給200,000円のケース(※介護保険なし)
- 健康保険…*9,980円
- 厚生年金…18,300円
- 雇用保険…*1,200円
- 所得税計…*3,620円(※復興税込み)
- 特別徴収…*7,059円(※住民税均等割+所得割)
- 控除合計…40,239円
- 手取り額…159,761円
(【※】ただし、適用される健保・厚年の保険料は、いずれも政管健保東京都・令和6年4月納付分からのもので、介護保険を含まないものとする)
月給20万円でも手取りは16万円に満たない、つまり手取り率が80%を下回る、というのがこの計算結果です。もし介護保険に入っていたら、介護保険料を1,600円徴収され、手取りは158,241円とさらに少なくなります。
厚生年金という問題
目に見えないコストは「労使折半」
ただ、ここでもうひとつ考えておかねばならないのは、社会保険料は雇用主と従業員が「折半」している、という事実です(※厳密に言えば、雇用保険の場合は「折半」ではなく、雇用主の方が多くを負担しているのですが…)。
たとえば上記設例だと、雇用者が支払っている給料は20万円ですが、これとは別に社会保険料を31,780円負担しています(内訳は健康保険が9,980円、厚生年金が18,300円、雇用保険が1,900円)。
このため、広い意味での人件費は「20万円」ではなく、231,780円(!)であり、言い換えれば、会社が231,780円も負担しているのに、従業員の手取りは159,761円しかない、ということです(ちなみにその割合は69.4%です)。
これは、なかなかに厳しい話です。
もしあなたがサラリーマンで月給20万円だった場合は、給与明細上の厚生年金は18,300円と表示されていますが、じつは会社があなたの見えないところで18,300円を余分に支払っているため、事実上、あなたが36,600円を負担させられているのです。
健保に関しても同じで、給与明細だとあなたの負担額は9,980円と表示されていますが、じっさいのところはその倍の19,960円を負担させられており、さらに雇用保険に至っては1,200円ではなく1,900円を足した3,100円を負担させられているのです。
実際の負担額
- 健康保険…*9,980円→19,960円
- 厚生年金…18,300円→36,600円
- 雇用保険…*1,200円→*3,100円
- 社保合計…29,480円→59,660円
なんで月給20万円を支払うのに会社と従業員あわせて6万円近い負担が別途生じているのか。
国民年金と比べ、実質負担は最大で7倍!
このあたりは国民年金・国民健康保険との比較で考えると、なんともやりきれない点でもあります。
日本年金機構によると、国民年金保険料は1ヵ月あたり16,980円であり、また、国民健康保険に関しては年間で均等割49,100円、所得割8.69%ですので、これも毎月の収入が20万円の場合、1ヵ月あたりに換算すれば21,472円です。合計すれば38,451円です。
しかし、所得が高くなればなるほど、この不公平感は強まっていきます。
とくに厚年に関していえば、(東京都政管健保の令和6年4月分以降の料率表の場合は)月給65万円以上で限度額に達するのですが、この場合の負担額は毎月、従業員と会社が59,475円ずつ、合計すると118,950円(!)、年額でいえば1,427,400円(!!)なわけです。
月収65万円以上の場合の年金負担(労使合計)
- 厚生年金…毎月118,950円/毎年1,427,400円…①
- 国民年金…毎月*16,980円/毎年**203,760円…②
- ①÷②≒7.01倍
肝心の給付額は?
すなわち、厚生年金加入者は労使合計で国民年金加入者の最大で7倍という年金保険料を負担させられているのですが、だからといって将来の厚生年金の給付額が国民年金と比べて7倍になるというわけではありません。
三菱UFJニコスのウェブサイトの説明によると、厚年保険料を納めた人が将来受け取れる老齢厚生年金は、現役時代の収入や加入期間により異なるにせよ、2022年臭いいて平均月額は約144,000円。これに対し国民年金の満額は月額68,000円だそうです。
国民年金と厚生年金の違いは?仕組みや対象者、年金受給額を解説
―――2024年8月26日付 三菱UFJニコスHPより
国民年金を毎月16,980円修め続けた人が毎月68,000円の老齢年金をもらえるなら、現役時代に毎月労使合わせて118,950円を納め続けた人は、老齢基礎年金を毎月476,000円受け取らなければおかしいはずですが…。
なんともよくわかりません。
それ、「活用」じゃなく「流用」です
ただ、厚年加入者が納めた保険料を、国民年金に流用するという話もときどきでてきます。日経電子版が15日に報じたこんな記事などは、その典型例ではないでしょうか。
基礎年金、給付水準3割底上げ 厚生年金の財源活用
―――2024年11月15日 2:00付 日本経済新聞電子版より
日経は記事で、厚労省は国民年金(記事表題では「基礎年金」とあります)の給付水準を、「厚年保険料の一部を国民年金の給付に充てる」ことで底上げする方針だと報じました。そのうえで、「中長期的に必要な資金には安定財源を充てる方針も打ち出す」、などとしています。
日本語では普通、それは「流用」と言うのではないでしょうか?
それともあれでしょうか、日経新聞さんや厚生労働省さんでは、「流用」を「活用」と呼ぶのでしょうか?
ちなみに厚労省が今年8月2日に公表した『厚生年金保険・国民年金の令和5年度収支決算の概要』によれば、年金積立金(時価ベース)は次の通り、厚年が243兆円であるのに対し、国民年金は12.5兆円に過ぎません。
年金積立金残高(※時価ベース、令和5年度)
- 厚生年金…243兆0478億円
- 国民年金…*12兆5173 億円
(【出所】厚労省『厚生年金保険・国民年金の令和5年度収支決算の概要』)
財源的に国民年金が枯渇気味であることはどうやら間違いなさそうですが、これについて著者自身は「捕捉率」の問題があるように思えてなりません。
厚労省によると国民年金の加入率、納付率は年々上昇しているそうですが、それでも令和5年度の「現年度納付率」は77.6%に過ぎず、過去には納付率が60%を割り込んでいた時期もありました。
税金に照らして考えると、これも信じられない話です。「法人税の納付率が77.6%です」、「所得税の納付率が77.6%です」、「消費税の納付率が77.6%です」、などと言われると、私たちは驚くしかないからです。
そして、ただでさえ高い年金保険料を(対象者はおそらくほぼ100%)負担させられていながら、納付率が77.6%の国民年金の欠損の穴埋めに使うというのは、ちょっと勤労者の立場としては是認できるものではないでしょう。
住民税非課税世帯という単語への反発
ここから先は、余談です。
先日の衆院選で、国民民主党がいわゆる「キャスティング・ボート」を握ったこともあってか、やはり「年収の壁」を意識する人が増えたことは間違いありません。
とりわけちゃんと真面目に働き、年金保険料や所得税などを支払っている中間層からすれば、こうした「厚生年金保険料を国民年金に流用する」式の報道を見ると、怒りがこみあげて来るのではないでしょうか。
そういえば、低所得層、あるいは住民税非課税層に対する支援、と称した記事が最近、やたらと目に尽きます。
低所得世帯へ3万円給付=来年1~3月、電気・ガス代支援再開―補正予算13兆円超、23年度上回る・経済対策
―――2024/11/14 08:04付 時事通信より
こうした記事に対し、Xなどでは「住民税非課税」という単語に「いらだち」を覚える人が増えているようであり、また、低所得者層限定での支援ばかり打ち出してくる政府、自民党、公明党、あるいは最大野党である立憲民主党に対する強い反発も見られます。
正直、世論的に見て、経済政策の焦点は「取って配るな」に移りつつあります。
今のまま、「年収の壁」撤去に自民党も後ろ向きであり続けるならば、たとえば早ければ来夏の参院選で、与党である自民、公明の両党と最大野党である立憲民主党の3党は大敗し、国民民主党がさらに躍進するという未来も見えてくる気がするのですが、いかがでしょうか?
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました
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この報道をみて思うのは
役人は国民のお金を預かってるのではなく 手に入れたお金は自分たちのもので お金を配ってあげてるという感覚なんだなと。
税金も貰うのが当たり前で、政治家が法律で税率を減らそうとするのは権利を奪われたと感じるので大反対してるのかも。
1度質問主意書で、税金をどう考えてるか聞いてほしいです。
まー自賠責からガメたカネも自賠責の運営に影響出しても返さへんし、受益者負担謳って集めた道路特定財源勝手に一般財源化しよるし、時限的な徴収云うていつまでも延長延長でカネ取るし、
ホンマ役人天国やな!
…って云われまっせ、ホンマ
知らんけど
議員年金とか公務員年金から、まず「活用」したらいいんじゃないですかね。
その上で、厚生年金を流用したいというなら、話を聞いてあけなくもない。
聞くだけで、承諾するとは言ってませんからね!(笑)
この記事を新入社員に紹介してあげました。
こんなに国に取られているんだよ、と添えて。
いや、決して流用なんかじゃないんですよ!
流用というのは一般的に、ある歳出予算を途中で別の歳出予算に付け替える、つまり今日野菜を買うはずだった予算を減らしてやっぱりお肉を買う予算を増やそうと言うようなものをいうんです!
これは予算化の段階から国民年金用の歳入として厚生年金向けの歳入を当て込むだけなので、決して流用なんかではなく、活用なんです!!
by 厚労役人
>国民年金用の歳入として厚生年金向けの歳入を当て込む
厚生年金の横取り?
そういえば、年金を使っての投資なんてことをやっていて、膨大なマイナスを作ったのは
厚労省ではないんでしたっけ? 政府が決めたことではありますけど。
GPIFの運用成績はそれほど悪いわけではないようです。
話半分のGPT回答ですが、参照先リンクも貼られています。
https://chatgpt.com/share/6736d4e5-b5a4-800f-843a-814c55624f61
リンク先は2001年以降の運用成績です。
ありがとうございます。
個人的には年金問題と聞けば、反射的に想起されるのがGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の存在です。
その運用資金は今では248兆2,274億円(2024年度第2四半期末現在)となっており、その累積運用益は+153兆6,431億円という莫大な資産となっております。
https://www.gpif.go.jp/operation/the-latest-results.html
このような莫大な資産がありながら、何故年金財政の危機を叫ぶ声が大きいのか、かねがね疑問に感じておりました。今年の7月に日銀が公定歩合引き上げを発表したとき、日経東京証券取引市場で記録的な暴落を生じさせたときには、オールドメディアはまっさきにGPIFの含み損を騒ぎ立てましたが、その後市場が冷静さを取り戻したおかげで、このところの日経平均は39千円前後まで回復しておりますから、累積資産もそれほど目減りはしてないと思います。
それにしても、国民年金の財政が厳しいのであれば、こちらの資産を活用すべきあり、サラリーマンがせっせと積み立てている厚生年金に手を出すのは、さすがに悪手というか、否むしろ犯罪の気配すら感じます。
いずれにしても、選挙で選ばれたわけでもない、たかが木っ端役人共が、ここまで財政規律を弛緩させていることには、苛立ちというよりも大いなる怒りを覚えずにはいられない、そんな今日この頃です。