日本で「韓国型通貨危機」が発生する可能性が低い理由
円安で日本でも通貨危機が発生するのか――。結論からいえば、その可能性は極めて低いです。ただ、「通貨安」からの「通貨危機」というのは、一般的によく発生する現象でもあります。そのような現象が発生するには条件があり、そのひとつが、「外国からの借金で経済が成り立っている」、というものです。ここで参考になる事例が、韓国式通貨危機ではないでしょうか。
目次
円安が日本経済に良い影響をもたらす理由
当ウェブサイトでは常々、「円安は『現在の』日本経済にとって、総合的に見て良い効果をもたらす」と指摘しています。
その理由は簡単で、日本は産業構造として「川上産業」がしっかり残っており、製造業が日本に巨額の輸出をもたらしていることとに加え、もともと巨額な対外資産の円換算額が、円安の影響で押し上げられるなどの「資産効果」が出ていること――にあります。
もう少し詳しくいうと、①輸出競争力の向上(プラス影響)、②輸入購買力の低下(マイナス影響)、③輸入代替効果の発生(プラス影響)、④資産効果(プラス影響)、⑤負債効果(マイナス影響)、といったところです(図表0)。
図表0 為替変動のメリット・デメリット
©新宿会計士の政治経済評論/出所を示したうえでの引用・転載は自由
大所だけでいえば、資金循環統計上、社会保障基金や政府(財務省外為特会)、保険・年金基金、一般企業などが保有している対外直接投資は292兆円、対外証券投資は776兆円――などに達しており、これだけで1000兆円を大きく超えます(2023年12月末時点)。「悪い円安」論者の皆さまが、どうしてこれらの巨額の対外資産を無視するのかはわかりません。
いずれにせよ、とくに「資産効果」部分の具体的な数値面の検証は『なぜ「悪い円安論者」は資産効果を頑なに無視するのか』などを含め、これまでに当ウェブサイトで何度となく繰り返してきていますので、本稿ではとりあえず、微に入り細を穿(うが)った説明は割愛します。
自国通貨安がもたらす5つの効果
ただ、ここで当ウェブサイトが常々、円安(通貨安)のメリットは「現在の日本にとっては」大きい、などと繰り返している理由は、この条件が当てはまらないケースもあるからです。
一般に、自国通貨安はその国に対し、少なくとも次の5つの効果を生じます。
自国通貨安がもたらす経済的な効果
- ○輸出競争力の強化…(関税・輸送コスト等を無視すれば)その国の製品が海外で安く売られる
- ×輸入購買力の低下…(関税・輸送コスト等を無視すれば)海外からの輸入品価格が上昇する
- ○輸入代替効果発生…海外品に対する需要が減る分、国産品に対する需要が伸びる
- ○外貨建資産評価益…外貨建ての資産の自国通貨換算額が増え、含み益が発生する
- ×外貨建負債評価損…外貨建ての負債の自国通貨換算額が増え、含み損が発生する
(【出所】当ウェブサイト)
この5つの効果、日本の場合だと1~3は短期的に悪影響をもたらしますが、中・長期的には好ましい影響を与えます。
日本の対外与信・対外債務はどうなっているのか
ただ、4や5に関しては、少なくとも悪影響はほとんど生じません。
というのも、日本は国を挙げて、多額の外貨建ての投融資ポジションを持っている反面、外国からの債務は非常に少なく、うち、明らかに外貨建てとわかる債務も限られているからです。
具体的には、邦銀が外国に対して貸しているおカネは5兆ドルあまりですが、日本が国全体として外国から借りているおカネは(所在地ベースで)約1.3兆ドル、このうち外貨建は5658億ドルと半額以下であり、7597億ドルが自国通貨建て、すなわち円建てなのです(図表1)
図表1 日本の対外債権・債務の状況(2023年12月末時点)
項目 | 金額 | 備考 |
対外与信合計 | 5兆0435億ドル | 最終リスクベース |
対外債務合計 | 1兆2681億ドル | 最終リスクベース |
1兆3256億ドル | 所在地ベース | |
うち外貨建て債務 | 5658億ドル | 所在地ベース |
うち1年内債務 | 3307億ドル | 所在地ベース |
うち自国通貨建て債務 | 7597億ドル | 所在地ベース |
(【出所】The Bank for International Settlements, Consolidated banking statistics データをもとに作成)
対外与信が5兆ドルというのも驚きです。
このうち外貨の割合は統計からは判明しませんが、かりに半額が外貨建だったとしても、約2.5兆ドルという途轍もない金額です。また、対外債務は対外債権の4分の1少々ほどしかなく、さらに半分以上が自国通貨建てです。
したがって、合理的に考えるなら、円安が生じれば日本が保有している数兆ドル規模の対外債権に巨額の含み益が生じる反面、そもそも対外与信自体が非常に少ないため、円安による負債の押し上げ効果は極めて限定的、というわけです。
そもそも川上産業が未発達の中韓の場合は?
ところが、上記議論は日本のような「川上産業」が発達している、かつ「対外純資産」を保有する国だから成り立つ話であって、そうでない国の場合は、こうした議論がガラッと変わってきます。
とりわけ、中国や韓国などの場合がそうです。
これらの国は日本など「川上産業」が発達している近隣産業大国の存在を前提に、自国で「川下産業」を育てる、というビジネスモデルで経済発展をしてきた格好ですが、こうした国の場合は自国通貨安がもたらす経済へのプラス効果は限定的です。
国内産業で生産活動をするのに必須となる、さまざまな生産財・中間素材を外国から購入しているため、もしも自国通貨安が生じれば、自国の生産物の輸出競争力は高まるかもしれませんが、生産に必要なさまざまな中間財などの価格も上昇してしまうからです。
もちろん、現在のような「円安・ドル高」局面だと、中韓などにとっては「円で買い、ドルで売る」ようにすればよいではないか、などとする議論も成り立つのですが、中韓などが生産財・中間素材を購入している相手国は日本だけではありません。
中韓両国の国際与信構造
ただ、本稿で注目しておきたいのが、上記議論のうち、とりわけ先ほど述べた、日本に関する「4の資産効果の影響が非常に大きい」、「5の負債効果の影響は無視できるほど小さい」という部分です。日本以外の国だとこれが成り立たないケースがあります。
たとえば、中国の場合はBISへのデータ提供を行っていないため、中国自身が対外債権をいくら持っているのかについての詳細はわかりませんが、債務自体に関しては最終リスクベースで8727億ドル、所在地ベースだと1兆2339億ドルに達しており、うち外貨建債務は全体の3分の2の8836億ドルです(図表2)。
図表2 中国の対外債権・債務の状況(2023年12月末時点)
項目 | 金額 | 備考 |
対外与信合計 | データなし | 最終リスクベース |
対外債務合計 | 8727億ドル | 最終リスクベース |
1兆2339億ドル | 所在地ベース | |
うち外貨建て債務 | 8836億ドル | 所在地ベース |
うち1年内債務 | 5857億ドル | 所在地ベース |
うち自国通貨建て債務 | 3503億ドル | 所在地ベース |
(【出所】The Bank for International Settlements, Consolidated banking statistics データをもとに作成)
しかも、外貨建債務のうち「1年内に返済しなければならない債務」は5857憶ドルと、対外債務(※所在地ベース)の3分の2を上回っている、という状況が確認できます。
さらに厳しいのは、韓国かもしれません
図表3 韓国の対外債権・債務の状況(2023年12月末時点)
項目 | 金額 | 備考 |
対外与信合計 | 2661億ドル | 最終リスクベース |
対外債務合計 | 3825億ドル | 最終リスクベース |
3761億ドル | 所在地ベース | |
うち外貨建て債務 | 2470億ドル | 所在地ベース |
うち1年内債務 | 1351億ドル | 所在地ベース |
うち自国通貨建て債務 | 1292億ドル | 所在地ベース |
(【出所】The Bank for International Settlements, Consolidated banking statistics データをもとに作成)
韓国の通貨危機は短期債務から?
これについてさまざまな議論をしていきたいのですが、データの都合上、本稿では中国ではなく韓国に焦点を当ててみたいと思います。
私たちの隣国である韓国の場合だと、対外与信は2661億ドルに対し、対外債務(外国金融機関からの借金)は3825億ドル。「所在地ベース」だと3761億ドルで、このうち外貨建の債務は2470億ドル、さらに1年内に満期が来る債務は1351億ドルです。
ちなみに「1年内に満期が到来する債務」は、韓国経済にとっては一種の「鬼門」のようなものです。
というのも、韓国では過去に通貨安が発生した局面では、この「1年内債務」のせいで、数百億ドル規模の外貨流出に見舞われる、といった事態を何度か経験しているからです。
たとえば、1997年のアジア通貨危機時や2008年のリーマン経営破綻時などがそうでしょう(図表4)。
図表4 韓国の「1年以内返済債務」の金額の推移
(【出所】The Bank for International Settlements, Consolidated banking statistics データをもとに作成)
上述の通り、自国通貨安が生じたときには、外貨建の債務については返済負担が上昇します。
だからこそ、韓国は過度なウォン安を懸念しているのでしょうし、実際、同国の外貨準備の推移を取ってみると、過去に何度か外貨準備が急減した局面があったことがわかります(図表5)。
図表5 韓国の外貨準備(有価証券+現金預金部分のみ)
(【出所】韓国銀行データをもとに作成)
「悪い円安」とは誰にとっての「悪い円安」なのか?
いずれにせよ、日本で「悪い円安」論を一生懸命に喧伝している人たちがいることは事実ですが、それと同時に、それらが「誰にとっての」悪い円安なのか、という視点も同時に必要ではないでしょうか。
これまでの当ウェブサイトの主張の繰り返しになり恐縮ですが、とりわけ韓国の場合は、自国通貨が国際的な通貨ではないため、外貨(とくにドル)を調達しなければ、生産活動ができません。だからこそ、韓国は、恒常的に外貨建債務(しかも短期を含む)を調達しているのでしょう。
このような国は、自国通貨安で外貨を引き上げられたら、途端に資金繰りに困窮してしまいます。
一方、これに対し、日本の場合は(金融大国でもあるため)それなりの外貨建債務は調達していますが、円という通貨自体が国際的に通用するハード・カレンシーであること、負債より資産の方が圧倒的に多いことなどを踏まえると、日本で韓国式通貨危機が発生する可能性は非常に低いと見るべきでしょう。
というよりも、「日本でも通貨危機が発生する」などと主張する人は、現在の資金循環構造や国際与信構造などに照らし、いったいどういうメカニズムでそれが発生するのか、説明していただきたいと思うのですが、いかがでしょうか?
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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【おしらせ】人生で10冊目の出版をしました
自称元徴用工問題、自称元慰安婦問題、火器管制レーダー照射、天皇陛下侮辱、旭日旗侮辱…。韓国によるわが国に対する不法行為は留まるところを知りませんが、こうしたなか、「韓国の不法行為に基づく責任を、法的・経済的・政治的に追及する手段」を真面目に考察してみました。類書のない議論をお楽しみください。 |
【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました
日本経済の姿について、客観的な数字で読んでみました。結論からいえば、日本は財政危機の状況にはありません。むしろ日本が必要としているのは大幅な減税と財政出動、そして国債の大幅な増発です。日本経済復活を考えるうえでの議論のたたき台として、ぜひとも本書をご活用賜りますと幸いです。 |
短期債の増加は、
韓国側がなりふり構わず短期資金を拾ったからなのか?
それとも債権者か足抜けに備えたからなのでしょうか?
「他国の資金で生かされる」の常態化で、感謝の念も失せてしまったのでしょう。
通貨スワップを自身の権利(マイナス通帳)と言ってはばからないわけなのですね。
・・・・・
*カントリーリスク一問一答
①韓国リスクは?・・→すでに勧告した。
②中国リスクは?・・→すでに忠告した。
③露国リスクは?・・→すでに露見した。
m(_ _)m
カズ さん
うまいですね!
毎度興味深い記事をありがとうございます。
少し古い記事だったのでソースは思い出せませんが、JBpressあたりに書いてあったかとうろ覚えしている記事がありまして。
「日銀が大量に買い入れている株などの利払いが、金利1%上がるだけで数十兆円規模になり日銀が破綻し円が叩き売りされて紙くずになる」
とか
「日本円は本来1ドル50円くらいの実力しかないのに120円を超えてきているから円の信用を失ってきておりいつ円の叩き売りが起きるかわからない」
といったような内容だったかと、、、小生には理屈がさっぱりわかりませんでした。
円安にも円高にも振れさせないというのは、めぐりめぐってウォンをあるレンジに安定させたい意図がメディアの水面下にあるのではないかと、最近は邪推している小生です。
>というよりも、「日本でも通貨危機が発生する」などと主張する人は、現在の資金循環構造や国際与信構造などに照らし、いったいどういうメカニズムでそれが発生するのか、説明していただきたいと思うのですが、いかがでしょうか?
日本で発生する韓国型通貨危機としては、立憲共産党政権が離米従中親露路線を推し進め、西側諸国からの経済制裁の対象になるとか、再エネ推進による経済縮小といったケースが考えられます。
ムン・イズーミンによるマースーターベーショー◯劇場が繰り広げられる事でしょうね。
確か最近、韓国の新聞社が円安に対する恨みつらみを込めた記事を
書いていた様な記憶が…どこの新聞社だったかまでは覚えていないですが。
韓国は「ウォン安でもウォン高でもダメ、許容レンジが非常に狭い」国ですが、
日本は極端な数値でない限り円安でも円高でも生きていける…
円とウォンの強弱と、外需依存の大小と、対外資産の差を考慮すれば当たり前の事ですね。
とてもわかり易く解説いただいた記事で
多くの日本国民の目に触れれば、
半島ご所望のおかしな偏向メディアの
【韓国さんのために】悪い円安論(?)の
一蹴で正しい理解が広がると思います。
とはいっても・・・、
日本国民もいろいろで
義務教育レベルが未達であられると知れる
特定野党の おべんきょう会 参加の人たちや
ロンパールームの王様気取り と笑われる
人呼んでDr.スラップ はっぴーさんの
動画に賛同してしまうような特定野党の
鬱憤煽り立てで意気軒昂(笑)な 人たちのような
ご無理な人たちもいるのはしかたないことだとは
思います。
ところで、
韓国の主要メディア中央日報では
崩壊に怯える脆弱通貨韓国ウォンなのに
債権債務世界一の日本円とユーロを
なぜだか一緒くたにしての意味のない論建てで
まるで通貨崩壊(?)の不安とかに怯えているのが
まず日本(?)EU(?)で、
韓国さんはちょっと心配(笑)的に
韓流か朝日流かでとても頑張って書かれた
とても面白い記事がありました(笑)
https://japanese.joins.com/JArticle/318090
1つ言えることがあって、円安で損する陣営のかなり上位に韓国がいるんです。
ウォン安は韓国通貨危機が危惧される危険な状態ですが輸出には有利という利益もあります。でも円安が同時に起きてしまうと、そのメリットは完全に失われてしまうんです。
安くてそこそこ贅沢な見掛けがウリの韓国車は高性能高品質がウリの日本車が同じ安値で出てしまうと太刀打ち出来ません。韓国が稼ぎたい分野のほとんどに日本の影があり、価格が似通ってるなら食われてしまう。または利益度外視の安売り競争をせざるを得なくなります。
悪い円安論を宣伝して無理な介入をさせてなんとか円高にして韓国の輸出環境を良くしたいという意図はあり得ます。
円安はそんなに慌てず、短期的な実体経済の反映と捉えて泰然自若としていればすぐに収まります。日本は利上げ方向ですしアメリカは利下げ方向ですから流れは円高です。単にそのながれが「想定以上にゆっくりだなぁ」という状況があるから円安なんです。
植田日銀は利上げします。黒田さんの異次元緩和からのソフトランディングで、「普通の中央銀行に戻りたい」がミッションなんです。良し悪しは別として、そういう人選をしたんだからしょうがない。まあ、市場との対話がちょっと下手かなって印象はありますが。