雇用増に続き民間平均給与も2年連続上昇…円安効果か

当ウェブサイトではつい先日、イタリアの物価をもとに、「日本人は貧しくなっている」などとしたうえで、「日銀は金融緩和を止めるべき」と論じた記事を紹介しました。その記事は内容もメチャクチャなのですが、客観的な統計データとも明らかに矛盾しているというお粗末な代物です。これに関連し、もうひとつ、「日本は貧しくなった」論者にとって不都合なデータが出てきました。2022年の平均給与が前年と比べて11万9千円も上昇したのです。

「円安で日本が貧乏になった」とする珍説

先日の『日本人の年収を外貨建で議論しても無意味な理由』では、ウェブ評論サイト『デイリー新潮』に掲載された、「円安のために日本が貧しくなった」とする記事を取り上げました。

該当する記事のリンクを再掲しておきます。

イタリアに行くと「日本は超貧乏国」と痛感… 豊かになるために転換するしかない“政策”は

―――2023年09月25日付 デイリー新潮より

内容については、日本人の平均年収が(ドル建てで)G7最低値となり、最近では韓国にすら抜き去られた、などとするもので、円安の進行を食い止めるために、日銀はゼロ金利政策を転換せよ、などと主張するものです。

そのうえで、日銀の緩和で円安が進んだことで「企業は濡れ手で粟の利益を得た」一方、「ゼロ金利政策のおかげで円安が維持されるので、輸出企業はあぐらをかいた」結果、「賃金も上がらない」し、「諸外国にくらべて日本人の購買力は低くなる一方」だ、というのがこの記事の概要です。

内容としては評論にすら値しません。なぜ日銀が金融緩和を続けているのか、経済学の基本的な知識を身に着けていれば当然にわかるであろうはずのことを、おそらく執筆者の方は、まったく理解されていないと思われるからです。

日銀緩和は円安誘導ではなく「脱デフレ」を目的にしている!

それどころか、失業率とインフレ率の関係を理解せず、軽々に「緩和を撤廃せよ」と主張するリンク先記事に、個人的には怒りすら感じます。おそらく、円高で苦しんだ企業に勤めていた経験がある方のなかには、次のくだりをよむと、「いったい何様なのか」、と、頭にカッと血が上る人もいるのではないでしょうか。

企業を助けてぬるま湯につけ、株価だけ上げて国民を貧しくした。そんな政策を改めることからしか、はじまらないのではないか。企業の業績が一時的に下がってもいい。日本企業はこれまで、どんなに円高になってもそのたびに技術革新を重ねて、乗り切ってきたではないか」。

内容としてトンチンカンであるだけでなく、無責任そのものです。

そもそも論として、日銀の緩和は為替相場の誘導を目的としたものではありません。

あくまでも「デフレ脱却」を目的としたものです。

デフレとは、わかりやすくいえば「モノの値段が上がらない現象」であり、また、「経済成長しない状態」でもあります(厳密には経済成長とインフレ・デフレは違う議論ですが、本稿では両者を厳密には区別しません)。

中央銀行たる日銀が量的緩和を行い、市場に資金を潤沢に供給すれば、世の中にはお金が溢れるわけですから、おカネを借りやすくもなりますし、おカネの相対的価値も下がる(つまりモノの相対的価値が上昇する)という現象が生じやすくなります。

「カネの価値が下がる」=「モノの価値が上がる」=インフレです。そして、インフレ状態となれば、失業率が下がる現象が知られています(いわゆるフィリップス曲線)。

実際、米FRBの場合、金融政策は物価水準と失業率という2つの政策目標に従って決められています。日本やECBの場合は「失業率」という目標は盛り込まれていないにせよ、経験上、インフレ率が2%前後であれば、完全失業率を達成するにちょうど良いとされています。

失業率は過去最低水準、求人倍率も1倍超え

では、日銀緩和の結果はどうだったのか――。

これについては何度も指摘しているとおり、物価上昇と失業率抑制という2つの効果があったことは明らかです(図表1図表2)。

図表1 有効求人倍率と完全失業率

(【出所】厚生労働省『有効求人倍率と完全失業率の推移』バックデータをもとに著者作成)

図表2 インフレ率(総合、コア、コアコア/いずれも年率)

(【出所】『政府統計の総合窓口』ウェブサイト『消費者物価指数』データをもとに著者作成。「総合」は「総合指数」、「コア」は「生鮮食品を除く総合」、「コアコア」は「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」を意味する)

失業率が上昇すれば、職がない人が多くなりますし、また、失業率と自殺者との間に関係があるとも指摘されています(たとえば令和3年版厚労白書『自殺者数と完全失業率の推移』等参照)。失業率が低下すれば、それだけ自殺者も減るとされており、その意味で、黒田東彦・前総裁は日本人の命を救った恩人です。

日銀に「金融緩和を止めろ」と要求するということは、暗に「失業者を増やせ」と要求しているのとまったく同じであり、個人的にはとうてい看過できません。

いずれにせよ、「円安で日本人が貧しくなった」と主張する人たちに、もうひとつ特徴があるとしたら、「データを見ない」、という点にあるのでしょう(※もっとも、こうした傾向は、反コロナワクチン論者や「新党で日本を変える」論者などにも共通していますが…)。

平均給与、前年比+11.9万円!

こうしたなかで、「悪い円安論者」や「日本悲観論者」の皆さんにとって不都合なデータが、もうひとつ出てきました。

国税庁が27日に公表した『民間給与実態統計調査結果』によると、2022年における民間平均給与は男性が563万3千円(前年比+13万7千円)、女性が313万7千円(前年比+11万9千円)、全体で457万6千円(前年比+11万9千円)となりました。

過去データをもとに、平均給与の推移を見比べておくと、図表3のとおりです。

図表3 平均給与の推移

(【出所】2014年以降のデータは『令和4年分 民間給与実態統計調査』P15『第8表』、2013年以前のデータは『令和4年分 民間給与実態統計調査』P13『第8表』をもとに著者作成。なお、2013年と2014年でデータに不整合がある)

これで見ると、アベノミクスが始まったあたりから給与がジワリと伸びていることが確認できます。

円安との関連性は十分にありそう

もちろん、足元ではインフレが進行していますし、私たちの生活は決して楽ではないのかもしれませんが、それにしても給与所得者全体の平均値が10万円を超えて伸びるのは、2021年に続き2年連続のことでもあります(図表4)。

図表4 平均給与の前年比増減

(【出所】図表3と同じ)

2011年と12年は平均給与が前年比で減少していましたが、これは民主党政権禍に加え、東日本大震災の影響もあったのかもしれません。また、2020年にはコロナ禍のためか、平均給与が大きく下がっていることが確認できます(2021年の伸びはその反動かもしれません)。

しかし、2022年の伸びに関しては、やはり円安による企業増益と関連している可能性が濃厚でしょう。

一般に円安となれば、輸入購買力は下がります(このため輸入品物価は上昇します)が、輸出競争力が上昇するのに加え、国産品需要が上昇し(いわゆる「輸入代替効果」)、インバウンド観光客も増えて旅行収支が改善し、さらに外貨建て資産の価値が上昇する効果も得られます(いわゆる「資産効果」)。

現在の日本では間違いなく労働力需要の逼迫が生じており、このことは、労働者でもある私たち一般国民にとっては給料が増える、という効果をもたらしているのです。

「円安で日本が貧しくなった」と主張なさる方々が、本稿で示した失業率、給与水準、有効求人倍率などの客観的なデータに対し、どう反論するのか(あるいは反論できないから無視して「イタリアの物価がどうのこうの」と言い続けるのか)は興味深いところといえるかもしれません。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. sqsq より:

    給与、賃金は労働の「価格」
    価格は需要と供給で決まるのは経済学のイロハ。
    失業率が下がるという事は求人>求職の状態が続いているのだろう。
    その背景には景気が良くなっているということがあるのだろう。
    なぜ景気が良くなっているのか? 低金利と円安による輸出企業の好調があるのかもしれない。

    デイリー新潮の記事、論評の値しないが「小学生の感想文(イタリア旅行の)」のように見える。

  2. のぷくん より:

    実質賃金が16ヵ月マイナスで政府がきちんとした物価高対策をしないので、物価が上がっているのに個人消費はマイナスになっているのは日本人が貧乏になっていると感じているので買い控えしているように思います
    企業もだんだんと原価の高くなった分の価格転嫁をすると売れなくなるので値上げは収まっていくかもしれませんが企業の利益率が悪くなると来年も同じような賃上げが出来るのかどうか疑問です
    輸出や海外投資の多い大企業やは円高で賃上げが出来ると思いますが、国内の小売や飲食店などは非常に厳しい状態が続き賃上げどころではないと思います、岸田さんの非課税世帯に給付などの経済対策ではとても解消できそうもないので、経済対策の一番最初は岸田さんに退場してもらう事なのではないかと思っています

  3. sqsq より:

    転職がタブーだった時代が長かったが、転職支援会社がTVコマーシャルにも登場するようになった。これから転職は増えていくだろう。そうであれば給料は上がっていくだろう。
    良い人材を中途採用したり引き留めるためには相応の給与でなければならない。

  4. はるちゃん より:

    日経新聞が利上げ言い出しています。
    物価の上昇が続いているので、国民は苦しくなる一方だとのことです。
    確かに物価は上がっていますが、その原因は需要の増加によるものではなく、輸入品の値上がりによるものです。
    輸入品の値上がりは、円安もありますが、世界的なエネルギー価格や資源の価格が高騰したことにも大きな原因があります。所謂コストプッシュ型のインフレです。
    このような環境での利上げは、景気に水を差す行為であり、かって早すぎた利上げにより日本が低成長に陥ってしまったことへの反省が全くありません。
    エネルギー価格の高騰に悩まされるEUの金利は、現在4%まで上がっていますが、ドイツを中心に深刻な景気の後退が懸念されています。
    日本国民は、日経新聞の出鱈目な主張に騙されてはいけません。

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