日銀がたかだかYCCを少し柔軟化しただけなのに、韓国の債券・金利市場が混乱に陥っているようです。主要な中期債の利回りは6~7ベーシス・ポイントほど利回りが上昇し、住宅ローン金利などの上昇懸念も高まっているのだそうです。YCC柔軟化だけでここまでの混乱が生じるのですから、日銀がマイナス金利撤廃をしようものなら、韓国の金融市場は吹き飛んでしまうほどの影響でも受けるのかもしれません。
日銀YCC柔軟化≠金融引締め
先週金曜日、日銀はイールドカーブ・コントロール政策を巡って、変動幅を柔軟化するという措置を実施しました。
といっても、『日銀「YCC柔軟化」は「金融引締」とはいえない理由』でも述べたとおり、このYCC柔軟化措置は、必ずしも金融政策の転換とはいえません。肝心のマイナス金利(※といっても象徴的なものですが…)については維持されているからです。
会見終了後になにやらギャーギャー叫んでいる記者がいたようだが…日銀が28日、イールドカーブ・コントロールの柔軟化を打ち出しました。これまで±0.5%に設定していた10年ゾーンの金利の変動幅を、最大で±1%にまで許容するようです。といっても、引締めとは言い難いものです。依然としてイールドカーブ・コントロール政策に加え、短期ゾーンの0.1%というマイナス金利が維持されているからです。6月のコアコアCPIが4.2%にまで上昇しているにせよ、物価上昇が持続的であるかどうかの判断には、日銀としてはまだ慎重なのでしょう... 日銀「YCC柔軟化」は「金融引締」とはいえない理由 - 新宿会計士の政治経済評論 |
主要国の政策金利を並べてみるとよくわかりますが、米FRBは7月26日にFF金利を追加で0.25%ポイント、欧州中央銀行(ECB)は7月27日に主要3金利を0.25%ポイント、それぞれ上げていて、いまだにマイナス金利を維持している日本とは好対照をなしています(図表1)。
図表1 主要国政策金利比較
(【出所】The Bank for International Settlements, “Download BIS statistics in a single file”, Policy rates (daily, vertical time axis) (CSV) データなどを参考に著者作成。ただし、米国、ユーロ圏については手修正)
なぜか韓国で金利上昇
ただ、YCC柔軟化は、意外な市場に対し、「インパクト」をもたらしたとの報道が出てきました。
韓国紙『中央日報』(日本語版)の報道によると、日本のYCC柔軟化により、なぜか韓国の債券市場の利回りが上昇したというのです。
日本まで緊縮のシグナル…韓国の借入者のため息大きくなる
―――2023.08.02 06:50付 中央日報日本語版より
ここで、少しだけ本筋から逸脱し、余談を述べておきたいと思います。
中央日報の記述の1段落目が、これです。
「日本の通貨政策変化に韓国の借入者のため息が大きくなっている。日本の緊縮転換シグナルに債券利回りが上がっているからだ。債券利回り上昇は銀行の資金調達費用を増やし、これは貸出金利引き上げにつながる恐れがある」。
この点、韓国メディアを眺めていると、「『金融』政策」と称すべきところを「『通貨』政策」と称しているケースが多々あります。
自称元徴用工問題を「強制徴用問題」、福島原発ALPS処理水を「汚染水」、輸出管理を「輸出『規制』」、火器管制レーダー照射事件を「低空飛行事件」などと呼び変えるくらいの国ですから、誤った用語を新聞が平気で使うのは、韓国では珍しい話ではありません。
が、やはり「金融政策」を「通貨政策」などと呼称しているのをみると、金融関係者にとっては、違和感を拭いきれないのではないでしょうか。とくに通貨・為替相場は、日銀の政策目標には含まれていないからです(詳しくは『【総論】具体的な事例でみる「国際収支のトリレンマ」』等をご参照ください)。
本稿では以前から何度か説明してきた「国際収支のトリレンマ」について、おもに金融政策と為替相場という2つのデータを用いつつ、その具体的事例を確認しておきます。このトリレンマとは、3つの政策目標をすべて同時に達成することができないという経済学の「掟」のようなものですが、言い換えれば、トリレンマとは「どの目標を捨てるか」という問題でもあります。本稿で出てくるのは香港、デンマーク、スイス、日本、中国、ロシアの6ヵ国です。国際収支のトリレンマ「資本移動の自由」の魅力当ウェブサイトでこれまでしばしば繰り... 【総論】具体的な事例でみる「国際収支のトリレンマ」 - 新宿会計士の政治経済評論 |
金融債5年物が11bps上昇
ただ、本稿で注目したいのは、こうした誤用ではありません。
本論に戻りますが、中央日報によると日銀のYCC柔軟化以降、韓国で主要な金利指標が上昇している、というのです。
「金融投資協会によると、韓国の金融債5年物(無保証・AAA)金利は先月31日年4.28%を記録した」。
記事によるとYCC柔軟化直前の27日には4.164%でしたが、28日に0.066%ポイント上昇し、翌営業日である31日にさらに0.05%ポイント上昇したのだそうですが、金利の世界ではこれはなかなかに大きな変動です。2営業日で0.11%ポイント上昇した、というわけです。
利回りが0.01%ポイント上昇することを、債券の世界では、たとえば日本語だと「1毛(もう)アマ」、英語だと “1 basis point weaker” などと称しますが、債券の年限が5年ということは、価格に与えるインパクトはその約5倍、すなわち0.05%の下落です(債券の世界では利回り上昇は価格下落を意味します)。
つまり、5年債の利回りが0.11%ポイント上昇すれば、価格は0.6%程度下落したということであり、株式と違って年限が存在する債券の世界では、なかなかのインパクトといえるでしょう。
韓国の金利・債券市場の現状
気になって、韓国銀行のウェブサイトから金利データをダウンロードし、直近5年分をグラフ化してみると、図表2のとおり、とくに格付の悪い債券などで利回りの高止まりが生じているのが確認できます。
図表2 韓国の金利・債券市場
(【出所】韓国銀行データをもとに著者作成)
韓国の金利・債券市場は、昨年秋口に危機的な状況を迎えていたのですが、その後はやや落ち着き、とくに金融債や3年物AA-社債などについては、5年債国債などとの利回り格差(スプレッド)は縮小しているのですが、3年物BBB-社債の利回りは10%を超え、高止まりしています。
また、グラフからは、日銀のYCC柔軟化が与えたであろうインパクトはさほど目立ちませんが、日銀政策決定前後の違いを際立たせるために、7月27日と8月1日の利回りを比較してみると、中期ゾーンなどを中心に6~7ベーシス・ポイント程度の利回り上昇が発生していることがわかります(図表3)。
図表3 YCC柔軟化前後の韓国の利回り
種別 | 利回り変化(7/27→8/1) | 変動幅 |
1年国債 | 3.51%→3.49% | -1.2ベーシス・ポイント |
3年国債 | 3.59%→3.65% | 6.0ベーシス・ポイント |
5年国債 | 3.59%→3.67% | 7.9ベーシス・ポイント |
金融債 | 3.77%→3.79% | 1.6ベーシス・ポイント |
3年社債(AA-) | 4.37%→4.44% | 6.1ベーシス・ポイント |
3年社債(BBB-) | 10.77%→10.84% | 6.1ベーシス・ポイント |
通貨安定証券(91日) | 3.57%→3.58% | 0.3ベーシス・ポイント |
CD | 3.74%→3.74% | 0.0ベーシス・ポイント |
(【出所】韓国銀行データをもとに著者作成)
このように考えると、日本の金融政策が韓国の金融市場に影響を与えている(かもしれない)、というのは興味深いところです。
韓国リスクをしょい込んだ日韓通貨スワップ
ただ、以前の『邦銀の香港向け与信残高が急減中』でも取り上げたとおり、正直、日本の金融機関の対韓与信は、日本の金融機関の対外与信全体に対し、たかだか1%少々しかありません。
香港脱出・シンガポール拠点開設の動き、地銀で相次ぐ日銀が20日に発表した国際与信統計によると、日本の金融機関の対香港与信の急減が続いていることが判明しました。かつて邦銀は2020年3月期、香港に771億ドルほどを貸し付けていましたが、これが直近の3月末で一気に600億ドルを割り込み、560億ドルにまで減ったのです。こうしたなか、金融専門誌によると地銀の香港撤収、シンガポール拠点開設などの動きもみられるのだそうですが、こうした報道は現実の統計データと整合するものでもあります。2023/06/20 12:02追記記事にサムネイ... 邦銀の香港向け与信残高が急減中 - 新宿会計士の政治経済評論 |
先進国の債券・為替マーケットの感覚からすれば、仮に日本が利上げ局面に入ったとして、韓国の金融システムが直接の影響を受けるという可能性は考え辛いところです。金融面での日韓のつながりは、決して深くないからです。
しかし、先ほど紹介した中央日報の記事を読むと、韓国では日本の利上げをきっかけとしたウォン安への不安があることがうかがえます。たとえばこんな記述がそうでしょう。
「日本が緊縮政策を展開し日本国債利回りが高まれば他の国の債券利回りは上昇(債券価格は下落)圧力を受ける。日本で低金利で資金を借り入れ高金利国の資産に投資する円キャリートレードの清算を誘発し、これは該当国からの資金離脱を意味するからだ」。
この点、韓国ウォンは国際的に通用するハード・カレンシーではないため、一般に「円キャリートレード」の対象とはなりませんが、ただ、世界で3番目に取引量が多い通貨である日本円の利上げが世界の債券・為替市場に与える影響は大きく、典型的な「金融小国」である韓国にどういうインパクトが生じるかは気になります。
たかだかYCCの柔軟化で6~7ベーシス・ポイントも金利が上昇したのですから、日銀がマイナス金利を解除でもしようものなら、債券・金利市場が吹き飛ぶほどのインパクトでも生じるとでもいうのでしょうか。
最悪の場合、韓国からは外貨流出が発生して通貨危機状態になるか、それを防ぐための利上げで金融危機状態になるか、でしょう。当然、岸田文雄政府が韓国とドル建て通貨スワップ協定を締結する決定を下したことで、韓国が日本からスワップラインを引き出すという可能性も出てきます。
余談ですが、日韓通貨スワップは、韓国の金融市場の混乱をわざわざ日本国内に波及させるだけの愚かなツールと断じざるを得ないでしょう。
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岸田首相の韓国への「思い入れ」は何なんでしょう?自称慰安婦、自称徴用工に関しても外相時代にあれだけ煮え湯飲まされてるのに?
あと、こちらで高く評価される鈴置論考ではアメリカの韓国の恐中病や対米同盟軽視に対する不信感が相当ある…みたいな話がしきりにでますが、そんな中で例のフッ化水素輸出の「ホワイト国」復帰はアメリカから異議や文句は出ないんでしょうか?
なーんかよくわかんないです。
あくまでも私個人の予想ですが、恐らく「何でもいいから元安倍首相を超えたい」が
彼の動機だと思います。よって韓国との関係”改善”やらLGBT騒動やらに
必死になっているのだと推測しています。
安倍元首相が居た頃は岸田首相は「なんか危なっかしいが、一応まともに
やっている」位だったので、やはり安倍元首相の影響はそれなりにあったのでしょう。
しかし、本人がそれに不満を募らせていたとしたら?
「俺は安倍さんの操り人形じゃない!」と言う感情が溜まりに溜まって、
「安倍さんにできなかった事を俺がやるんだ!」と張り切った結果が
韓国との関係”改善”やらLGBT騒動やらの「功績」に飛びついているのだと思います。
サイト主さんが常々解説されているように、日本における韓国の金融市場の存在感と言ったら、ほぼないに等しいんでしょう。だけど、逆はそうではないようですね。
史上最高の税収額、昨年度政府予算の予備費に多額の未消化、日銀は当面緩和基調を継続するとは言っていますが、またぞろ国債の大量引き受けなんて必要性は最早過去のものということなんでしょう。景気動向を睨みながら、だんだんと金融引き締め、出口戦略模索への匙加減、そう言ったものが、具体的選択肢として浮上しつつあるのが、日本の現状とみることが出来そうです。
これは完全に日本自身の問題。他国の利益不利益などに斟酌する必要はまったくない話ですが、利上げしたくとも。巨額の債務を抱えてはそれは不可能に近い韓国の現状では、日本の金融環境が引き締まるのは、即資金調達コストの上昇を招くという連想がはたらくんでしょう。
別段困らせてやろうなんて意図はなくとも、ビジネスライクで義理人情なんかが入り込む余地がない、国際間の金融取引の世界では、岸田首相や松川議員、武藤元駐韓全権特命大使をはじめとする、韓国愛溢れる方々の温情なんぞは、何の意味もなさない。流れを堰き止め、さらには逆流させるなんてことは、出来ない相談ということなんでしょうね。
「韓国がなくても日本は全く問題ない」という、どこかの会計士さんが書いた本がありましたが、キッシーは読んでないのかな?こういう名著の中の名著は、政治家の必読書にしなければいけないですね。
(尚、原題は日本経済となっておりましたが、経済だけでなくその他含めて全く必要ないことは自明の事です。)
しかし、韓国が全く必要ない事はこの名著を読むまでもなく、小中学の社会の授業をちゃんと聴いていれば誰でも分かる事なんですが。
遅いかも知れませんが、今からでも名著を読んでしっかり勉強して欲しいものです。
申し訳ありません。名著の書名を間違えておりました。
「韓国がなくても日本経済は全く心配ない」でした。
私の中では、「心配ない」より「問題ない」という感覚でしたので、頭の中でずっとそう読んでおりました。
申し訳ありませんでした。