邦銀の香港向け与信残高が急減中
香港脱出・シンガポール拠点開設の動き、地銀で相次ぐ
日銀が20日に発表した国際与信統計によると、日本の金融機関の対香港与信の急減が続いていることが判明しました。かつて邦銀は2020年3月期、香港に771億ドルほどを貸し付けていましたが、これが直近の3月末で一気に600億ドルを割り込み、560億ドルにまで減ったのです。こうしたなか、金融専門誌によると地銀の香港撤収、シンガポール拠点開設などの動きもみられるのだそうですが、こうした報道は現実の統計データと整合するものでもあります。
2023/06/20 12:02追記
記事にサムネイル画像を追加しました。
CBSを使った定点観測
4月の『世界最大債権国・日本の「アジアとのつながりの薄さ」』などを含め、当ウェブサイトで定期的に取り上げる話題のひとつが、国際決済銀行(BIS)が公表している『国際与信統計』(Consolidated Banking Statistics, CBS)を用いた国際的な資金フローに関する「定点観測」です。
このCBS、BISが四半期に1度以上の割合で公表しているものであり、「報告国」(世界31ヵ国・地域)における金融機関の国際的な与信状況を世界統一的な尺度で集計したものです。
このうち「報告国」に入っているのは、先進国はG7(日米英独仏伊加)や豪州に加え、スイス、ルクセンブルクといった金融大国など合計21ヵ国、オフショアは香港、パナマ、シンガポールの3ヵ国、発展途上国は台湾、韓国、トルコなど7ヵ国です(日銀『「BIS国際与信統計の日本分集計結果」の解説』等参照)。
その一方で、このCBS、「BRICS諸国」のうち、中国、インド、ロシアなどが入っていないため、本当の意味での網羅的な統計とはいえないのですが、それでも世界的な金融大国があらかたデータを出しているため、資金の流れを読むうえでは、ある程度は参考になるものです。
さて、このCBS、日本の場合は普段、BISが公表するのに先駆けて公表するのですが、こうしたなかで日銀は20日、その2023年3月末時点の最新版データを公表しました。ダイジェスト版データは『BIS国際資金取引統計および国際与信統計の日本分集計結果』で確認できます。
日本の対外与信は4.77兆ドル
さっそく内容を確認しておくと、日本の金融機関の2023年3月末時点における対外与信は、図表1のような状況です。
図表1 日本の金融機関の対外与信(2023年3月末時点、最終リスクベース)
(【出所】日本銀行『物価、資金循環、短観、国際収支、BIS関連統計データの一括ダウンロード』サイトデータをもとに著者作成。以下同じ)
これは毎回論じることですが、上位10ヵ国・地域は8位のタイ、10位の中国を除き、いずれも米国、欧州、豪州などが中心であり、とりわけ上位2位で6299億ドルを貸し付けている、カリブ海に浮かぶケイマン諸島の存在感が目立ちます。
もちろんこれは、本当にケイマン諸島に対して6299億ドルを現金で貸し付けているわけではありません。
あくまでも「ケイマン諸島は会社法制、税制の使い勝手が良い」という事情があり、ケイマン籍の特別目的会社(SPC)などがAT1証券、T2証券、仕組債といったさまざまな金融商品を発行する、活発な「金融センター」となっているに過ぎません。
(どうでも良い話ですが、想像するに、おそらくこの6299億ドルというキャッシュの多くは日本国内に還流し、日本国債などに化けているものと考えられます。)
また、日本の対外与信総額は3月末で4兆5979億ドルでしたので、与信総額は1773億ドル、約4%も増えましたが、このうち円安効果によるものは1%ポイント程度であり、残りは邦銀の対外貸出の純増であると考えてよさそうです。
目立つ邦銀の「香港離れ」
ただ、それ以上にこのCBSデータを眺めていて気付くのは、日本の金融機関の香港離れです。
図表2は、日本の香港に対する与信総額と日本の対外与信全体に占めるシェアをグラフ化したものです。
図表2 香港に対する与信(最終リスクベース)
いかがでしょうか。
与信総額も減っていますが、それ以上に対香港与信の日本の対外与信全体に対するシェアも急落していることが確認できます。
日本の香港向け与信は最盛期では2020年3月期の771億ドルをピークに減り続けており、たった3年で4分の1を超える211億ドルも減少した計算です。香港からの邦銀の資金流出は、なかなかに急速です。
シンガポール向けは順調に推移
ちなみに日本にとって、香港と似たような位置づけにあるシンガポールの場合、邦銀の与信は(最近足踏みがみられるにせよ)伸びは続いており、対外シェア全体に占めるシンガポール向け与信も1.6~1.8%程度で安定していることがわかります(図表3)。
図表3 シンガポールに対する与信(最終リスクベース)
このあたり、邦銀の香港脱出が急速に進んでいることが、数字の上からも裏付けられている格好でしょう。
さて、これに関連し、少し古い話題で恐縮ですが、金融専門誌『週刊金融財政事情』(2023.05.16号)のコラム『新聞の盲点』(P6~7)には、『地銀のシンガポール出店ラッシュ/真価が問われる今後の展開』なる記事が掲載されていました。
同記事によると、地銀・第二地銀のなかの「国際統一基準行」(日本国外に銀行支店を出店している銀行)10行のうち、5行が香港に支店を開設しているものの、4行がシンガポールに支店を開設したそうであり、その数は拮抗。
近々八十二銀行が香港支店を閉鎖する予定であることに加え、中国銀行、千葉銀行がシンガポール事務所を支店に昇格させることを検討している、などとしています。
中国、台湾、韓国向けも減少
これらの地銀がシンガポールを目指す背景としては、シンガポールにはシップファイナンスのノウハウが集積されていることもさることながら、やはり米中関係悪化などの地政学的リスクを金融機関も認識し始めているということに尽きるのでしょう。
こうしたなか、少し気になって中国向け、台湾向けなどの与信状況も調べてみると、香港ほどに露骨ではないにせよ、与信額を調整する動きは見られます(図表4、図表5)。
図表4 中国に対する与信(最終リスクベース)
図表5 台湾に対する与信(最終リスクベース)
その一方、韓国に対する与信についてはここ数年、減少傾向が続いていて、2023年3月末時点で対韓与信の総与信に対するシェアは1.02%にまで低下していることがかくにんできます(図表6)。
図表6 韓国に対する与信(最終リスクベース)
ただしこれは、「日韓関係の悪化」が関係しているというよりも、単純に日本の金融業から見て、韓国という市場の魅力が乏しいから、などと考えた方が正確かもしれません。
いずれにせよ、日本の金融業のなかで、近隣諸国(とくに香港)から資産を引き上げ、それを東南アジア(とくにシンガポールやタイなど)に積極投資するという流れが続いていることは間違いないといえるでしょう。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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データの見方を教えて欲しいのですが、シンガポール向けも微減(▲7億ドル:約1%減)ですが、それでも香港から資金を引き揚げてシンガポールに投資していると読めるのでしょうか。タイは+116億ドルで大幅増(約1割増)が確認できます。
また、本題の趣旨とは異なりますが、ドイツ向けが減少(▲61億ドル:約5%減)には何か理由があるのでしょうか?
匿名のコメント主様
コメント大変ありがとうございます。
たしかにこの本文は少し書き過ぎかつミスリーディングです。
ただ、CBSのデータは波があるため、前四半期比で減少していたとしても、前年同期比でプラスになっているなどの事情があれば、「傾向として」、たとえば「シンガポール向け与信が増加傾向にある」などと判断できることがあります。
その一方、ご指摘の通り、タイ向けの与信は大幅に増えていますが、MUFGが10年近く前、タイの銀行を連結子会社にしたことの影響などもあり、金融面で見た日泰のつながりは密接です。タイに対する与信が中国向け与信を上回っている事実を見ると、それは明らかでしょう。
なお、欧米向け与信についてはアジア向けと異なり、証券投資残高も含まれていると考えられるため、数パーセントから十数パーセント程度の変動であれば頻繁に生じるものでもあります。
このあたりの事情につきましてはグローバル版CBSが公表されるであろうタイミング(おそらくは7月から8月あたり)にでも解説したいと思います。
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