最近、「国際決済の世界で米ドルの利用が減り、人民元の利用が増えている」、などとする報道を目にすることが増えています。ただ、国際的な統計資料を見る限り、そのような事実は確認できません。SWIFTが18日に公表した『RMBトラッカー』のデータで見ても、国際送金において人民元の利用量が劇的に増えているという事実はなく、むしろ米ドルのシェアが過去最高値となっているのです。その反面、(理由は現時点ではよくわかりませんが)なぜかユーロの利用が急減していることも確認できます。
目次
世界の中銀が人民元為替スワップを利用
世界の貿易などにおいて、中国の通貨である人民元の利用が増えている、とする報道が増えてきました。
Bloombergによると、2023年1-3月期において、世界の中央銀行が「外国為替スワップ枠」で利用している人民元の金額が1090億元(約2兆1300億円)と、2022年末から200億元増え、過去最大となったのだそうです。
世界の中銀、中国人民元の利用増やす-1~3月の外貨スワップ枠
―――2023年5月17日 10:23 JST付 Bloombergより
国際金融の専門家にとっては、為替スワップの引出残高が2兆円少々と聞いても、「それって多いのですか?」という疑問を感じるのが普通の反応だとは思いますが、ただ、一般の人がこの記事を読むと、「伸び率」だけで見たら、人民元の利用が増えているかのような印象を抱いたとしても不思議ではありません。
SWIFTランキングで見た「人民元のシェア」
では、実際のところ、国際貿易などの世界における人民元の利用は増えているのでしょうか?
これに関してちょうどうまい具合に、SWIFTが18日、『RMBトラッカー』の最新データ(2023年4月分)を発表していますが、結論的にいえば、国際送金における通貨別シェアとランキングで見る限り、人民元の利用が顕著に増大しているという事実は確認できません。
図表1-1はユーロ圏を含めた国際送金シェア、図表1-2はユーロ圏を除外した国際送金シェアです。
図表1-1 国際送金シェア(ユーロ圏含む)
図表1-2 国際送金シェア(ユーロ圏除外)
(【出所】SWIFT『RMBトラッカー』レポートをもとに著者作成)
どちらのランキングで見ても、人民元のシェアは3%に満たないものです。
決済シェアもランキングも顕著に上昇していない
これをもう少し詳しく見るために、過去からの推移をグラフ化しておきましょう(図表2)。
図表2-1 人民元の決済シェアとランク(ユーロ圏含む)
図表2-2 人民元の決済シェアとランク(ユーロ圏含む)
(【出所】SWIFT『RMBトラッカー』レポートをもとに著者作成)
ユーロ圏を含めた全世界の国際送金シェアに関していえば、過去に1度だけ、2022年1月にシェアが3%を超えたことがあり、また、2014年8月、21年12月、22年1月の3回、日本円を抜いて世界4位となったことがありますが、これを除けば基本的にシェアは2%前後、順序はだいたい5~6位です。
強いて言えば、ユーロ圏を除外した国際送金シェアにおいて、近年、シェアが微妙に増大する傾向がみられますが、それでも送金シェアは1.5%から2%前後にとどまっており、また、ランキングも最大で5位で、あまり増えていくという傾向はみられません。
ユーロ圏外では米ドルは過去最大:ユーロのシェアは10%台に急落
ただ、それ以上に今回のSWIFTランキングで興味を覚える点が2つあるとすれば、それは上位の4通貨でしょう。とくにユーロ圏以外での送金シェアに大きな変動が生じているのです。
図表3は、ユーロ圏を除外した国際送金シェアとランキングの推移を示したものですが、ユーロのシェアが急落し、その分、米ドル、日本円、英ポンドのシェアが増えているのです。
図表3-1 米ドルの決済シェアとランク(ユーロ圏除外)💵
図表3-2 日本円の決済シェアとランク(ユーロ圏含む)💴
図表3-3 英ポンドの決済シェアとランク(ユーロ圏含む)💷
とくに米ドルに関しては、これまで50%に満たなかったシェアが、3月に50%を突破し、4月には60%近くにまで膨れ上がっています。
また、3月に過去最大の8.04%を記録した日本円のシェアは5.85%にまで下落しましたが、それでも日本円としてのシェアは過去最大水準にありますし、4~5%の水準を推移していた英ポンドについても5.65%と過去最大です。
しかし、これら3つの通貨のシェアが伸びたのに対し、ユーロは3月に22.36%、4月には11.46%と、それぞれ過去最低水準になってしまいました。2月まで30%台を維持していたのに、いきなりユーロのシェアが3分の1近くに減ってしまったのです。
図表3-4 ユーロの決済シェアとランク(ユーロ圏除外)💶
(【出所】SWIFT『RMBトラッカー』レポートをもとに著者作成)
3月といえばクレディ・スイスのAT1が無価値化する(『クレディ・スイス「AT1償却」は制度設計上当然の話』等参照)という話題がありましたが、その連想でユーロが忌避されたとでもいうのでしょうか(※クレディ・スイスの本拠地はスイスであり、ユーロ圏ではありませんが…)。
国際送金の世界には、なにやら大きな変化が生じているようですが、ユーロの利用量が急減した理由について、現時点ではただちにその明確な理由を特定することは難しそうです。
結語:人民元の利用量は増えて…いるのか?
いずれにせよ、少なくとも今回のSWIFTデータからは、「米ドルの利用割合が減って、人民元の利用割合が増えている」という事実は確認できません。
人民元の利用割合が(とくにユーロ圏外において)微妙に増えているように見えることはたしかですが、現時点でこれを「トレンドとして人民元が急増している」と結論付けるほどの増え方ではありませんし、ましてやユーロ圏を含めたデータでは、それが増加しているという事実はありません。
それどころか、米ドルに関しては、少なくともユーロ圏外のシェアは前月と比べ10%ポイント近くも上昇して過去最大となっており、「米ドルの送金シェアが減っている」とする説とは真逆の結果が出てきてしまっているという事実を無視すべきではないでしょう。
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有事の米ドル、ですね。
ユーロは、貿易決済通貨です。ウクライナ戦争への対処のオタオタを見ていれば、ユーロは一つの国でも無く、一つの意思も無い事がはっきりしたので、資産保管の目的の部分は、米ドルに置き変えられたのでしょう。元は、ローカル通貨。
またドイツ銀行がなにかやらかしたのかと思った
素人なりの素朴な疑問なのですが、この手の統計では、実態との対比をどう見たらよいのでしょうかね。
よく言われる経済モデルで例えると、主婦。
主婦がハウスキーピングしている労働は統計上の金銭価値はゼロです。
外注が同じ時間だけ同じ作業をやった場合は給与の分だけGDPが増加します。
実態はなんにも変わらないのに。
ほかの、何か違う指標と複合的に比較して評価する必要があるような気がします。
共産党中国だったならば、公式発表の経済指標はウソ800だから実態は電力消費を見ろ!とかが、よく知られたエピソードですね。
GDPとは、お金の動きによる付加価値の総額ですから、お金の動かない家事労働は、GDPには含まれません。が、主婦・主夫も消費者として、生活費を出費することによってお金を使いますから、その分の
GDPを増やしています。
では、何故外に出て働かず収入の無い主婦・主夫が自分が生きる為の消費が出来るのか?それは、家事労働を行う「対価」として扶養されているからとも言えます。中には、家事労働を一切しなくても、扶養されている人もいるかもしれませんが、その人が仙人のように霞を食べて生きているので無ければ、必ず消費しますから、その分はGDPが増えます。
経済の実態とはお金の動きの事であり、GDPとはお金の動きによる付加価値の創造のことです。主夫・主婦の家事労働が評価されないと言う事とは別次元の話と理解しています。
究極を言えば、一人で自給自足する人ばかりであれば、経済は存在しないです。
又、地下経済、つまり、所得が捕捉出来ないアングラマネーの経済は、GDPに含まれないだろうと言う議論もあるかもしれませんが、人間が生活するには、表の経済に現れた物資を利用しなければならないので、GDPに反映されます。GDPとは、最終消費の事でもありますから。
ただ、地下経済取引間に於ける各取引者の所得に対して課税出来ないだけです。
以上、個人的には、このように理解しています。理解に間違いがあるかもしれませんが。
少しズレた話をしたようです。
GDPの発表数値が信用できないから、電力使用料を見るという感じで、通貨の流通量のデータが信用できるか、という事ですね?
はじめに、GDPの例が書いてありましたのでそちらで考えてしまいました。
通貨のデータについては分かりません。