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為替スワップめぐる韓銀総裁の「酸っぱいブドウ」理論

韓国銀行の李昌鏞(り・しょうよう)総裁はウォン安を巡り、「韓米通貨スワップは万能薬ではない」と発言したのだそうです。米国があまりにもスワップ締結に応じてくれないものだから、ついに「酸っぱいブドウ」理論に走ったのでしょうか。むしろ韓国が国を挙げて取り組まねばならない課題は、ウォンの国際化だったはず。それを怠ってきた以上、韓国が外貨で苦労するのも当然といえるかもしれません。

「酸っぱいブドウ」理論

お腹を空かせたキツネはある日、たわわに実った美味しそうなブドウを見つけました。

キツネはそのブドウを食べようとして懸命に背伸びをしたり、飛び上がったりしましたが、それでもあと少しのところでブドウに届きません。なぜなら、ブドウは高い場所に実っていたからです。

キツネは「どうせこんなブドウ、酸っぱいに違いないさ。もう食べてやらない」と言い捨てて去っていきましたとさ。

「酸っぱいブドウ」というのは、もともとはイソップ寓話のなかに収録された物語のひとつだとされていますが、あまりにも有名であり、そのストーリーを知らぬ人はいないでしょう。

写本などによっては、キツネがブドウを食べようとして、石を積んだりするケースもあるようですし、ほかの誰か(たとえば鳥類)に搔っ攫われる、というパターンもあると聞きます。ただ、重要な要素は次の3点です。

  • キツネが美味しそうに見えるブドウを高い木のうえに発見した
  • キツネはそのブドウを食べようと努力したがかなわなかった
  • キツネは「あのブドウはどうせ酸っぱい」と言い捨てて去っていった

この「酸っぱいブドウ」の物語自体、人間が人生のなかで何度も何度も直面するであろう、「目標に届かず悔しい思いをする」ときに、その人が「悔しい思い」をどう乗り越えていくかという態度とも密接に関わっているのではないかと思います。

「酸っぱいブドウ」と決めつけて去っていくキツネを「愚かだ」を嘲笑うのも自由ですし、「どうしてもっとさまざまな努力をしなかったのか」と批判するのも自由です。実際、この物語については、心理学者や経営コンサルタントなどが頻繁に引用するものでもあります。

それらのなかには「物理的に届かない場所にあってどんなに努力しても食べられないのなら、『あのブドウはどうせ酸っぱい』と宣言することで自分の心を落ち着かせ、得られなかったブドウをスッパリ諦めて未来志向になる、という意味がある」、などと述べる人もいるようです。

韓国銀行総裁「韓米通貨スワップは万能に効く薬ではない」

ただ、個人的には、この物語自体、そのキツネが「なぜブドウを食べられなかったのか」を突き詰められるかどうかで、キツネ自身が成長できるかどうかが分かれるのではないか、などと考えています。結局、人生というものは、「もう少しで届きそう」だけれども「結局は届かなかった」という経験の繰り返しだからです。

そして、なぜこんな話題を取り上げたのかといえば、韓国メディア『中央日報』(日本語版)に今朝、こんな記事を発見したからです。

韓銀総裁「韓米通貨スワップ、万病に効く薬ではない」

―――2022.10.17 06:53付 中央日報日本語版より

中央日報によると、米国ワシントンを訪問している韓国銀行の李昌鏞(り・しょうよう)総裁は現地時間の15日、米国との「通貨スワップ」(※原文ママ)の推進を巡っては、次のように述べたのだそうです。

スワップが我々の心理的安定に役立つのは事実だが、ドル高が持続する場合にウォン価値下落を食い止めることができるのかどうか考えると、常時スワップを結んでいる他の国も(通貨安が)進んでいるところを見ればスワップが万病に効く薬ではない」。

そもそも「為替スワップ」は「為替相場を沈静化させるための手段」ではありません。「通貨安の抑制」はあくまでも副次的な効果であって、直接の目的は「市場へのドル流動性供給」にあります。このあたり、「スワップが万病に効く薬ではない」という表現は非常に不正確でしょう。

米国が韓国とスワップを結ばない理由

それはさておき、韓国がずいぶんと以前から米国や日本との「通貨」スワップを推進してきたというのは、当ウェブサイトでもときどき取り上げているとおりです。ただ、繰り返しで恐縮ですが、現在の米国が韓国と「通貨」スワップ協定を結ぶ可能性は非常に低く、また、為替スワップ協定についても同様です。

その理由は簡単で、米国が外国とスワップを結ぶときは、たいていの場合、①米国自身にとってもメリットがある場合か、②米国がドル資金を市場に供給する必要性を感じているか、③「北米枠組合意」のような特別な合意が存在する場合、のいずれかだからです。

このうち「①米国自身にとってもメリットがある場合」とは、そのスワップが存在することで、米国自身も助けられるようなケースです。これが今朝の『スイスの為替スワップ引出額が過去ピークの半分超える』でも取り上げた、日米英欧瑞加6ヵ国・地域の金額無制限の常設型為替スワップです。

為替スワップに基づくスイスによるドル資金の引出額が60億ドルを超えました。日本、英国、ECB、カナダのいずれも現時点で米国からほとんど資金を調達していないなかで、スイスの調達額が膨らんでいるのはさすがに目立ちます。スイスはコロナ禍の2020年4月には借入額が114億ドルに達したことがありますが、今回の水準はそれ以降のレベルでもあります。常設型為替スワップスイス国民銀行の米FRBからの為替スワップに基づくドル資金の引出額が膨らんでいるようです。「中央銀行相互間の為替スワップのネットワーク」とは、各国の中...
スイスの為替スワップ引出額が過去ピークの半分超える - 新宿会計士の政治経済評論

スイスが米国から最近、この為替スワップで60億ドルを超える資金を調達しているとするのが今朝の話題でしたが、逆に米国自身もこの為替スワップを使って、外貨(ユーロ、日本円、英ポンド、加ドル、スイスフラン)を調達した実績を持っています。

韓国の通貨・ウォンは、ユーロや円などと異なり、残念ながら国際的に見て通用度は非常に低く、米国内の金融機関がウォン資金を必要とするという事態は、あまり考えられません。そのような相手国と、①のパターンの為替スワップを結ぶ可能性はありません。

前回の為替スワップは「流動性供給」目的だった

次に「②米国がドル資金を市場に供給する必要性を感じている」場合とは、FRBがドル資金を短期資金市場に提供しなければならないケース、つまり「金融緩和局面」です。FRBが毎回0.75%ポイントの利上げという「ジャイアントステップ」を踏むなかで、こうしたケースは考え辛いのが実情でしょう。

2020年3月に米国が9ヵ国の中央銀行・通貨当局と「時限的為替スワップ」を締結したときは、FRBは「これらのスワップ・ファシリティは世界のドル調達市場の緊張を和らげ、米国内外における家計や企業への信用を供給するものだ」と明言しました。

2020年3月19日付のFRBのプレスリリースから、その一部を抜粋しておきましょう。

These facilities, like those already established between the Federal Reserve and other central banks, are designed to help lessen strains in global U.S. dollar funding markets, thereby mitigating the effects of these strains on the supply of credit to households and businesses, both domestically and abroad.

要するに、これは「金融緩和の一種ですよ」と述べているわけです。

現在の米国がマネーを市場から回収する方向に金融政策の舵を切っているなかで、ニューマネーの供給につながりかねない「時限的為替スワップ」を今すぐ復活させるというのも考え辛いところです。

しかも、FRBはすでに「FIMAレポ・ファシリティ」という流動性供給手段を設けているため(『FIMAレポは「為替スワップと並ぶ安全弁」なのか?』等参照)、ますます新たな「時限的為替スワップ」の可能性は低いともいえます。

実際、FRBは「FIMAレポがあるから為替スワップは必要ない」とする立場をとっており(『NY連銀「困ったらスワップよりFIMAレポ使って」』)、韓国を含めた新興国は、こうしたFIMAレポ・ファシリティによって外貨を調達することが可能となっているのです。

米FRBは「FIMAレポ・ファシリティ」が米ドルの国際通貨としての役割を支えるうえで大切な手段だと考えているようです。言い換えれば、コロナ禍直後に締結していた9ヵ国の中銀・通貨当局との為替スワップについては復活させる可能性は低い、ということなのかもしれません。「米国は永久通貨スワップに応じるべきだ」最近の通貨安の影響でしょうか、とある国では最近、「我が国の為替相場を安定させるためには、米国は我が国と無条件で永久通貨スワップの締結に応じるべきだ」、といった主張が頻繁に出てきているそうです。なん...
NY連銀「困ったらスワップよりFIMAレポ使って」 - 新宿会計士の政治経済評論

こうした事情については、当ウェブサイトではこれまで何度も繰り返してきたつもりなのですが、やはり韓国メディアでは定期的に、この手の「通貨スワップ待望論」が掲載されてしまうのです。

「リーマン時と比べ流動性不安はない」、本当!?

ちなみに中央日報によると、李昌鏞氏は米国との「通貨」スワップ推進を巡って、こうも述べたのだそうです。

以前とは違って流動性を心配する必要がない。安心しろという話ではないが、2008年と状況が非常に異なるということを客観的に把握する必要がある」。

はて、そうでしょうかね?

対外債務自体はすでに2008年のグローバル金融危機(日本語でいう「リーマン・ショック」)発生直前とあまり変わらない水準にありますし、当時と異なり、韓国の国内では、不動産バブル、暗号資産バブルなどが発生し、さらに国内の家計債務、企業債務も膨張しています。

李昌鏞氏は米国の景気について「ハードランディングの可能性が高まった」と述べたのだそうですが、「ハードランディングの可能性が高い」のは、米国ではなく韓国の方でしょう。

ただ、李昌鏞氏の発言を眺めていて、やはり真っ先に思い出してしまうのは「酸っぱいブドウ」理論そのものでもあります。

本来、韓国の通貨当局者がやらなければならないことは、自国通貨(たとえば韓国ウォン)の国際化に向けた努力です。

もしも韓国ウォンが日本円並みにとは言いませんが、せめて豪ドル並みに国際化していれば、ウォン安だ、ドル資金不足だ、といった事柄を心配する必要はなくなるはずです。なぜなら、ウォンが国際化していれば、わざわざ外貨資金を調達しなくても事業活動ができる韓国企業がもっと増えるはずだからです。

あるいは、もしも韓国ウォンがスイスフランなみに国際化していれば、もしかすれば米国も韓国と「常設型為替スワップ」を結んでくれと懇願してくるかもしれません。

実際、スイスは米ドルとの為替スワップが存在するがために、ドル資金流動性不足に陥ることはありません。もしも米瑞為替スワップが存在していなかったとしたら、スイスの金融機関がドル資金不足に陥り経営破綻する、といった事態も生じ得ます。

いずれにせよ、「米韓為替スワップは酸っぱいブドウ」と決めつけるかの姿勢を見ていると、「ウォンの国際化」という本質的な問題から逃げ回ることが韓国自身にとって良いことなのかどうか、冷静に考えてみる必要もあるのかもしれません。

余談:これが本当の「酸っぱいブドウ」

なお、どうでも良い余談ですが、韓国といえば、日本から無断で持ち出されたシャインマスカットを大々的に栽培しているのは良いものの、結局、品質劣化に苦慮している、とする話題もありました(『韓国で無断栽培されている日本品種ブドウの品質が悪化』参照)。

シャインマスカットというブドウの品種があります。これ自体は農研機構が開発し、2006年に品種登録された「純日本産」の品種ですが、その種苗が外国の流出し、大々的に栽培されているという意味で、日本の知財戦略の失敗の象徴でもあります。こうしたなか、韓国産シャインマスカットの味が微妙だ、といった報道が出てきました。韓国メディアによると、値崩れと品質管理の失敗がその原因だということです。シャインマスカットの損害は年間100億円超シャインマスカットという品種を耳にしたことがあるという方は多いでしょう。農水省ウェ...
韓国で無断栽培されている日本品種ブドウの品質が悪化 - 新宿会計士の政治経済評論

その意味で、韓国社会を「ブドウ」にたとえるというのは、案外、悪い話ではないのかもしれない、などと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (11)

  • 為替・通貨スワップとは多少趣が異なりますが、日韓漁業協定が延長されずに失効した際に、韓国当局者が「協定失効によって受ける損害は日本のほうが大きい」と言い放ったことが思い出されます。結果としては、協定失効後、日本側が受けた損失はほぼゼロに等しいものでしたが、韓国側では釜山あたりの漁業者が壊滅的打撃を受けたとか。韓国側は今でも表向きには「協定を結んでやる」という姿勢を崩してないようなので(水面下では、要求を1/3にしてもいいからと懇願しているそうですが)、日本側ではもはや話題にすらならなくなりました。

    きっと韓国の人は酸っぱいブドウがお好きなんでしょう。シャインマスカットも韓国人の嗜好に合わせて酸っぱくなったのかも。

    • その通りですね。まあ李ラインで受けた西日本の漁民の艱難辛苦を考えると、漁業協定破棄は、ほんの少し彼らの留飲を下げたということでしょうか。

  •  そのキツネが、他に食べ物が豊富にある中でたまたまブドウが採れなかったのか、そのブドウが採れなければ餓死するよりない状況におかれているのか、で意味がだいぶ変わってきますね。

     ともあれ、目の敵からシャインマスカットを盗むようなことをせず、"友人"から龍眼(中)かカッタクルガン(露)を分けてもらえば良いのでは。あまり良い友人には見えませんが。

  • >「リーマン時と比べ流動性不安はない」、本当!?

    李昌鏞氏の口から発せられたのは「安全”弁”」ではなくて、『詭弁』。
    ・・。

  • 韓国に対する「丁寧な無視」で足並みを揃えつつある日米
    という感じでしょうか。

    何はともあれ良い事だと思います。

  • 身もふたもないこと言うけど、金もないのに金持ちのまねして、支払に窮すると「ちょっと貸して」と言ってるように見える。

    いままでは貿易黒字でそれができたけど、これから苦しくなるんじゃないかな。

    特にビザなし観光で旅行収支の赤字が増えていくはず。ずーと厳しい外貨繰りが続くと思うよ。
    玄関に「スワップお断り」の張り紙するべきだね。

    • sqsq 様

      >特にビザなし観光で旅行収支の赤字が増えていくはず。

      いつ外貨の持ち出し制限を始めるかですね。
      それで、自称4000億ドルの外貨準備のうち、真水部分が後どれくらいで底を突きそうなのか、見当が付く(笑)。

  • ブドウはモノだから、キツネにけなされても何も思わない。

    しかし、アメリカは国で、国は人の集まり。

    「あんなの、最初から必要なかった」「米韓通貨スワップは万能薬ではない」

    こんな言い方をされて、不愉快に思わないはずがない

    少なくとも「あっそう。要らないんだったらもういいよね?」とはなるだろう。

    そうなればなったで、逆にアメリカを恨んで「自分の側に付けと言うばかりで、韓国の頼みは聞いてくれない」とか言い出すから、始末が悪い。

    助けなくても、助けても恨む。それが韓国。

  • 酸っぱい葡萄の論理なのでしょうか?私には韓国にとってスワップ協定に全力で依存する論調があまりにも酷かった様に感じたので、この話自体は正解かな?と思いました。あまりにもスワップ万能論が横行して居た様に思います。で、アテも外れたし、元から過大な願望であり、現実可能性に関しても余りにも過大に見積もり、更にはスワップ交渉する韓国政府当局者にもあまりにも簡単に実現出来る様に至る所からスワップスワップ言われて来たので、当事者としてはこんなプレッシャーは敵わないとなった心情吐露であったかと。少しでもスワップ未決の責任は下げたいでしょうしね。

  • 経済オンチの私には理解力が不足していますが、
    やたらと出てくるこのスワップなるもの、
    病人に例えると
    風邪薬程度と認識すれば良いのかなと?

    しかし、
    現在の世界経済の停滞、
    特に韓国の状況など
    すでに
    風邪薬のレベルを越えてしまい、
    外科手術が必要な時では?、

    当の病人が自覚がないのが哀れです。

  • たとえ言い訳捨てゼリフを放ったとはいえキッパリあきらめて自活を図ったきつねさんはまだましな気がする。
    食べてから、ブドウの恵みを得てからまずいだ酸っぱいだ成るのが遅いだと文句を言い、偶然を実力と勘違いして(というか自己欺まん)永遠に食物を「まちぼうけ」してうろちょろまとわりつく彼らよりきつねさんは偉いw