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    Categories: 金融

石油というロシア制裁の「穴」をふさぐ国際社会の努力

ロシアに対する制裁の一環として、国際社会はロシア産石油を運搬するタンカーに対する保険や再保険の禁止措置に加え、ロシア産石油の価格上限制度などを検討しています。こうしたなか、ウォーリー・アデエモ米財務副長官は20日、ロシア産石油の価格上限設定が「保険禁止措置」と合わせて、12月までに実施されることを望む、との見解を明らかにしたのだそうです。

ロシアに対する西側諸国の制裁

ロシアによる違法なウクライナ侵略戦争の開始から、もうすぐ5ヵ月が経過します。

この間、国際社会、とりわけ西側諸国は、ロシアによる違法行為をやめさせようと、さまざまな行動を取ってきました。

たとえば、西側諸国はロシアの外貨準備を凍結しました。『ロシアの外貨準備資産等没収にスイス大統領が「異論」』などでも示したとおり、当ウェブサイトの試算では2022年1月末基準でその金額はざっと3777億ドルに達する金額です(※これについてはのちほど再掲します)。

凍結されているロシアの外貨準備などの資産を没収して、ウクライナの復興支援に充てるという構想を巡り、スイスの大統領から異論が出ました。「私有財産の侵害は法的根拠がなければこれを行ってはならない」という原則です。この見解自体、いまここで述べるべき原則なのか、という気がしないではないにせよ、たしかに一理あります。これについてどう考えれば良いのでしょうか。ロシアの資産は?ロシアの外貨準備資産の通貨別内訳(想像図)以前の『開戦準備の証拠?ロシア外貨準備でドルが急減していた』では、ロシア中央銀行がロシア...
ロシアの外貨準備資産等没収にスイス大統領が「異論」 - 新宿会計士の政治経済評論

また、これとあわせて西側諸国はロシアの主要銀行をSWIFTNetから排除する措置を導入し、その結果、ロシアの通貨・ルーブルはSWIFTの決済ランキングから姿を消しました。

SWIFTは毎月、『RMBトラッカー』と呼ばれる資料を公表しているのですが、これは、国境をまたいだ「顧客を送金人とする取引・銀行間の取引」の通貨別の構成割合とランキングなどを示したものです。

これのうち、ユーロ圏を除外したデータで確認すると、ロシアルーブル(RUB)のデータが2022年3月以降、ぱったりと消えてしまったことが確認できます(図表1)。

図表1 ロシアルーブルの決済シェアとランキング(ユーロ圏除外)

(【出所】SWIFT『RMBトラッカー』を参考に著者作成)

つまり、西側諸国の対ロシア制裁は、おもに金融面で加えられている、というわけです。

これに加えて西側諸国の主要なクレジットカードブランドが、ロシア国内で発行されたクレジットカードの国際決済サービスを停止したこともあり、ロシアの政府、企業だけでなく、ロシア国民すらも、事実上、国際的な金融取引から排除されてしまった格好です。

対露制裁の「穴」は「中国」と「石油」

ところが、こうした制裁に穴があるとしたら、中国と石油でしょう。

先ほども言及した、「西側諸国が凍結したロシアの外貨準備」の金額については、詳細な計算プロセスは以前の『開戦準備の証拠?ロシア外貨準備でドルが急減していた』などでも示したとおりですが、ここではその「計算結果」だけ再掲しておきます(図表2)。

図表2 2022年1月時点のロシアの外貨準備の通貨別内訳(想像図)
通貨別構成 金額 全体の割合
ユーロ 2085億ドル 33.90%
米ドル 671億ドル 10.90%
英ポンド 381億ドル 6.20%
日本円 363億ドル 5.90%
加ドル 197億ドル 3.20%
豪ドル 62億ドル 1.00%
シンガポールドル 18億ドル 0.30%
西側諸国通貨小計(①) 3777億ドル 61.40%
金地金 1323億ドル 21.50%
人民元 1052億ドル 17.10%
西側諸国通貨以外(②) 2374億ドル 38.60%
合計(①+②) 6151億ドル 100.00%

(【出所】「割合」はロシア中央銀行・ロシア下院向けレポートのP123、「金地金」の「金額」はIMF、「合計額」は「金地金の金額÷割合」、各通貨の金額は「合計額×割合」で算出)

これで見ると、西側諸国(あるいはロシアにとっては「非友好国」)の通貨建ての準備資産は合計で3777億ドルです(※ただし、実際に凍結されている金額は、これよりは少ないと考えられます)。

逆に言えば、凍結されていない金額が少なくとも2374億ドル存在するということであり、とりわけ金地金と並んで大きな額を占めているのが、1000億ドルを超える人民元です。中国はロシアに対する経済制裁には参加していないため、ロシア制裁にはどうしても「穴」が生じるのです。

ロシアは資源国:ロシア締め出す「保険規制」とは?

対露制裁の「穴」は、それだけではありません。

北朝鮮と異なり、ロシアは資源国であり、とくに豊富な鉱物性燃料(石油、石炭、天然ガスなど)資源を保有しており、これに加えて昨今の資源高は、ロシアに対してさらに多くの外貨収入をもたらしています。その意味では、「石油」と「人民元」が、ロシアの戦争遂行能力を完全に奪ううえでの障壁、というわけです。

ただ、ここに来て、西側諸国は「次の一手」を講じてきました。米国、欧州を中心に、ロシア産の石油の価格に上限を設定するという動きです。

ロシア産石油の価格上限設定、12月までの実施見込む-米財務副長官

―――2022年7月21日 15:59 JST付 Bloombergより

ロシア産原油の価格上限設定、年末までに導入を=米財務副長官

―――2022年7月21日11:16付 ロイターより

ブルームバーグやロイターの21日付の報道によれば、ウォーリー・アデエモ米財務副長官は20日、ロシア産石油の価格上限設定が「保険禁止措置」と合わせて、12月までに実施されることを望む、との見解を明らかにしたのだそうです。

ちなみにこの「保険禁止措置」とは、欧州連合(EU)と英国が共同で検討している措置で、日経新聞の次の記事によれば、ロシア産の石油を運ぶタンカーへの保険や再保険を禁止することなどを柱とするものだそうです。

ロシア産石油の締め出し加速 英EUがタンカー保険禁止へ

―――2022年6月1日 21:08付 日本経済新聞電子版より

英国といえば、世界最大級の保険・再保険市場を抱えている国でもありますが、もしもロシア産石油を運搬する船舶への保険禁止措置が講じられた場合、海運業者としては海難事故などの際の損害をヘッジする手段を失う格好となり、事実上、ロシア産石油の海上輸送が不可能になります。

ただし、今すぐにロシア産の石油を市場から締め出す措置を講じれば、世界のエネルギー価格が上昇しかねません。

その意味では、その意味では、前出のアデエモ氏の発言も、ロシア産のエネルギーの市場への供給が一定量は継続することを前提にしつつも、ロシアの石油運搬手段を制限することで、ロシアの外貨収入を制限しようとするものだと考えて良いでしょう。

次のテーマは中国の締め出し

もちろん、中国やインドを中心に、対露制裁で割安になったロシア産の石油の買い手は存在するため、今回の措置でロシア産の石油を完全に国際的な石油市場から締め出すことはできません。

ただ、少しずつでもロシアの戦争遂行能力を奪う措置が講じられ続けることが大切です。違法なウクライナ戦争をロシアの敗北に終わらせることに加え、ひいては、次なる違法な戦争の発生を防ぐことにもつながるからです。

このように考えていくと、石油の次のテーマは、中国でしょう。

以前の『いったいなぜ、IMFは人民元をSDRに加えたのか』などでも取り上げたとおり、そもそも中国の通貨・人民元を国際通貨基金(IMF)が自由利用可能通貨として特別引出権(SDR)の構成通貨に指定した決定自体、見直されるべきです。

本稿は、当ウェブサイト『新宿会計士の政治経済評論』を開設する動機のひとつでもある、「中国の通貨・人民元の本質」について、改めて振り返っておこうという企画です。今から3年少々前に、当ウェブサイトでは『人民元のハード・カレンシー化という誤解』という記事を皮切りに、人民元をテーマにした記事をいくつか執筆しました。その際に提示した疑問点が、「なぜ人民元のように自由利用可能とはいえない通貨をIMFはSDRの構成通貨に指定したのか」という点なのですが、これについて現時点で最も納得がいく論考を発見しました...
いったいなぜ、IMFは人民元をSDRに加えたのか - 新宿会計士の政治経済評論

もちろん、名目としては「中国当局が人民元を国際化する努力を怠っている」、とするものが考えられますが、やはり、国際法違反による軍事侵略を敢然と非難しない国の通貨に「国際通貨」である資格などありません。

国際社会がこの問題にどう対処するか、見守ってみたいと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (4)

  • >対露制裁の「穴」は「中国」と「石油」

    対露制裁の穴はインドと再輸出。

    インドはロシアから原油を割安で購入。
    それを石油製品に精製して欧米への再輸出が確認されている。
    しかもそれにより原油価格が抑えられているという側面がある。

    中国への制裁はできてもインドへの制裁はできないのが難しいところ。

  • 対露制裁の足あとの一つ一つが、来るべき対中制裁の道しるべとして活かされることになるんでしょうね。きっと。

    できれば、抑止力として作用して欲しいんですけどね・・。

  • EUは、食料エネルギー安全保障のリスク軽減のため、対ロシア制裁の石油禁輸の例外措置を拡大し、ロシアが原油を第三国に輸出することを可能にした。これによりEU域内のビトルやシェルといったエネルギー商社や石油企業がロシア産原油を輸出することが可能になる(EU域外の企業は今でも制約はない)。
    つまり、EUは第三国を迂回させて買い付けることでロシア産原油を自由に輸入できる。石油禁輸に関するロシア制裁は撤回されたと言っていい。これによりロシア産原油を搭載するタンカーの船舶保険引き受け禁止もなかったことになる(でなければ上記措置に意味がなくなる)し、アメリカご執心のロシア産原油の買取上値制限を実行したところで実効性はなくなる(迂回輸入すればいいんだから)。
    対ロシア制裁によるエネルギー不足・エネルギー価格高騰というセルフ制裁で自らを窮地に追い込み、ロシアのガスなしには冬を越せないEUは、裏で制裁を尻抜けにすることで従前どおり石油ガスを供給してくれるようロシアと握ったのではないか。あと3ヶ月もすれば暖房が必要な季節になる。
    そうなるとEUに追随して次々と制裁を打った日本は、気付いてみたらEUに梯子を外され、挙げ句サハリン2の権益を接収されてガス輸入が途絶え深刻な電力・ガス不足に追い込まれる一人負けになる。

  • このスレで産油国の話題が出ることは少ないですが,サウジアラビアについて,ちょっと気になることがあります。以前,コロナ期間中にアメリカがばらまいたドルのかなりが,市場を通じてかなり産油国に流れて,ドルをため込みすぎているのではないか,という話をしました。その後,ロシアのおかげで,原油価格が急騰して,産油国が更に「おいしい」思いをしているはずです。バイデンさんが「増産してくれ」と言っても,生産を増やして原油価格が下がると儲けが減るので,簡単に言うことを聞くはずがないです。それに,ロシア・ウクライナ戦争が長引いて,EUのエネルギー危機がずっと続くほうが好都合です。そのせいか,もともとアメリカに協力的だったサウジアラビアが,あまり言うことを聞かなくなり,ロシアにもかなり接近しています。すぐロシアに負けられると困りますから。
    日本も,もっと早く,太陽光発電の欠点に気付いて原子力発電に舵を切っていれば,原油高騰の影響が少し小さかったかもしれません。まあ,ドイツ程大きい被害は受けていませんが。フランスのほうが賢かったようです。