日本が保有する1.3兆ドルという巨額の外貨準備を有効活用することができるとすれば、スワップ外交でしょう。こうしたなか、ロシアのウクライナ侵略を失敗に終わらせるうえで、大変に重要な役割を果たす可能性がある国が、トルコです。そのトルコは現在、外貨不足に悩んでいます。岸田首相が今月末に参加するNATO首脳会合のサイドラインで「日土首脳会談」は行われるのでしょうか?
目次
「低金利でインフレに対抗」という謎理論
ここもとのドル高という影響もあり、世界的みても、いくつかの国の通貨がドルに対して大きく下落しています。我が国の通貨・円が今週、米ドルに対して24年ぶりの安値水準となる1ドル=136円台を記録したことは、「ドル高」の象徴といえるかもしれません。
ただ、今回のドル高局面、基本的には米金利上昇やドルの供給量の削減といった「FRB発」という側面もあるのですが、それだけではありません。やはり、世界は広いので、ドル安が生じている国によっては、それ特有の事情があるケースも見受けられます。
たとえばトルコの通貨・リラは、その典型例でしょう。
トルコといえば、強権的な姿勢でも知られるレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が金融政策にも口を挟み、「利下げでインフレに対抗する」などとする、謎の理論を振りかざしている国でも知られます。今年初めにロイターに掲載された次の記事などが、その証拠でしょう。
トルコ大統領、金利引き下げでインフレ低下すると持論展開
―――2022年1月31日12:09付 ロイターより
また、日本貿易振興協会(JETRO)の『ビジネス短信』に昨年12月6日付で掲載された次の記事を読んでも、エルドアン氏は「インフレや物価高騰は結果で、その原因は高金利だ」と述べた、などと記載されています。
通貨リラ安が進む中、エルドアン大統領は低金利政策を継続
―――2021年12月06日付 JETROより
なかなか独特の経済理論だと思いますし、どうしてエルドアン氏がこのような認識を持っているのかについては、正直、よくわかりません。
通貨安に苦しむトルコ
トルコリラ安は続く
もっとも、エルドアン氏がそのような考え方を持っているからといって、金融市場がエルドアン氏の目論見通りに動いてくれるとは限りません。その典型例が、トルコの通貨・リラの対米ドル相場(USDTRY)の動きです。
国際決済銀行(the Bank for International Settlements, BIS)はほぼ毎週、約60通貨の米ドルに対する為替相場を公表しているのですが、このデータをもとに6月20日までの為替相場(USDTRY)をグラフ化してみると、トルコリラが1ドル=17.00台を突破していることがわかります(図表1)。
図表1 USDTRYの推移(直近5年分)
(【出所】the Bank for International Settlements, US dollar exchange rates より著者作成)
BISデータに基づけば、USDTRYは昨年12月20日に1ドル=17.78リラという史上最安値を記録したのですが、その後は例の「預金補償スキーム」(『トルコリラ「預金補償」で乱高下』等参照)でいったん通貨防衛に成功。1ドル=11.19リラに一気に戻しました。
トルコの通貨が乱高下したようです。「外貨ベースでリラ預金に損失が発生したら、その分を政府が補償する」というエルドアン大統領の発表でリラが買い戻されたそうですが、冷静に考えると、これもなかなか強烈な政策です。エルドアン大統領が「金利は悪」と叫んでみても、リラ建て預金を補償する減資を国債で調達したらますます金利が上がるからです。トルコの通貨が乱高下外為市場では、トルコの通貨・リラが乱高下する展開となっています。WSJのマーケット欄を見ると、20日の取引時間(日本時間の21日1時40分時点)で前日比12%... トルコリラ「預金補償」で乱高下 - 新宿会計士の政治経済評論 |
しかし、今年に入ってから再びリラ安が続き、BISの直近データだと6月20日時点で1ドル=17.33リラと、過去最安値水準にじわじわ近づいています(※WSJのマーケット欄だと、本日午後1時半時点で1ドル=17.34リラ前後です)。
外貨準備が急減するトルコ
また、国際通貨基金(IMF)が公表する各国の外貨準備高に関するデータベース(IRFCL)によると、トルコの外貨準備高は2013年ごろから伸び悩み始め、コロナ禍発生前の2018年ごろには800億ドル台にまで急減。
その後やや持ち直したものの、コロナ禍直後の2020年9月には瞬間的に800億ドルを割り込みました。また、その後は2021年8月のIMFの特別引出権(SDR)特別分配などの影響もあってか、一時的に回復したものの、また減少に転じるなど、不安定な動きが続いています(図表2)。
図表2 トルコの外貨準備(トータル)
(【出所】International Monetary Fund, International Reserves and Foreign Currency Liquidity データより著者作成)
しかも、この外貨準備の内訳について眺めてみると、有価証券の残高がほぼゼロに近づいていることもわかります(図表3)。
図表3 トルコの外貨準備(有価証券)
(【出所】International Monetary Fund, International Reserves and Foreign Currency Liquidity データより著者作成)
正直、これはなかなかに危機的な状況です。
通常の国であれば、外貨準備のうち一定割合は有価証券として運用に廻しているのですが、トルコは現在、有価証券のポジションをほぼすべて解消し、現金預金や「その他の外貨準備」などに換えてしまっているフシがあるからです。
なぜか金が外貨準備の4割を占める
トルコの外貨準備をめぐる特徴は、それだけではありません。同じくIMFのデータによれば、トルコが2022年5月末時点で保有している外貨準備は1016.92憶ドルですが、そのうち金(マネタリー・ゴールド)の割合が41.18%にも達しているのです(図表4)。
図表4 トルコの外貨準備の内訳
項目 | 金額 | 構成割合 |
---|---|---|
外貨準備合計 | 1016.92億ドル | 100.00% |
うち、有価証券 | 71.45億ドル | 7.03% |
うち、現金預金 | 450.60億ドル | 44.31% |
うち、IMFRP | 1.53億ドル | 0.15% |
うち、SDR | 74.55億ドル | 7.33% |
うち、金 | 418.79億ドル | 41.18% |
(【出所】International Monetary Fund, International Reserves and Foreign Currency Liquidity データより著者作成)
このあたり、金で外貨準備を保有するというのはロシアにもみられる特徴ですが、その実在性・評価の妥当性などをめぐっては、ここではあえて議論しないことにしたいと思います。
トルコが求める通貨スワップ
トルコが保有する通貨スワップは269億ドル相当
こうしたなか、外貨不足に苦しむ国が外貨準備を補う常套手段のひとつが、通貨スワップ協定です。
トルコ中央銀行のウェブサイトで確認すると、少なくとも現時点において、トルコはUAE、中国、カタール、韓国の4ヵ国との間で、ドルに換算して約269億ドル相当の通貨スワップを保有している格好です(図表5)。
図表5 トルコが外国と保有する通貨スワップ協定
相手国と締結日 | リラとドル換算額 | 相手通貨とドル換算額 |
---|---|---|
UAE(2022/01/19) | 640億リラ(約36.9億ドル) | 180億ディルハム(約49.0億ドル) |
中国(2021/06/15) | 460億リラ(約26.5億ドル) | 350億元(約52.2億ドル) |
カタール(2020/05/20) | 50.0億ドル相当のトルコリラ | 150.0億ドル相当のカタールリヤル |
韓国(2021/08/12) | 175億リラ(約10.1億ドル) | 2.3兆ウォン(約17.8億ドル) |
合計 | 約123.6億ドル | 約269.0億ドル |
(【出所】トルコ中央銀行。為替換算はBISデータの2022年6月20日付の最新データに基づく)
そのうえで、トルコは実際に中国から通貨スワップに基づき、人民元を引き出しています。IMFが2021年8月6日付で公表したワーキング・ペーパー “Evolution of Bilateral Swap Lines” によると、およそ20億ドル相当が引き出されていることが確認できます(図表6)。
図表6 人民元建ての通貨スワップの引出額
(【出所】International Monetary Fund, “IMF Working Paper: Evolution of Bilateral Swap Lines” P14)
なお、中国とのスワップを除けば、トルコが現時点でUAE、カタール、韓国の3ヵ国との通貨スワップを引き出したという報道等は確認できません。
サウジとの通貨スワップ
こうしたなか、トルコの通貨スワップをめぐっては、こんな記事が目に入りました。
Saudi crown prince, Erdogan meet in Turkey with ‘full normalisation’ in sights
―――2022/06/23 8:28 GMT+9付 ロイターより
サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子が現地時間の22日にトルコを訪問し、エルドアン大統領と会談。ジャーナリストのジャマル・カシオギ氏の殺害事件により悪化した両国関係の「完全な正常化」に向けて努力することで合意した、などとしています。
その際に、やはり気になるのはサウジ・トルコ間の通貨スワップという動きです。
ロイターによると、「トルコの当局者」は、両国で通貨スワップ協定を締結するという動きについては「望み通りには進んでいない」、「大統領と皇太子が個人的に詳細を詰める」などと述べたそうであり、現時点で金額や時期などの具体的なものは出ていません。
しかし、こうした「通貨スワップ」という単語が出てくるということ自体、トルコ自身が自国の外貨準備水準について、かなりの危機意識を持っているという証拠でしょう。
こうしたなか、米国がトルコと通貨スワップを締結するという可能性があるのかと問われれば、そこもかなり微妙でしょう。というのも、米国は外国とスワップを結ぶときには、①自国にもメリットがある為替スワップか、②金融緩和の一環としての流動性スワップか、③近隣国との通貨スワップか、というどれかしか事例がないからです。
米国は日本、英国、欧州、カナダ、スイスの5ヵ国・地域の中央銀行と金額無制限の常設型為替スワップを締結しており、これに加えてコロナ禍発生直後の2020年3月には、金融緩和の一環として、豪州やデンマークなど9ヵ国の中央銀行・通貨当局と臨時の為替スワップを締結しています(21年12月末で失効済み)。
しかし、結局、米国はG20諸国の中でも、トルコに加え、ロシア、中国、インド、インドネシア、サウジアラビア、アルゼンチン、南アフリカの8ヵ国とは、この為替スワップを結びませんでした。
やはり、金融的に信頼できない国、国際金融において存在感がない国などとは、米国は為替スワップを結ばないのかもしれません。
トルコが「日土通貨スワップ」を熱望していることは間違いないが…
こうしたなか、トルコがひそかに通貨スワップを締結している相手国として想定しているのは、やはり日本なのかもしれません。
実際、過去に「日銀がトルコ中銀と通貨スワップを結んでくれる」という虚報で通貨安を乗り切ったことがありました(『「飛ばし報道」だけでトルコリラの暴落を防いだ日本円』等参照)。
昨日の『トルコとの100億ドルスワップ報道に「驚いた」日本』では、トルコ国内で「トルコ中央銀行が日銀と100億ドル規模の通貨スワップ締結で合意に至る直前である」などと報じられた、とする話題を紹介しました。いわば、一種の「寝耳に水」のような話ですね。わが国ではさほど話題になっている形跡はないのですが、現時点で判断するかぎりは「利下げに備えて通貨安を防衛するための一種の情報操作だった」とうい可能性が高い気がします。トルコメディアの飛ばし報道「100億ドルスワップ説」は信頼できるのか?昨日、当ウェブサイトで... 「飛ばし報道」だけでトルコリラの暴落を防いだ日本円 - 新宿会計士の政治経済評論 |
また、トルコは今回のロシアによるウクライナ侵略に関連し、黒海艦隊を黒海に閉じ込めるうえで大変に重要な役割を果たしています。スウェーデンやフィンランドのNATO加盟を容認することなど引き換えに、ほんの少額の「日土通貨スワップ」に応じる、というシナリオはありうるかもしれません。
正直、トルコが日本や西側諸国にとって信頼ができる国なのかどうかという点は微妙ですが、ただ、ロシアによるウクライナ侵略という試みを失敗に導くうえでは、トルコの協力が必要であるというのもまた事実でしょう。
また、日本がトルコとの間でスワップを結ぶことで「NATO拡大」をトルコに呑ませることができれば、欧州連合(EU)や米国も日本の深く感謝するでしょうし、中国に対する牽制にもつながり、さらには日本との諸懸案解決に非協力的な某国に対する間接的なメッセージにもなるかもしれません。
いずれにせよ、岸田文雄首相は6月末にNATO首脳会合に参加するためにスペインを訪問する予定ですが、エルドアン大統領との「日土首脳会談」はあるのかどうか、陰ながら注目したいと思う次第です。
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トルコは邦人救出で恩のある国ではありますが、
仰る条件に加え
”条約・合意を守らない、嘘つき”国と通貨スワップの解消
が最低条件ではないでしょうか。
確か、イスラムの教義では人にお金を貸して利子を得ることは悪いこととされており、従って信心深いエルドアン大統領は高金利を誘導する政策は取らないと聞いたことがあります。どうも近代経済理論とは相性が良くないようです。
数年前にトルコへ行ったときに換金したリラを出国時に戻すのを忘れて、持って帰ってしまいました。日本国内じゃ、リラを正当なレートで換金してくれるところは皆無なのでそのままです。そのうち紙屑になりそう。
政策金利12.5%のトルコさん、とりあえず「頑張ってね」としか言えない(失笑)
エルドゥアンさんは、長期政権の「おごり」で世界に対し本音を主張し過ぎましたね。 EU加盟(???)交渉とかあって、シリア問題前の頃までは米欧も少々アマアマでしたが、その後IS原油チューチュー問題とかもあって、前途多難だと思います。 親・現露を取っていることは、かつての「オスマン帝国」を夢見ているのか?とかの邪推を受けてしまいますよね。
距離的にも文化的にもずいぶん遠く
エキゾティックな国であるトルコは、
私達にはときには理解しがたい
行動さえもあるエルドアン大統領なのですが
私は、
日本トルコ合作映画『海難1890』の
最後で日本国民にあてた大統領の
メッセージに心打たれたものです。
日本を嵌めるけったいな国が
困ったことに近くにあるなかで、
日本に親近感を持ってもらってる
トルコとの国際協力は私は基本賛成です。
ただ、
トルコのためにスワップ契約すると
トルコとスワップ結んでしまってる
感謝するどころか恩仇返しの韓流さんが
ホルホルされてしまうという阻害要因
があるので困ったものだと考えます。
トルコの人たちの日本への好感情は
単に帝政ロシアのバルティック艦隊を
打ち破ったというだけでなく、
日本とトルコの人たちの
多くの地道な国際交流の結実です。
近年日本では、
『微笑みの国タイランド』との
イメージの一方で
『ほくそ笑みの国 韓国』との
評価が定着しつつあります。
それもまた
国民意識と交流の集大成です
それを韓流ゴリ押しでの
かっこいい?だの
韓流すごい?だの ひいては、
当たり前に起こる反論には
『嫌韓レッテル貼り』で
封じようとする厚かましい行動を
自国のみならず他国である
この日本で行ってしまっているという
韓流の浅ましい姿への
当然の評価であることを
受け入れてもらうことから
初めてもらう必要があります
そうでないと、
韓流の人たちは
世界のどこの国でもそうなように
鼻つまみ者と言う評価しか
受けられないものだということに
はやく気づいてほしいものだと
心配して差し上げます。
>いずれにせよ、岸田文雄首相は6月末にNATO首脳会合に参加するためにスペインを訪問する予定ですが、エルドアン大統領との「日土首脳会談」はあるのかどうか、陰ながら注目したいと思う次第です。
チワワ総理のChumpっぷりが発揮されるかも知れないですね。
黒海を挟んで対岸のウクライナとロシアが交戦しているトルコは実質的に紛争関係者で、戦闘がどのような結果になるにしろ「侵攻戦終了後の地域のありよう」に関して直接責任がある存在です。当方はトルコ現政権が親ロシアであるとは思いませんが、若い世代が母国を見切ってロシアから大量移入したり、制裁逃れを意図してロシア企業がトルコに活動拠点を築いたりしている現実に照らして、当たって欲しくないよくない予想ですが、トルコ国内情勢はこの先荒れるんじゃないかという直感がします。ロシア(だけでなく)から「泥棒ビジネスマン」たちがアタッシュケースに札束を詰めて(例えが古い)集まり、イスタンブールにうごめくような気がするのです。
経済産業面でトルコと共栄構想を描き、ロシア牽制と地域の安定を目指せれば、本邦の未来にも与すると思います。
日本の絶対的不利益に目を瞑れば、トルコとのSWAP締結は
可能ですが、そこまで絶対的非利益を日本が負ってまで
するようなものでしょうか?
やっと南国のSWAPの手を切れたと思ったら、まったく
どうしようもない国(中共)とSWAP契約するなんて
頭がおかしいとしか思えません。
トルコがEUに入れないのは、単なる西欧の人種差別問題です。
それを日本とのSWAPでは片付けられません。
NATOにトルコが入っているのは、露海軍の黒海から地中海への
進出を防ぐ為にあり、ボスポラス海峡が完全なる自由航路でないのも
その理由です。 日本の海峡が異なるのは第二次世界大戦に敗戦し
勝利側に露・中がいるせいです。