ロシアの通貨・ルーブルが、ウクライナ戦争開始前の水準と比べて30%以上も上昇しています。こうした状況に自信を深めたのか、ロシア当局は「輸出企業が獲得した外貨収入を強制的にルーブルと交換させる」とする措置の割合を、80%から50%にまで緩和する方針を示したそうです。ただし、米国がロシアの債券保有者に対し、元利払いを受け取ることを禁止する措置が、ニューヨーク時間の25日午前0時1分から適用されるそうです。
不安定な動きを見せる通貨
米国の利上げ基調のためでしょうか、それともロシアによるウクライナ侵攻の影響でしょうか、ここ最近、一部の国を中心に、通貨市場が不安定化している事例が相次いでいます。
国際決済銀行(the Bank for International Settlements, BIS)は週に1回程度のペースで世界61通貨の米ドルに対する為替相場に関する統計を公表しているのですが、これで見ると、極端な変動を示している通貨がいくつかあります。
その代表例が、アルゼンチンペソ(USDARS)、スリランカルピー(USDLKR)、トルコリラ(USDTRY)、そしてロシアルーブル(USDRUB)の4つです(図表1)。
図表1-1 USDARS(アルゼンチンペソ)
図表1-2 USDLKR(スリランカルピー)
図表1-3 USDTRY(トルコリラ)
図表1-4 USDRUB(ロシアルーブル)
(【出所】 the Bank for International Settlements, US dollar exchange rates を参考に著者作成)
また、これら以外の通貨にも、とくにここ1~2ヵ月ほど、不安定な動きを見せている通貨もあります(たとえば某隣国の通貨など)。国際的な外為市場の動きには、注意が必要といえるかもしれません。
ルーブルはウクライナ侵攻前の水準に戻す
もっとも、ロシアに関してはかなり強引な利上げや資本規制の影響もあり、最近では1ドル=60ルーブル台を割り込むほどのルーブル高となり、ロシアによるウクライナ侵攻直前の水準(BIS基準で1ドル=80.11ルーブル)を大きく割り込んでいます。
これに関連し、ロシアのメディア『ベドモスチ』に数日前、こんな記事が出ていました。
Аналитики оценили ослабление валютного контроля курса рубля
―――2022/05/23 23:38付 ベドモスチより
翻訳エンジンを使ってタイトルを直訳すると、『アナリストはルーブルを巡る資本統制の緩和を歓迎した』、といったところでしょうか。
記事によれば、ロシアの通貨当局はこれまで国内の輸出業者に対し、外貨収入の80%を強制的にルーブルと交換することを義務付けていましたが、24日以降はこの基準を「外貨収入の50%」に緩和することに決めた、としています。この80%基準について、ベドモスチは次のように述べています。
「2月28日以降、ロシアの輸出業者は、受領日から3営業日以内に、すべての外国貿易協定に基づく外国為替収入の80%を売却することが義務付けられていた。この要件は、2022年1月1日以降に発生した収入にも遡及適用されていた」。
そのうえで、ベドモスチには「5月23日時点で1ドル=57.5ルーブルを記録した」などと記載されているのですが、先ほどのBISデータで調べてみると、この水準は2018年4月6日の1ドル=57.89ルーブルと並ぶ、約4年ぶりのルーブル高水準でもあります。
また、ブルームバーグが配信した次の記事によれば、「欧州向けに輸出する天然ガスの決済手段をルーブルに切り替える」とする、ウラジミル・プーチン大統領の強い意志も影響している、などとしています。
Ruble surges as Russia considers looser capital controls
―――2022/05/23付 アルジャジーラより【Bloomberg配信】
ルーブル危機はまだ終わっていない――強制デフォルト?
といっても、ルーブルの価値が現時点で小康状態にあるからといって、「ロシアが通貨危機を回避した」、という意味ではありません。ロシアのルーブル高の要因は、どちらかといえば、政治的に作られたものという側面がみられるからです。
そもそも資本規制が厳しくなったせいで、現在、ロシアの通貨は外国で自由に売買することが難しくなりつつあるという実態を忘れてはなりません。
それだけではありません。「ロシアのデフォルト」が視野に入りつつあります。
ロシアは早ければ5月4日にもデフォルトする可能性があると見られていましたが、このときはロシアが直前に外貨で利払を実施し、CDSのデフォルト認定についてはとりあえず回避した格好となりました(『ロシアがデフォルト回避?中銀も利下げに踏み切るが…』参照。
ヘタレ国家・ロシアがドル建てユーロ債の元利払いをやっぱりドルでも実行したようです。また、昨日はルーブルが米ドルに対し昨年11月以来の高値を付け、ロシア中銀が金利を17%から14%に引き下げるなど、「見た目」はルーブル危機が去ったかのような状況が生じつつあります。しかし、政策金利自体がウクライナ侵攻前には9.5%だったこと、現在のロシアでは企業に外貨収入の80%をルーブルと強制換金することが義務付けられていることなどを忘れてはなりません。ロシア中銀が再利下げ:17%から14%にロシアの中央銀行が再び利下げに踏... ロシアがデフォルト回避?中銀も利下げに踏み切るが… - 新宿会計士の政治経済評論 |
しかし、今度は米国側が正式にロシアをデフォルト状態に追い込む可能性が出てきました。
先週の『米国はロシアをテクニカル・デフォルトに追い込むのか』でも取り上げたとおり、米財務省のジャネット・イエレン長官は米国内のロシア国債保有者に対し、元利払いを受け取ることを容認する措置を25日で予定通り失効させる可能性があると示唆したのです。
いよいよロシアがテクニカル・デフォルトに陥るのでしょうか。ジャネット・イエレン米財務長官は現地時間18日、ドイツのボンで記者会見に応じ、ロシア国債の受領を容認した特例措置が5月25日で予定通り終了になる「可能性が高い」との見方を示したそうです。ロシアがデフォルト回避(4月30日)先日の『ロシアがデフォルト回避?中銀も利下げに踏み切るが…』では、ロシア政府が発行したドル建てのユーロ債を巡り、すんでのところで債務不履行(デフォルト)を回避した、とする話題を取り上げました。これについての解釈はさまざまでし... 米国はロシアをテクニカル・デフォルトに追い込むのか - 新宿会計士の政治経済評論 |
そして、これに「続報」があったようです。
いくつかのメディアの報道によれば、ニューヨーク時間水曜日の午前0時1分以降、米国の銀行や個人がロシア国債の元利払いを受け取ることを禁止する措置が適用されるとのことです。
Russia inches closer to debt default as US lets key waiver expire
―――2022/05/24付 アルジャジーラより【Bloomberg配信】
U.S. will start blocking Russia’s bond payments to American investors.
―――2022/05/24付 ニューヨークタイムズより
ただし、今回の措置によって、直ちにロシア国債がデフォルト状態に陥ると決めつけるのは早計です。
アルジャジーラが配信したブルームバーグの記事によれば、今回の措置が適用されるのはあくまでも「米国の債券保有者」に対するものであり、また、ロシア国債の保有者の多くが欧州に所在していると見られるからです。
そして、ブルームバーグによれば、その債券のデフォルトが認定されるのは、たいていの場合、その発行残高の25%以上において元利払いが行われなかった場合であり、この観点から今回の米国の規制でロシアをデフォルトに追い込むのは難しい、との見方もあるとしています。
長期戦を視野に?
いずれにせよ、ロシアによるウクライナ侵攻は昨日で3ヵ月を過ぎ、西側諸国を中心とする国際社会とロシアとの「長期戦」も視野に入ってきました。そして、長期戦になればなるほど、ロシアにとっては不利な状況が続きそうです。
侵略されている被害者であるウクライナの側では深刻な被害が生じていますが、『マリウポリ包囲作戦がロシアの戦況をさらに悪化させた』でも報告したとおり、ロシア軍の進撃は非常に遅く、それどころかウクライナ側の士気の高さに加えて西側諸国の絶えることのない武器供与により、ロシアは大いに苦戦中です。
アゾフスタリ製鉄所でウクライナ兵の投降が続いている、とする報道に加えて、今回のマリウポリの包囲戦が結果的にロシア軍の戦争遂行能力を低下させ、指揮命令系統を混乱させているとの指摘も出てきました。その一方で、ロシアの人気番組では、退役大佐がロシアの置かれた状況を「非常に厳しい」と述べたそうです。「ついうっかり」なのでしょうか、それとも…。アゾフスタリ製鉄所陥落激戦が続いて来たウクライナ南部のマリウポリのアゾフスタリ製鉄所で、ウクライナ軍の投降が続いている、とする報道が出てきました。Fears for Mariup... マリウポリ包囲作戦がロシアの戦況をさらに悪化させた - 新宿会計士の政治経済評論 |
それどころか、現在の「ウクライナ特別軍事作戦」は、かつてのソ連時代のアフガン戦争を大きく上回る犠牲をロシア側にもたらしている、とする指摘も出てきている状況です(『「ロシア戦死者は3ヵ月でアフガン戦争並みに」=英国』参照)。
ロシアの3ヵ月における戦死者数が旧ソ連時代のアフガン侵攻を通じた9年間の戦死者数と並んだとする分析が出てきました。英国防省の昨日の『インテリジェンス・アップデート』によれば、ロシアは戦術が稚拙であり、制空権も握れず、柔軟性も欠いているなどの影響で、たった3ヵ月で相当の犠牲が生じている可能性がある、と述べているのです。これが事実なら、ロシアはまさに「どん詰まり」、といったところでしょうか。手詰まりのロシア:国際的な金融網から排除ロシアによる違法なウクライナ侵攻から、今日で3ヵ月が経過しました。... 「ロシア戦死者は3ヵ月でアフガン戦争並みに」=英国 - 新宿会計士の政治経済評論 |
さらには、この状況が続けば、日米豪印「クアッド」首脳会合でも見られたとおり、ウクライナ問題と台湾問題を直結した議論も広がるでしょうし、自由・民主主義諸国陣営の結束も強まります。
個人的には、ロシア以外でこの状況に最も苦慮しているのは、じつは中国なのかもしれない、などと密かに思っている次第です。
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新宿会計士殿、皆様、お早う御座います。
> ロシアによるウクライナ侵攻は昨日で3ヵ月を過ぎ、西側諸国を中心とする国
> 際社会とロシアとの「長期戦」も視野に入ってきました。そして、長期戦にな
> ればなるほど、ロシアにとっては不利な状況が続きそうです。
新宿会計士殿が仰る通りで、米英は長期戦の構えです。
そして米国はロシアの軍需産業に、半導体禁輸措置を始め様々な経済的な制約を課して兵器製造が困難になる条件を整えています。その結果、ロシアがウクライナ侵略に使用する兵器供給を困難にし、当然、兵器輸出で外貨収入を得られない状態に迄追い込む考えでしょう。
売電来日に伴い開催された日米豪印クアッド(QUAD)でも動向が注目されるインドは、ロシア製兵器の最大購入国です。しかしそのインドでもロシアのウクライナ侵略により欧米が経済制裁を課す状態を鑑み、東欧でロシア系兵器の代替調達先を探しています。つまりロシアの兵器産業が壊滅したら、インドが現在所有する兵器の運用に障害が発生するからです。
そこでその障害を未然に防ぐために、ロシア基準で製造された兵器を使用している東欧諸国から、部品や予備の装備提供を求め、更には現在インドが保有している兵器のメンテナンスも嘗てソ連に所属していた東欧諸国に依頼すべく調査をしています。
本件に関する参考記事をご紹介します。
インド、武器調達先の多様化模索 ロシア依存脱却へ
https://jp.reuters.com/article/ukraine-crisis-india-defence-idJPKCN2N504C
実は中国も戦闘機が半分近く飛ばせなくなります。
中国はジェットエンジンの内製化を進めてはいるのですが、なかなかうまくいかず、いまだ多くの航空機のエンジンをロシア・ウクライナからの輸入に頼っていたのです。
りょうちん様、朗報有り難う御座います。戦闘機のジェットエンジンに迄考えが及びませんでした。ロシアも侵略されて国土が荒廃したウクライナからも、ジェットエンジンが入手できなくなる可能性がありますね。
ご存じのように中国はウクライナから空母遼寧を買い、核とミサイル関連技術もソ連崩壊で職を失ったウクライナ技術者を雇用しました。北朝鮮も同様です。中国はウクライナに食糧確保目的に広大な農園も保有しています。ですからウクライナは親日ではなく超が付く程の「親中」の国なのです。
ロシアのウクライナ侵略に対抗する為の各種支援へのお礼ビデオをウクライナが発表した時に、日本の国名が記載されていなかったので日本側が騒ぎました。私が推察するに、日本の国名が無かったのは、ウクライナが親中であるが故に意図的な行為なのかもしれません。
余談ですが、中国は自動車のガソリンエンジン開発技術ではついぞ日本を超せずに、中国資本の自動車製造業者は、三菱自動車からガソリンエンジンを延々と買い続けていました。中国のEVシフトはハイブリッド技術でも劣っている欧州、特にドイツと組んで、自動車産業での一発逆転を狙おうとした国際的な陰謀です。
中国がソ連からのジェットエンジン調達が出来なくなるならば、いっそ戦闘機もソーラーパネルを搭載して、エコな戦闘機にシフトして貰いたいと念じる次第です。
ロシア中銀総裁はエリビラ・ナビウリナという女性。
侵略から3か月の彼女の通貨政策、金融政策はほぼ完璧だったといってよい。
勝利を確信していた日米欧の金融電撃戦を見事に防いだのだから。
「神業のような通貨政策から学ぶことも多い」
最近では欧州からこのような声も聞かれる。
クリミア併合による制裁とロシア経済の混乱。
これを1年半で収めたのがナビウリナで中銀総裁としてもともと評価が高かった。
もっとも彼女は侵攻初期に辞任を申し出ていてプーチンに直接引き止められている。
「このままではロシアは何も作れなくなってしまう」
「6月にロシア経済が破綻するリスクがある」
この言葉は嘘偽りのない本音だろう。
彼女はロシアの破滅を理解しながら陣頭指揮を執っている。
ウクライナにとって戦争経済総司令官の彼女は絶対に許すことのできないS級戦犯。
ロシアも今後の経済の疲弊、破綻の責任をすべて彼女に押し付けることも考えられる。
侵略戦争後に彼女がどうなるのか、というのも大変に興味深いところだ。
アメリカの利益だけが増え続ける。
これが良く聞く早期停戦、降伏しろ。に使われる理由の一つです。
確かにウクライナに供給される兵器の多くはアメリカ製です。
最終的にアメリカが全て請求するかどうかにかかわらず現時点ではアメリカの利益は大きい。
それはアメリカ製が他の国よりも優秀だからで合って、利益だけを求めているわけでは無い。
ぷとらーの最終兵器使用を止まらせるためにタイミングを見ながらの戦いは難しい。
そして長期戦になる。兵器供給も当然多くなる。
提案です。
1,ことさら西側を貶める情報に対する対応を間違い無く進めること
2,日本も兵器の国産化を進めること。(ロシアが日本製部品でドローン製造)
部品を国内製造できるドローンなどはその最たる物で早急に可能
憲法改正は当然ですが今すぐ出来ることから始めませんか。
防衛予算もアメリカから了解を貰いアジアからも日本の防衛強化については望まれていると聞きます。各種ドローンを製作することにより販売も可能でしょう。
高価な一品物は当分アメリカに任せましょう。
今のロシアは農産物輸出国にしてエネルギー輸出国なので大東亜戦争末期の日本の様な食糧不足に陥る事は無いだろうと思われます。また中東各国やイスラエルなどがフレッシュな野菜を輸出していますし、これから半年は自家製野菜が(自留置のある家庭では)満ちあふれ、何も無かったかの様に国民の大多数は暮らす事になると思います。
ただ、旅客機、鉄道、自家用車などが保守部品や修理部品が入手困難になってくる。ペットフードや紙おむつの良いやつが入らなくなる。異常な公定レートから国内投資が凍りつく。勿論外資によるロシア国内への投資も困難。これらは失業者を増やしてしまいます。
例えばジャガイモや玉ねぎが普通に産地で採れたとして、それが消費地に輸送出来ずに産地で腐ってしまう、みたいな形の総身に血流が通わない形の経済の停滞に陥るのではないか?また自留置を持たなかったイケてるコスモポリタンの金持ちは国外脱出を選択するでしょうし、農産品や家畜の泥棒の横行によって治安の低下と自警団的な(ヤクザと紙一重)対抗や摘発した泥棒のリンチが広がる。そう言う事になると思います。