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    Categories: 金融

ルーブルが「世界一強い通貨」説の「からくり」を読む

「ロシアの通貨・ルーブルの対ドル為替レートは年初比で15.7ポイント上昇し、一時世界で最も上げ幅が大きい通貨になった」。これを喜々として取り上げるという姿勢は、どうも理解に苦しみます。ロシアは現在、外貨の強制両替、高金利といった事実上の通貨防衛に踏み切っており、為替相場が(なかば強制的に)安定「させられている」というのも、べつに不自然な話ではないからです。

対露制裁とルーブル相場

ロシアといえば、現在、西側諸国からの経済・金融制裁に遭い、外貨準備を凍結され、主要な銀行は国際決済網であるSWIFTから除外され、さらにはロシアの政府や企業が西側諸国の金融市場での起債を禁止されるなど、いわば「ハード・カレンシー」から排除された状況にあります。

こうしたなか、ロシアの通貨・ルーブルの対米ドル相場は3月中旬、1ドル=150ルーブル近くにまで下落するなど、大きく売られていたのですが、最近ではこの相場が1ドル=70ルーブル台を割り込む水準にまで戻しています。

これに関連し、ロシアの通信社『スプートニク』(日本語版)に今朝、こんな記事が出ていました。

露ルーブル、一時世界で最も強い通貨に

―――2022年5月8日 05:12付 SPUTNIK日本より

スプートニクによると、一時、ルーブルの対米ドル相場の年初来の上げ幅が、年初来最も大きい通貨になった、などと記載されています。たとえば、こんな具合です。

ロイター通信などの報道によると、ルーブルの対ドル為替レートは年初比で15.7ポイント上昇し、一時世界で最も上げ幅が大きい通貨になった。日本時間7日午後10時30分現在もブラジルの通貨レアルに次ぐ2位とデータに示されている」。

…。

そのうえで、ロシアの中央銀行による公式為替相場は5月7日時点において1ドル=67.3843ルーブルで、これについて「市場関係者」は、「ロシア産天然ガスのルーブル支払いを求める露政府の政策がルーブルが強くなり続けている要因だと指摘している」と述べた、などと報じています。

為替相場安定は「当たり前」

何だか不思議な記事です。

このあたり、ロシアのメディアはいろいろと勘違いしているのかもしれませんが、ルーブルが強含みで推移している理由は明らかです。『ロシアがデフォルト回避?中銀も利下げに踏み切るが…』でも触れたとおり、ロシアが厳格な資本規制を導入したからです。

ヘタレ国家・ロシアがドル建てユーロ債の元利払いをやっぱりドルでも実行したようです。また、昨日はルーブルが米ドルに対し昨年11月以来の高値を付け、ロシア中銀が金利を17%から14%に引き下げるなど、「見た目」はルーブル危機が去ったかのような状況が生じつつあります。しかし、政策金利自体がウクライナ侵攻前には9.5%だったこと、現在のロシアでは企業に外貨収入の80%をルーブルと強制換金することが義務付けられていることなどを忘れてはなりません。ロシア中銀が再利下げ:17%から14%にロシアの中央銀行が再び利下げに踏...
ロシアがデフォルト回避?中銀も利下げに踏み切るが… - 新宿会計士の政治経済評論

たとえば、インターファックスの次の記事によれば、ロシア企業は輸出取引などで得られた外貨収入の80%を強制的にルーブルと交換しなければならなくなりました。

Russia requires exporters to sell 80% of FX revenue, figure could top $400 bln by year’s end

―――2022/02/28 13:12付 インターファックス通信英語版より

また、ロシア中銀が一時、金利を20%にまで引き上げていたことを忘れてはなりません。現時点において政策金利は14%に下げられていることは事実ですが、それと同時に政策金利自体、ウクライナへの軍事侵攻直前では9.5%だったことも忘れてはなりません。

依然として、開戦前と比べ、金利は4.5ポイントも上回っているのです。

すなわち、現在のルーブルは通貨当局により為替相場を(なかば強制的に)安定「させられている」と見るのが正解でしょう。

このあたり、金融当局が本気になって通貨防衛に踏み切れば、基本的にどんな通貨でも下げ止まります。当たり前の話でしょう。現在のルーブルが「自由に取引できる通貨」ではなくなってしまっているのに、そのルーブルの対米ドル相場が「回復した」として、そのような指標になにか意味があるものでもありません。

むしろ為替相場だけでは測定できない

いずれにせよ、西側諸国の経済・金融制裁が、ロシア経済にどのような影響を与えるのかについて、現時点で正確に予測することは困難です。なぜなら、世界経済の一体化が進むなかで、思わぬ欠品が経済全体の装置を止めてしまう可能性すらあるからです。

そういえば、「物価」だけで見たら、北朝鮮もずいぶんと安定しています。

たとえば『アジアプレス・ネットワーク』というメディアが公表している『<北朝鮮>市場最新物価情報』によると、ここもとの原油高の影響でしょうか、ガソリン価格については若干高値で推移していますが、コメ、トウモロコシなどの食品、米ドル・人民元などの為替相場については安定していることがうかがえます。

これについては『北朝鮮の奇妙な物価安定の理由は「紙幣不足」だった?』などでも議論しましたが、何のことはない、単純に北朝鮮で流通している紙幣が絞られているからであり、北朝鮮経済が「安定」しているからではありません。

当ウェブサイトでときどき取り上げる話題のひとつが、「恒常的な物資不足等で経済が困窮しているはずの北朝鮮で、なぜか物価が安定しているように見えること」の不思議さです。これについては以前から当ウェブサイトで申し上げているとおり、結論からいえば、経済学の鉄則で十分に説明可能です。モノ不足と同時に「カネ不足」も生じていると考えれば、なにも矛盾しません。そして、こうした当ウェブサイトの仮説が正しかったという可能性を示唆する記事が出て来たようです。北朝鮮で食糧難なのに物価安定の怪韓国メディア『聯合ニュー...
北朝鮮の奇妙な物価安定の理由は「紙幣不足」だった? - 新宿会計士の政治経済評論

これとまったく同じことが、今後、ロシアにも発生してくるかもしれません。

ルーブル高なのに経済が壊死し始めるという現象が生じたとしても、これはまったく不思議ではないのです。

新宿会計士:

View Comments (4)

  • 固定相場制にすれば、一喜一憂しなくても済む。
    1ドル 50ルーブル(w)

  • >一時世界で最も上げ幅が大きい通貨になった。

    為替なんて上がれば下がる、下がれば上がるものですから、期間の区切り方次第でどの通貨も「最も上げ幅が大きい通貨」になると思います。

  • ロシア国内ではロシア中央銀行の命令によりロシアの商業銀行ではロシア国民はドルやユーロを買うことは一切できません。いくら公式レートが1ドル70ルーブルでもそのレートで交換することはできないのです。両替したければブラックマーケットに行くことになります。

  • ルーブルが世界一強い通貨かどうか、その当否を判断する能力は今の私にはありませんが、ただ昨日、この1月から3月末までにロシアから旧ソ連圏内の国々に流失した人口が、およそ388万人に及ぶとの報道がロシア国外に拠点を置く独立系メディアからあったようです。

    https://news.yahoo.co.jp/articles/e0aaeef9a16ee41d82d717e63fa93c7814d1358b

    中には観光目的での出国も含まれているそうですから、この数字がどこまでロシア国内の厭戦意識や経済制裁の効果によるものなのかどうかは、はっきりとはわかりません。しかし3ヶ月で400万人弱の出国というのは年換算でおよそ1千2百万人となり、総人口1億4千6百万人のロシアにとって決して小さい数字ではないと思われます。

    ロシア国内で今一体何が起きているのか、そして今後どうなっていくのか、継続して注視していかねばならないと考えています。