岸田文雄政権の外交が本格始動しました。林芳正外相がマリオさんとルイージさんからFOIPへの支持を得たのは朗報と言えるかもしれません。ただ、バイデン政権が打ち出した北京オリパラを巡る外交ボイコットに煮え切らない態度を取る岸田首相に対しては、個人的には不安材料しかないのもまた事実です。本稿では昨日夜時点までの情報をもとに、G7とFOIPについての状況を簡単にまとめておきたいと思います。
目次
今年2回目のG7外相・開発相会合
林芳正外相は日本時間の12月10日(金)から13日(月)にかけ、今年第2回目となるG7外相・開発大臣会合に出席するために、2泊3日の日程で英国を訪問中です(本稿公表時点で日本への帰国の途についているはずです)。
外務省のウェブサイト上、昨日の夜の時点までに、このG7外相会合についての正式なサマリーはまだ公表されていませんが、この会合の目的や概要については、英国政府の外務・英連邦・開発省(the Foreign, Commonwealth & Development Office)のウェブサイトで確認することができます。
Liz Truss hosts G7 in show of unity against global aggressors
The Foreign Secretary will bring the world’s most influential democracies together in a show of unity against global aggressors as she hosts the G7 in Liverpool.<<…続きを読む>>
―――2021/12/11付 英国政府ウェブサイトより
英国政府はこの会合の目的を「世界の最も影響力のある民主主義国が国際的な侵略に対し団結する」( ”the world’s most influential democracies together in a show of unity against global aggressors” )ことにあると主張しています。
ゲスト国にはASEANも!
ちなみに今年はすでに、日本でいうゴールデンウィークの時期に第1回目のG7外相会合が行われており、茂木敏充前外相が訪英しました(『FOIP巡りG7で仲間作り:日英はもはや「準同盟」』、あるいは外務省ウェブサイト等参照)。
FOIPにコミットしないドイツこのゴールデンウィーク中、外交という視点では、さまざまな話題が見られました。そのなかでもとくに大きいのが、4月29日から5月8日にかけての茂木敏充外相の欧州歴訪です。本稿ではこれらのうち、昨日の深夜時点までで外務省のウェブサイトに公表されていた内容をもとに、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」と、その裏側にある対中牽制、さらには英国と欧州(とくに独仏)との力学について、主観を交えつつ、簡単にまとめておきたいと思います。茂木外相の訪欧茂木外相がゴールデンウィー... FOIP巡りG7で仲間作り:日英はもはや「準同盟」 - 新宿会計士の政治経済評論 |
また、先週金曜日時点の産経ニュースの記事によれば、今年2回目となる今回の会合では、南アフリカ、豪州、インド、韓国の4ヵ国以外にも、ASEAN加盟国が初めて招待された、などとしています。
G7外相会合開幕へ インド太平洋戦略やウクライナ情勢など協議
―――2021/12/10 20:39付 産経ニュースより
おりしも一部報道で、「ロシアがウクライナへの軍事侵攻を計画している」などと報じられたばかりでもあり、また、わが国にとっては、日々、軍事的な圧力を強めつつある中国の存在は大変に気にかかるところです。
こうしたタイミングでG7と「拡大版」民主主義国会合が行われたことは、大変に意義がある話でしょう(※ただし、個人的には一部の参加国にG7などと「基本的価値」を共有しているのか疑わしい、などと感じてしまう国もありますが…)。
いずれにせよ、会合の内容・結果などについては残念ながら本稿では間に合いませんでしたが、何か興味深い話題があれば、また別稿にて触れたいと思います。
FOIPの継続性は?
こうしたなか、本稿で紹介しておきたいのが、林外相の具体的な外交活動です。
どうも岸田文雄内閣の対中姿勢には個人的に不安もないではないのですが、ただ、『近隣国重視から価値重視へ:菅総理が日本外交を変えた』などでも述べたとおり、岸田首相の前任者である菅義偉総理、さらにその前任者である安倍晋三総理が日本の外交を大きく変えたこともたしかでしょう。
日本時間の土曜日早朝、菅義偉総理は訪問先の米国で史上初の対面での日米豪印首脳会談に臨みました(厳密には、今年3月のテレビ会議を含めれば、首脳会談としては2回目ですが…)。少しインドのトーンが弱いというのは気になるところではありますが、ただ、今後は「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)が日本外交における基軸となることは間違いありません。まさに菅政権の最後の仕上げ、というわけです。クアッドではなくFOIPが重要先日の『日本外交は「クアッド+台湾」>「中露朝韓」の時代へ』では、「最後の最後まで仕... 近隣国重視から価値重視へ:菅総理が日本外交を変えた - 新宿会計士の政治経済評論 |
その最も大きな変化は、いうまでもなく、「自由で開かれたインド太平洋」です(一般に、英語の “Free and Open Indo-Pacific” を略して「FOIP」と称することもあります)。
このFOIPは、もともとは麻生太郎総理が第一次安倍政権下で外相を務めていたころに提唱した「自由と繁栄の弧」を下敷きに、安倍総理が第二次政権発足以降、提唱し、菅総理が日本にとって価値のある384日でこれを一気に具現化した構想です。
菅義偉内閣が本日、総辞職しました。在職日数は384日で、今世紀に関していえば、小泉元首相、安倍総理の2名を例外とすれば、菅総理を含めてすべての首相が1年前後で退陣した格好です。ただ、菅政権の384日は、日本にとって非常に価値があるものだったことは間違いありません。菅義偉内閣は384日で総辞職菅義偉内閣が本日、総辞職しました。菅内閣が総辞職 首相在職384日で幕―――2021年10月04日09時27分付 時事通信より昨年9月16日に就任して以来、菅義偉総理大臣の在任期間は本日までで384日であり、これは森義朗元首相(2000年... 菅総理辞職:日本にとって価値ある384日が終わった - 新宿会計士の政治経済評論 |
日本自身が始動させたFOIPを、岸田首相がおいそれと撤回することなどできっこないでしょう(というよりも、おそらく岸田首相には、FOIPを撤回するだけの決断力はありませんし、FOIPを撤回したところで代わりに推進する構想もないでしょう)。
ただ、10月31日の総選挙で、甘利明・自民党幹事長(当時)が小選挙区で落選したことを受け、当時の茂木敏充外相が自民党幹事長に横滑りしたため、個人的には安倍・菅両政権の外交の連続性が損なわれることになりはしないか、少し心配していたことも事実です。
その意味では、今回の林外相の外遊は、日本の外交の連続性がどこまで維持されているのか、あるいはその連続性に何か不安材料がないかを図るうえでの、ちょうど良い試金石のようなものです。
G7諸国+豪州と外相会談を実施
そして、G7外相・開発相会合に先立ち、林外相はG7各国や豪州の外相と相次いで会談を実施しました。外務省ウェブサイトを見ると、次のとおり、日本はG7各国にプラスして豪州とも外相会談を実施しているのが確認できます。
豪州はG7メンバー国ではありませんが、今回、議長国である英国が南アフリカ、インド、韓国などとともに招いたゲスト国であるため、今回の会合にも参加しているものです。
また、おそらく本日以降、もしかするとこの7ヵ国以外(たとえばインド、南アフリカ、ASEANなど)との外相会談についても掲載されるかもしれませんので、このあたりについても興味深い話題があれば別稿にて取り上げてみたいと思う次第です。
内容にサプライズはほとんどなし
ただ、ここでは取り急ぎ、この7つの会談について、「FOIP」などの文言が含まれているかどうか、その他特筆すべき論点があるかについて注目してみたいと思います。
図表 林外相の会談相手とFOIP
相手国 | 会談相手 | FOIPに関する記述 |
---|---|---|
英国 | エリザベス・トラス外相 | 両大臣は、同志国との連携も通じ、日英両国がインド太平洋地域の平和と繁栄に向け更に協力を深めていくことで一致 |
米国 | アントニー・ブリンケン国国務長官 | 両外相は、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて、ASEAN等との協力や豪印をはじめとする同志国間の連携を引き続き深化させていく |
ドイツ | アナレーナ・ベアボック外相 | インド太平洋での協力を含む日独間連携の強化で一致 |
フランス | ジャン=イヴ・ル・ドリアン外相 | 両大臣は、インド太平洋における日仏・日EUの協力を更に深めていくことで一致 |
イタリア | ルイージ・ディ・マイオ外相 | 林外相はドラギ首相やディ・マイオ大臣からの「自由で開かれたインド太平洋」に対する力強い支持を心強く思う旨表明 |
豪州 | マリズ・ペイン外相 | 林外務大臣から、両国の「特別な戦略的パートナーシップ」を更なる高みに引き上げるとともに、引き続き結束して「自由で開かれたインド太平洋」の実現のために連携したい旨表明 |
カナダ | メラニー・ジョリー外相 | 両大臣は、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた6つの優先協力分野において、今後、協力の具体化に向けさらに連携していくことで一致 |
(【出所】著者作成)
正直、さほどの「サプライズ」はありません。
敢えていえば、英国と豪州で「両大臣がFOIPの実現に向けて協力することで同意した」などの記述がないのはちょっと意外な感じがしましたが、文脈上、両国ともにFOIPへのコミットから後退したという感じはとくにありません。
また、米国とカナダの両国はFOIPの実現に向けて強く同意しました。このうちカナダについては「クアッド」構成国ではありませんが、以前からFOIPには強くコミットしているため、日本にとっては心強いパートナーのうちの1ヵ国でしょう。
成果はマリオさんとルイージさんがFOIPを強く支持したこと
一方、日独外相会談ではFOIPという表現自体が出て来ませんでしたが、ドイツはもともとアンゲラ・メルケル前首相時代からFOIPに対して距離を置いてきました。このほど就任したばかりのオーラフ・ショルツ首相は社民党出身者でもありますが、日独連携はもともと薄く、さほど気にすることはないでしょう。
また、フランスがFOIPへのコミット度合いを明らかに弱めていることは不安材料でもあります。このあたりは茂木前外相との日仏外相会談から、トーンがかなり後退しているからです。
その一方でイタリアでマリオ・ドラギ首相、ルイージ・ディ・マイオ外相がFOIPに対し、思いのほか強い支持を寄せてきたことについては、個人的には意外感もあります(※イタリアは首相がマリオさん、外相がルイージさんです)。
ちなみに外務省ウェブサイトによると、林外相はディ・マイオ外相に対し、「EUのインド太平洋戦略を高く評価している」、「ドラギ首相やディ・マイオ大臣からの『自由で開かれたインド太平洋』に対する力強い支持を心強く思う」などと述べたのだとか。
このあたりについては、日本にとっては間違いなく朗報でしょう(それが林氏の成果なのかどうかはともかくとして)。
【参考】会談に臨む林外相とルイージ・ディ・マイオ外相
(【出所】外務省『日伊外相会談』)
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いずれにせよ、安倍総理、菅総理のもとで約2年間、外交を率いていた茂木前外相が外れたことの影響は、現時点では読み切れないところではありますが、とりあえず林外相の「外交デビュー戦」の滑り出しは順調に見えます。
ただし、米国は中国における人権侵害などを理由として、北京冬季オリンピック・パラリンピックに対する、いわゆる「外交ボイコット」の方針を発表したばかりです(『米国が北京冬季オリパラ「外交ボイコット」を正式表明』等参照)。
米ホワイトハウスのサキ報道官は北京2022オリパラに関し、事実上の「外交ボイコット」をする方針を明らかにしたようです。といっても、五輪自体をボイコットするわけではなく、あくまでも「政府代表を送らない」というものです。こうしたなか、日本は欧米諸国の対中人権制裁に同調しなかった過去もあります。日本がFOIPを推進するという立場にあることを踏まえるならば、岸田政権には迅速な対応を期待したいところでもあります。本日の「速報」です。米国が来年の北京冬季オリパラに対し、外交官や政府代表などを派遣しないことを... 米国が北京冬季オリパラ「外交ボイコット」を正式表明 - 新宿会計士の政治経済評論 |
そして、これに対する岸田首相の煮え切らない態度(『外交ボイコット巡り優柔不断な首相に保守系議員が不満』等参照)は、困りものです。賛同するにせよしないにせよ、直ちに決断しなかった点については、かなりの「失態」でしょう。
「岸田首相、大丈夫ですか?」――思わずそう言いたくなる今日この頃です。10万円給付金を巡る混乱に続き、今度はバイデン政権が打ち出した外交ボイコットへの煮え切らない態度。どうも岸田文雄政権については、見ていて不安になります。自民党内では保守系議員らからの突き上げもあるようですが、その一方で親中派議員からは政府の煮え切らない態度に理解を示す向きもあるようです。カナダも外交ボイコットへ=産経『米紙「ジェノサイド五輪」:外交ボイコットは広まるか』でも報告した北京五輪の「外交ボイコット」に関連し、その後も... 外交ボイコット巡り優柔不断な首相に保守系議員が不満 - 新宿会計士の政治経済評論 |
なお、個人的には安倍、菅両政権の日本外交がちょっとうまく行き過ぎていたという面があるとも考えているのですが、いずれにせよ、とりあえず岸田首相、林外相には、安倍、菅両総理が敷いてくれた路線からあまり逸脱しないようにしてほしいと思う次第です。
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前ECB総裁「スーパーマリオ」ことドラギ氏が首相なのは知ってたけど、外相がルイージとはつゆ知らず。イタリアやるな。
そういや、マリオもルイージもイタリア系の名前だったね
安倍さんも最初の頃は靖国参拝したせいもあって右翼のレッテルを貼られまくってそんなに順調というわけでもなかったですけど、オバマ終盤になってやっとFOIPとアジアリバランスが噛み合ってきたって感じでしたしね。その後トランプになって「俺は世界の警察をやめるぞォォォォ~」とか言い出してどうなることかと思ったけど、なんとかリセットできたところが安倍さんの功績だったと思う。
北京オリンピックはこんなもんでしょう。声高にはやらないけど、実質外交的に不参加、みたいな。あんまり人権人権騒ぐとフィリピンやベトナムに引かれちゃうし、米国地域覇権のお先棒ってイメージを持たれちゃう、というかそう喧伝している中国にお墨付きを与えるようなイメージ。ASEAN諸国にとってはバランスの良い発展が何より重要ですから。
今のところ岸田政権は内政・外交とも過去の遺産で食っているようなものです。FOIPやワクチン接種率然り。しかし、新政権になってからの課題:外交ボイコットや10万円給付等については早くも躓きそうな予感がします。ああでもない、こうでもないとか言っていないで、早くしいや。
岸田総理はFOIPを撤回もしないが推進もしない、で骨抜きにしそうで気掛かりですね。
日本はとうとうキノコ王国とも国交を持つことになったか…
1UPキノコの輸出をお願いしたいですね。
岸田総理は自分が媚中派と目されている(らしい)ことについて「不本意だ」と周囲には漏らしているそうです。また、林外相も媚中派と見做されることを避けるために、外相就任と同時に日中議連会長を辞任しました。
岸田総理や林外相が、実際のところどうであるのか、今のところはわかりません。媚中派であることを否定するためだけの目的で、むやみやたらと対中強硬発言をするのは、かえって国益を損ねる可能性もあるので、考えなしに行うわけにもいきません。なかなか難しいところではあろうと拝察します。
これまでのところ、事実と言えるのは、岸田総理も林外相も、中国を過度に刺激する発言はしていないが、迎合するような発言もしていないということだけです。そのような姿勢をいつまで維持できるのかはわかりませんし、どこまで維持すべきかも必ずしも明確ではありませんが、何も考えてないということはおそらくないでしょう。ないんじゃないかな。ないと良いんだけどなぁ。
とりあえず、過度に先回りして、背中から撃つような真似はするべきではないだろうとは思っています。
G7、豪、南ア、印、他1カ国とASEAN が招かれた。
蛇足です。
ヘイトではありません。
私は、FOIPと今回の外交ボイコットは分けて考えたほうが良いと思います。
FOIPは「自由で開かれたインド太平洋」に賛同する国との連携ですから、あまり人権問題に拘る必要は無いと思います。
民族や歴史によって人権に対する考え方は違いますので、明らかな人権弾圧国家でない限り、FOIPには参加してもらったほうが良いと思います。
ただ、中国が覇権国家を目指していることが明らかになった現在、日本の安全保障確保にはアングロサクソン諸国とFOIPを超えた関係を築く必要があると思っています。
その為には、ファイブアイズ、AUKUS諸国と歩調を合わせる事が必要不可欠だと思います。