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中国が保有する人民元通貨スワップ等をすべて列挙する

中国が諸外国と締結する通貨スワップ・為替スワップは、著者のカウントでは少なくとも24本存在し、また、かつて存在したものも含めれば40本近くに達しますが、正直、「質より量」という印象が否めません。「一帯一路」構想に沿って発展途上国と積極的にスワップを結んでいるのですが、それらのなかには失効した可能性が高いものも散見されるなど、中国の「スワップ金融覇権」の試みもいまひとつに見えますし、これを「脅威」と呼ぶにはちょっと微妙です。

中国の金融覇権?ないない!

出版社さん、いかがですか?

昨日までの期間で、当ウェブサイトでは「中国の金融覇権」をテーマに、次の6つの論考を連続的に掲載しました。

最初の稿だけ、タイトルに「人民元は基軸通貨とならない」というシリーズ名を付していませんが、今になって読み返すと、基本的には一連のシリーズと考えていただいて良いと思います(某出版社さん、これを叩き台に書籍化しませんか?)。

人民元スワップについてもう少し深く調べてみた

ただし、最後のもの、すなわち昨日の『人民元は基軸通貨とならない⑤使えない人民元スワップ』については、議論が若干甘い部分がありました。

というのも、中国が保有している通貨スワップ協定について、かつて著者自身が調査した、中国が現在外国と締結している通貨スワップなどの明細を取り上げたのですが、やはりそのリストの正確性や網羅性には問題がありそうだからです。

こうしたなか、昨日の稿では同時に、中国人民銀行が発表している『人民幣国際化報告』【※中国語、PDF】というレポートについてもざっくりと紹介しました。

このレポートについてじっくりと目を通してみたのですが、やはり中国語であるため大変読み辛いという面はあるものの、「币互换」ないし「货币互换」という単語を手掛かりにして、中国がいつ、どんな国と通貨スワップを締結したかについてを読み解くことに、ある程度成功しました。

そこで、本稿は『人民元は基軸通貨とならない⑤使えない人民元スワップ』の補遺として、『人民幣国際化報告』をもとにした中国のスワップ一覧についてまとめてみたいと思います。

中国人民銀行によると、人民元建ての通貨スワップ協定は2020年末時点で22個存在するそうですが、正直、トルコの事例を例外とすれば、どうもこの「元建てスワップ」自体にあまり使い道がありません。それに、中国はこのスワップを「相手国経済が弱った際に人民元経済圏に引き込む手段」として使っているフシがありますが、言い換えれば、「経済が弱った国を人民元経済圏に丸抱えしなければならない」という意味でもあります。中国の金融覇権ここ数日、当ウェブサイトでは「中国の金融覇権」をテーマにした小稿をいくつか連続で掲載して...
人民元は基軸通貨とならない⑤使えない人民元スワップ - 新宿会計士の政治経済評論

中国のスワップ、生きているものは少なくとも24本か

さっそくですが、中身に入っていきましょう。

同レポートでは、今から13年近く前、中国人民銀行が2009年1月20日に香港金融管理局との間で締結した2000億元・2270億香港ドルの通貨スワップを皮切りに、2021年9月20日にチリと取り交わされたスワップまで、じつに合計106本(!)もの通貨スワップ協定が掲載されています。

ただし、おそらくはこの106本が現在でもそのまま生きているわけではなく、ある国とのスワップについてはその後、更改され、場合によっては金額が増額されたりするなどの変更も加えられているものと考えられます。

また、スワップの有効期限については明示されていないケースも多いのですが、著者自身がこれまで主要国の通貨スワップ協定などを眺めていると、多くの場合、契約期間は3年です。

したがって、2021年9月末時点で中国が保有している通貨スワップなどの協定については、そこから3年遡って、2018年10月以降に締結されたものを追いかければ良い、という仮定を置くことができます。

この方法で、2021年9月末時点で有効であろうと想定される、2018年10月1日以降に締結されたスワップをリスト化すると、合計24本存在しています。

アジア・太平洋=12本

日本、インドネシア、シンガポール、マカオ、モンゴル、韓国、香港、タイ、スリランカ、豪州、マレーシア、パキスタン

欧州=7本

ECB、英国、ウクライナ、ハンガリー、アイスランド、ロシア、トルコ

アフリカ=2本

エジプト、ナイジェリア

南米=3本

スリナム、アルゼンチン、チリ

それでは、具体的な内容を確認していきましょう。

中国のスワップ一覧

アジア諸国は日本と重なるも…

まずは、アジア諸国です。

図表1 アジア諸国との12本のスワップ協定(2021年9月30日時点)
相手国と締結日 人民元 相手国通貨
日本(18/10/26) 2000億元 3.4兆円
インドネシア(18/11/16) 2000億元 440兆ルピア
シンガポール(19/5/10) 3000億元 610億シンガポールドル
マカオ(19/12/5) 300億元 350億パタカ
モンゴル(20/7/31) 150億元 6兆トゥグルク
韓国(20/10/11) 4000億元 70兆韓国ウォン
香港(20/11/23) 5000億元 5900億香港ドル
タイ(20/12/22) 700億元 3700億バーツ
スリランカ(21/3/19) 100億元 3000億ルピア
豪州(21/7/6) 2000億元 410億豪ドル
マレーシア(21/7/12) 1800億元 1100億リンギット
パキスタン(21/7/13) 300億元 7300億Pルピー

(【出所】中国人民銀行レポートより著者作成)

なお、このうち日本とのスワップは「通貨スワップ」ではなく「為替スワップ」であり、また『日銀、中国人民銀行との為替スワップをさらに3年延長』でも述べたとおり、2021年10月26日付で、そのままの条件で3年間延長されています。

それ以外のスワップについては、通貨スワップなのか、為替スワップなのかについてはよくわかりません。

ただし、中国以外では人口規模でアジア最大の国であるインドが締結相手国に入っていないほか、自国の「特別行政区」である香港やマカオとは通貨スワップを結んでおきながら、「自国領だ」と主張する台湾との間ではスワップが存在しない、というのも興味深いところです。

ASEAN諸国では、インドネシア、タイ、マレーシア、シンガポールとのスワップが存在しますが、フィリピン、ベトナムとのスワップは存在しません。

さらに、スリランカやパキスタンなど、いわゆる「一帯一路」のラインに沿った国とのスワップが存在していますが、中国が戦略的要衝国に位置付けているはずのミャンマーとの間では、スワップ協定は存在していません。

日本はアジアで8ヵ国と10本のスワップを締結

参考までに、日本はインド太平洋諸国において、ASEAN諸国や豪州、インド、中国など、合計8ヵ国と10本のスワップを締結しています(図表2)。

図表2 日本がインド太平洋8ヵ国と締結する10本の通貨スワップと為替スワップ
契約相手 交換条件(相手国要請時) 相手国要請時の上限
インドネシア(通貨スワップ) 尼ルピアを米ドルか日本円と交換 227.6億ドル
フィリピン(通貨スワップ) 比ペソを米ドルか日本円と交換 120.0億ドル
シンガポール(通貨スワップ) 星ドルを米ドルか日本円と交換 30.0億ドル
シンガポール(為替スワップ) 星ドルと日本円 150億星ドル/1.1兆円
タイ(通貨スワップ) 泰バーツを米ドルと交換 30.0億ドル
タイ(為替スワップ) 泰バーツと日本円 2400億泰バーツ/0.8兆円
マレーシア(通貨スワップ) 馬リンギットを米ドルと交換 30.0億ドル
インド(通貨スワップ) 印ルピーを米ドルと交換 750.0億ドル
豪州(為替スワップ) 豪ドルと日本円 200億豪ドル/1.6兆円
中国(為替スワップ) 人民元と日本円 2000億人民元/3.4兆円

(【出所】財務省『アジア諸国との二国間通貨スワップ取極(2021.10.14現在)』【※PDFファイル】、日銀『海外中銀との協力』をもとに著者作成)

なお、日本が締結していて中国が締結していない国はフィリピン1ヵ国であり、中国が締結していて日本が締結していない国は韓国、モンゴル、香港、マカオ、スリランカ、パキスタンの6ヵ国です。

ここでふとした疑問があるとすれば、「日本が中国への対抗上、これら6ヵ国とスワップを結ぶべきか」、という論点かもしれません。

この点、個人的には、日本が「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を進めるなら、モンゴルとは通貨スワップを締結しても良いとは思います。しかし、それ以外の国とは、日本にとってあまりスワップを結ぶ実益はありません(敢えて言えば香港との為替スワップがあっても良いかもしれませんが…)。

いずれにせよ、あえて「中国との対抗上」と称したスワップを結ぶという必要はないでしょう。

失効した可能性が高い8本のスワップの意味とは?

また、アジア諸国とは上記以外にも、2021年9月末時点において、最終的な更新から3年以上の期間が経過しているスワップ、つまり「失効した可能性が高いスワップ協定」が、次のとおり、8本ほど存在しています。

図表3 失効した可能性が高いインド太平洋諸国との8本のスワップ(2021年9月末時点)
相手国と締結日 人民元 相手国通貨
ウズベキスタン(11/4/19) 7億元 1670億スム
ニュージーランド(14/4/25) 250億元 50億NZドル
アルメニア(15/3/25) 10億元 770億ドラム
タジキスタン(15/9/3) 30億元 30億ソモニ
UAE(15/12/14) 350億元 200億ディルハム
カタール(17/11/2) 350億元 208億リヤル
カザフスタン(18/5/28) 70億元 3500億テンゲ

(【出所】中国人民銀行レポートより著者作成)

ニュージーランドといえば、「ファイブアイズ」の一角を占めていながら、「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)においては今ひとつ存在感がない国ですが、そのニュージーランドでさえ、スワップが7年以上更新されていないというのは意外です。

また、ニュージーランド以外に関しては、「失効した可能性が高いスワップ」の相手国は中央アジア・中近東諸国が多いようですが、一帯一路構想の事実上の頓挫の証拠と見るべきなのか、はたまた何か別の理由があるのかについては、これだけではよくわかりません。

欧州諸国は旧東欧が中心

次に、欧州・中近東諸国では、7本のスワップ協定が存在しています(図表4)。

図表4 欧州諸国との7本のスワップ協定(2021年9月30日時点)
相手国と締結日 人民元 相手国通貨
英国(18/10/13) 3500億元 400億ポンド
ウクライナ(18/12/10) 150億元 620億フリヴニャ
ECB(19/10/8) 3500億元 450億ユーロ
ハンガリー(19/12/10) 200億元 8640億フォリント
アイスランド(20/10/19) 35億元 700億クローナ
ロシア(20/11/23) 1500億元 1.75兆ルーブル
トルコ(21/6/2) 350億元 460億リラ

(【出所】中国人民銀行レポートより著者作成)

これらの7つのスワップに加え、次のとおり4本ほど、すでに失効した可能性があるスワップも存在しています(図表5)。

図表5 失効した可能性が高い欧州諸国との4本のスワップ協定(2021年9月30日時点)
相手国と締結日 人民元 相手国通貨
セルビア(16/6/17) 15億元 270億ディナール
スイス(17/7/21) 1500億元 210億スイスフラン
アルバニア(18/4/3) 20億元 342億レク
ベラルーシ(18/5/10) 70億元 22.2億Bルーブル

(【出所】中国人民銀行レポートより著者作成)

これで見ると、ユーロ、英ポンド、スイスフランという欧州の「3大通貨」とアイスランド、トルコを除くと、どれもロシアや旧東欧諸国ばかりです。このあたり、一帯一路の目的地が中途半端に東欧などに設定されていたという点を思い出します(図表6)。

図表6 一帯一路

(【出所】中国国務院)

アフリカ、南米にまで手が回らない!?

さらに、アフリカ諸国の2本、南米の3本のスワップを確認しておきましょう(図表7)。

図表7 アフリカとの2本、南米諸国との3本のスワップ(2021年9月30日時点)
相手国と締結日 人民元 相手国通貨
エジプト(20/2/10) 180億元 410億エジプトポンド
ナイジェリア(21/6/9) 150億元 9670億ナイラ
アルゼンチン(20/8/6) 700億元 7300億ペソ
チリ(21/8/20) 500億元 6兆ペソ
スリナム(19/2/11) 10億元 11億スリナムドル

(【出所】中国人民銀行レポートより著者作成)

このあたりも個人的にはかなり意外感があります。

「BRICS」という、ゴールドマン・サックスが提唱した5ヵ国(中国以外はブラジル、ロシア、インド、南アフリカ)のうち、スワップを締結している相手国はロシアだけであり、それ以外の国の名前もありません。

また、一部のメディアが「中国がアフリカ、南米諸国とも幅広くスワップを結んでいる」などと報じることもありますが、さすがに地球の裏側にまでは手が回らないようです。

なお、これら5本以外にも、かつて存在していたスワップがあります。

図表8 失効した可能性が高いアフリカ・北米・南米とのスワップ3本(2021年9月30日時点)
相手国と締結日 人民元 相手国通貨
ブラジル(13/3/26) 1900億元 600億レアル
南アフリカ(15/4/10) 300億元 540億ランド
カナダ(17/11/8) 2000億元 300億加ドル

(【出所】中国人民銀行レポートより著者作成)

こちらで見ると、ブラジル、南アフリカの姿が目に留まります。また、いちおうはカナダも中国とのスワップを過去には締結していたようです。

「質」で日本が中国に完勝

以上、中国が各国と結んでいるスワップは24本と、日本と比べれば大変に数が多く、また、失効した可能性がある15本を含めれば合計40本近くにも達することがわかります。

もっとも、そのスワップの締結相手は、ECB、日本、英国、豪州という「(準)基軸通貨国」を別とすれば、それらの多くはソフト・カレンシー(国際的に通用度が低い通貨)とのスワップが多く、正直、有事の際に使い物になるとも思えません。

敢えて使い様があるとしたら、みずから進んで人民元経済圏の「軍門」(?)に下る、すなわち人民元を引き出して中国企業からの輸入代金の決済に使う、などの使い方くらいしか考えられないのです。

これこそが、昨日の『人民元は基軸通貨とならない⑤使えない人民元スワップ』でも触れたトルコの事例でしょう。

中国人民銀行によると、人民元建ての通貨スワップ協定は2020年末時点で22個存在するそうですが、正直、トルコの事例を例外とすれば、どうもこの「元建てスワップ」自体にあまり使い道がありません。それに、中国はこのスワップを「相手国経済が弱った際に人民元経済圏に引き込む手段」として使っているフシがありますが、言い換えれば、「経済が弱った国を人民元経済圏に丸抱えしなければならない」という意味でもあります。中国の金融覇権ここ数日、当ウェブサイトでは「中国の金融覇権」をテーマにした小稿をいくつか連続で掲載して...
人民元は基軸通貨とならない⑤使えない人民元スワップ - 新宿会計士の政治経済評論

なお、中国が締結するスワップに対し、日本が外国と締結しているスワップは図表2で示した8ヵ国との10本のスワップ以外にも、次のとおり、5本の常設型・金額無制限のスワップが存在しています(図表9)。

図表9 日本が締結している為替スワップ(図表2で示したもの以外)
契約相手 交換条件 上限
米連邦準備制度 米ドルと日本円 上限なし
欧州中央銀行 ユーロと日本円 上限なし
イングランド銀行 英ポンドと日本円 上限なし
カナダ銀行 加ドルと日本円 上限なし
スイス国民銀行 瑞フランと日本円 上限なし

【出所】日銀『海外中銀との協力』より著者作成)

正直、日本が外国と締結しているスワップはこの15本と「本数」では24本の中国に負けますが、日本円自体が国際的なハード・カレンシーであることに加え、ほかの5つのハード・カレンシー発行主体と無制限のスワップを結んでいるため、「質」で見たら完勝でしょう。

(※もっとも、べつに日中はスワップで対抗戦をやっているわけではありませんが…。)

いずれにせよ、中国が保有しているスワップをひとつひとつ確認していくと、中国によるスワップ外交を「脅威」と見るには少し無理があると思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (3)

  • 中国国務院の地図に「Sea of Japan」と記述されていますが、vankや、なんちゃら教授は抗議しないのでしょうか?
    出きる訳ないか・・・宗主さまには

  • >もっとも、そのスワップの締結相手は、ECB、日本、英国、豪州という「(準)基軸通貨国」を別とすれば、それらの多くはソフト・カレンシー(国際的に通用度が低い通貨)とのスワップが多く、正直、有事の際に使い物になるとも思えません。
    >敢えて使い様があるとしたら、みずから進んで人民元経済圏の「軍門」(?)に下る、すなわち人民元を引き出して中国企業からの輸入代金の決済に使う、などの使い方くらいしか考えられないのです。

    敢えての使い様を考えると、だからこそソフトカレンシー相手のスワップを準備しておき、トラップとして機能させるのが狙いなのかもですね。

  • 人間社会に無限は存在しないから
    無制限と云いながら実際には制限があるはず