カリブ海に浮かぶ小島に75兆円を貸す日本の金融機関

日本の金融機関はカリブ海に浮かぶのどかな島に合計75兆円を貸しているといえば、意外だと思う人も多いかもしれません。しかも、この1年で、与信を7.8兆円も増やしているのです。ちなみにこの金額、日本の金融機関の中国に対する与信額と比べ、じつに7倍にも達します。やはり、日本の金融機関にとっては、税制は切実な悩みなのです。

国際与信統計

国際決済銀行(BIS)が公表している統計のひとつに、『国際与信統計』 “Consolidated Banking Statistics” があります。

これは、大変に複雑な統計ですが、ごく簡単にいえば、どの国の金融機関がどの相手国の企業や政府などにカネを貸しているかについて、統一的な尺度で集計した統計です。ちなみに「カネを貸す」という言い方をしてしまいましたが、もう少し正確に言えば、勘定科目でいえば貸出金と債券(さいけん)が中心です。

債権と債券、どちらも「さいけん」と発音しますが、両者は概念としては別物です。債権(あるいは金銭債権)の方が範囲は広く、債券は「有価証券化されている金銭債権」、と考えておけばよいのではないでしょうか。

日本の対外与信は1年間で43兆円増えた!

こうしたなか、今月、日銀がBIS統計の日本集計分の最新値、つまり2020年12月末時点のものを公表しています(『BIS国際資金取引統計および国際与信統計の日本分集計結果』参照)。

これについて、本稿では「資料」として、「最終リスクベース」の与信相手国とその金額、2019年12月末との比較、国際与信全体に占めるその相手国の比率を示しておきたいと思います。

まずは、1位から10位までです(図表1)。

図表1 日本の金融機関の対外与信(最終リスクベース、全世界向け・10位まで)
2020年12月時点(前年同期比)シェアの変化(2019年→2020年)
1位:米国1兆9699億ドル(+1560億ドル)40.74%→40.61%
2位:ケイマン諸島6897億ドル(+715億ドル)13.89%→14.22%
3位:英国2347億ドル(+149億ドル)4.94%→4.84%
4位:フランス2187億ドル(+86億ドル)4.72%→4.51%
5位:オーストラリア1561億ドル(+281億ドル)2.87%→3.22%
6位:ドイツ1434億ドル(+218億ドル)2.73%→2.96%
7位:ルクセンブルク1147億ドル(+153億ドル)2.23%→2.37%
8位:中国1033億ドル(+152億ドル)1.98%→2.13%
9位:タイ1022億ドル(+35億ドル)2.22%→2.11%
10位:カナダ920億ドル(+132億ドル)1.77%→1.90%
その他1兆0261億ドル(+505億ドル)21.91%→21.15%
合計4兆8508億ドル(+3985億ドル)100.00%→100.00%

(【出所】日本銀行)

まず、日本の金融機関の対外与信は、この1年間で3985億ドル増えました。1ドル=108円で換算すれば、ざっと43兆円、といったところでしょう。

カリブ海にプカプカ浮かぶ75兆円!

日本の金融機関にとっての対外与信シェアは、米国が40%以上を占めており、2位がカリブ海に浮かぶのどかなケイマン諸島であるというのも凄い話ですね。

ちなみに日本の金融機関のケイマンに対する与信が多い理由は、ケイマンが法制、税制などの面において、SPVなどの投資ビークルを活用するうえで、非常に使い勝手が良いからでしょう。

日本の金融機関は、決してケイマン諸島の企業に75兆円を貸しているわけではなく、おそらく多くの場合は、あくまでもケイマン諸島の法律事務所(昔のMaples and Calderなど)に設立されたペーパーカンパニーなどを通して、75兆円分の金融資産を保有しているに過ぎません。

そして、上位10位圏内に関しては、どの国に対しても絶対額で見れば与信額は増えているのですが、日本全体の与信額に占めるシェアが伸びた国は、ケイマン、豪州、ドイツ、ルクセンブルク、中国、カナダの各国です。

ことに、日本の金融機関にとって、2019年12月におけるアジアで最大の与信先はタイでしたが、2020年12月においては順序が入れ替わり、中国がアジアでトップとなりました。2019年12月時点で881億ドルだった中国向け与信は152億ドル増え、1033億ドルと1000億ドル台に乗せています。

しかし、その中国向けの与信も、ケイマン諸島向けの与信と比べて7分の1に過ぎません。なにより、ケイマン向けだけで1年間で700億ドル以上与信が増えたという事実は、それだけ日本の金融機関が運用難に陥っているという証拠でもあるのでしょう。

アジアでは香港を忌避する動きも?

次に、アジアに限定した順序ランク表についても作っておきましょう(図表2)。

図表2 日本の金融機関の対外与信(最終リスクベース、アジア向け)
2020年12月時点(前年同期比)シェアの変化(2019年→2020年)
8位:中国1033億ドル(+152億ドル)1.98%→2.13%
9位:タイ1022億ドル(+35億ドル)2.22%→2.11%
12位:シンガポール816億ドル(+79億ドル)1.65%→1.68%
14位:香港714億ドル(▲15億ドル)1.64%→1.47%
16位:韓国554億ドル(+11億ドル)1.22%→1.14%
18位:インドネシア491億ドル(▲16億ドル)1.14%→1.01%
21位:インド429億ドル(▲50億ドル)1.08%→0.89%
22位:台湾396億ドル(▲21億ドル)0.94%→0.82%
27位:マレーシア220億ドル(▲16億ドル)0.53%→0.45%
35位:フィリピン129億ドル(▲6億ドル)0.30%→0.27%
37位:ベトナム101億ドル(+7億ドル)0.21%→0.21%

(【出所】日本銀行)

ランクをアジアに限定し、上位10ヵ国を選出した場合、1000億ドルを超えているのは中国とタイの2ヵ国のみです。また、中国が8位、タイが9位に入っていますが、そのほかの国はすべて10位圏外です。

12位のシンガポールへの与信が79億ドル増える反面、香港への与信が15億ドル減ったのは、もしかすると、昨今の香港における国家安全法などの政治リスクを忌避する動きもあったのかもしれません。

また、韓国に対する与信は11億ドル増えていますが、シェア自体は1.22%から1.14%にまで低下していることが確認できるでしょう。

カネの流れは面白い!

さて、この国際与信統計、ほかにもさまざまな集計項目があり、研究すればするほど興味深い姿が浮かび上がってきます。

実際、日本国内では「中国は経済面において、日本にとって欠かせない大切な国だ」といった言説を見かけることもあるのですが、現実に対中与信は1000億ドルを超えたものの、欧州の小国・ルクセンブルク(※金融大国)よりも少ないというのは興味深いところです。

また、世界の基軸通貨国である米国を別とすれば、日本の金融機関のマネーの向かい先としてケイマン諸島が圧倒的な強さを誇っており、ケイマン諸島だけでこの1年間で715億ドル(≒7.8兆円)も与信が増えたのです。

香港、シンガポールといえば、東京を上回る金融都市とする印象が強い人も多いのかもしれませんが、ケイマン向けの与信は、この1年間で香港1個分、あるいはシンガポール1個分増えたと考えれば、そのすごさが何となくイメージできます。

いずれにせよ、統計を見て初めて気づく事実というのもおもしろいのではないでしょうか。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. カズ より:

    与信を踏み倒され兼ねない相手に対しての”備え”は十分なのでしょうか?
    本格的に敵対してしまえば、返済は期待できなくなるのですものね・・。

  2. 匿名29号 より:

    ケイマン諸島と聞くと数年前のモサック・フォンセカのパナマ文書を思い出しますね。専門家ではないので、よいことなのか、憂慮すべきことなのかさえ分かりません。

  3. 農家の三男坊 より:

    ケイマン諸島のペーパーカンパニーのその先を知りたいものです。
    それと、この期に及んで中国への与信が増えているとは、この先つぶれる金融機関が出るかも。

    1. 門外漢 より:

      そのほとんどが中国の可能性もありますね。

  4. CB223 より:

     もう20年くらい昔の話ですが、ケイマン諸島に設立された匿名組合に出資したことがあります。
     東京ゼネラルという、商品先物取引最大手(当時)の会社が組成した匿名組合であって、先物取引そのものではなく、これを組込んだファンドでした。
     が、約半年後、代表者が「お縄」になる経済事件を起こし、東京ゼネラルという会社自体が破産。
     まあ、当時は現役だったし、勉強のつもりでもあったので、出資金は完全にあきらめていたところ、破産管財人より8割強の破産配当金を受領できました。先物取引そのものではなかった・・・ということなんでしょう。
     会計士様主張のとおり、金融機関にとって、ケイマン諸島(タックスヘイブン)の諸制度が使い勝手の良いものであろうことは理解しているつもりですが、どうしても、脱税、マネロンなど、「胡散臭さ」は付いてまわります。
     まあ、カネの集まるところは皆、何かしら、そんなものでしょう。規制と規制逃れは常に「イタチごっこ」です。
     

  5. タナカ珈琲 より:

    金融の難しいことは分かりません。勿論タックスヘイブンなんて、なんのこっちゃ...、です。
    パナマ文書などはワタシのようなシロートは、その方面の記事を読んでも、わかったような気がして...、もその実さっぱりチンプンカンプンです。タックスヘイブンはスイスの銀行⁇が本場のようですが、以前三井物産の株主総会の案内状を見て驚いたことが有りました。デラウエア州に重要子会社が2社ありました。ネットでググったらウィルミントン市北オレンジ通り1209番地にある2階建てのビルがタックスヘイブン地(のよう)です。トランプさんやクリントンさんはこのビルに会社の登記をしているんだと想像しています。1社、1年間300ドルで会社が作れるようです。

    1. 農家の三男坊 より:

      タナカ珈琲 様
       昔、米国の会社と契約を交わすと準拠法にデラウェア州法を指定してくるので米国の会社にとって都合のよい州とは知っていましたが、タックスヘイブンでもあったのですね。
      勉強になりました。でも、良く他の州が許していると思います。

  6. カズ より:

    >日本の金融機関の対外与信は、この1年間で3985億ドル増えました。

    このうちの半分程度が、日米為替スワップからの運用だったりするのかな・・?

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