ちょっとしたメモです。韓国メディア『中央日報』(日本語版)に本日、「日本が韓国に対する金融制裁カードを検討している」と報じられています。ただし、個人的には自称元徴用工問題を巡って日本政府が韓国に対する金融制裁に踏み切るかどうかは非常に微妙だと考えているのですが、いちおう、問題の記事と関連するデータについて、簡単に整理しておきたいと思います。
経済制裁の7類型
以前から当ウェブサイトでは、「経済制裁はヒト、モノ、カネ、情報の流れを止めることで実行される」と報告して来ました。具体的には、次の①~⑦のような措置が考えられます。
7種類の経済制裁
- ①相手国へのヒトの流れの制限(例:渡航制限)
- ②相手国へのモノの流れの制限(例:輸出規制)
- ③相手国へのカネの流れの制限(例:支払制限、資産凍結)
- ④相手国からのヒトの流れの制限(例:入国ビザ厳格化)
- ⑤相手国からのモノの流れの制限(例:輸入規制)
- ⑥相手国からのカネの流れの制限(例:投資規制)
- ⑦情報の流れの制限(例:ネット回線の切断)
ただし、日本は法治国家ですので、この①~⑦のすべての経済制裁を相手国に適用することはできません。
たとえば北朝鮮制裁に関しては、基本的に②~⑤の経済制裁措置が講じられていますが、①の「日本人の北朝鮮への渡航制限」に関しては、できたとしても「渡航中止勧告」が関の山です。日本には特定国への渡航を法律で禁止する規定が設けられていないためです。
また、情報の流れに関しても、たとえば特定国に対するインターネット回線の切断、スパイ行為の取り締まりなども、なかなか難しいのが現状でしょう(このあたりは追加での立法措置が早急に望まれるところでもあります)。
また、②、③、⑤、⑥の経済制裁についても、これらを発動するためには、基本的には国連安保理の決議や有志国の協調制裁などのスキームが必要です(閣議決定があれば日本の単独措置として実行することは不可能ではありませんが…)。
このため、基本的にはこれらの経済制裁についてはハードルが高いと理解する必要があります。
ただし、上記のなかで④(相手国からの入国制限)については、基本的にビザ発給などは日本政府の権限で自由にできる話ですので、基本的にこれらのなかでいちばん「やりやすい」経済制裁のひとつは、入国制限措置ではないかと思う次第です。
※ただし、このあたりについては『韓国に対する経済制裁?共同通信の「ビザ厳格化」報道』の議論とも重なりますので、詳細は割愛します。
対韓金融制裁
こうしたなか、韓国メディア『中央日報』(日本語版)に本日、こんな記事が出ていました。
日本、金融制裁カード検討…「サムスンは海外資金を日本に依存」
日本政府が強制徴用裁判に関連し、自国企業の差し押さえ資産が現金化される場合に対応して報復措置を本格的に検討中だと伝えられた中、次の動きは金融制裁になるという見方が出ている。<<…続きを読む>>
―――2020.07.27 08:38付 中央日報日本語版より
中央日報によると、自民党の佐藤正久参議院議員(前外務副大臣)があるテレビ番組で「制裁は金融分野が最も効果がある」、「サムスン電子の海外資金の大半は日本のメガバンクから借りたものだ」、「韓国企業は金融の相当部分を日本に依存している」と主張したのだそうです。
また、武藤正敏元駐韓日本大使も「韓国企業がドルを調達する際、日本の銀行が保証したものを回収すれば、韓国のドル調達負担が高まるはず」、などと述べたのだそうですが、ただ、これについては個人的にはやや懐疑的です。
韓国側で自称元徴用工訴訟の原告が日本企業の資産現金化に踏み切った場合は、確かにこれはこれで深刻な国際法違反なのですが、外為法でいう支払禁止措置は、あくまでも「わが国の平和と安全の維持のために必要な場合」などに講じることができるものです。
したがって、韓国による国際法違反という「法的・経済的問題」に関して、日本が「安全保障」を名目に、外為法第16条(支払)や第21条(資本取引等)に関する制限を発動することができるのかどうかについては、議論の余地があると思います。
また、中央日報では、特定の韓国企業が海外での資金調達のうち、相当部分を日本のメガバンクなどに依存している、という話が出ていましたが、この点に関しては、やや微妙です。
国際決済銀行(BIS)が四半期に1度公表している国際与信統計(Consolidated Banking Statistics, CBS)によると、韓国が国を挙げて外国の金融機関から資金調達している金額は、2020年3月末時点で3339.15億ドルです(図表)。
図表 韓国の企業などの資金調達状況(2020年3月末時点、最終リスクベース)
相手国 | 金額 | 構成割合 |
---|---|---|
英国 | 883.96億ドル | 26.47% |
米国 | 824.90億ドル | 24.70% |
日本 | 544.38億ドル | 16.30% |
フランス | 275.92億ドル | 8.26% |
ドイツ | 157.11億ドル | 4.71% |
台湾 | 108.34億ドル | 3.24% |
その他 | 544.54億ドル | 16.31% |
合計 | 3339.15億ドル | 100.00% |
(【出所】BISのCBSの『BS-4』より著者作成)
ところが、その相手国を見ると、トップは英国(883.96億ドル)であり、2番目は米国(824.90億ドル)で、日本(544.38億ドル)は3番目に過ぎません。隣国同士であるはずなのに、日本の金融機関はの存在感は、思ったほど大きくはない、というわけですね。
日本にとって韓国は「1%の国」
もっとも、逆にいえば、日本としてはもともと国際与信に占める韓国の比率が非常に低いという意味でもあります。BIS統計によると、日本の外国に対する与信は4兆8689億ドル(※所在地ベース)ですので、韓国が日本の国際与信に占める比率は、ざっくり1%少々に過ぎない、ということですね。
また、同じく中央日報に本日付で掲載された次の記事によると、韓国経済における対日輸入依存度はさらに低下した、とする話題もあります。
韓国企業の84% 「日本の輸出規制で影響なかった」
日本との貿易紛争後に対日輸入依存度が低下したものと分析された。大韓商工会議所が26日に発<<…続きを読む>>
―――2020.07.27 07:47付 中央日報日本語版より
日本にとっては国際法違反の判決でいきなり資産の差押を喰らう可能性がある相手国ですし、また、いくつかの戦略物資についても横流しされていたという疑惑(『日本産フッ化水素、韓国が全世界にばら撒いていた?』等参照)もあるほどです。
コーポレート・ジャパンとしても、徐々に韓国との関係を薄めていくというベクトルが働かざるを得ないのかもしれませんね。
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一番簡単な金融制裁は、金融庁が韓国向け債権のリスクウエイトを引き上げることです。だって間違いなくリスクでしょ?
輸出管理強化の話が出て直ぐに、サムスンの副社長が来日しました。
その時に、銀行とも会っていました。
金融制裁を、法に基づき声を大にして正々堂々とやる必要は、有りません。そういうのをは、「馬鹿正直」と言います。
金融庁が、行政指導で銀行に嫌がらせを、すれば良いんです。韓国向けの債権の安全度を、再確認させるとか、銀行が気付いて忖度するまで、やれば良いんです。
日本政府は、「民間のする事で政府は関係無い」と言い返してやれば、良いと思います。
だんな 様
全く同感です。
韓国と絡んでいる企業には税務調査ですね。
更新ありがとうございます。
韓国ですか?どうでもいい国。『BIS統計によると、日本の外国に対する与信は4兆8689億ドルですので、韓国が日本の国際与信に占める比率は、ざっくり1%少々に過ぎない』(会計士さん)訳ですね。
隣り同士で1%なら、如何に付き合いが少ないか。韓国が西アジアの版図なら0.1%じゃないですか?関知しませんし、まだ深い付き合いの金融機関は、泥沼にハマらないよう、気をつけて下さい。国民の税金など頼らないで。
*カントリーリスクを適正に!
貿易・投資相談Q&A (ジェトロ)
信用状(L/C)発行銀行の信用リスクと確認信用状(Confirmed L/C)
https://www.jetro.go.jp/world/qa/04A-010712.html
↑上記の要件を日韓関係に当てはめれば、
①輸入側銀行の信用が低いと、②外銀の信用力を借りないと先払いでしか決済できない。
③韓国側の銀行に特約を悪用されれば、④邦銀には意に反した取引に対しても連帯保証が課される。
ってことなのでしょうか?
邦銀は日韓間の貿易代金決済を除き、第三国あての信用状引受けは縮小していくべきかと・・。
まずは三菱UFJからですね。
金融制裁という言葉の意味
1980年代中葉、大蔵省(当時)は円の国際化というだいもくで、金融大国をめざした。結果は大失敗に終わる。理由のひとつは、金融と軍事力がセットである、という認識を欠いていた。
怪しい金融業者から金を借りれば、こわいにいちゃんが取り立てに来る。国際金融はこれと同じ。取り立てる、あるいは見せしめとして経済封鎖をできる軍事力がないと、貸した金を踏み倒される場合がある。
いまの日本に、貸金を取り立てる力があるだろうか。おそらく、ない。であるならば、金融制裁ねるものは、「やるやる詐欺」となんらかわらないものではないか。韓国がおびえて、韓国政府が全部保証する、という正道をやればいいな、という願望+軽い脅し程度だろう。
日本は、おのれの力の現状をしっかりと知っておくこと
金が高騰している。
世界各国がアメリカに金を預託しているが、日本は案外に少ない。少ないのはかまわない。むしろアメリカに置くよりも日本の民間に蓄えておく方がよい。ところが、この10年あまり、日本は先進国の中で唯一といっていいくらい、金の純輸出国になっている。
わかりやすく言えば、先輩たちが汗をかいて蓄えた国富を、いまの世代が売り食いして体面を保っている、ともいえる。
金の本質的な価値はあいまいだが、その、太陽の光と同じ輝きは3000年以上前から人間を魅了してきた。他方、貴金属の信用の裏付けのない紙幣の歴史は、ローカル通貨を別にすれば、たがだか52年しかない。
日本は、韓国程度の国を教導することすらできていない。中国とは対抗できないし、インドも日本のいいなりにはならない。
日本の力って何だ? 日本の信用は何に起因している? このあたりをよく知っておきたい。
新宿会計士さんには申し訳ありませんが、日本企業の差押財産が現金化された場合に、日本政府が実施しようとしているのは「経済制裁」ではなく「対抗措置」です。
「対抗措置」は、2001年12月に国連総会で採択された「国際違法行為に対する国家責任(国家責任条文草案)」第22条で認められているものです。
第22条 国際違法行為に対する対抗措置
第3部第2章に従い、他国に対してとられる対抗措置を構成し、且つ、その限りにおいて、他国に対する国際義務に違反する国家行為の違法性は阻却される。
つまり、上記の国連総会で採択された「国際違法行為に対する国家責任(国家責任条文草案)」により認められている「対抗措置」は、もともと国際法上は違法行為であるが、相手国の国際法違反行為に対する「対抗措置」として実施される場合には、その違法性が阻却され、国際法上適法な行為になるということです。
したがって、外為法に違反する支払禁止措置や半導体関連3品目の輸出禁止措置も可能ということです。
このことについては、下記のブログにも書かれています。
(https://seesaawiki.jp/w/tengy/d/%B9%F1%B2%C8%C0%D5%C7%A4)
現金化するということは実質的に基本条約の破棄なわけですから、国交も実質的に断交した状態に戻ったということだと思います
日本はそれをかねてから主張してきましたから、韓国も覚悟の上の行為のはずです
ですから、国交が無い状態に相応しい対応を取れば良いと思うのですが
例えば北朝鮮に対するもの
先日の韓国輸出入銀行がドル建債券を発行してサムスンに買い取らせたというニュースは、韓国ではそこまで外貨不足が逼迫してきたのかと認識させるに十分なものでした。
このことは日本から韓国への報復云々にかかわらず、今後韓国政府を始め民間企業でも同様の危機が迫っていることを意味していると考えます。
韓国の4-6月期の輸出は前期対比で16.6%減少したとの報道もありました。このことから類推すれば、政府も民間も手持ちのドルは減るばかりといった状態ではないでしょうか。まぁその分輸入も減るから出て行くドルも減っているのでしょうが、所詮焼け石に水といったところでしょうね。(笑)
いずれにしても、8月4日の株式現金化とは関係なく、韓国企業へ融資している銀行を始め、完成品はもとより材料や部品及び中間財等を輸出している企業は、今後更に与信管理を厳しくチェックしなければならない段階に至っているのかもしれません。
くれぐれもご担当の方達にはご注意頂く必要がありそうですね。
この記事ですかね?
https://money1.jp/archives/23590
この記事で行くと
三星に貸し込んでいる日本の銀行も危なそうですね。
損失を出した銀行の取締役陣は株主代表訴訟に遭いますね。
サムスンに多くの融資残高がある日本のメガバンクはみずほ銀行だったと思います。
まぁ、直ちに危ないという状態ではありませんので、あまり危機感はないと思いますが、本日ちょっと気になる記事を読んだのでリンクを貼っておきます。
https://news.yahoo.co.jp/articles/82fefa992ca36003a4625dadf6f74cc16ad4f0e2?page=1
まさかあのサムスンが、と思われる向きもあろうかと思いますが、この業界はドッグイヤーで移り変わっていくと云われますので、ちょっとした油断や先行投資の出遅れ等で盤石であったはずの地位からあっというまに転落の憂き目に遭う、というのを私たちはシャープや東芝で目の当たりにしています。
国会を閉じている間に対韓制裁特措法を練り上げているんだとしたら興味津々ですね。