武漢コロナ危機以降、当ウェブサイトとして関心を払っている統計のひとつが、米ドル建て為替スワップ実行額です。これについてニューヨーク連銀のウェブサイトで残高を取ってみると、邦銀の日本銀行を通じた資金調達額が世界14の中銀のなかで最大となっています。これについては「邦銀の経営危機」と見るべきなのでしょうか。おそらくその正体は、本邦金融機関によるスワップ・ファシリティの「目的外利用」のようなものといえるのかもしれません。
相変わらず、借入額では邦銀がトップ
当ウェブサイトで定期的に追いかけているテーマのひとつが、武漢コロナウィルスSARS-CoV-2の蔓延に伴う米FRBとの為替スワップの実行残高です。
この為替スワップとは、米国の中央銀行にあたる連邦準備制度理事会(FRB)が諸外国の中銀・通貨当局と締結している「民間金融機関に対する米ドルの短期資金供給手段」であり、諸外国にとってはFRBから直接、ドル資金を手に入れる貴重な手段でもあります。
(なお、為替スワップの詳細、通貨スワップとの違いなどについては、『【総論】4種類のスワップと為替スワップの威力・限界』のなかで詳しく議論しています。)
そして、その具体的な金額については “Central Bank Liquidity Swap Operations” のページに掲載されるエクセルファイル “U.S. Dollar Liquidity Swap – Operation Results ” を読めば、誰にでも確認できます。
為替スワップ・ファシリティは「条件決定日」から「実行日」までタイムラグがあり、現時点では4月24日条件決定文・4月27日実行分までのデータが公表されているのですが、時差の関係で欧州時間にさらに為替スワップの入札が行われる可能性があります。
ただし、上記をふまえたうえで、あくまでも「現時点のデータ」に基づいて、米FRBが為替スワップを締結している14の中央銀行・通貨当局の4月27日時点における残高と、平均金利・日数、3月4日以降の累計の引出額について一覧にしたものが、次の図表1です。
図表1 米FRBからどの銀行がいくら引き出しているか
相手先 | 金額 | 平均金利/平均日数 |
---|---|---|
日本銀行 | 2147.5億ドル | 0.34%/82.4日 |
欧州中央銀行 | 1420.7億ドル | 0.36%/80.5日 |
イングランド銀行 | 222.8億ドル | 0.35%/76.9日 |
韓国銀行 | 161.9億ドル | 0.67%/83.9日 |
スイス国民銀行 | 111.9億ドル | 0.32%/67.5日 |
メキシコ銀行 | 65.9億ドル | 0.77%/84.0日 |
シンガポール通貨庁 | 58.7億ドル | 0.61%/76.9日 |
デンマーク国民銀行 | 52.9億ドル | 0.33%/68.1日 |
ノルウェー銀行 | 54.0億ドル | 0.34%/84.0日 |
豪州準備銀行 | 11.5億ドル | 0.33%/84.0日 |
NZ準備銀行 | なし | ― |
スウェーデンリクスバンク | なし | ― |
カナダ銀行 | なし | ― |
ブラジル銀行 | なし | ― |
合計/平均 | 4307.8億ドル | 0.37%/80.9日 |
((【出所】ニューヨーク連銀の “Central Bank Liquidity Swap Operations” のページに掲載されているエクセルファイル “U.S. Dollar Liquidity Swap – Operation Results” に掲載されている4月24日実行分までの入札情報を参考に著者作成)
邦銀って「世界最強」じゃなかったっけ?
いかがでしょうか。
あいかわらず、日銀の借入額が2147.5億ドルと最大ですが、欧州中央銀行(ECB)も1420.7億ドルと日銀に次いで多額のスワップ借入を行っていて、この2つの銀行だけで為替スワップの引出残高(4307.8億ドル)のうち83%を占めています。
ちなみに、FRBの為替スワップ・ファシリティの最大借入日数は3ヵ月(約84日)とされているのですが、日銀とECBの借入平均残存期間はいずれも80日を超えており、このことから、「緊急避難」的にこれを利用しているというよりも、FRBの為替スワップを「使い倒している」状況だと言って良いでしょう。
さて、今朝の『与信総額2294兆円!日本の金融機関は「世界最強」』では、日本の金融機関の「与信総額」が20兆8572億ドルに達している、という話題を取り上げました。
おそらくその正体は為替ヘッジ
日本の金融機関がこんなにたくさんのカネを貸しているにも関わらず、米FRBから為替スワップにより2147.5億ドルもの流動性ファシリティを使用しているというのも不思議な気がしますが、これはおそらく、為替ヘッジ活動によるものと考えられます。
為替ヘッジ活動とは、為替変動による損失を避ける行動のことで、なかでもいちばんわかりやすい活動は「ドル・ファンディング」です。
たとえば、現在は日本国債よりも米国債の方が利回り(というよりも、いわゆる「直利」)が高いです。同じ10年債でも、日本国債が0%、米国債が0.7%だとしたら、「直利」だけを考えるなら、米国債を買った方が有利です。
しかし、米国債は米ドル建てで発行されているため、為替リスクがあります。
邦銀が1ドル=100円の時点で1億ドルの米国債を買ったとしましょう。このとき、邦銀にとっての米国債の帳簿価額(便宜上、取得原価=償却原価=時価と仮定)は100億円(=1億ドル×100円/ドル)です。
しかし、1ドル=80円という円高になってしまえば、この1億ドルの価値は80億円(=1億ドル×80円/ドル)に低下してしまい、20億ドルの損失が発生します。これが為替差損です(銀行経理上の「外国為替売買損」。保有目的区分はとりあえず無視します)。
もちろん、逆に運よく1ドル=120円という円安になれば、1億ドルの価値は120億円に上昇し、20億円の為替差益(外国為替売買益)が発生するのですが、機関投資家にとっての投資行動は「運任せ」ではダメです。
そこで、為替リスクをなくすために、機関投資家は1億ドル分の米ドルを借りることがあります。「借りること」を英語で “funding” (ファンディング)と呼ぶことがあるため、「ドルファンディング」とは、「負債ポジションに米ドルを持つこと」を意味します。
邦銀が1ドル=100円の時点で1億ドルを借りたとしましょう。このとき、邦銀にとってのドルファンディングの帳簿価額は100億円(=1億ドル×100円/ドル)ですが、これが為替変動に晒されているという点については、資産サイドと全く同じです。
しかし、1ドル=80円という円高になったときに、この1億ドルの価値は80億円(=1億ドル×80円/ドル)に低下してしまうのですが、これは「負債価値の低下」であるため、邦銀にとっては「利益」を意味し、為替差益(外国為替売買益)が発生するのです。
また、1ドル=120円という円安になったときには、この1億ドルの価値は120億円に上昇するため、20億円の為替差損(外国為替売買損)が発生する、という関係にあります。すなわち、ドルファンディングをやっておけば、円高になっても円安になっても、合計ポジションでは損失は発生しません(図表2)。
図表2 ヘッジポジションの損益
区分 | 円高局面 | 円安局面 |
---|---|---|
資産ポジション(①) | ▲20億円 | +20億円 |
負債ポジション(②) | +20億円 | ▲20億円 |
合計ポジション(①+②) | ±0 | ±0 |
(【出所】著者作成)
対外証券投資、日本全体で600兆円以上!
では、実際に日本は国全体として、いくらの外貨建ての証券投資を行っているのでしょうか。
資金循環統計をもとに集計してみると、2019年12月末時点において、じつに629兆円という金額に達しています(図表3)。
図表3 本邦の経済主体による「対外証券投資」残高(2019年12月末時点)
投資主体 | 投資金額 | 構成比 |
---|---|---|
預金取扱機関 | 116兆7905億円 | 18.56% |
保険 | 101兆0182億円 | 16.05% |
証券投資信託 | 105兆3519億円 | 16.74% |
中央政府 | 120兆4938億円 | 19.15% |
社会保障基金 | 99兆7425億円 | 15.85% |
その他 | 85兆9292億円 | 13.65% |
対外証券投資合計 | 629兆3261億円 | 100.00% |
(【出所】資金循環統計より著者作成)
預金取扱機関(銀行や信金、農協など)、保険がそれぞれ100兆円を超える残高を持っており、この両者だけで投資残高は220兆円近くに達します。
一方で、証券投資信託、中央政府、社会保障基金の場合、一般的に為替ヘッジ・オペレーションは行わないため、純粋にヘッジ目的によるFRBからの為替スワップ引出需要は、潜在的には200兆円前後の一部であると考えられます(※もっとも、対外証券投資の全額が米ドル建てとは限りませんが…)。
以上より、日銀がFRBから借り入れている2147.5億ドルという金額は、1ドル=110円で換算すれば24兆円弱で、上記200兆円という金額の1割少々であり、決して非常識な額ではありません。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
さて、そもそも論として日本国内は「カネ余り」状態にあります。
おそらく、今回のFRBによる為替スワップは邦銀にとって金利・日数などの条件が有利であり、しかも日銀が定める適格担保での借入が可能であるなど、使い勝手が良いのではないでしょうか。だからこそ、邦銀のドルファンディングに「為替スワップ・シフト」が生じているのかもしれません。
しかし、そもそも論として日本全体として対外証券投資残高が減り、ヘッジニーズが低下すれば、ここまで巨額のドルを借り入れる必要はありません。
ちなみに米国からすれば、為替スワップで邦銀に2147.5億ドルを貸せば、平均0.34%という金利を受け取ることができるわけですが、それと同時に、裏で日本の機関投資家は米国債・エージェント債などに投資しているため、米国は国全体として、0.34%を上回る金利を日本に支払っているともいえます。
いずれにせよ、米FRBにとってはこのスワップファシリティが日本の金融機関により「目的外利用」されている、という言い方をしても良いのかもしれませんね。
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素人の感覚ですが、
「○○ってサイトでバーゲンセール開催!特に必要はないけど、安いから買えるだけ買って、転売だあ!」
という行動様式ですねw
国内に使い道がないから、こんなことに。
9月くらいまで毎月お一人様10万円支援
したら、V字回復だぁ。
これが出来る政治家がいないのが、残念。
ガッテンしました。
こういうことを考えながら、投資家は動くのですね。
なるほど、投資は難しい。
銀行の本来の仕事は預金を集めてそのお金を企業に貸して利ざやを得ることです。
日本の銀行はまずそれを日本国内で行うのですが海外でも同様のことを行っています。ただ、拠点が日本であるためにどうしたって海外では「預金を集める」のはなかなかうまくいきません。外貨資金需要については日系企業の海外展開ニーズがあるのですが。
海外で金利の低い預金を集めなれない分どうしたって市場調達せざるを得ず、なかなか貸し出しの利ざやを稼げません。
そんな状況下でこのドルファシリティの提供は銀行が利ざやを確保する渡りに船となります。
まあ、「海外で証券投資」というのは方向として間違ってない解説ですが、そもそも間接金融が本業の銀行ですから、既に誰でも買えるよう整った証券への投資じゃなく、企業と相対の貸し出しの資金として使ってるということです。
本来、ドル借り入れが困難になることを見込んでのドルファシリティの提供ですが、特にドル調達に困ってないとすれば確かに「目的外使用」ではありますね。ただ、その点はFRBも日銀も当然わかってる話なのかなと。
銀行にとって借り入れや預金の受け入れは困ってやるものではなく、本業の一環として積極的に行うものです。日本の金融機関のドルスワップの利用が多いということは、困ってるのではけっしてなく金融機関として元気な証拠でありなんの憂慮も要りません。そこは、個人とは違いますね。
国が政治的なコストを払って得た手段であるはずです。
その利益が国民に循環投資されるよう政治家は手を尽くすべきですね。
日本の政府は関係ないでしょ。まして政治家の横車なんてとんでもない。
日本とアメリカの為替スワップというのは、極端にいうと
アメリカの中央銀行から日本の巨大金融機関が巨大なドルを借りる
日本の中央銀行(日銀)からアメリカの巨大金融機関が莫大な円を借りる
と
あくまで超大金持ち間のやり取りであり、我々庶民(一般の国民)とは隔絶した世界で
今回のFRBの大盤振る舞いに、ここそとばかり日本の銀行や証券会社等々が大大大借金しての大活躍中という話でしょ。
まあ、国民とか還元とか最も縁のない世界なんじゃないでしょうか。
新宿会計士 様
細かい話ですみませんが、「おそらくその正体は為替ヘッジ」の内容の14行目、「20億ドルの損失が発生します」は「20億円の損失が発生します」ですよね?
それは置いといて、ドル・ファンディングの話、おもしろいです。銀行はこうやって為替リスクを緩和して円高ドル安でも円安ドル高でも対応できるようにしてたのですね。借りたドルの利息がわかりませんが、保有している米国債の金利以下であればトントンないし少し儲けになるでしょう。
ドルファンディグの手法を個人投資家も応用して、為替リスクを軽減させる事はできないでしょうか?ドル預金にせよ、VTなどのNY市場上場のETFを買うにせよ、ドル円相場の変動による為替リスクを避けて通れませんから。
かといってすでに購入したドル建てETFと同額のドルを銀行から借りるのは怖いですけど。
すみません。借りたドルの利息は平均0.34%と書いてましたね。という事は、0.7 ー 0.34ーアメリカの税金10%= 0.324%のプラス。
1億ドルの米国債を買い、1億ドルのドルファンディングを行う事で年間32.4万ドルの利益が手に入るわけですね。
相場が下げ基調に転じた際に、手持ちの現物株の利益保全目的でなされるカラ売り〔つなぎ売り〕のようなものでしょうか?
為替変動の影響を回避する意味では、貿易決済の両建て〔半ドル・半円〕と同じような効果が得られるのでしょうね。
*****
手数料の負担を考えなければ、つなぎ売りは安全な投資なのだと思います。
手持ち現物相当のカラ売りを合わせるので、実施日以降の新たな利益は生まれないのですが、値上がりしてもカラ売り分と手持ちの現物を相殺して終わり〔青天井のリスクなし〕。
値下がりすれば、普通に買い戻して利益確定です
。
値下がりしすぎても現物の評価損と相殺されるだけなのですしね。〔評価損の計上は、のちの含み益の源かと・・。
どうして先立つモノが・・。
モタザルモノノナゲキ・・。
カズ 様
個人でやるレベルのFXだと一般的には両建ては悪手とされています。
損はしないけど利益も出ない。お前は何をやってるんだ状態。
個人のFXだとレバレッジをかけるのが普通なので、強制ロスカットで大損とかもあり得ます。
運がいいか、相場感が極めて優秀なら両建てで利益を出せるかもしれません。
おそらく日銀には相場変動に対し異常な嗅覚を持っている人が揃っているのかも・・・
>どうして先立つモノが・・。
>モタザルモノノナゲキ・・。
本当に同感です。私も趣味レベルのお金しかかけられません。
しきしま様
趣味で株を買ってたのは忘れるくらい前のことですので、感覚がズレちゃってるところがあるかもです。
遠慮なくご指摘下さい。
返信をありがとうございます。
私は、今回のコロナショックでFRBが締結した米韓為替スワップで、韓国政府が取り上げて裏で他目的利用(通貨防衛・国債償還等)しようとアメリカは文句を言わない、と思ってました。
理由は、韓国政府がドルを使えば、ドル高抑制にもなるからです。ただし、アメリカ政府は将来的には韓国政府を脅す材料にはする、と思っています。
ところで、本文中に”このスワップファシリティが日本の金融機関により「目的外利用」”とありますが、
アメリカ政府またはFRBは、この目的外利用を良く思っているか、または悪く思っていると考えですか?
新宿会計士様、その所が解らないのですが、教えて頂くと有難いです。
また、皆様はどうおもいますか?
雑把さま
結果だけを考えれば、自らの利益保全目的とはいえ少なからず金利を負担して流動性のあるドル資金を市場に大量投下しているのですから、望むところなのではないのでしょうか?
スワップ協定の目的が自国資金引き揚げまでに経済を破綻させないための"つなぎ融資"であるとともに、国際社会での流通規模にもとづく「米ドルの覇権」を維持・拡大することにあると思うからです。
例えば、スワップで調達した資金は建前上は貿易決済に使い、本来貿易決済用だった資金を利益保全活動に活用しているのであれば、必ずしも(表向きは)目的外利用だと決めつけられるべき行為ではないのかも知れません。
*結果は変わらないのですが・・。
カズ様、ご返事ありがとうございます
アメリカには、金を払ってまでドルを市場に投下してくれるので、目的に関係なく二度美味しい、と言う事ですね
私は、為替スワップの目的を
・同盟国発の、ドル流動不全による金融危機阻止
・自国の貿易企業への不渡りによる連鎖倒産阻止
と、思っていました
仮想国ですが、韓〇政府が目的外利用したとしても、証拠を突き付けるのは案外難しい、と言う事ですね。困ったものです
以前からやってたならともかく、最近になってよーいどんでスワップ使い始めた理由は何なんでしょうね?