すわ、韓国でキャピタルフライトが発生か――。昨日、韓国メディア『中央日報』(日本語版)に、「株価・通貨・債券のトリプル安」という記事を発見し、寝耳に水と驚いたのですが、何のことはない、記事を執筆した記者が「債券安」の概念を勘違いした、単なる飛ばし記事に過ぎなかったようです。ただ、これを「飛ばし記事」と笑うだけでは少々もったいないので、せっかくの機会ですから、本稿では「トリプル安」の考え方について、簡単に整理しておきたいと思います。
目次
安全資産とリスク資産
以前の『FRBの緊急利下げ:金融政策だけでなく財政政策も!』でも報告しましたが、あくまでも個人的な主観に基づけば、金融市場では次のような「安全資産の不等号」のようなものが成り立っていると思います。
日本円≒日本国債≒スイスフラン>米国債≒米ドル>ユーロ>米株>日本株≒新興市場諸国債券>新興市場諸国株>新興市場諸国通貨
この不等号では、左に行けば行くほど「安全資産」、右に行けば行くほど「リスク資産」ですが、一般的には「リスク資産」が買われる局面では「安全資産」が売られ、「安全資産」が買われる局面では「リスク資産」が売られる傾向にあります(もちろん、「必ずそうなる」という意味ではありませんが…)。
折しも昨日の『総理、「リーマン級のショック」は生じていますよ!』では、例の武漢コロナショックで株価が急落した、という話題を紹介しました。
昨日の時点では「株安、米債高、円高」という流れを紹介したのですが、これに補足をしておくと、昨日は日本国債(JGB)も大きく買われ、利回りが低下しています。
長期金利一時マイナス0.20%に低下、リスク回避の買いー先物は最高値(2020年3月9日 16:00付 Bloombergより)
しっかり押さえておきたい、債券利回りと価格の関係
ここで、債券利回りと債券価格は逆方向に動きます。つまり、債券価格が上昇すれば、債券利回りは低下する、という関係にあります。この点については、意外と勘違いしている人が多く、後述するように、大手メディアの記者であっても大間違いすることがあります。
ここであらためて、簡単な設例を考えておきましょう。年クーポン2%の固定利付10年債の市場利回りが2%だったとすれば、この債券は市場で額面の100%の価格で取引されます。
しかし、10年固定利付債の市場利回りが3%(※便宜上、複利とする)に上昇したとしたら、年クーポン2%の債券の取引価格は額面の91.42%に下落します(いわゆる「アンダーパー」)。その目的は、安い値段で取引することで、その債券の保有利回りを市場利回りに一致させることにあります。
逆に、この10年固定利付債の市場利回りが1%に下落したら、年クーポン2%の債券の価格は額面の109.49%に上昇します(いわゆる「オーバーパー」)。
ここでざっくり、「債券の市場価格の変動」は「市場利回り」×「残存年数」×「マイナス1」で求められます(※利回りと価格の厳密な関係は、債券価格と利回りの関数を実質金利で微分した「デュレーション」、2回微分した「修正デュレーション」などの概念で議論されることもありますが、本稿では省略します)。
つまり、日本国債利回りがマイナス0.1%からマイナス0.2%に下落したというのは、ざっくり、価格が1%上昇した(=マイナス0.1%×10年×マイナス1)、ということです。まさに「株安・債券高」を地で行く展開ですね。
危ないときにおカネが流入するのが日本円
そして、不思議なことに、日本円は日本国債と並び、典型的な「安全資産」です。
先週末に1ドル=105円台だったドル円(USDJPY)は、昨日は瞬間的に1ドル=101円台に突っ込む一方、本来ならば円と並ぶ「安全資産」とされるスイスフランでさえ、対円レート(CHFJPY)は前週末の1フラン=112円台から瞬間的に1フラン=110円台に下落しました。
さらに、前週末に1ユーロ=118.83円だったユーロ円(EURJPY)に至っては、116円台を割り込みそうなほどに下落したほどです(※その後、日本時間の昨日の深夜時点で1ユーロ=117円台近辺に戻しています)。
ここで、USDJPY、CHFJPY、EURJPYは、いずれも日本円が「コンチネンタルターム」(相手通貨を基準に相場が表示される方式)で表示されているため、数値が上昇すればするほど「円安」、数値が下落すればするほど「円高」を意味します。
米メディアWSJのマーケット欄をもとに、日本時間昨日深夜時点における5大通貨のうちのドル、ユーロ、英ポンド、スイスフランの対円レートを示しておくと、いずれも前営業日と比べて1~3%近くの下落(つまり円高)となっていることが確認できるでしょう。
- USDJPY:102.43(▲2.72%)
- EURJPY:117.12(▲1.44%)
- GBPJPY:134.13(▲2.45%)
- CHFJPY:110.28(▲1.89%)
トリプル安の恐怖!
さて、一般にリスク回避のときには債券価格は上昇(=債券利回りは下落)する一方、株価は下落する、という傾向があり、また、為替相場は安全資産通貨が買われ、それ以外の通貨が売られます(つまり一般に円≧フラン>ドル>ユーロ>新興市場諸国通貨)。
これを新興市場諸国から見れば、世界的にリスク回避ムードが高まったときには、自国の株が売られ、債券が買われる一方、自国通貨が売られる、という傾向が見られるのですが、それだけではありません。これが行き過ぎると、新興市場諸国から資金そのものが引き上げられる、というフローが発生しがちです。
つまり、本来であれば「株安、通貨安、債券高」となるべき局面で、通貨を売る動きが債券を買う動きに勝り、その国の安全資産であるはずの債券までが売られるのです。これが「トリプル安」です。
一般にトリプル安が生じると、その国の株価が下落するとともに通貨の価値も下落し、さらには金利が上昇(=債券価格が下落)します。つまり、国全体としての「資金不足」、「外貨不足」が発生してしまうのです。
これが日本やスイスのような「ハード・カレンシー国」であれば問題がないのですが、日本以外のアジア諸国のような典型的な新興市場諸国の場合、トリプル安が続けば、そこから資金流出が発生し、一気に通貨危機にまで発展しかねません。
もちろん、「トリプル安」が一時的な現象に留まることもあれば、テクニカルなトリプル安(国債の新規発行がたまたま株安・通貨安局面とぶつかってしまった場合など)もありますので、「トリプル安」のすべてが悪い、というわけではありません。
しかし、トリプル安はその国の通貨、債券、株式が同時に忌避されているという重要な兆候でもあるのです。
「トリプル安」勘違いした中央日報の記事
こうしたなか、昨日は韓国メディア『中央日報』(日本語版)に、非常に紛らわしい記事が掲載されていました。
韓国、株価・ウォン・債券「トリプル急落」…外国人の売り越し過去最大(2020.03.09 18:54付 中央日報日本語版より)
記事に「トリプル急落」とあるので、「すわ、韓国でトリプル安か!」と思って記事を読み始めたのですが、結論的にいえば「タイトル詐欺」です。べつに韓国でトリプル安が生じたわけではありません。
記事冒頭を冷静に読んでみましょう。
「韓国の金融市場がまた『ブラック・マンデー』を迎えた。株価とウォン、債券利回りがともに急落した。」(※下線は引用者による加工)
株価と為替がともに下落したのに加え、これで債券「価格」が下落していたとすれば、定義上の「トリプル安」です。しかし、昨日に韓国で発生したのは債券「利回り」の下落(つまり「価格」の上昇)であるため、これは「トリプル安」ではありませんし、必ずしも韓国からのキャピタルフライトを意味するものでもありません。
「下落」しているのが債券の「価格」なのか、「利回り」なのかで意味が真逆になってしまいますので、くれぐれも用心しましょう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
もっとも、中央日報によると、昨日の株式市場では外国人投資家が1日で約1.3兆ウォン相当を売り越したそのことであり、この金額は1999年に証券取引所が日別売越額の集計を始めて以来、最大となったのだとか。
個人投資家や年金基金などが株式買いで立ち向かったものの、結局は外国人投資家の株式売り圧力が勝った格好です。
ただし、これで国債金利が高騰していたとしたら、まさに韓国からのキャピタルフライトの兆候と見るべきなのですが、中央日報によると、債券市場では国債3年物利回りが一時ゼロ%台に落ち込むなど、むしろ債券が買われているため、少なくとも債券市場からの資金流出はなかったわけです。
また、昨日は2月末以来、久しぶりに為替市場で1ドル=1200ウォンの大台を超える展開となったものの、なかなかこの水準からは下落していきません。このため、韓国の為替市場は意外と「しぶとい」という印象を抱かざるを得ないのです。
キャピタルフライトとトリプル安
いずれにせよ、昨日の中央日報の記事は一種の「飛ばし記事」であり、韓国からのキャピタルフライトが始まった、という意味ではありませんのでご注意ください。ただ、それと同時に、ある国に本当にリスクが訪れるとしたら、それは「株安・債券安・通貨安」局面である、という点については、留意する価値があります。
個人的な主観ですが、この「トリプル安」とは滅多に発生するものではありませんが、いったんトリプル安が発生すると、それを契機に一気に資金流出に至る、というケースも否定できません。
というよりも、その国で何らかのショックが発生し、外国人投資家らがその国から資金を引き揚げるため、結果的にトリプル安が発生する、という表現をした方が正確なのかもしれませんが…。
View Comments (11)
「分かりやすい解説」とはこのようなものだといつも感心します。
起:韓国でキャピタルフライト発生か?
承:トリプル安の定義とその意味するもの
転:では実際に何が起こったか
結:これはトリプル安ではない
実際の記事を引用し、実に論理的にかつ平易な表現で解説。起承転結など意識せずとも自然に展開。国語の入試問題に出せるレベルです。
【問題】文章の趣旨を140字以内にまとめなさい
某作家に出題したいと思います。
更新ありがとうございます。
いつもながらの分かり易い説明、ありがとうございます!
現在の世界同時株価暴落と為替の急変動の中にあって,韓国の株価や為替の問題は世界経済に対しては無視できる程度の影響しかありません。ダウや欧米の株価のほうを注目しないとダメです。あと,株価の長期変動と短期変動は分けて考えるべきであり,特に,現在の株価はコンピュータ自動売買の影響が大きいので,各投資期間がどういうプログラムで投資しているかで流れが左右されます。先週の株価の動きに関しては,私の予想のかなりはずれ,損はしないまでも利益は取れませんでした。思ったより下押し圧力が強いです。過去の歴史では,こういう暴落は単に経済問題にとどまらず,政治体制の変革を伴う大事件を引き起こしたことも多いので注意が必要です。
もはやハードですらない「プログラム」同士が、ひたすら己の利益を最適化するための取引を際限なく繰り返す、「市場」はそんな電脳空間になってしまいました。魚市場のように、場立ちの喧騒で賑わったのは、もはや遠い昔の牧歌的な光景でしかありません。ヒューマンに今できることは、せいぜい点滅するディスプレイを拭くことぐらい。
貴重な情報・丁寧な解説 ありがとうございます。
理系・文系なら少々理解できると自負してますが、
金融(法治や政治力学も)等は一般国民以上ではないと自覚してます。
昨日の前場を見て、すぐドルウォン相場を見に行きました。
今の日本にとって最大の問題は『韓国がデホルトするか?』だと思っています。
もちろん状況は刻々変化しており、対中・対米・対EU・対国内が
それ以上に大事になる事態などはあるでしょう。
ある意味こんな情弱者にとって簡単に・かつ大けがしない方法ってあるんでしょうか?
コロナでは日本よりもヨーロッパのほうが混乱すると見られてるってことですかね。あの広がり方見てると人種的に感染しやすいのかなと思ってしまう。
まだ欧米タイムで、ウォンは売られているように見えません。
今は、外国人投資家が、株を売った分、ウォンをドルに変えているだけのように見えます。
コスピを買い支える公的資金(年金)は、明らかに減っていますが、個人投資家が買い支える形になっています。
この個人投資家の、お金の出所が「謎」ですね。
韓国国債の利率は、低いまま推移しています。
アメリカが、利下げした+もう一度くらい利下げしてもおかしく有りませんので、韓国も利下げの余地が出来ました。
何処から、壊れて行くのでしょうか。知らんけど。
>『円≧フラン>ドル>ユーロ>新興市場諸国通貨』
なぜ上記式が成り立つのでしょうか?
国際金融資本・金融資本家とって 日本の政治体制・その国民性から
保守的金融政策を取らざるを得ない、と見なされているからではないでしょうか?
その保守的金融政策の淵源は 戦時に作られた統制経済の残影を色濃く残している
官僚機構にあるのではないでしょうか?
2月末だったか1ドル112円台をつけたのは、あれは何だったんでしょうね
日本にコロナ蔓延しそうだし、ダイプリ失敗したっぽいし、オリンピック中止っぽいから、もう円売りなのかと思ったんですけど
昨日の夜間には101円台数回つけてましたね
ダウの下げが、酷かったようです。
日経平均も、キツそうですね。
韓国を助けるような、余裕は有りませんね。
だんな 様
ダウの下げには原油価格下落も影響しているようです。
日本にはプラスの面もありそうですが、それを生かせるかどうか。