X

【読者投稿】PCRは本当に大変!地方衛生研に感謝を

コロナウィルス騒動に伴い、さまざまな報道が過熱しています。こうしたなか、当ウェブサイトではこれまで専門家の方々による助けもいただき、現役の医師、理系研究者、工学研究者などの方々からの論考を掲載して来ました。こうした状況もあり、複数の方々からコロナウィルスに関する読者投稿を頂いているのですが、『ウィルス騒動と当ウェブサイト読者投稿の「流れ」』で説明したとおり、これらの掲載が遅れています。こうしたなか、本日はまず、「ケロお」様という読者の方による、かなり突っ込んだ論考を掲載させていただきたいと思います。(ちなみに本稿はこれまでの当ウェブサイトの記事のなかで最長文の論考のひとつです。読むのに時間が掛かると思いますのであらかじめご了承ください。)

コロナ読者投稿シリーズ

お知らせ:読者投稿を常設化します』でもお知らせしたとおり、当ウェブサイトでは昨年以来、「読者の皆さまからの記事投稿窓口」を常設化しており、読者投稿を歓迎しております(投稿要領につきましては『必ずご確認ください(2019/12/16日版)』などをご参照ください)。

ところで、最近、この『読者投稿』シリーズが大変に充実しています。過去の読者投稿一覧を確認すると、今年の投稿は大人気シリーズ『在韓日本人が見た韓国』などを含めて11本に達しているのですが、このうち6本が、現役の医師、理系研究者、工学研究者の方々による解説記事です。

このうち①、②、⑥が「りょうちん」様という現役のお医者様、③と④が「ケロお」様という理系研究者、⑤が「イーシャ」様という工学研究者のご投稿であり、いずれも客観的事実をもとに積み上げた非常に良質な論考です。

もっとも、『ウィルス騒動と当ウェブサイト読者投稿の「流れ」』でも説明したとおり、現在、複数の方々から読者投稿を頂戴しており、採用の可否の判断などに時間が掛かってしまっています。このため、特に数日前に当ウェブサイトにご投稿いただいた方々には、ご心配をおかけしています。

ただ、あまりいつまでも時間を掛けているわけにはいきません。本稿ではとり急ぎ、ケロお様が執筆して下さった、③④の続編を掲載したいと思います。タイトル案は『【読者投稿】理系研究者の考察「nCoV PCR検査」』でしたが、本稿ではタイトルを変更しています。

(ここから先がケロお様の投稿本文です。なお、基本的に当ウェブサイトは「ブログ」ではなく「ウェブ評論サイト」と名乗っているものの、さほどこだわりがあるわけではありませんので、いただいた投稿に含まれていた「ブログ」という用語についてはそのまま用いています。)

PCRの実際

はじめに

新宿会計士様のブログでは、その名の通り経済と政治関係の話題がメインですが、最近はいわゆる「新型コロナウイルス」に関する話題が注目を集めております。

読者投稿では、医師の「りょうちん」様、理系(生物工学・微生物学・防疫)研究者のはしくれでありますワタクシ「ケロお」に加え、情報・電子工学研究者「イーシャ」様(「イーシャ」様が医者であると勘違いしていたときがありました)で、合計6投稿となってます。

コメント欄も賛否それぞれあり、非常に議論が盛り上がっています。中には「?」という感じの人もいますが、SNS、ヤフコメ、2chなどと比べるまでもない有意義な場となっています。とくに医師の「とある福岡市民」様(※)からは、「りょうちん」様とともに、医療現場の状況や医学的見地からのコメントがいただけております。

(※新宿会計士注:後述するとおり、この「とある福岡市民」と名乗るコメント主様からも読者投稿を頂戴しているのですが、できるだけ早いタイミングで紹介したいと思います。)

今回は、これらのコメントなどでも話題になっていた、SARS-CoV-2感染の確定診断に用いられているPCR法に関する話題を提供させていただきます。

私はまた、おわびをしなければいけません。

「事実・データに基づく議論」がこちらのブログの鉄の掟であるにもかかわらず、「1日あたりのPCRはいくつできるか?」という疑問に対し、

PCRだけなら96か192くらいは1人1日でできるだろう

機器が古ければ処理能力は下がるのはしょうがない

他県の分まで回されるのを危惧して各県は検査上限数よりは少なめの数字を国に言っているかも

などと、推測・憶測に基づく無責任なコメントをしてしまっておりました。

今回の投稿では、国立感染症研究所(以下、感染研)が各県の衛生保険研究所(名称は各県ごとに異なります、以下、地方衛生研)向けに公開している、検体処理方法およびPCRプロトコールの内容を紹介しようと思います。

大本営発表といままでの議論

さて、PCR検査が可能な件数を巡っては、ニューズウィーク日本版に2月19日に掲載された記事では、厚労省は「3000件以上の検査能力は確保している」と認識している一方、核検査機関、大学病院での検査がどの程度可能かについては「じつは聞いてもよくわからない」のだそうです。

新型ウイルスPCR検査「1日3000人可能」 厚労省発表に検査機関から疑問の声(2020年2月19日(水)18時35分付 ニューズウィーク日本版より)

ということで、PCRの実施可能件数は、あくまで目安に過ぎないと考えられます。わたし自身、厚労省から県(県内では県庁担当部署から地方衛生研)へ何件できるかヒヤリングをし、その数字を積み上げていると予想していたのですが、これもあながち憶測とはいえなそうです(よかった…)。

りょうちん様の『【読者投稿】行政の観点から考察するウィルス騒動』では、1人あたりPCR実施可能数から考えると国内検査可能件数が少なすぎるように見えるのは、試薬の供給量が少ないせいなのではという推測がされていましたが、これはわたしの冒頭に書いた説とは異なります。

しかし、結論的にはどちらも不正解でした(反省)。

ちなみに、地方衛生研の数は全国で83箇所(※)。先ほどのニューズウィークに掲載されていた厚労相の発言によりますと、地方衛生研での実施可能件数は1800件。単純に割り算すると、地方衛生研では平均わずか22件しか実施できない計算になります。実際、少ないようには感じます。

(※)感染研ウェブサイトによると、地方衛生研は北海道東北地区12、関東甲信静地区26、東海北陸地区8、近畿地区14、中国四国地区11、九州地区12で、合計83箇所です。

繰り返しになりますが「事実・データに基づく議論」が大事ということで、もう、自分が実際にやるつもりになって、プロトコールを確認して、実際に何件できるか考察しようと思います。

PCRにかかる時間に対する認識のズレ

感染研では、地方衛生研などがSARS-CoV-2のPCR検査を実施するためのマニュアルが公開されています。ウイルス名が正式決定する前からあるマニュアルを改定し続けてるので「2019-nCoV」となってます。今回はマニュアルにしたがって「nCoV」と呼びます。

病原体検出マニュアル 2019-nCoV Ver.2.6(令和2年2月17日)

通常のPCR実験の流れは、

  • 1.検査対象サンプルの準備
  • 2.サンプルからのDNAまたはRNAの抽出・精製(今回はRNAウイルスなのでRNA)
  • 3.(RNAの場合は)RNAをDNAにする反応(逆転写反応、Reverse Transcription reaction、以下RT反応)
  • 4.DNAの増幅(Polymerase Chine Reaction 、以下PCR)
  • 5.増幅DNAの確認(電気泳動および染色)

です。

ちなみにリアルタイムPCRでは4と5が一緒にできます。リアルタイムPCRの機械についているモニターで、PCR中に実際に増幅されているDNA量をモニターできるようになっているのが「リアルタイム」と呼ばれる所以です。

ということで、単に「PCR」といったとき、4だけ(または4と5だけ)を指すのか、1から5を指すのかという問題が生じます。研究者に「PCRでどのくらいの時間かかるの?」って聞いたら、4だけ、または4と5だけの時間を尋ねているのと同じです。

そうなると「4、5時間くらい」って答えますが、当たり前です。質問の意味どおりの答えだからです。

さらに、テレビで撮影スタッフが、PCRの機械の指差して「これはどのくらいの時間がかかるのですか?」と聞くシーンがあります。そういう聞かれ方しちゃうと、PCRの試薬を混ぜる時間とか抜いて、PCRの機械にかけている時間だけを答えることになって、「2、3時間くらい」と答てしまうことになります。

もし正しく「PCR検査全体でどのくらいの時間かかるの?」と聞かれれば、

サンプルによって変わる。サンプル調製を省いて、検査サンプル液からダイレクトにPCRやればかなり短時間だし、逆に下処理が面倒なサンプルだと数時間余命にかかるし、RT-PCRだったらRT-反応の分だけ1時間くらい余計にかかる。なので半日から1日は必要

という答え方になります。

感染注意!RNA抽出

では、nCoVの場合は実際どうなのでしょうか

「1.検体の採取と保存」はとりあえずあと回しにして、「2.RNAの抽出」については、市販のキットを用いるよう指示されています。時間は多分30分くらいあればいいかと思います。サンプル数が多ければ1時間くらいは必要ですが、この時間はマスコミや政治家のいう「PCR時間」には含まれないことが多いです。

操作としては、スピンカラムを使う方法なので難しくはないです。サンプルを抽出溶液と混ぜて、10分おいて、エタノールを加えて混ぜて遠心して、何度かに分けてスピンカラムを通して、2種類の添付洗浄液でカラム洗浄して、最後に添付溶出液でRNAを回収します。

ただし、必要な設備はバイオセーフティーレベル2(BSL2)ですが、これは赤痢、コレラ、ボツリヌス、デング熱、日本脳炎、季節性インフルなどと同等です。当然ですがヒト感染性病原体を扱える施設でなければいけないのです。

具体的にはセーフティキャビネットという、陰圧にして外部に病原体が漏れない様になっている専用の実験台が必要です。それと個人防護具(PPE)として、マスクと使い捨て手袋が必須です。医療施設のスタッフと同様に、感染の危険性のある最前線の一部です。

実験って実は意外と飛沫が発生するし、セーフティキャビネット使ってても、遠心かけたりするときにはそこから出さざるを得ないし、しっかりと訓練されてないと、無意識に汚染手袋でそこらへん触りまくって、手袋外したあとに汚染場所を触る。

「PCRくらい簡単にできるだろ」などと無責任に言う人、あんたなら確実に感染するからな。感染するからな。

自分がやるのをイメージすると、このステップはそこそこ恐怖を感じます。恐怖をイメージできない人は、何が怖いのかよくわからないうちに、かなり高い確率で感染します。感染した挙げ句、RNAは分解されてなくなってしまいます。

なお、RNAの抽出について、前出のマニュアルを読むと、

広く使用されている QIAamp Viral RNA Mini Kit を用いた方法を示すが、他のウイルスRNA 抽出キットを用いてもよい。

とあります。

この書き方ですと、RNA抽出キットは自分のとこで用意しなさいという意味です。なぜなら、もしキットを配布するなら、マニュアルには配布したキットの使用法だけが書かれるはずだからです。

ちなみに50回用が33,000円、250回用が140,000円。年度末なので、14万円のは買えない。もう予算、ほぼ使い切ってるところが多いです。50回以上やりそうな場合困りますね。

RNAをDNAにします

続いて、「3.RT反応」にいきます。

マニュアル3ページ目以降の「3.1 必要な器具と試薬」でもオススメを書いてあるのですが、いわば「他のでもいいよ」、つまり、「自分たちで用意しろ」ということです。

オススメの「SuperScript IV Reverse Transcriptase」は、2000ユニットで13,000円です。1マイクロリットルで200ユニットということは10回分。地味にお金がかかります。年度末のキャンペーン対象だといいんですが。

余談ですが、「年度末!新型コロナウイルス検出キャンペーン!」なんてキャンペーン、やったらやったで怒る人いるんでしょうね、「不謹慎だ」とかなんとか。

実験に戻ります。

「3.2 1st strand cDNA の合成」です。抽出したRNAと試薬を混ぜて、各温度で合計30分置きますと、DNAになります。試薬を混ぜるところも含めて1時間程度は必要です。サンプル数が多い場合はさらに30分くらい余計に必要です。

いよいよPCRです

DNAができましたので、いよいよPCRです。

ここで重大な事実が発覚です。察しのいい人はすでにお気づきでしょうが、対象とする遺伝子が2種類あります。しかも2段階(Nested、入れ子)PCRです。

2種類の遺伝子に対して、それぞれ2回PCRします。1サンプルで4回分のPCRです。2遺伝子なのはいいんですよ、並行してやれますから。Nested PCRはPCRしたあと、そのPCR産物に対してさらにPCRをするので、2回分の時間がかかります。雲行きが怪しくなってまいりました。

時間は、いい機械なら速いですが古い機械なら遅いです。PCR1回で2時間から2時間半くらい、Nestedなので2倍の4時間から5時間。試薬を混ぜる時間を考えると1時間プラス。PCR数は4倍ですからサンプル数が多ければ下手をすると2時間くらい必要です。

結局このステップで5~6時間くらいです。

お金の計算してませんでしたね。オススメは「Quick Taq HS Dymix」で、類似品も可。

はいはい、自分のとこで買いますよ。

HSということは、ホットスタート(Hot Start)です。非特異反応が少なくなるように95度くらいに加熱されてから活性化する酵素です。試薬を混ぜているときに余計な反応が起こらないという優れものです。しかもDymix(色素入り)なので、次項の泳動のときに色素添加をしなくていいという時短アイテムです。

気になるお値段は、100回分で、定価9,800円、キャンペーン価格5,880円!安い!

さて、ここまでの1サンプルあたりのお値段計算しますか。

33000÷25+13000÷10+5880÷100×4=1320+1300+235.2≒2855円

PCR試薬はキャンペーンじゃなくても安いのですが、RNA精製キットとRT試薬はちょっとお高いのですよ。

結局1日いくつできるのか?

このあとは、電気泳動します。

アガロースという寒天のようなモノ(というか寒天を原料にDNA実験用に高純度に精製された試薬)を融かして固めたアガロースゲルを使います。

DNAをアガロースゲルに開けた穴(ウエル、溝)に入れて、電気を流すと、アガロースゲルの中をDNAが移動します。小さいDNAほど速く、大きいほど遅く移動しますので、大きさごとに分離されます。

DNAを染色する試薬につけ込み、紫外線を当てると光りますので、写真撮影します。すると、マニュアル7ページの参考泳動図(図表1)のようになります。

図表1 参考泳動図

(【出所】『病原体検出マニュアル 2019-nCoV Ver.2.6』P7)

泳動は30分くらいですが、ウエルにPCR産物を流すのと染色の時間がかかりますので、結局、この過程で1時間程度必要であり。サンプルが多ければもっとかかります。

一度にできる数がPCRだと96なのに対して、泳動は24とか48なので、電気泳動装置をたくさん並べてやらないといけないのですが、あまりたくさん同時並行でやりすぎるとわけわからないことになります。4機くらいにとどめるべきです(自戒)。

196サンプル(PCRの機械2台分)を一気にやろうとするとヤバいことになります。午前と午後にわけてやるべきでしょう。Nested PCRなので2回目のPCRをやっている待ち時間で、1回目のPCRの泳動をやることになりますね。

リアルタイムPCRなら泳動しないですが、2回PCRやることに変わりはありません。1ランで2時間程度、試薬を混ぜる時間を考えると3時間です。ちなみに機械が高いです。リアルタイム用試薬も高いです。計算は省きます。

タックマンプローブを配布しているかどうか。配布してるよね、頼むよ感染研、1本6万、2本で12万です。私の戦闘力は53万です。あああ…(絶望)

気をとりなおして、1日で仮にPCRは196できても、ウイルスサンプルとしては48サンプル相当しかできません。しかも、その前にRNA精製とRTがあるので、24か32ウイルスサンプルできれば、ある程度の熟練者といえます。

職場の後輩に聞いてみたら、RNA取るとこからなら1日8か16個までだということです。慣れてないとそんなものです。やりもしないで、もっとできるとか言うより謙虚でよろしい。まあ、衛生研ならPCRはガンガンやってるのでウイルスサンプルで48いけるかもしれません。もっといけても96あたりで限界でしょう。

配列決定と費用

じつは、まだ、やることがあります。

マニュアルの3ページに戻りますと、判定フローという図があります(図表2)。

図表2 判定フロー

(【出所】『病原体検出マニュアル 2019-nCoV Ver.2.6』P3)

1例目は「シークエンス解析しなさい」ということですが、この「シークエンス」とは、「遺伝子塩基配列決定」のことです。

「3.5. (シークエンス解析を行う場合)PCR 産物のクリーンアップ」、「3.6. (シークエンス解析を行う場合)シークエンス解析」の詳細はザックリいきましょう。PCR産物を精製して、サイクルシークエンス反応という、操作的にはPCR反応のようなことをやります。

つまり、PCRをもう一回追加です。1日じゃ無理です。合計2日かかりますね。

お金ももっとかかります。シークエンサーという機械がない場合は、外注に出します。両側から読んで5000円程度、4つあるので2万円です。これはキツイ。

8サンプルとかだとPCRまでで2万円ちょっと、シークエンスで16万。まあ、シークエンスは1回限りで勘弁してもらったとしても、合計4万円。24ウイルスサンプルで7万円、シークエンス1回も加えて9万円です。

結局、配布される試薬は、プライマーだけっぽいです。プライマーだけはどんなグレードにしろとか指示がないですし、プライマー名が具体的に書かれているのでコレが「配布試薬」で決まりでしょう。

プライマーなんて、1本1000円か2000円で作れる。12種類でたった2万円。1回作ると5000回から10000回くらいPCRできるから、1回あたりで1円未満。ほぼタダ。

配って欲しいものが違いますね、カネがかかるものを配布してほしいんですよ。予算措置無いと、そもそも実施不可能かもれない。大丈夫なんだろうな、そこらへん。

話は変わりますが、PCRを発明したキャリー・マリスという人は、その業績でノーベル化学賞を受賞していますが、なんといいますか、ちょっとアレな人なので、業績は素晴らしいのですが、ノーベル賞は受賞できないのではないかと本人を含め皆が思っていたそうです。

一方、DNAシークエンスは、発明者のフレデリック・サンガーの名を冠して「サンガー法」と呼ばれています。もちろんノーベル化学賞です。サンガー法とPCRを組み合わせた「サイクルシークエンス法」によって、DNA配列決定は飛躍的に効率化しました。

サイクルシークエンスなしに現在の生物学の発展はありえません。サンガー氏は、DNAシークエンス法発明前にも、タンパク質の配列決定法でノーベル化学賞を受賞しており、さらにRNAシーケンス法まで発明して、3度目のノーベル賞は確実視されていましたが、2013年に95歳で亡くなりました。

奇才マリス氏と天才サンガー氏の業績の上になりたつサイクルシークエンス法はいろいろな意味で奇跡のコラボレーションです。

感染疑い者1人に対するサンプル数

さて、最初の方でペンディングした「1.検体の採取と保存」を見てみますか。嫌な予感はずっとしてたんですが。

2019-nCoV (新型コロナウイルス)感染を疑う患者の検体採取・輸送マニュアル

はい、予想どおり。

感染疑い者1人で、咽頭拭い液と下気道由来検体の最低2サンプルです。痰が取れない人は咽頭拭いだけの1サンプルですが、肺炎まで行っていれば2サンプル確定です。さらに、血清、便、尿、全血とオプションも豊富です。つまり、感染疑い人数×2くらいのウイルスサンプル数になります。

そして、陽性にしろ陰性にしろ、複数回検査しているので、さらに2~3倍です。陰性確認だって1回陰性が出たあと、2週間とか一定期間おいたあとさらに陰性になってやっと潔白証明、無罪放免です。感染確認者は3回以上実施していることでしょう。

マスコミと政治家のいう検査可能数は検査人数だとしたら、ウイルスサンプルは2~3サンプル×2~3回で4~9倍、PCR数はさらに4~5倍ですよ。被検査人数×20~30がPCR数ということになります。

はい、「PCRくらいもっとできるだろ」とか言っていた皆さん、わたしと一緒に謝りましょう。

あなたの県の地方衛生研の方角に向かってごめんなさいって言ってください。みなさんの想像の数10倍のPCR数こなしてますよ。

りょうちん様の投稿にあったように、法的位置づけでは地方自治体が独自に設置してるだけの地方衛生研です。そもそも、他県の衛生研のことに文句言うコト自体、ちょっとアレです。そもそも、この問題、国で対応するのがスジです。

それを県民のために各県がほぼ100%(配布されていると思われるプライマーですが、単価はPCR1回あたり1円未満なのでゼロとみなしていいでしょう)現状では自腹です。ボランティア同然です。ごめんなさいしましょう。

地方研究所の受難

地方衛生研では、通常業務で診断業務をおこなっています。

県や市町村ルートからだけ受託を受ける場合と、有料で受託していることもあるようです。有料の場合、お品書きがないなくてもたいてい松竹梅の3コース、一番安い梅はかんたんな診断で数千円。真ん中の竹は1~2万程度、PCRとかやるとこのお値段です。

最高級の松は、面倒くさい手間のかかる診断で、5万とか時価とか結構お高いです(全然法外な値段ではないのはもう説明いりませんね、原価割れしないようにしているだけです)。しかも、公設機関ですので民業圧迫はご法度、積極的に営業するわけにもいかず、さらに超サービス料金です。

こんにちわ!食中毒とか発生してませんか?1検体ン万円で、10人以上なら団体割引しますよ!いまならキャンペーン中で、ノロウイルスなら30%オフです!え?20人?毎度ありです!

とかやるわけにはいかないですからねえ。試薬などの原価プラス雀の涙だけで名目上「検査手数料」とかいう感じです。

ランク分けは各衛生研で違うと思いますが、nCoVは文句なしの松でしょう。ホントは、1検体で何万円ももらってやる仕事ですよ。それを数十人分(感染確認1人出れば濃厚接触者10数人は当たり前)もやるはめになっているのです。

法的には100%国費から出るはずですが、そこらへんキチンと予算配分されているのか。最終的に最低限の実費は出るのでしょうが、たぶん来年度になってからの支給でしょう。年度末に大変なことですよ。

地方衛生研をはじめとするPCR検査現場は、医療現場、検疫現場とならぶ、感染リスクの高い「もう一つの現場」です。後方支援のように見えますが、縁の下の見えない最前線です。公開されている事実を確認せずにむやみに批判するのは良くないです。

普段から地方衛生研の扱いが酷いことについては、国に対して批判するも当然でしょう。

しかし、厚生省の怠慢でPCR検査可能数が少なかったわけではありません。民間委託が後手に回ったのは、予算上の問題もあると思われます。実費でも結構な額なのに、民間検査会社には利益がでるような価格で何倍も割高で委託する必要があります。

感染疑い1人分の検査で数10万請求されても納得です。商売でやっているのだから当然です。

なんでたった1500件程度しかPCRできないんだ

などという批判は、マスコミの無知によりPCR反応数と感染疑い者検査人数を混同していたことによるミスリードと、プロトコールを見ればすぐに分かるのに確認をおこたった個々人の怠慢によるものです。地方衛生研は想像の何倍も件数をこなしていることは明白です。

もう一度いいます。謝って!あなたの県の地方衛生研にごめんなさいって言って!

それと、検査方法なんて公設研究機関で開発する必要ないなんて言って感染研を批判する人もいるけど、民間開発キット使って検査すると、検査キットの価格自体が何倍も割高になるんですよ。公設試で実施しても民間に利益がでるような値段設定なのですから。

さらに、その費用は、国家予算つまり元をたどれば税金です。勝手な事言うなよ。コスト感覚ゼロ、実験センスゼロ、論外ですよ。しかも、たいてい精度も感度もクソオブクソ。たいてい売上悪くて数年で生産中止です。誰でもできるくらい普及しきった枯れ枯れな手法になってから、ようやくキットも使い物になる。

値段も安くなって初めて「出来合いのキットでもいいか」ってなるのです。感染研のこのリアルタイムのプロトコールはちょっとすごいですよ、7コピーとか2コピーの検出感度ってやりすぎです。

普通、安定するのは10コピーくらいからですから。PCRは感度が悪いみたいなこと言ってるは、自分は馬鹿ですっていってるのも同然ですよ。

検査は会議室で実施してるんじゃない!実験室でやってるんだ!

けっこう手間かかるんですよ、あと、お金も、時間も。<了>

読後感

…。

いかがでしょうか。

ケロお様からは論考を頂戴していたにも関わらず、当ウェブサイトに掲載するのがかなり遅れたことを、深くおわび申し上げたいと思います(この点については後述します)。

PCRはりょうちん様の論考『【読者投稿】行政の観点から考察するウィルス騒動』でも触れられていた手法なので、記憶にあるという方も多いでしょう。

ただ、まさか国立感染症研究所が公表している専門家向けのマニュアルを直接読み込んで、ここまでのレベルの解説をしてくださる方が出現するとは、正直、思っていませんでした。

そして、一番大事な「カネの話」については、じつは当ウェブサイトの守備範囲でもあります。

りょうちん様は次の3つのリンクを紹介したうえで、現状、地方衛生研究所に明確な法的位置づけがないという現状を紹介されているのですが、正直、当ウェブサイトでこれまでしつこく述べて来た「財務省による緊縮財政の犠牲者」に見えてならないのです。

消費税などの増税で日本経済をぶっ壊そうとしているだけでなく、必要な支出を絞り、公衆衛生をないがしろにする財政再建原理主義を掲げる財務省は、もはや私たち国民の敵です。コロナウィルス騒動も「カネ」の面から見れば、日本が置かれている深刻な現状を浮き彫りにしているといえるのです。

いずれにせよ、ケロお様、大変な力作を賜り、本当にありがとうございました。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

なお、お断りと予告です。

数日前より複数の方からコロナウィルスに関する秀逸な論考を頂戴しているのですが、これらのすべてを掲載することは、残念ながら難しそうです。ただ、その一方で、どうしても掲載したい論考もあります。

本日はやっとケロお様の論考を掲載させていただいたのですが、できれば明日、「とある福岡市民」様というコメント主様から数日前に頂戴している論考を掲載させていただきたいと思います(とある福岡市民様、掲載が遅れておりますことをお詫び申し上げます)。

新宿会計士:

View Comments (101)

  • ケロお様
    スゴい…!まだ全部理解できた訳ではありませんが、圧倒されました。
    地方衛生研究所へ検査を委託拡大するというのを聞いて、ぼんやりと予算手当なんか無いんだろうになー?と疑問に感じていたのですが、やっぱり今のところボランティア状態なんですね…。
    「感染するからな。感染するからな」www
    ケロおさんの心の叫びのような?
    じっくり再読させていただきます。

  • 後方支援にとらえられがちな検査の現場が「医療施設のスタッフと同様に、感染の危険性のある最前線の一部」なのだと言うことは良く理解できました。

    感染の危険に晒されながらも全力で国民の期待に応えてくれている現場スタッフに感謝です。
    現場の実情を得ないままでの批判は慎むべきですね。

    そして「君ならできる!!」とばかりに丸腰で最前線に送り込まれる「各県の衛生保険研究所」が不憫です。

    緊急時に確保が望まれるのは「速やかな安全」です。国としても「そのためのヒト・モノ・カネ」は惜しげなく支援して欲しいと思います。

  • ケロお 様
    分析系なので、前処理が多いとは予想しておりましたが、ここまで面倒だとは…現場の方には頭が上がりません。
    手順と手間が多いとコンタミ発生のリスクも高くなるので、作業する衛生研の方々のストレスも相当なものかと。

    • ボーンズさま

      本稿では割愛した「痰サンプルの前処理」があるのですが(マニュアルの最後にしれっと載せてありました)、さらに、くっそめんどくさいです。
      つまり、この前にまだ前処理が必要なサンプルもあるという...

      • ケロお 様
        PCRに掛けるタイミングは、事件で検察がガサ入れするのと似たようなものですね。
        更にサンプルについても取扱い猛注意(輸送を引き受けてくれる業者も少ない?)ですし。

  • 更新ありがとうございます!

    とても読み応えのある内容でしたが、面白かったです。

    軍隊や警察や消防などと同じく、いつでも稼働するよう整備しつつも稼働しないのが最善だって事柄に対する財政上の制約って現場にしてみたら「分かるけど不満がどうしても・・・」って奴なのだろうなぁって思います。

    • クロワッサン 様
      出番は少ないけど重要度が高い役割って、財務から見たら面倒な代物ですね。
      (ストックしても価値が増えない所も)
      即応性を考えて予備資材(ローリングストックも一つの手ではあるが、有効期限が短い物は厳しい)及び予備費を積み上げるしかない。

  • 掲載ありがとうございます。
    現在、多数の感染確認者が出てますが、その影にはより多数の検査陰性者がいます。陰性でも数日後2回目の検査があることも。一度に10人とか感染確認者が出たとき、
    「今まで検査してなかっただけだろ」
    などと思う人もかもしれませんが、陰性だった濃厚接触者とかも一緒にやってて、さらにシークエストもやってることもあるからね。そうしてる間に、新たにわかった接触者も検査対象になったりすれば、ね?いっぺんにたくさんやることになるんですよ?陽性だっていっぺんに何人も出まよ。

  • 「ごめんなさいしてね」は、「PCRくらいすぐできるだろ!」的な人ね。
    「もう少したくさんできんかな〜」と思いつつ「まあ、実際は大変なんだよな、よくわかんないけど」という人は、「お疲れさまです」って、しましょう。

    私は「ごめんなさい」するほうでした。

  • いろいろ大変な手順を踏んで検査ができるのですね♪ 専門性も高そうだし、いざってときに素早く立ち上げてってのは、なかなか大変そうなのです♪
    新しい感染症が発生してから、水際対策から蔓延期の対策をやりつつ、普通の病気扱いできるように検査方法や治療法を確立してくってことなんだろうけど、いろんな要素があってとても難しそうなのです♪

    な〜んとなくたけど、お医者さんだけ増やしてもだめだろうし、検査する人だけでもだめなんだろうと思うのです♪ かといって、自衛隊とか警察とかみたいに、予め組織を作っておくような性格のものじゃなさそうだし・・・・なんかとっても難しそうなのてす♪
    素人考えだと、自衛隊に対策部隊作って、平時は研究とか海外での医療援助とかすれば良いようにも思うのですが・・・・なかなか難しいんでしょうね♪

  • ケロお様、会計士様
    掲載ありがとうございます、頭が下がります。
    読み返して理解します。

  • 工場の生産能力の考え方
    10工程、各工程が輸送全て込みできっかり1時間とすると、
    一個生産に要する時間は10時間です。
    当然流れ作業的、or 時間をずらして並行してすすめます。
    (手際がいい人を揃えるのは、結構たいへんです。)
    10個生産では、20時間必要。10時間後一個でき、あと1個/時間。
    ある工程で3時間かかる場合、流れ作業であればボトルネックに
    なるためここだけ3つ並行してさばくように工夫して、1個/時間
    をキープ。
    24時間操業で30日なら、最初の9時間は無視し、24個/日x30日=720個
    諸々のトラブル等を考えて、x0.8, x0.9, x0.95 などで計画します。

     病理の検査では、一サンプル一サンプルがオーダーメイド品。
    x0.3, x0.4 になってしまうのは、想像できます。
    工場と違い、オペレーターの神経のすり減り方も大変でしょう。

     今回のように数をこなす場合、
    「一サンプル何時間かかるのか?」
    と聞くのは無意味です。
    「何サンプル/週、さばけるのか?」
    「ボトルネックは何か?」
    です。

    • 還暦過ぎたエンジニアさま

      そうです。
      この検査の厄介なところは、受注見込みが全く不明、納期はなる早、追加受注は当然だけどその数は未定、ミスは許されない(やり直せばよいという問題ではない)、というところです。
      効率や計画など検討する余地がないのが、現場泣かせです。

    • 還暦過ぎたエンジニア 様
      ケロお 様

      工程の全部をひとつの組織でするわけじゃ無さそうなのが、やっかいそうですね♪
      事務方で、工程と現状を把握して、足りないとこに人やらものを手当てするんだろうけど、現場で動く人だけじゃなくて、そういった人達も足りないんだろうなって思うのです♪

  • ケロお様

    PCRの発明の経緯まで記載して頂き、大変興味深く拝読しました。

    研究所に検体を送るにも冷蔵、長時間かかる場合には冷凍と、送付用のパック等にもお金が掛かりますし、受診側、診療側、検査側含め、各関係者ともコストが掛かりますね。
    財務省の麻生大臣が「財布は何とかする、心配するな、出し惜しみは無しだ」といつもの調子で
    表明できれば、現場の士気を上げ、財務省の日頃の悪いイメージを少しでも上げるチャンスなのですが…。
    これは既に「国難」レベルに突入しつつある事態と思いますので。
    そして些か不謹慎ですが、日本のさまざまな災害や災難に対する総合的な抗甚力・防御力も設備や法、運用体勢まで含めて上げられるチャンスとしていかなくてはいけないと思うのです。

    このまま感染の範囲が拡大していった場合、単身生活者などでは熱が続いてヘロヘロになった状態で相談センターに電話できる体力が残っているかどうか、止むにやまれず救急車というパターンは続出してくるようと予想されます。自力移動できる段階で入院の荷物を持って病院へ行き入院させて貰える、というのができれば良いのですが…。働ける年代の人を自宅療養でそのまま力尽きる、というパターンにしない方策は必要なように思います。

    コロナウイルスの患者(疑い)側からどういう検体が必要なのか、採取と輸送に関するマニュアルが
    ありました。検索ヒット、googleが素晴らしく仕事してる感。
    <2020/01/24更新>2019-nCoV (新型コロナウイルス)感染を疑う患者の検体採取・輸送マニュアル
    https://www.niid.go.jp/niid/images/pathol/pdf/2019-nCoV_200124.pdf
    輸送パックは貸出可能、というがその往復にも時間が掛りますね…。

    • 無言さま

      PCR発明の下りは、トリビアの泉のノリで読んでいただけたら嬉しいです。

      ヘーヘーヘー、.....ヘー、ヘー
      「会長どうですか?」
      「もらえるとわかった途端、『もらうよっ!』って即答するのいいね」

      • ケロお様

        マリス氏のエピソードをwikiで見てみましたが、某プロフェッショナル先生どころではないぶっ飛び度でした。国王に「ウチの息子を御宅の姫様の婿にしません?交換条件として領土も1/3下さい」度胸有りすぎです。
        専門的な文章の中にも、こういった面白いエピソードを挟んでいただくと頭の体操になりますし、ありがたいです。

        • 無言様

          > ウチの息子を御宅の姫様の婿にしません?

          そのお姫様はヴィクトリア王太女の事ですね。この方は成人した後で摂食障害の治療を受けるのですが、その時にダニエル・ベストリング氏と知り合いました。この人は平民生まれで、スポーツジムを経営して、ヴィクトリア王太女のトレーナーになります。二人は交際し、結婚を考えるのですが、大反対されました。

           スウェーデン国民に(もちろん両親であるスウェーデン王と王妃にも)。

           ヨーロッパでは平民が王妃になったケースはそこそこあります。日本でも上皇后陛下がそうですね。
           そして王女が即位して女王になるケースも増えてきました。ヨーロッパの女王は現在、英国のエリザベス女王とデンマークのマルグレーテ女王の二人だけですが、30〜50年後には多分女王だらけになります。皮肉にも、その時の英国とデンマークは王でしょうけど。
           ところが、その逆で平民が女王の夫(王配、the Prince Consort)となったケースは存在しません!女王の夫はエディンバラ公を始め、全員が貴族の血をひいてます。

           繰り返します。ヨーロッパで女王は当たり前。平民が王妃になるのも当たり前。
           でも、平民が女王の夫になったケースは存在しません!

           スウェーデンでは国じゅうが非難轟々。ヴィクトリア王太女とダニエル氏が結婚するなら「こんな王制など廃止してしまえ!共和制にしろ!」という意見が絶えませんでした。
           それでも二人の愛を引き裂くのは難しく、二人は反対を押し切って結婚します。それから10年もの間、王太女夫妻は慈善活動を通してスウェーデン国民と触れ合い、結婚への理解を得るように努めます。その甲斐あってか、今は大分支持されてきたようです。跡継ぎの王女も生まれた事ですし、多分、ダニエル氏がヨーロッパ最初の王配になるでしょう。それでもダニエル氏が王配の称号を与えられるかはまだ決まってないとか。

           女性天皇、女系天皇の支持者は、ヨーロッパの王室は男女平等で先進的というイメージを勝手に持っているようです。ところが、そういう人はなぜかスウェーデンのケースを言及しません。知らないのか無視してるのでしょう。
           実際はそう先進的でもなく、歴史と伝統に背く事はなかなか支持されません。新しい事をやるには本人達の地道な努力が欠かせません。女王や平民の王妃を認めるなら、平民の王配も認めなければ不平等なのですけど。

           という訳で、女性天皇、女系天皇の議論をする場合はダニエル氏のケースをスウェーデン国民がなかなか受け入れられなかった事、女帝の夫がとんでもない人物になった時に日本国民が受け入れられるかを踏まえて行った方がいいかな、と私は思うのです。

1 2 3 5