先ほどの『市場ではあたかも韓国が「一人負け」の様相を呈する』では、通貨市場において、とくに韓国ウォンが「一人負け」の状態となっているという話題を紹介しました。ただ、これを自分で読み返していて感じたのですが、そもそも論として、自国通貨の価値は、下落するのが良いのでしょうか、それとも上昇するのが良いのでしょうか。冷静に尋ねられるとわからないという人も多いと思いますので、本稿では久しぶりに「金融評論家」として、「為替相場とコベナンツ(財務制限条項)」についての議論を整理しておきたいと思います。
目次
為替相場について整理する
先ほどの『市場ではあたかも韓国が「一人負け」の様相を呈する』では、為替相場に関して、「得てして新興市場諸国においては、『リスクオフ』(市場でリスク選好が後退する局面)において、その国の通貨が下落する傾向がある」、と申し上げました。
ただ、このように考えていくと、果たして一国経済にとって、為替相場は「安い」のが良いのか、「高い」のが良いのか、よくわからなくなってくることもあります。そこで、以前からときどき紹介している、「為替相場と経済の関係」について、もういちど簡単に整理しておきたいと思います。
とくにポイントとなるのは、「コベナンツ(財務制限条項)」と為替相場との関係であり、ほとんど外貨でカネを借りることがない日本企業の感覚をいったん捨てる必要があります。
自動車会社の設例
単価で考える損益
これまでも何回か紹介したことがあるのですが、あらためて、ある自動車会社の設例を考えてみましょう。
当たり前の話ですが、自動車メーカーが自動車を1台80万円で製造し、100万円で売ると、売上総利益は20万円です。
自動車1台あたりの損益
- 売上高…100万円
- 売上原価…80万円
- 売上総利益…20万円
この自動車メーカーがこの自動車を年間100万台売れば、年間の売上高は1兆円、売上原価は8000億円で、売上総利益は2000億円と計算されます。
自動車を100万台販売したときの損益
- 売上高…1兆円
- 売上原価…8000億円
- 売上総利益…2000億円
そのうえで、この企業は、この売上総利益2000億円のなかから、営業マンへの給料を支払ったり、本社事務所の経費を払ったり、顧客へのアフターサービスのコストを負担したりしなければなりませんし、また、金融機関からの借入金の金利を支払ったり、税金を支払ったりします。
したがって、売上高が1兆円あったとしても、最終的な利益(当期純利益、または「親会社株主に帰属する当期純利益」)は数百億円もあれば御の字であり、酷い場合には最終利益が数十億円、というケースもあり得ると思います。
輸出企業にとっての円高、円安
さて、トヨタ自動車をはじめとするわが国の自動車会社は、全世界で商売をしていて、トヨタの自動車はそれこそ地球上の各所で走り回っています。
ここで、便宜上、1ドル=100円だったとし、自動車はすべて日本国内で製造されているものと仮定しましょう。また、輸送コスト、関税などについては無視し、為替ヘッジについても行っていないものと想定します。
このとき、自動車1台を1万ドルで売り、1万ドルを1ドル=100円で日本円に両替すれば上記の1台あたりの損益はそのまま維持されます。
自動車1台あたりの損益
- 売上高…100万円
- 売上原価…80万円
- 売上総利益…20万円
しかし、1ドル=50円の円高になってしまうと、この企業は自動車を1台売るたびに30万円の赤字が発生してしまいます。
1ドル=50円のときの、自動車1台あたりの損益
- 売上高…50万円
- 売上原価…80万円
- 売上総利益…▲30万円
一方で、1ドル=200円の円安となれば、この企業は自動車を1台売るたびに120万円もの粗利が発生します。
1ドル=200円のときの、自動車1台あたりの損益
- 売上高…200万円
- 売上原価…80万円
- 売上総利益…120万円
つまり、輸出企業にとって為替相場は、「自国通貨安」ならばハッピー、「自国通貨高」なら業績悪化、ということを意味します。
輸出企業が多ければどうなるのか?
では、この為替変動は、いかにして生じるのでしょうか?
外為相場も結局は需給で決まりますので、たとえばドル円相場も、「円を売ってドルを買いたい人」と「ドルを売って円を買いたい人」の均衡で決まります。
日本企業が素晴らしい製品をどんどんと製造し、米国で日本製品がどんどんと売れれば、日本企業は米ドルをたくさん獲得することができます。ただ、日本企業は米ドルを持っていても仕方がありませんので、利益を日本に持ち帰るためには、売り上げた米ドルを日本円に両替しなければなりません。
当然、この日本企業は、「ドルの売上高を円に両替する」という意味で、ドルを売り、円を買う需要があるのです。
そして、日本が米国に対して貿易黒字という状態が続いていれば、いずれ、「円を買いたい」という需要が「ドルを買いたい」という需要を大幅に上回ってしまい、放っておけばどんどんと円高になっていくはずです。
これが市場メカニズムです。
一時期よりも衰えたとはいえ、日本は依然として産業競争力が強いため、基本的に円高圧力が常に働いていると考えて良いでしょう。
外貨建借入金
外国からおカネを借りていたら?
たとえば、先ほど「1台100万円の自動車を年間100万台販売する会社」の設例を紹介しました。
この会社が生産した自動車の全量を外国に輸出していたとすれば、円安になればなるほど有利です。というのも、この企業が1台100万円で自動車を輸出すれば、外国での売値は1ドル=100円のときに1台1万ドルですが、1ドル=200円のときには1台5000ドルで売っても利益が出るからです。
以上の議論からわかることは、「輸出企業が国内で製品を生産し、それを外国に輸出する」というシンプルなビジネスモデルを採用している場合、自国通貨の価値が下がれば下がるほどよく、上がれば上がるほど好ましくない、ということです。
しかし、ここでもうひとつ、私たち日本人があまり意識していない、重要な論点があります。それが、「外国から外貨でカネを借りていた場合」です。
仮にこの企業が設備資金や運転資金として、外貨で100億ドルを借りていたとします。
1ドル=100円だったときには、借入金を円に換算したときの額は1兆円(=100億ドル×100円/ドル)ですが、いきなり1ドル=200円に下落したとすれば、借入金額が100億ドルのままであっても、借入金を円換算したときの額は2兆円(=100億ドル×200円/ドル)に増えてしまうのです。
そして、財務比率(いわゆるコベナンツ)が悪化し、社債や銀行借入の条件が厳しくなる、という事態も発生しますし、場合によっては貸し剥がし・貸し渋りに遭い、資金繰りがつかなくなって突然倒産してしまう、という可能性だってあるのです。
結局、通貨高が良いのか、通貨安が良いのか?
さて、なぜ日本は「円安」をさほど気にしなくて良いのでしょうか。
その理由はとっても簡単で、日本の企業(とくに製造業)は、あまり外国からカネを借りていないからです。
もちろん、「まったく借りていない」というわけではなく、日本の製造業が米国内に設立している消費者向けのファイナンス会社などのように、外貨の需要がある、というケースはありますし、また、日本の金融機関などの機関投資家が為替ヘッジ目的で外貨を借りているというケースもあります。
しかし、基本的に日本企業の多くは、外貨の買いポジションが多く、円安になれば
- 外貨建で保有している資産の価値が上昇する
- 輸出競争力が上昇する
といったメリットのみが生じるため、結果的に「円安」イコール「株高」となりやすいのでしょう(※著者私見)。
ところが、発展途上国・新興市場諸国(たとえば韓国)の場合は、話がまったく違ってきます。
韓国の場合だと、基本的にはウォン安の方が輸出企業にとっては好ましいのですが、それと同時に『最新のBIS統計から読む、「カネの流れと日韓関係」』などでも指摘したとおり、基本的に韓国は外国の金融機関から3300億ドル近いカネを借りています。
(※ただし、その全額が外貨建てである、という意味ではありません。)
しかも、1年以内に返さなければならない借入金の額は1000億ドルを超えており、実際に2008年9月の「リーマン・ショック」の際には、韓国におカネを貸していた金融機関が短期債務のロールオーバーを拒否したことが、実際の統計からも明らかです。
このことから、韓国の場合は基本的に、通貨高となりすぎると輸出企業の業績に悪影響が生じますし、通貨安になり過ぎると資金ショートを起こしかねないという意味で悪影響が生じます。
為替介入を常態化させていた韓国
さて、昨年10月の『「行方不明の外貨準備」、やっぱり為替介入だった』でも紹介したのが、昨年上半期において、どうも韓国の為替相場の動きと外貨準備の動きに生じていたさまざまな不自然な動きについては、同国の為替介入が原因だった、という話題です。
おそらく、同国の場合は為替相場のハビタブルゾーンが日本と比べると非常に狭く、過去の為替市場の動きから想像するに、許容される為替相場は1ドル=1100~1200ウォンていどではないかと思うのです。もう少し踏み込んで言えば、
- 輸出企業にとって輸出競争力が損なわれない水準(つまり1ドル=1100ウォンよりもウォン高にならないこと)
- 外貨でおカネを借りている企業が財務制限条項に引っかからない水準(つまり1ドル=1200ウォンよりもウォン安にならないこと)
ということであり、韓国銀行が為替介入を行う条件は、
- ①1ドル=1100ウォンよりもドル安・ウォン高になりそうなときに、ウォン安誘導するためにウォンを売ってドルを買うという「売り介入」
- ②1ドル=1200ウォンよりもドル高・ウォン安になりそうなときに、ウォン高誘導するためにウォンを買ってドルを売るという「買い介入」
- ③為替相場が大きく変動し過ぎたときに、その為替の動きを平準化する(ボラティリティを抑制する)ための介入
という3つではないでしょうか。
この仮説が正しければ、来週以降、1ドル=1200ウォンの大台を超えたとしたら、何らかの形で韓国銀行が為替介入を行うというオペレーションが確認できるのかもしれません。
あるいは、「わが国はこんなにたくさんの外貨準備と通貨スワップという安全網を持っている」などと強調することで、国際的な投機筋を牽制するというのも、形を変えた為替介入といえなくもありません。
だからこそ、『なぜ韓国は外貨準備や通貨スワップを強調するのか』などでも報告したとおり、韓国がやたらと通貨スワップなどで虚勢を張るのかもしれませんね。
View Comments (20)
更新ありがとうございます。
ふと思ったのですが、日本の製造業は材料を基本的に輸入に頼っていると思うのですが、製品となって輸出されて手に入る外貨によって内需分の製品の材料費も賄えている、と考えれば良いのでしょうか?
クロワッサンさま
https://www.customs.go.jp/toukei/shinbun/trade-st/2019/201928d.xml#pg4
貿易統計が出てますので、これである程度分かると思います。
エネルギーの輸入が、20%を占めてますので、製造用の原料分は、輸出でカバー出来ているのでは、と思います。
だんな さん
おぉ!ありがとうございます!
日本円の場合はどう考えるべきなのでしょうね?
個人的には、海外でお金を使う機会が多いので円高大歓迎なのですが。
輸出企業の観点を別にしても、多額のドル建て債権を持つ日本にとって、円高は円換算した債権価値の下落につながります。日本はずっとこれを続けているのですよね。
イーシャさま
多くの日本人にとって日常の生活面では、原油価格によるんじゃ無いかと思います。
円高時代に円安になると、ガソリンや電気代が上がると思ってましたが、原油安で大差有りませんでした(原発事故の影響は有りましたが)。
だんな 様
そうですね。
消費者目線では、為替そのものよりガソリンや電気代の方が気になります。
◆新型肺炎で米「非常事態」宣言 中国滞在の外国人を入国禁止に
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200201-00000521-san-n_ame
過去14日以内に中国に滞在したことがある外国人について、
米国民の直接の親族と永住者を除き入国禁止だそうです。
日本は今のところ湖北省限定ですが、早晩追随することに
なりそうな気がします。でないと、日本への渡航も制限
されかねない。
来週の市場はリスク回避が一段と進み、すごいことに
なりそう。
自動車メーカーの例でいきなり躓いちゃったのです(T_T)
>この企業は、この売上総利益2000億円のなかから、営業マンへの給料を支払ったり、・・・
というとこなんですが、給料なんかも売上のためのコストなんだと思うのですが、ひとりが1台だけ売るわけじゃないから、売上原価には含まれないのでしょうか!?
そういえば、何で税金って、売上っていうか収入にかけずに、利益にかけるのでしょうか?
個人なら、収入少ない中で税金取られると暮らしていけないって事情はありそうだけど、企業だったら、そんな問題もないだろうし、経費で落ちるかどうかとかで悩まなくても良いように思うのですが・・・・・
横道にそれてごめんなさいm(_ _)m
営業やスタッフの人件費は、販売管理費(経費)
工場の労務費は、売上原価
…だったかと。
「為替のハビタブルゾーン」って一般的に使われる用語なのかしらんと検索したら、ここしか引っ掛かりませんね。
5ちゃんねるの「韓国の生存できる為替相場の域は非常に狭い」という書き込みを読んで、ひそかにSFオタでもある私が使い始めたんじゃないのかなーとうぬぼれていますw
りようちんさま
ハビタブルゾーンは、経済屋さんは知らない単語だと思いますので、無理でしょう。
実際の生存領域がどれくらいかは、これから分かるかも知れませんので、流行らしましょう。
意外と経済屋さんって基本的な数学が分からない人も多いですからね。資金循環統計を読めないエコノミストが「日本の国の借金は1000兆円を超えていて今すぐ増税しないと財政破綻する」なんてことをおっしゃるくらいですからね。
りょうちん様
ハビタブルゾーン
私、地球外生命存在信じてます
関係ないか!
失礼しました
アンドロメダ、いい映画でした
酒飲みのジジいが生き残るなら
こちらの常連様達はみんな
生き残りそうです
Hさま
私も地球外生命体を信じてます。
宇宙人という訳では有りませんが、地球で生命体が発生したものが、宇宙に一つしか起きない訳が、有りません。
いやぁ、一般的な言葉じゃないと思いますよ。というか、そもそも「ハビタブルゾーン」なんて理系チックな用語、金融関係者は知りませんからねw
私自身がりょうちん様をはじめとする理系の皆さまの書き込みを見て、知らず知らずのうちに「ハビタブルゾーン」なんてコトバを覚えたんだと思いますよ。
更新ありがとうございます。
韓国の為替で許容されるのが「1,100〜1,200」ウォンとは狭い範囲ですネ〜。これをコントロールするのは、何も無い時は良いが、少し何処かでアクシデントあれば貰い事故、安全範囲は直ぐ越えるでしょう。
それと海外からの短期借入金が約11兆円!これもヤバイ数字ですネ。月曜日の為替レート、愉しみにしてます。
以前時々訪問していた韓国ウォッチャー様のブログでは 許容値は1ドル=1050ウォン~1150ウォンという説を取られており、その頃はこの範囲で変動することが多かったと思います。しかし、昨年春頃から1100ウォン~1200ウォンへ変わりましたね。
新宿会計士さま
この仮説が正しければ、来週以降、1ドル=1200ウォンの大台を超えたとしたら、何らかの形で韓国銀行が為替介入を行うというオペレーションが確認できるのかもしれません。
ですが、1ドル=1200ウォンの大台を超えない時点で介入すると思います。
1ドル=1200ウォンをめぐる、攻防戦が行われれば、では無いでしょううかね。
ハビタブルゾーンってのは、地球以外にも生物の存在を探す一環で、太陽系外の惑星が暑過ぎず寒過ぎず、液体の水が存在しそうな絶妙な軌道かどうか、って議論で出てきますよね。
一転して、韓国の為替について解説されるときに、ウォンは高値でも安値でもいけなくて極々限られた範囲にしかスィートスポットがないようなことは言われます。太陽系外惑星に生物が存在しうる可能性を論じる「ハビタブルゾーン」の用語の借用、なかなか秀逸と思います。
多分1ドル1150ウォンあたりがごく狭いハビタブルゾーンなのかなと思ってましたが、最近新型肺炎絡みでそのゾーンから外れて来てますね。はてさて彼らはゾーンから外れて生きて行けるのでしょうか。
私が韓国を軽く見る理由に、彼らが極々狭い偶然の絶妙の距離感があったからこそ躍進できたってところがあります。成長の見本である日本がごく近く、ふんだんに教えてもらいながらかつ日本をモデルにしてパクれば、成長できたのです。
さて、ハビタブルゾーンから外れつつあり、かつ散々の反日癖が完璧にバレてもはや助けてもらえない韓国がこれからの危機に対応できるのでしょうか。
こんな状況での日本の唯一正しいやり方は「丁寧に無視」。一応礼儀正しさは失わず、何かしそうに見えても何もしないでニコニコ。これです。恨みはあるのでざまぁミロと言ってやりたいのをぐっと堪えて丁寧に無視。