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米・イラン緊張に見る、軍事制裁と経済制裁の関係

昨日の『イランが米軍施設にミサイル発射』と『イランのミサイル発射・続報とウクライナの航空機墜落』で相次いで取り上げた、イランによる米軍施設に対するミサイル攻撃について、ドナルド・J・トランプ米大統領が軍事的緊張の高まりを防ぎつつも、イランに対する新たな経済制裁を適用するとの考え方を示したそうです。具体的にどのような経済制裁が適用されるのかはわかりませんが、ただ、一連の動きを眺めていると、わが国にもさまざまな示唆があるように思えてなりません。それは、「軍事制裁と経済制裁の関係」です。

続報に乏しいウクライナ航空機墜落事故

イランが駐イラク米軍施設に対しミサイルを発射し、そのうちいくつかが着弾したらしい、という話題については、昨日の『イランが米軍施設にミサイル発射』と『イランのミサイル発射・続報とウクライナの航空機墜落』で相次いで取り上げました。

とくにテヘランの国際空港を離陸した直後のウクライナの航空機が墜落した件については、なぜか「墜落の瞬間」とされる動画が「偶然撮影されていたらしい」というほかは、続報らしい続報もありません。

動画:イランでウクライナ機墜落、乗客乗員176人全員死亡 墜落の瞬間映像か(2020年1月8日 15:52付 AFPBBニュースより)

航空機の墜落事故がミサイル攻撃とまったく関係がないのかどうか、動画が偶然撮影されたものなのか、といった事情についてはよくわかりませんし、だいいち、イラン当局がブラックボックスをボーイング社などに引き渡すことを拒否しているとの報道もあり(下記参照)、真相究明は難航しそうです。

イランのボーイング737墜落事故、エンジン火災原因か(2020/1/9 2:34付 日本経済新聞電子版より)

WSJ「トランプ氏が沈静化図る」

ただ、米メディアWSJは日本時間の今朝、米国が事態の鎮静化を図り始めたと報じています。

U.S. and Iran Back Away From Open Conflict(米国時間2020/01/08(水) 18:55付=日本時間2020/01/09(木) 08:55付 WSJより)

これによるとドナルド・J・トランプ大統領は水曜日、イランのミサイル発射後初めてテレビに出演して10分ほど演説し、「イランはスタンドダウン(※)しているように見える」などと述べたそうです(※ stand down とは、軍事用語では「解隊する」、「警備態勢を解く」などの意味があるそうです)。

ミサイル攻撃を受けておきながら「スタンドダウン」もなにもないと思ってしまいますが、これについてトランプ氏の説明は、「イランによるミサイル攻撃では米国やその同盟国に人的被害が生じなかったこと」を理由に、事態の鎮静化が図られている、というものだとか。

なんだか意味がよくわかりませんが、トランプ氏が(表面上は)事態のエスカレーションを望んでいないという姿勢を示したことは間違いないでしょう(※それがトランプ氏の本心かどうかは別として)。

もっとも、WSJによると、トランプ氏は米軍が殺害したカセム・ソレイマニ氏については引き続き「冷徹なテロリストだ」などと批判し、同氏を排除したことが正しかったとする見方を維持したそうであり、米・イラン開戦の可能性が完全に消えたと見るのは適切ではないでしょう。

実際、WSJはトランプ氏のテレビ出演直後、イラク当局は同国首都・バグダッドで米大使館を含めた外国公館などが集まる「グリーンゾーン」に2発のロケット弾が着弾し、人的被害こそなかったものの、犯人はわかっていない、などとも報じています。

追加経済制裁も

そのうえで、トランプ氏は引き続きイランの核武装を許さないという姿勢を明確にするとともに、イランに対する新たな経済制裁を導入する考えも示したそうです(該当する記述は次の箇所です)。

“He vowed to maintain efforts to prevent Iran from obtaining nuclear weapons and said new sanctions would be imposed against Iran.”

もっとも、トランプ政権が具体的にいかなる経済制裁をイランに対して適用するのかについては現時点において明らかであはりませんが、トランプ政権は「2015年イラン核合意」を2018年5月に離脱した際に、すでにイランに対する「最大限の圧力」と称して、いくつかの経済制裁を再開しています。

(なお、イランに対する具体的な経済制裁とその影響については、『公益財団法人中東調査会』が設置する『中東かわら版』というウェブサイトに昨年11月1日付で掲載された『№126 イラン:米国による経済制裁への対応』という記事がわかりやすいと思います。)

№126 イラン:米国による経済制裁への対応(2019/11/01付 『中東かわら版』より)

それはともかくとして、WSJが報じた「イランへの追加制裁」とは、おそらくはイランからの禁輸対象物や資産凍結措対象者の拡大などが考えられますが、個人的にはこれに加えて、「セカンダリー・サンクション」、つまり、

イランと取引しようとしている国や企業に対してさらなる追加説明資料の提出を求める

といったことも考えられると思います。

経済制裁は現代流の「形を変えた戦争」

さて、イラン情勢を巡って、軍事衝突が避けられるのかどうか、緊張関係がどうなるのかについて、予断をもって決めつけることは妥当ではありません。ただ、軍事衝突に至らなくても、「一触即発」状態が続く可能性は非常に高いと見るべきでしょう。

こうしたなか、最近、個人的に感じているのが、「経済制裁とは、形を変えた戦争ではないか」、という仮説です。

もちろん、一般的な認識では、「戦争」とは武器を持って相手国と物理的に戦うことを意味することが多いのですが、ただ、それと同時に戦争の究極的な目的は、軍事力をもって相手国の国力を削ぎ、無理やり相手国の行動を変えさせるということにあると思います。

このように考えると、経済制裁の目的も、「ヒト、モノ、カネ、情報の流れを制限することで相手国を経済的に締め上げ、相手国の国力を削ぎ、無理やり相手国の行動を変えさせる」という意味では、戦争とほとんど同じではないかと思う次第です。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

個人的には、一連の米・イランの緊張を眺めていて感じたのですが、さすがにわが国には

  • 相手国の要人をドローンで殺害する
  • 報復措置として相手国の施設をミサイルで攻撃する

といったことはできないにせよ、相手国を経済的に締め上げるということは十分に可能です。

もちろん、憲法改正が大切だというのはそのとおりですが、残念ながらわが国では、立憲民主党を中心とする特定野党が憲法議論を妨害しており、さらには「改憲勢力」が衆参両院で3分の2を占めているという状況にはないため、改憲への道のりは遠いと言わざるを得ません。

このように考えていけば、憲法改正に先立って日本が自国の安全を確保するためには、「ヒト、モノ、カネ、情報」という流れから、相手国に対して経済制裁の発動を容易にするような包括的な法整備を急ぐことではないかと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (24)

  • ウクライナの飛行機ということは、ロシアが絡んでるのでしょうか。
    まあ、陰謀論といえばそれまでですが。

  • 昼休で詳しいことは書けませんので手短に。
    ウクライナ機の話は海外では,ものすごく報道されていますよ。(例:下記URL)
    ロイターとワシントンポストの報告を含む記事です。どちらも,ミサイルではなくエンジンのトラブルであろう,と報道しています。他のニュースによると,ミサイルが原因なら,機体はもっと広範囲に散乱するそうです。ブラックボックスは,ボイスレコーダーが破損していることで,まだイランが保有しているようです。
    イラン情勢も,ゴーン氏の記者会見も報道されています。イランの件は,トランプ氏のイラン核合意離脱を非難する論調も多いです。今回の件はイランよりトランプ氏が悪者扱いされている感じですか。
    https://www.thesun.co.uk/news/10694922/iran-plane-crash-ukrainian-airline-black-box/
    https://www.washingtonpost.com/world/ukrainian-passenger-plane-with-180-crashes-in-iran/2020/01/07/7e214eb4-31cc-11ea-91fd-82d4e04a3fac_story.html
    G7の中でもトランプ氏に腹を立てている国は多く,経済制裁も同調が得られるかどうか。

    • 10日7:30時点での追伸ですが,トランプ氏とカナダのトルドー首相がイランのミサイルによるウクライナ機撃墜を発表に,日本にメディアの多くはその方向に傾いているように見えます。でも,ドイツのZDFはもっと中立的で,トランプ発言とイランの発言を完全に同じウエイトで報道しています。事実は調査を待たないと分かりませんが,トランプ発言が欧州では簡単には信用されないところが面白いと思いました。
      湾岸戦争のとき,イラクが大量破壊兵器を保有しているとのアメリカの情報で有志連合が結成されたのですが,終戦後,大量兵器は発見されず,そのころから,アメリカの発言が簡単には信用されなくなったかな,と思います。

  • 記事更新ありがとうございます。こちらも昼休ゆえ手短てすが、経済制裁がかたちを変えた戦争、というのはそのとおりと思います。戦争も経済も外交の一手段と言うべきですか…いずれにしてもこじれて絡まった紐のような関係を腕っぷしで解決するか、紐以外のところから締め上げて相手の手を離させるかでしょうか。

  • 更新、ありがとうございます。

    トランプ大統領は明らかにメディアの動向に疑念を持っていて、他国との戦争開戦に際して、メディアが一方的に『トランプ大統領が暴走して、アメリカや世界を戦争に巻き込んだ』と、レッテルを貼られることを心配しているのかも知れません。
    2017年、北朝鮮との緊張が高まったおりには、トランプ大統領はまず北朝鮮との緊張緩和に動き、その後に痺れを切らしたメディア側が多くの専門家に『如何に北朝鮮が危険な国家であるか』をしゃべらせました。
    『戦争をしたい』という本音があるのはむしろ、メディア側であって、戦争扇動の罪をトランプ大統領に擦りつけたいでしょう。
    今回のイランとの緊張の高まりも、トランプ大統領やホワイトハウスはまず、イランとの緊張緩和に動くでしょう。これで、『トランプ大統領は戦争狂』という批判をかわすわけです。
    その後には、各メディアが『イランが如何に危険な国家であるか』を力説するようになるでしょう。
    そこからがイラン情勢の本番となると、自分は見込んでおります。

  •  独断と偏見かもしれないと、お断りしてコメントさせていただきます。

     もし、一国の経済を完全に破壊することができれば、そこから内戦まで
    発展する危険性があるので、対外戦争よりも恐ろしい結果になり得るので
    はないでしょうか。もっとも、その前に対外戦争に活路を求めることにな
    りそうですが。
     日本の中では、軍事力を否定したくて、軍事制裁より経済制裁の方を評
    価する向きもありますが、軍事制裁でも経済制裁でも、相手の行動を変え
    させるために、相手を苦しめることでは同じではないでしょうか。

     駄文にて失礼しました。

  • >経済制裁とは、形を変えた戦争ではないか

    戦争を、「武力を手段とする」政治勢力間の闘争に限定すれば、経済制裁は戦争とは言えないでしょう。他方、戦争を「あらゆる手段をもってする」と定義する場合、経済制裁も、某国がしきりと仕掛けてくる歴史戦も立派な戦争ということになります。

    因みに、戦争論で有名なクラウゼヴィッツは、「戦争とは他の手段(暴力)を持って行う政策の一部、つまり戦争行為は政治目的を達成するための手段である。」と言っており、戦争を、武力を用いるものに限定しています。また古代中国の孫子では、「戦わずして勝つのが最上の勝利」のようなことを言っていますので、この場合は、経済制裁のような武力以外の手段も戦争の一部に含まれていると解釈できそうです。

    いずれ、武力に限定した戦争においても、経済制裁に似た兵糧攻め(≒経済封鎖)戦術があり、経済制裁との境界がハッキリしないというのも確かですね。

  • 記憶が定かではありませんが、北などは、自国への経済制裁は実質的な宣戦布告だと解すると述べたことがあるように記憶しています。

    我が国が他国に対して何らかの理由で経済制裁を行うにしても、よほどの戦略性を持ってやらなければ、必ず脆弱な部分を突かれ手痛い逆襲に遭うことでしょう。

    自称徴用工訴訟事案で、我が国企業の差し押さえられた資産が現金化された場合には、報復措置をとると報じられていて、政府も十分慎重に対応策を検討していることと思いますが、予期せぬ事態に対処できるのか疑問もあります。ハード・ソフト問わず非対称戦の時代になっていますので。

    いずれにしても、物理的な打撃力、即応力の裏付けがないとなめられてしまいます。
    この点は、何としても充実していかなければならないと思います。

  • 太平洋戦争が経済制裁から始まっているのは常識だと思ったのですが・・・。
    真珠湾で始まったと考えてるのはお馬鹿なヤンキーだけでしょう。

    トランプを今まで見ていて思ったのですが、言うことは威勢が良いけれど、実際には小心者で大きな決定的な決断ができない人物という評価です。
    トランプは未だに一つもリアルに軍隊を侵攻させる戦争を始めていません。
    せいぜいがまともな反撃を受けないとわかっているピンポンダッシュ程度。
    たぶんもともとビジネスマンであったトランプにとっては、経済制裁が戦争に相当する感覚なんだと思います。
    自称平和主義者のオバマが非正規戦のドローンによる最悪の爆弾魔であったのとは対照的に、口だけのトランプは逆に平和主義者のような振る舞いをするようです。
    金正恩とたぶん気が合うんでしょうw>口撃が好き

    • りょうちんさま
      太平洋戦争が、日本に対する経済制裁から始まった認識は同じです。
      古い考えだと思いますが、経済制裁は戦争の前段階で、戦争とは区別されると考えています(だから憲法9条にはセーフ)。
      日本は、経済制裁まで行かず(韓国を除く)に、経済力を利用した外交をして欲しいと思います。

  • 狭義の戦争は武力行使による紛争解決手段。広義の戦争であれば、比喩的表現に近いと思いますが対話以外の手段をなんでも「~戦争」という言い方をしますね。
    米中貿易戦争とか。

    そういえば、日韓貿易戦争という言い方は見かけないなぁ、と思って検索してみたら、いくつかの記事が引っかかりました。いえいえ、日本は終始対話を求めていましたよ。輸出管理も国際的な取り決めに沿っています。旧ホワイト国から外して優遇処置を無くしただけで経済的圧力と言えるものは全くありません。あるのは韓国からの一方的な迷惑行為です。

    そう考えると、「戦争」と言う言葉がちょっと安易に使われ過ぎている印象も受けますね。
    個人的には、広義の意味で戦争と言う言葉を使うとしても、「相互利益を背景にした対話による解決方法」と対になる概念として、「軍事力を背景にした高圧的な解決方法」という意味分けが合っていると思います。単に経済制裁と言っても色々ありますので。

    日本は軍事力を背景に交渉することはまずないので、日本が経済制裁してもそれは戦争ではなく正しく制裁だと考えます。

  • 戦争の定義とは、「一方あるいは双方の政治的意思達成を目的とした武力行使」です。武力行使が伴わなければ戦争とは呼べないかもしれません。
    しかし、武力行使自体が目的ではありません。意思達成が本来の目的です。

    意思達成のための手段は、武力行使以外にもあります。
    究極的には外交全てが意思達成のための手段です。
    外交は飴と鞭を使い分けます。外交の鞭の1つが経済制裁であり、1つが戦争です。国際的な枠組みの中で規制する事も1つの鞭でしょう。

    経済制裁と戦争は手段が異なりますが、外交上は同じ分類になるかと思います。

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