当ウェブサイトでは以前から、通貨スワップや為替スワップに関する議論を展開して来ました。手前味噌ですが、昨年の『危険なパンダ債と「日中為替スワップ構想」』、『通貨スワップと為替スワップを混同した産経記事に反論する』などは、類似する世の中の金融系評論サイトでもあまりみかけない類いの記事だ、という「お褒めの言葉」をいただいたこともあります。こうしたなか、昨日、日銀がシンガポール通貨庁との間で為替スワップを延長した、と発表しました。これについて、改めて通貨スワップや為替スワップの現状と、「真に信頼と友好に値する最も重要な隣国」との通貨スワップ推進についての持論を展開したいと思います。
目次
為替スワップ
シンガポールとの為替スワップを延長
日本銀行は29日、シンガポール通貨庁(MAS)との為替スワップを延長した、と発表しました。
シンガポール通貨庁との為替スワップ取極の延長について(2019/11/29付 日本銀行HPより)
新たな期限は2022年11月29日までであり、また、金額は従来と変わらず、日本の引出可能額が150億シンガポールドル、シンガポールの引出可能額が1.1兆円だそうです。
ちなみに同様の為替スワップ協定は、現在、オーストラリア、中国との間に設けられていて、いずれも期間は3年であり、それぞれ上限額が設定されています。これをまとめておきましょう(図表1)。
図表1 日本銀行が締結している為替スワップ(有期のもの)
相手 | 金額 | 満了日 |
---|---|---|
中国人民銀行 | 3.4兆円/2000億人民元 | 2021年10月25日 |
豪州準備銀行(RBA) | 1.5兆円/200億豪ドル | 2022年3月17日 |
シンガポール通貨庁(MAS) | 1.1兆円/150シンガポールドル | 2022年11月29日 |
合計(日本円) | 6.0兆円 |
(【出所】日銀『海外中銀との協力』のページを参考に著者作成)
また、日本はこの3つの中央銀行以外とのあいだでも為替スワップを締結しているのですが、これについては図表2のとおり、いわゆる「ハード・カレンシー」国とのあいだで、無期限・無制限の為替スワップ協定を常設化しています。
図表2 日本銀行が締結している為替スワップ(常設のもの)
相手 | 金額 | 満了日 |
---|---|---|
米FRB | 無制限 | 無期限 |
欧州中央銀行(ECB) | 無制限 | 無期限 |
イングランド銀行(BOE) | 無制限 | 無期限 |
カナダ銀行(BOC) | 無制限 | 無期限 |
スイス国民銀行(SNB) | 無制限 | 無期限 |
合計 | 無制限 |
(【出所】日銀『海外中銀との協力』のページを参考に著者作成)
銀行が資金不足なら、最悪倒産も!
では、これらの為替スワップは、いったい何のために締結されているものなのでしょうか。
じつは、これは日本の金融機関を救済するための、「いざというときのための保険」のようなものです。具体的には、日本の金融機関が外国の通貨を必要としているのに、何らかの理由でそれを手に入れることができない、といった事態が発生した場合に備えたものです。
といっても、私たち一般人にとってみたら、「金融機関が資金調達できなくなることってあり得るの?」と疑問に思うかもしれません。というのも、私たちの常識からすれば、「銀行に出掛けてもおカネがない」、という事態は、ちょっと想像できません。
しかし、現実には、銀行が資金不足に陥ってしまう(場合によっては倒産する)というのは、人類の歴史上、わりと頻繁に起こっている事件です。
近年でも、たとえば2008年9月のリーマン・ブラザーズの経営破綻に端を発する金融危機のときには、全世界の金融機関が米ドルを調達するのに非常に苦労した、という実例があります。また、2013年3月には、地中海に浮かぶ島国・キプロスで金融危機が発生し、預金封鎖が行われています。
また、銀行経営自体は健全だったとしても、預金者に対しておカネを払い戻すことができないような事態が発生した場合には、資金繰り不足で倒産してしまうこともあります。
もっとも、日本の場合は金融庁や日銀の規制・監督が厳しく、また、日本の金融機関は、日本の本国では「カネ余り」状態にありますので(『金融機関を苦しめているのはマイナス金利政策なのか?』参照)、日本国内で資金不足(流動性不足)によって倒産するということは、現状ではまず考えられません。
外貨だと資金繰り倒産があり得る
しかし、「現状、邦銀が資金不足という理由で倒産することは、まずあり得ない」というのは、あくまでも「円の世界」の話であり、外貨の世界だとそうとは限りません。極端な話、邦銀であっても外国で外貨を調達している場合には、外貨不足で倒産する、というリスクが現実にあり得ます。
とくに、わが国の場合は「国内の収益源が限られている」と考える邦銀経営者が多いためでしょうか、メガバンクを中心に、ますます金融機関の経営がグローバル化しています。そうなると、金融機関経営が国境を越えることで、本国の通貨とはまったく違う通貨で銀行業務を営むようなこともあります。
とくに、個人的には「正気の沙汰ではない」と思ってしまうのが、一部の邦銀が中国本土で人民元建て債券を発行しているという事実です。
これについては昨年も『パンダ債と日中スワップ、そしてとても残念な読者コメント』あたりで詳しく議論したのですが、簡単にいえば、中国本土だと金融市場が未整備であるため、人民元の資金調達ができなくなって不渡(いわゆるテクニカル・デフォルト)を発生させるリスクが相応にあるのです。
といっても、豪ドルやシンガポールドルのような安定した通貨の場合、よっぽどのことがない限り、それが調達できないようなケースはあまり考えられません。
やはり、現実に邦銀が資金繰り不足に直面するとしたら、ドル、ユーロといったハード・カレンシーや、豪ドル、シンガポールドルなどの準ハード・カレンシーではなく、人民元なのでしょう。
スワップあれこれ
日中為替スワップの思い出
さて、日中為替スワップといえば、当ウェブサイトとしても強い「思い入れ」があります。
日銀が昨年10月、中国人民銀行とのあいだで総額3.4兆円相当の「日中為替スワップ協定」を締結した前後から、当ウェブサイトではこれが「通貨スワップ」ではなく「為替スワップ」ではないかと報告して来たからです(『【速報】やはり中国とのスワップは「為替スワップ」だった!』参照)。
実際、この「日中為替スワップ協定」を巡り、「日中通貨スワップ協定」と誤記したうえで、「これは中国を金融的に支援するための通貨スワップである」、「通貨スワップで中国を助けるとは言語道断だ」などとした記事が大量発生しました(『通貨スワップと為替スワップを混同した産経記事に反論する』参照)。
要するに、「日本国民のカネで中国を支援するとは何事だ!?」といった批判が湧きあがった格好です。
しかし、その実態は、当ウェブサイトで主張したとおり、「外貨不足に陥った中国の通貨当局を助けるための協定」ではなく、「閉ざされた中国市場で邦銀が人民元の調達に支障を来した場合に邦銀を救済するための協定」です。
ちなみに当ウェブサイトとしても「中国を通貨危機から救うための通貨スワップについては締結すべきではない」と考えていることは事実ですが、その一方で、為替スワップを通貨スワップと混同したうえで、実態を正確に理解せずに批判するのはいただけません。
というのも、日中間の協定は「日中為替スワップ」であって、「日中通貨スワップ」ではないからです。
もちろん、こうした誤解が蔓延した最大の原因は、政府(とくに財務省・外務省)や日銀が「為替スワップ」について、国民に対してきちんと説明していないためですが、それと同時に為替スワップについては、私たち一般国民にとっては、「どこか遠い世界」だからこそ、わかりづらいものなのかもしれません。
そして、「いざというときのために邦銀にとっての人民元建てクレジットラインが確保されている」という意味において、日中為替スワップには、明らかにわが国の側にメリットがあるのです。
通貨危機を防ぐ仕組みは通貨スワップ
なお、通貨危機を防ぐための仕組みは、別途設けられています。それが「二国間通貨スワップ(BSA)」と「多国間通貨スワップ(MSA)」ですが、日本が外国と締結しているものは、次の図表3、図表4のようなものがあります。
図表3 日本が外国と締結する二国間通貨スワップ(BSA)
相手国 | 日本から相手国へ | 相手国から日本へ |
---|---|---|
インドネシア | 227.6億ドル | なし |
フィリピン | 120億ドル | 5億ドル |
シンガポール | 30億ドル | 10億ドル |
タイ | 30億ドル | 30億ドル |
インド | 750億ドル | 750億ドル |
合計額 | 1157.6億ドル | 795億ドル |
(【出所】財務省『アジア諸国との二国間通貨スワップ取極』および日本銀行HPより著者作成。なお、いずれも日本が提供する通貨は米ドルか日本円)
図表4 CMIM(チェンマイ・イニシアティブ・マルチ化協定)
国 | 拠出額 | 引出可能額 |
---|---|---|
日本 | 768億ドル | 384億ドル |
中国(※) | 768億ドル | 405億ドル |
韓国 | 384億ドル | 384億ドル |
インドネシア、タイ、マレーシア、シンガポール、フィリピン | 各 91.04億ドル | 各 227.6億ドル |
ベトナム | 20億ドル | 100億ドル |
カンボジア | 2.4億ドル | 12億ドル |
ミャンマー | 1.2億ドル | 6億ドル |
ブルネイ、ラオス | 各0.6億ドル | 各3億ドル |
合計 | 2400億ドル | 2400億ドル |
(【出所】財務省『CMIM 貢献額、買入乗数、引出可能総額、投票権率』。ただし、中国については香港との合算値。また、香港はIMFに加盟していないため、中国の引出可能額に占める「IMFデリンク」の額は他の国と異なる)
ちなみに、図表3のインドネシアとの通貨スワップを除けば、いずれの通貨スワップも「双方向」(つまり日本も相手国から外貨を融通してもらうことができる)という契約ですが、次の理由によって、日本が相手国から支援を受けるということは考えられません。
- 日本が140兆円にも達する外貨準備を保有していること
- 日本は世界最大の債権国であること
通貨スワップ、為替スワップの活用を!
ただし、「軍事力を持たない」(こととされている)わが国が、外国を守ってあげる手段としては、もう少し通貨スワップや為替スワップの仕組みを活用しても良いのかもしれません。
ちなみに、ASEAN諸国はCMIMに参加しているため、通貨スワップや為替スワップを新たに締結するとすれば、台湾など、ASEAN諸国以外の国に拡充すべきでしょう。
とくに、通貨スワップについては一般に通貨ポジションが脆弱な国を助けるために結ぶものです。
日本は140兆円という巨額の外貨準備を保有してるのに加え、日本円自体が国際的に広く通用する「ハード・カレンシー」であるという事情を踏まえるならば、もっと通貨スワップを活用し、アジア諸国を中心に契約を増やすべきではないでしょうか。
ただし、為替スワップについては通貨スワップと異なり、基本的に「ハード・カレンシー」、つまり「国際的に広く通用している通貨」の発行体と締結するものですので、あまり無制限に拡大しても意味がありません。
この点、アジア太平洋地区の「準ハード・カレンシー」といえば、香港ドル、ニュージーランドドルくらいですが、シンガポールと為替スワップを締結しているのであれば、香港金融監督局(HKMA)とも為替スワップを締結しても良いのではないかと思います。
通貨スワップ、為替スワップを拡大するなら?
- 通貨スワップ…台湾
- 為替スワップ…香港、ニュージーランド
最も重要な国とのスワップを!
ちなみに、通貨スワップや為替スワップには、「いざというときの備え」というだけでなく、「二国間の経済協力を強化することの証(あかし)」、という意味も含まれています。
実際、安倍政権下で副総理兼財相を務めている麻生太郎総理が2016年8月、韓国・ソウルを訪問したときに、当時の柳一鎬(りゅう・いっこう)韓国副首相兼企画財政部長は麻生総理に対し、日韓通貨スワップの再開を要請したことがあります。
プレス・ガイドライン 第7回日韓財務対話 於:韓国・ソウル(2016/8/27付 財務省HPより)
このとき、柳財政部長は麻生総理に対し、次のように述べたのだそうです。
「韓国政府は、二国間の経済協力を強化すること、及び、その証として双方同額の新しい通貨スワップ取極を締結することを提案した。本通貨スワップ取極は、地域金融市場の安定を高めるものである。両国政府は、本通貨スワップ取極の詳細について議論を開始することに合意した。」
たしかに、通貨スワップや為替スワップなどの金融協定は、地域金融市場の安定に資するのに加え、両国の経済協力、さらには信頼関係の証でもあります。そうであるならば、日本が「心の底から信頼している相手国」との通貨スワップは、結ばないわけにはいかないのではないでしょうか。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ところで、わが国は不思議なことに、「基本的価値と戦略的利益を共有しているはずの、最も重要な隣国」とのあいだで、この通貨スワップ協定を保有していません。こうした状態は、一刻も早く是正すべきではないでしょうか。
折しも、「日本台湾交流協会」の台北事務所代表(大使に相当)に1日付で着任した泉裕泰氏は就任レセプションで、「日台両国は心と心のつながった本当の友人の関係だ」と述べたのだそうです。
台湾と日本は「心のつながった友人」日本の新駐台代表、就任レセプションで(2019/11/27 13:10付 フォーカス台湾より)
近隣国に恵まれないわが国にとって、自由主義、民主主義、法治主義などを尊重している成熟した社会である台湾こそ、「基本的価値と戦略的利益を有する最も重要な隣国」と呼ぶにふさわしいでしょう。
台湾との通貨スワップを推進すべきだと考える理由は、まさにそこにあるのだ、と申し上げておきたいと思います。
View Comments (19)
わーい岩倉さんだ、お懐かしい。次はわれらがアイドル、伊藤さんも出してほしいです(表情管理中)
更新ありがとうございます。
このフレーズ、なかなかのヒットですよ(笑)。【近隣国に恵まれないわが国にとって、自由主義、民主主義、法治主義などを尊重している成熟した社会である台湾こそ、「基本的価値と戦略的利益を有する最も重要な隣国」と呼ぶにふさわしいでしょう。】折々使わせて頂きます。
台湾との通貨スワップなら、ニュー台湾ドルが今、幾らか分かりませんが、双方向で500〜300億ドルを取極してもいいと思います。本当に重要な、また分かり合える隣国ですから。韓国に700億ドルもしてたんだから、それがゼロ化してる今、たやすい事です。
あとは為替スワップでは、無いのが不思議なぐらいのニュージーランドと1兆円規模、香港は今や危険地帯ですので、「落ち着かないと」難しいと思います。スワップは別だと言われるなら締結もアリです。
いずれにせよ日本は140兆円にも達する外貨準備を保有しているなら、友邦とは締結を急ぐべきでしょうね。
本来なら台湾を国家承認してから、国と国の信頼の証として通貨スワップを締結するのが良いと思うのですが、それは中華人民共和国が大騒ぎ数でしょうから無理ですね
密かに? 通貨スワップを締結するなど、「事実上の国家承認」を積み重ねていく方が現実的なのかもしれません。
台湾の内部が、中華民国として一つの中国にこだわるのか、台湾として独立するのか、現状維持でいいのか、まとまりがない状態では、日本政府も態度を決めかねる面はあると思います。それが台湾から見ると、日本がもう少し背中を押してくれないかな、と物足りなく思っているのかもしれません。
残念ながら「普通の国」ではない日本には、中国・台湾の間に割って入る覚悟ができませんので、台湾の方から日本に明確なメッセージを出すしかないと思います。
まあシンガポールとの為替スワップはシンガポールの銀行が超短期の円不足に陥ったときの流動性確保が主眼です。これにより日本への円建て輸出代金の不払いが回避されるというのが日本側のメリットです。もちろん財務省の説明にある通りに邦銀のシンガポールドル不足にも対応するものですが、さすがにこのリスクは極めて少ないです。マイナー通貨であるシンガポールドル建ての貿易がごくごく少ないことから断言できます。過去の日韓スワップで日本が韓国にドルをせびるくらいに稀な話です。
今日11月30日は『韓国のハンファケミカルのサムライ債200億円分が満期を迎える日』なのです。ハンファケミカルはサムライ債200億円分の決済ができるでしょうか。
この決済ができないと韓国の通貨危機のトリガーを引くことになるかも知れません。折しも昨日のKospiは1.5ぇ低くなりました。関連があるのでしょうか。注目です。
韓国がデフォルトしても日本はおろか今回はIMFも助けないとか。
昨日のKospi「1.5ぇ」は「1.5%」の間違いです。
スワップは信頼と友好の証 最も重要な隣国と締結を!
というお題が、釣りなんですね。
信頼と友好が、成り立たない国とは、スワップ締結出来ませんね。
小生は為替スワップ・通貨スワップの内容をごちゃ混ぜで理解していたようです。
ブログ主さまの懇切丁寧なご指導感謝いたします。
独断と偏見かもしれないと、お断りしてコメントさせていただきます。
「日本にとって、韓国は信頼と友好の国だから、スワップを結ぶべき
だ」と、韓国と日本マスゴミ村のATMと、日本の野党が言い出すのでは、
ないでしょうか。
駄文にて失礼しました。
会計士様は、韓国の外交を蝙蝠外交・嘘つき外交・瀬戸際外交と言われますが、何かと言うとスワップ・スワップとと脈絡無く上から目線で宣う、かの國の外交姿勢を表現するのに「乞食外交・物乞い外交」という側面もあるのではないでしょうか?🐧
そういえば、最近ラオスダム決壊事件の話を聞かなくなりましたが、韓国及び朝鮮人の金は欲しいけど責任はとらず、人のせいにして逃げまくる見苦しい態度も「乞食・物乞い」に相応しい態度だと考えます。🐧
ハゲ親父さま
私は少し違いますが、「朝鮮人は、偉そうな乞食」だと思います。
「乞食」が共通点ですね。
「偉そうなんだけど、棒でひっぱたくと平身低頭になる乞食」ですね。
GSOMIAの件ではボコボコになるまでアメリカにひっぱたかれたようです。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191130-00068816-gendaibiz-int
しきしまさま
所詮は乞食ですから、そりゃそうでしょう。
日本も叩けば、良いと思います。
関係ありませんが、鈴置高史様の「半島を読む」の更新がありましたので報告をば。