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徴用工判決問題に対する仲裁手続移行の遅れ、なぜ?

ちょうど1週間前、『【速報】韓国が「協議拒絶」か おそらく次は仲裁手続に移行』のなかで、日韓請求権協定第3条第1項に基づく協議が拒絶された場合、日本政府は迅速に仲裁手続に移行するのではないかと申し上げましたが、不思議なことに、現時点においてまだこの「仲裁手続」に移行したという報道がありません。そればかりか、外務省の課長が密かに訪韓していただの、韓国側に「協議に応じるよう督促した」だのといった報道が見えてくるのですが、いったい日本政府の対応はどうなっているのでしょうか?

外務省課長が秘密裏に訪韓?

私の「愛読サイト」(?)である韓国メディア『中央日報』(日本語版)に、今朝、こんな記事が出ていました。

日本外務省韓国課長、9日に非公開抗議訪問していた(2019年02月14日07時34分付 中央日報日本語版より)

中央日報は「複数の日韓政府消息筋」が「14日に明らかにした」情報として、

  • 日本の外務省の韓国担当課長が9日、ソウルで韓国外交部当局者と非公式で会った
  • 同課長の訪韓目的は「政府間協議」などを協議するためだった

などとしています。

(※「『政府間協議』を協議する」という表現も奇妙ですね。どうでも良い話ですが。)

この「政府間協議」とは、いわゆる「徴用工判決」問題を巡る、「日韓請求権協定第3条第1項」に基づく「協議」のことを意味しています。

「徴用工判決」では、世間では昨年10月30日、自称元徴用工らが起こした訴訟で大法院(※日本の最高裁に相当)が新日鐵住金に対して下した損害賠償命令に注目が集まっていますが、現実の問題はそれだけではありません。

たとえば、11月29日には三菱重工に対しても損害賠償を命じる2本の大法院判決が下されていますし、地裁、高裁レベルだと、それこそ日本企業に対する敗訴判決が、無数に出現し始めている状況にあります。

それに、今年1月には新日鐵住金の在韓資産である合弁会社の株式が差し押さえられていますし(『【速報】新日鐵住金の在韓資産差押えを韓国地裁が認める』参照)、日本企業敗訴判決が相次げば、こうした動きはさらに広まることでしょう。

さらには、私に言わせれば、現時点で日本企業には「不当な不利益」が生じている状況にあります。

株式差押えは「日本企業に実損出ていない」の屁理屈のため?』などでも報告しましたが、日本企業にはたとえば;

  • 韓国で裁判を起こされた企業は、「韓国で」裁判に出廷しなければならなくなり、これにともない韓国語通訳を雇うコスト、従業員を韓国に派遣する出張旅費、韓国で弁護士を雇う場合のコストなど、莫大な費用負担が発生している
  • 韓国で裁判を起こされていない企業も、今後、韓国国内で不当な損害賠償訴訟を起こされるリスクに備えなければならなくなった
  • いずれの会社においても、本社の法務部の人件費、経理部門における重要な訴訟リスクの開示、集計コスト、監査法人対応などで余分なコストが発生しているし、また、企業によっては訴訟損失引当金の計上も必要である

といった、具合に、すでに「不当な不利益、実損害」が生じているのです。

訪韓の目的は?

では、中央日報の報道が事実だったとして、この課長の訪韓目的は、いったい何でしょうか?

徴用工問題と国際裁判への道 日韓請求権協定第3条を読む』で紹介したとおり、手続開始が遅れれば遅れるほど、「結論」が出て来るまで時間がかかります。というのも、ざっくりと要約すると、日韓請求権協定第3条の規定は、次の①~④から構成されているからです。

  • ①日韓両国で紛争が起これば、まずは外交の経路を通じて解決してください。
  • ②①で解決できなければ、まず30日以内に両国が1人ずつ委員を選び、その2人の委員が次の30日以内に日韓以外の第三国からもう1人委員を選び、その3人で仲裁委員会を組織して議論してください。
  • ③②の期間内に片方の国が期限内に仲裁委員を選ばなかった場合や、第三国をどこにするか合意できなかったときは、仲裁委員会の人選自体、第三国にお願いし、30日以内に選んでもらいましょう。
  • ④出た結論には従いましょう

これについて私は、『徴用工判決問題の節目は4月12日か 日本政府の狙いとは?』のなかでも申し上げたとおり、日本政府としては、まずは請求権協定第3条第1項の措置を講じ、次いで第2項(仲裁手続)、第3項(第三国への仲裁委任)の措置に移行していくものと考えていました。

しかし、少なくとも現時点において、外務省ホームページや内閣官房長官記者会見などを視聴・閲覧していても、まだ日本が②の仲裁措置に移行した、という情報は出ていません。

中央日報によれば、日本政府側は先月9日に日韓請求権協定第3条第1項に基づく政府間協議の回答期限を「30日以内」と提示したそうですが、外務省の課長訪韓は、「この期間が満了した8日の翌日である9日だった」ことになります。

このことから、おそらく外務省の課長の訪韓目的は、②の仲裁手続に移行するための公文を手渡しに行くのではなく、あくまでも①の協議をまだ続けると言い続けるためのものだったのではないかと推察されるのです(あくまでも中央日報の報道が正しければ、ですが…)。

外務省が「のんびり」しているのはなぜ?

現時点において、外務省が②の仲裁手続に移行していない、という証拠は、ほかにもあります。

外務省のホームページによれば、日本政府側は12日、金杉憲治アジア大洋州局長が韓国大使館次席公使を外務省に召致し、あらためて協議要請への回答を督促したそうです。

旧朝鮮半島出身労働者問題に係る日韓請求権協定に基づく協議要請への回答の督促(2019/02/12付 外務省HPより)

ということは、少なくとも現時点においては①の措置から動いていない、ということです(※もちろん、今週中に②の措置を発動する可能性もありますが…)。

外務省は、なぜこんなにのんびりしているのでしょうか?

あまり憶測めいたことを申し上げるのも気が引けるのですが、あえて私の仮説を2つ提示するならば、

  • (A)首相官邸と外務省の間で綱引きをしている
  • (B)日本政府としてはわざと時間稼ぎをしている

というものです。

このうち(A)については、首相官邸側が「さっさと②の手続に移行しろ」と指示を出しているのに対し、韓国との決定的な関係悪化を渋る外務省が、「あらゆるチャネルでもう1度、韓国に対して督促してみる」という抵抗をしている、というものです。

一方の(B)については、首相官邸を含めた日本政府全体が「何らかの狙い」をもって、わざと手続を遅延させている、という可能性です(たとえば、「韓国は無法国家だ」と日本国民や日本企業に周知徹底させ、世論の喚起を図る、など)。

どちらも説明としては一長一短ですが、本件については、ただ単に何らかの手続の不備で遅れているだけかもしれません。今週中に仲裁手続が発動されるのかどうか、引き続き注目したいと思います。

日韓関係の「清算」は不可避

ただ、日韓間に横たわる外交、安全保障上の課題は、この「徴用工判決問題」だけではありません。

時系列で並べると、

  • 旭日旗騒動(韓国政府が日本の海自艦艇に旭日旗を掲揚しないように求めたことを契機に、昨年10月11日、韓国が主催した国際観艦式に日本の海自艦艇が参加を見送った騒動)
  • 慰安婦合意破棄(2015年12月28日の「日韓慰安婦合意」に基づいて設立された財団をめぐり、韓国政府が昨年11月21日に「解散する」と一方的に宣言した問題)
  • レーダー照射事件(昨年12月20日に石川県能登半島沖の日本の排他的経済水域(EEZ)内で韓国海軍駆逐艦が日本の海自P1哨戒機に火器管制レーダーを照射したとされる事件)
  • 国会議長失言問題(文喜相(ぶん・きそう)国会議長が米ブルームバーグのインタビューで天皇陛下を侮辱する発言を行った問題)

など、どれか1つでも日韓関係を破綻に追い込みかねない事件が、これでもかというほど重なっているのです。結果として、現在の日韓関係はまさに「破綻の危機」に瀕していると言っても過言ではないのですが、問題はそれだけではありません。

私自身、一部の論壇を眺めていて、「日韓関係を積極的に破壊しようとしている文在寅(ぶん・ざいいん)政権を崩壊させれば、日韓関係は元に戻るのではないか?」といったロジックを見つけることもあるのですが、こうしたロジックは大きな間違いです。

なぜなら、これらの事件はいずれも、「韓国側が国際慣例や約束、条約などに反し、日本に対して一方的に仕掛けて来ている不法行為である」という共通点があるからであり、また、少なくない韓国国民がこれらの事件を巡って自国政府を支持する姿勢を示しているようだからです。

つまり、もはや「文在寅(ぶん・ざいいん)政権が崩壊すれば解決する」というレベルではありません。日本の政治、経済、あるいは国民感情レベルにまで韓国に対するウンザリ感が蔓延し始めているのです。

「全世界に対して」説明すべき

徴用工判決問題についても同様で、仲裁手続、あるいは国際司法裁判所(ICJ)などへの国際裁判に踏み切ったところで、どうせ韓国側はこれに応じないでしょうから、後から振り返ればこの事件も「日韓関係が壊れていく過程で生じた1つの地殻変動」くらいにしか位置付けられないでしょう。

ただ、だからといって、「日韓断交」だ、などと感情的・短絡的に考えるべきではないことも、また事実です。というのも、現在すぐに韓国と断交すれば、日本にも少なからぬデメリットが発生するからです。

もちろん、日本としても取れる措置を取ることは重要ですが、それよりも、日本が急がねばならないことは、2つあります。

1つ目は、「日本は遵法国家であって韓国は無法国家である」という事実を、「全世界に対して」説明する努力です。

今朝方の『ペロシ米下院議長の「日本が慰安婦合意守るべき」の意味は?』でも紹介しましたが、残念ながら全世界では慰安婦問題は「日本軍による韓国人女性に対する性的奴隷という極悪非道な人権犯罪である」と誤解されています。

これなど、いままで日本(とくに外務省)が「全世界に対して」説明する努力を怠ってきたという動かぬ証拠です。「全世界に対して」(とくに米国に対して)説明し、日本の立場を理解させるという努力を、日本政府は今すぐにでも始めて欲しいと思います。

2つ目は、「国を挙げて韓国と適切な距離を置く」ための措置を急ぐべきだ、という点です。

たとえば、安倍政権は「2020年までに訪日観光客4000万人」という目標を掲げていますが、こんな目標、さっさと撤回すべきです(『日本政府は「訪日客4000万人目標」を撤回せよ!』参照)。

また、韓国に対する制裁手段として、現行では外為法などの枠組みがあり、うまく使えば韓国産業にもそれなりの打撃を与えることはできますが(『日本が本気で経済制裁すれば、数字の上では韓国経済崩壊か?』参照)、それでも外為法などの枠組みには制約も多いことは事実です。

さらには、万が一、「38度線」が玄界灘にまで下がってくるようなことがあれば、日本は国防体制を根本から見直さねばならなくなりますし、防衛コストも飛躍的に上昇するかもしれませんが、立憲民主党が野党第1党として居座る現在の国会の体たらくを見ていると、本当に心もとないとしか言い様がありません。

いずれにせよ、徴用工判決問題に関する日本政府の迅速な求めたいと思います。

新宿会計士:

View Comments (22)

  • 記事更新ありがとうございます。

    記事違いですが、一つユニークな記事がありました。参考までにURLを挙げてみたいと思います。
    ハーバービジネスオンラインにて
    「レーダー照射問題、防衛省主張の妥当性を改めてファクトチェックしてみた」「牧田寛」さんが挙げた模様です。
    https://hbol.jp/185303

    内容はかなり偏った視点が多く、相変わらずの様相でした。
    個人的には駆逐されれば良いと思ってしまいます。

    駄文にて失礼します。

    • だめだ・・・最後まで読めなかった・・・。
      だけどなんで大学を首になったのかはよくわかる内容でしたわ。

      「ホビー軍事アナリスト」ってまさに「おまゆう」

    • 「ハーバー・・。」は、何編か読んでみたのですが、読むに耐えません。

      この手の記事は、事実に基づいて、客観的に、双方向の視点から、一般常識に照らし合わせて執筆されるべきものです。
      韓国側の不審点をしれっと「当然のこと」のように扱ってて、ツッコミ処満載ですね。
      執筆者は、せっかく良い頭脳の持ち主なのに、使い方を間違ってるとしか思えません。

  • 単純に日韓の仲裁をしようという国がいないのではないですか?
    米国しかないと思いますが、トランプ政権が仲裁に乗り出すとは
    考えにくいですし。韓国の国会議長が訪米して米国に仲裁を
    頼んだらしいですが、もしかしたら韓国側も仲裁委員会の設置を
    考えてたのかもしれませんね。でも断られたと。

  •  もしかして、米国から何か言われていのかも知れません。今回の韓国国会議長の米国訪問や、日本外務省の対応などはイマイチ歯切れが悪いような気がしてなりません。もしかすると北朝鮮との会談が終わるまで「まて」がかかっているのかも知れません。

     駄文にて失礼します

  • (B)時間稼ぎ だと思いますね。
    日本では今年前半にイベントが目白押しです。
    4月:統一地方選挙、5月初旬:新天皇即位、6月下旬:G20、7月下旬:参院選挙
    このどこに(仲裁不発後の)ICJ提訴、(応訴せず後の)何らかの制裁発動、をねじ込むか、
    逆算しているのでしょう。
    自分的には、5月下旬提訴、7月初旬制裁発動、と見ていますが、いかが?
    かの国の理不尽な動きへの対抗処置は選挙受けする、かといって皇室行事やG20にはかぶせたくない、
    となれば、こんなスケジュールになると思いますが。

  • またぞろ外務省のサボタージュ説を推します。
    官邸に向けてはあらゆる方便を駆使して「可及的速やかに善処いたします」などと「蕎麦屋の出前」をいいながら、事態の進行を遅らせる口実を作り出しているところでしょう。
    その動機は? 目的は?
    日韓関係が根本から変わるのを彼らが嫌うからです。
    本能的な前例主義と、彼らなりの韓国利権でしょう。
    過剰接待、ハニートラップ何でもありだったはずです。

  • 益々御盛況おめでとうございます。南北朝鮮特に韓国は無法国家に突き進んでいるしか見えません。米国は韓国様子見で北朝鮮をあやして日本が隙を見せる形で韓国は最悪時に最悪手を放つ。破滅した南北朝鮮を引き受けるのがどこかは読めない?

  •  【ソウル時事】韓国最高裁が元徴用工への賠償を日本企業に命じた訴訟で、新日鉄住金を相手取った訴訟の原告側弁護士は14日、弁護士らが15日に東京の同社本社を訪れて協議を要請し、これに応じない場合は、差し押さえた韓国内の資産について「売却命令を早期に裁判所に申請せざるを得ない」と警告した。

    だそうです(笑)
    スゴいですね韓国、敵ながらアッパレです(笑)
    やっぱり喧嘩するならこうでないといけません。
    韓国さん、ガンガン差し押さえて、どんどん現金化してください。
    そうしないと、日本政府は、怒らないんですよ。
    だから、日本が密室で変な談合で妥協する前に、ビシバシ攻め込んできてほしい。
    そうすれば、ガチンコで大喧嘩になりますから、韓国がんばれー!

    • 三菱の知的財産差し押さえて、韓国にはその特許でばんばん儲けてほしいですね
      そのくらいしないと日本人は怒らないかもw

      • なんとなくですけど、韓国が差押えできる特許権は韓国内でのみ有効なものではないのでしょうか?

        それならば、特許技術を使って製造した製品を海外で販売できないですね。

        製法特許なら、製品自体が特許の対象ではないので、利用価値は大きいかもですけどね。

  • 米中会談の様子を見ているかも、会談の如何で条件がガラリと変わる。さて、どうなるのでしょうかね。

  • 私は現在のところは不当な不利益には当たらないとも考えることはギリギリ可能だと思っています。
    何故なら裁判を起こすこと自体は韓国人に与えられた真っ当な権利であり不当では無いからです。
    企業が労使違反で訴えられるような事例の延長線上と考えられなくもないということです。
    もちろん判決は明らかに不当ですので、判決の結果による不利益が出たなら、不当な不利益として、行動に移るべきだと思います。

  • いや、その程度ではダメでしょう。食べ物が絡まないと怒りませんよ。
    大腸菌入りキムチとか、毒入り辛ラーメンとか? いや、元々毒だった。

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