ソフト・カレンシー建て債券の危険性

当ウェブサイトでは、個別企業の話題に触れることは控えて来たのですが、それでも「金融規制の専門家」の端くれとして、どうしても主張しておきたい話題があります。それは、「人民元建てファンディングのリスク」について、です。

パンダ債とは?

三菱東京UFJ銀行(BTMU)とみずほ銀行(MHBK)は今月16日、本邦初となる「パンダ債」を同時に発行しました。

中国におけるオンショア人民元建債券(パンダ債)の発行について(2018/01/15付 BTMUウェブサイトより)
オンショア人民元建て債券の発行について(2018/01/12付 MHBKウェブサイトより

この「パンダ債」とは、市場の俗語ですが、「中国以外の企業が中国本土で発行する人民元建て債券」のことです。

なぜこれがそんなに大きなニュースになるのでしょうか?

その最大の理由は、中国の資本市場が外国に開放されていないからです。

そして、今回両銀行は同時に「本邦初のパンダ債を発行した」格好ですが、実は、パンダ債とは、発行することよりも償還することの方が、より大きなリスクです。

それはなぜでしょうか?

債券の基礎知識

債券とは?

これについて議論する前に、債券について考えてみましょう。

債券(さいけん)とは、一般に国や地方公共団体、企業などが、市場からお金を借りる目的で発行する有価証券のことをさします。

そして、一般に債券には満期があります(転換社債やバーゼルⅢCoCo債、永久債などを除く)。債券で調達した資金は、満期になれば返済しなければなりません。

仮に満期が到来したときにその企業にお金がなかった場合、その企業はもういちど債券を発行するか(借換債)、資産を売却してお金を捻出するかをしなければなりません。

なお、「債」は「債」とおなじく「さいけん」と発音されますが、まったく違う概念なので注意しましょう。

債券市場と通貨

ここで、債券市場について考えるうえで重要な前提があります。それは、

  • どの国の政府、企業、銀行が発行しているのか?(発行体)
  • どこの国で発行されているのか?(発行地)
  • どの通貨で発行されているのか?(発行通貨)

という3つの要素です。

日本の場合、日本国内で発行されている債券の発行残高は1417兆1183億円(2017年9月末時点。ただし時価ベース)です(※そのうちの約77%にあたる1087兆1355億円が日本国債(JGB)です)(図表1)。

図表1 日本の債券市場の状況(2017年9月末時点)
種別発行残高(時価)比率
国債1,087兆1,335億円76.71%
地方債76兆0,088億円5.36%
社債(事業債・金融債等)162兆7,445億円11.48%
外債(居住者発行)41兆5,982億円2.94%
その他49兆6,333億円3.50%
合計1,417兆1,183億円100.00%

(【出所】日銀・資金循環統計)

これだけではありません。

外国の政府、銀行、企業が日本の債券市場で債券を発行することもありますし(資金循環統計上は「対外証券投資」に含まれます)、また、最近の日本国内の機関投資家における「カネ余り」や日本銀行の金融緩和の影響により、日本国内から巨額の投資が外国に流れている状況でもあります。

日本の場合は、基本的に資本規制が緩く、たとえば日本国内で円建てで発行するだけでなく、外国で円建てで発行する場合や、日本国内で外貨建で発行する場合があります(図表2)。

図表2 日本の特殊な債券
種別概要資金循環統計上の区分
居住者発行外債日本国内の政府・銀行・企業等が日本国外で外貨建てで発行する債券居住者発行外債
サムライ債外国の政府・銀行・企業等が日本国内で円建てで発行する債券対外証券投資
ショーグン債外国の政府・銀行・企業等が日本国内で外貨建で発行する債券対外証券投資
ユーロ円債日本国内外の政府・銀行・企業等が日本国外で円建てで発行する債券居住者発行外債
ユーロ外債日本国内の政府・銀行・企業等が日本国内で外貨建てで発行する債券国債、地方債、事業債、金融債、政府機関債など

(【出所】著者作成)

つまり、わが国における債券は、日本国内で円建てで発行されるもの(円債)だけではありません。パターンを列挙すると、

  • 日本国内の発行体が日本国内で日本円建てで発行するもの(円債)
  • 日本国内の発行体が日本国内で外貨建てで発行するもの(ユーロ外債)
  • 日本国内の発行体が日本国外で日本円建てで発行するもの(ユーロ円債)
  • 日本国内の発行体が日本国外で外貨建てで発行するもの(居住者発行外債)
  • 日本国外の発行体が日本国内で日本円建てで発行するもの(サムライ債)
  • 日本国外の発行体が日本国内で外貨建てで発行するもの(ショーグン債)
  • 日本国外の発行体が日本国外で日本円建てで発行するもの(ユーロ円債)

と、じつに7つのパターンがあるのです。

わが国は資本規制が緩く、また、日本円という通貨自体に国際的な信頼があるため、日本円は国境を容易に超えて、広く世界中の債券市場で取引されています。また、日本円以外の通貨(とくに米ドルやユーロ、英ポンド)建ての債券も多く発行されていて、これらの債券は活発に取引されているのです。

その意味で、通貨と債券は切っても切り離せない関係にあるといえます。

ユーロ債、点心債、アリラン債…特殊な債券の呼び方

ところで、先ほど図表2で「ユーロ債」という単語を紹介しました。

これは、「ユーロ建てで発行された債券」、という意味ではありません。「その通貨の発行国以外で発行される債券」のことです。

たとえば、米国外の市場(ロンドンや東京など)で米ドル建てで発行される債券は「ユーロ・ドル債」ですし、同じく日本国外の市場(多くはロンドン)で日本円建てで発行される債券は「ユーロ円債」です。さらにいえば、ユーロ圏外の市場でユーロ建てで発行されれば、それは「ユーロ・ユーロ債」とでもいえば良いでしょうか。

また、特殊な債券としては、世界にもあります。

たとえば、中国の通貨・人民元は、中国本土と断絶した「オフショア市場」(例:香港)でも通用していますが、これらの「オフショア人民元」建てで発行された債券は「点心債(てんしんさい)」、あるいは「点心」の広東語発音にあわせて「ディムサム・ボンド(dim sum bond)」と呼ばれています。

あるいは、韓国国内で外国企業が韓国ウォン建てで発行する債券のことを「アリラン債」と呼びます。

これをまとめておくと、次のとおりです(図表3

図表3 特殊な債券の呼び方の例
名称概念備考
ユーロ債その通貨の発行国以外で発行される債券ロンドン市場で発行される円債(ユーロ円債)、東京市場で発行されるドル債(ユーロ・ドル債)
点心債オフショア人民元建てで中国国外で発行される債券
アリラン債韓国国外の企業が韓国国内で韓国ウォン建てで発行する債券

(【出所】著者作成)

ソフト・カレンシーでの調達リスク

ソフト・カレンシーとハード・カレンシー

もう1つ、資本市場では重要な概念があります。

それは、「ソフト・カレンシー」と「ハード・カレンシー」です。

私自身の定義で恐縮ですが、両者は次のとおりです(図表4)。

図表4 ソフト・カレンシーとハード・カレンシー
用語定義具体例
ハード・カレンシーその通貨の発行国に留まらず、国際的な商取引・資本取引等において広く利用されている通貨であり、為替取引等においても法的・時間的制約等が少ないもの米ドル、ユーロ、日本円、英ポンド、スイス・フラン、豪ドル、カナダ・ドル、NZドル等
ソフト・カレンシー主にその通貨の発行国において取引されている通貨であり、決済機能面や通貨の安定性等の観点からは国際的な商取引・資本取引等には馴染まないものアジアローカル通貨や新興国などで流通する通貨等

(【出所】拙著より抜粋)

これは、その通貨そのものが、国際的に活発に取引されているかどうかという観点からの分類です。

なお、ハード・カレンシーについて、昔は「G10(ジー・テン)通貨」などとも呼ばれていましたが、現在はフランス・フランや独マルクなどがユーロに統合されて消滅したため、現在は4大通貨(米ドル、ユーロ、日本円、英ポンド)を中心とする先進国通貨をハード・カレンシーと呼ぶのが良いでしょう。

一方で、ソフト・カレンシーとは、国際的に通用し辛い通貨のことであり、中国の通貨・人民元は典型的なソフト・カレンシーです。

最近でこそ、香港を中心とする一部の国で、「オフショア人民元」が流通していますが、市場規模としても小さく、残念ながら人民元を「ハード・カレンシー」と呼ぶことは困難です。

それだけではありません。

人民元は中国本土で流通する通貨(CNY)と、中国国外で流通する通貨(CNH)に分断されています。同じ通貨なのに、違う為替レートが成立しているのです。

まことに奇妙な現象ですが、中国の通貨・人民元がハード・カレンシーと呼ばれるようになるためには、まずはこの分断を解消することが必要でしょう。

ソフト・カレンシーの最大のリスクは「調達リスク」

そして、ソフト・カレンシーの最大のリスクとは、「いつでも・どこでも手に入る通貨ではない」、という点です。

たとえば、米ドルだと、米国外でも広く流通していますし、ユーロや日本円、英ポンドなども、地球上の各地で取引されています。

このため、ハード・カレンシーの場合は、コストを度外視すれば、いつでも調達できます。

しかし、ソフト・カレンシーの場合は、その通貨自体が手に入らないというリスクがあります。

たとえば、香港市場で2016年冬ごろ、人民元建ての預金量が1兆元から半減してしまったという事件がありましたが、こうした事件なども、まさにソフト・カレンシーでお金を借りている場合のリスクであるといえます。

債券は償還期が到来したら返さなければなりません。しかし、その償還期の資金市場の状況次第では、返そうと思っても返せないことが起こり得るのです。

それだけではありません。

「パンダ債」は「中国本土で」発行する債券であり、中国市場が資本統制により、外国から断絶されているということをきちんと頭に入れておかねばなりません。

つまり、巨額の日本円や米ドルを持っているにも関わらず、そのお金を中国国内に持ち込むことができず、結果的に中国国内で人民元建てで発行した債券が債務不履行に陥る可能性があるのです。

たとえG-SIBs(グローバルなシステム上重要な金融機関)であっても、借りたお金が返せなくなってしまえば、それは立派な債務不履行です。

本当に償還は大丈夫なのか?

今回、両行は「本邦初のパンダ債」を競うように発行した格好ですが、最初に申し上げたとおり、私はむしろ、本当のリスクは償還時点にあると見ています。

その意味で、本邦企業によるパンダ債の発行が相次ぐのかどうかという論点と並び、日本企業があの閉鎖された中国市場で、発行された債券が無事に償還されるのかについても、興味を持って眺めたいと思っているのです。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. めがねのおやじ より:

    < 毎日の更新ありがとうございます。
    < 「パンダ債」ですか。三菱東京UFJ銀行とみずほ銀行が発行ということは、安心してご利用を〜という事でしょうか。こういうのはしたこと無いし、資産も無い。でも償還にリスクがないのか、と思慮しますよね。「中国」が絡むとどうしても今はいいけど眉唾な気がします。元金割れなら、しないな。
    < 失礼します。

  2. なんだかな より:

    またみずほか。システム障害で懲りてないのか。政治家も監査法人も銀行も瑞穂ってろくな奴が居ねーなw

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