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「フランスのEU離脱」という議論の浅さ

フランスで「極右」(?)とされる候補者が大統領選の「決選投票」に残りました。これにより、「英国に続いてフランスもEUを離脱する」といった、一見もっともらしい(が浅はかな)分析も多々あるようです。しかし、「欧州統合」について議論する際には、現在の制度など、基本的な知識をきちんと頭に入れておく必要があるのではないでしょうか?

ルペン・ショック?

先が読めないフランス大統領選

欧州連合(EU)は解体に向かうのでしょうか?

昨日行われたフランス大統領選の第1回投票では、過半数を制した候補者がおらず、エマニュエル・マクロン候補がとマリーヌ・ルペン候補が決選投票に残ることになりました。

EU Takes Encouragement From Macron, Le Pen Election Outcome(米国時間2017/04/23(日) 19:14付=日本時間2017/04/24(月) 08:14付 WSJオンラインより)

WSJなどの報道によれば、日曜日のフランス大統領選の結果は次の通りです(図表1)。

図表1 日曜日のフランス大統領選第一回投票結果
順位 候補者 得票率
1位 エマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron) 23.9%
2位 マリーヌ・ルペン(Marine Le Pen) 21.7%
3位 フランソワ・フィヨン(François Fillon) 19.9%
4位 ジャン・リュック・メロンション(Jean-Luc Mélenchon) 19.2%

(【出所】WSJオンラインより著者作成)

WSJをはじめとする欧米メディアの報道によれば、マクロン氏は「中道派」、ルペン氏は「極右」なのだそうです(日本、外国を問わず、マス・メディアはこの手の「レッテル張り」が大好きです)。そして、マクロン氏とルペン氏の決選投票は、5月7日(日)に予定されています。

ただ、4人の有力候補者の得票率をみると、ほぼ拮抗しています。仮にフィヨン候補に投票した人のすべてがマクロン氏に、メロンション候補(※)に投票した人のすべてがルペン氏にそのまま投票したとすれば、マクロン氏がルペン氏に僅差で勝つという計算ですが、それでもマクロン氏の得票率は50%に満たないものです。

つまり、この4人以外に投票した人々が、マクロン氏、ルペン氏のいずれに投票するかという点が大きな問題であり、来る5月のフランスの大統領選挙については、その結果が全く読めない状況にあります。

(※余談ですが、マス・メディアはMélenchonという人名を「メランション」と表記していますが、日本人の耳に聞こえる発音としては「メロンション」の方が正しいと思います。)

「欧州崩壊」?そんな単純なものではない

ところで、仮に―あくまでも「仮に」、ですが―、典型的な「ユーロ懐疑派」であるルペン氏が5月7日の大統領選を制したら、いったい何が発生するのでしょうか?フランスが英国に続いて欧州連合(EU)から脱退するとでもいうのでしょうか?

私は、「欧州連合」という仕組み自体、非常に大きな矛盾・欠陥を抱えたものであると考えています。しかし、英国と違ってフランスはユーロ採用国であり、EU脱退には相当なハードルがあることも事実です。

そこで本日は、「経済共同体としてのEU」について議論してみましょう。

重層的な「欧州統合」

「欧州統合」とは?

日本でも「欧州統合」という言葉をよく耳にします。

実際に欧州に出掛けると、ドイツであれフランスであれ、イタリアであれギリシャであれ、同じEUの旗やマークをよく見かけますが、欧州のエスタブリッシュメントの間では、欧州統合が一種の「既定路線」のように考えられている節があります。

ただ、この「欧州統合」については、日本では今一つ、正確に理解されているようには思えません。では、「欧州統合」という言葉は、いったいどういう意味なのでしょうか?

字面通りに読めば「主権国家の枠組みを越えて、欧州を一つにすること」であり、究極的には「欧州合衆国」の創設のようなものです。しかし、国にはいろいろな機能があります。通貨もあれば軍隊もあり、治安維持もあります。

実は、「欧州統合」も、一つの条約で結びついているものではありません。現実には、国際機構なり、国際条約なりが多数積み重なってできています。これらのうち重要なものを列挙すると、図表2のようなイメージです。

図表2 重層的な「欧州統合」
種類 加盟国 非加盟国
欧州連合(EU) ドイツ、フランス、英国、スペイン、イタリアなどの欧州主要国合計28カ国 ノルウェー、アイスランド、スイスなど、欧州域内に属していてもEUに加盟していない国がある
通貨連合(ユーロ) EU加盟国のうち、ドイツ、フランス、スペイン、イタリアなど、合計19カ国 EU加盟国であっても、英国やスウェーデンなど、ユーロを導入していない国もある
シェンゲン協定 2013年時点の加盟国は、EU主要国のほか、ノルウェー、スイスなど、合計26カ国 EU加盟国であっても、英国、アイルランド、キプロスなどはシェンゲン協定に参加していない

つまり、一種の「経済共同体」である欧州連合(EU)を主軸に、EU加盟国の中で通貨まで共通化してしまったのが通貨連合(ユーロ)であり、また、国境の検問を廃止し、域内の移動を自由化する取り決め(シェンゲン協定)により、欧州の人々は事実上、「国家」を意識せずに自由に移動・投資・取引できる、という仕組みです。

EUとは?

EU駐日代表部ウェブサイトによれば、EUとは、「欧州連合(EU)は、独特な経済的および政治的協力関係を持つ民主主義国家の集まり」であり、「EU加盟国は主権国家でありながら、その主権の一部を他の機関に譲るという、世界で他に類を見ない仕組みに基づく共同体」なのだそうです。

EUには欧州市民からの直接選挙で選ばれる「欧州議会」、EU加盟国の大統領や首相で構成される「欧州理事会」、事実上のEUの執行機関である「欧州委員会」などから構成されていますが、現実にはこの「欧州委員会」がEUの中心的な存在となっています。

EU加盟国では、自動車のナンバープレートから食品・生活用品の規格、金融商品取引関連法制に至るまで、さまざまな領域での共通化がすすめられています。欧州は狭い地域にたくさんの国が並立しているため、日常生活でも国境を越えて買い物をしたり、バカンスに出掛けたりする人が多く、こうした「社会インフラの規格の統合」は確かに効率的です。

ただ、それと同時に、「欧州委員会」に属する、俗に「EU官僚」と呼ばれる人たちが、日常のこまごました生活にまで口を挟んでくることに不満を持つ欧州の人々も多いようです。

また、昨年6月にはEU成立以来、初の「脱退」が発生しました。それが欧州第二の経済大国である英国です。また、地理的にEUに近いにも関わらず、もとからEUに加盟していない国がいくつかあります(それらの代表例は北欧の大国・ノルウェーや北極に近い島国・アイスランド、さらに「永世中立国」を名乗るスイスやバルカン半島の一部の旧東欧諸国です)。EUに加盟していない事情は国により様々ですが、「欧州統合」が絶対的なものではない、という点については注意が必要でしょう。

ユーロとは?

次に、ユーロとは、欧州中央銀行(ECB)が発行する共通通貨のことです。

日本だと、基本的に日本の中央銀行である日本銀行が発行する日本円が通貨とされていますが、ユーロ圏加盟国では独自の中央銀行は存在するものの、通貨発行権限を失っています。そして、ユーロ圏に加入するためには「財政赤字がGDPに対して3%以内である」などの条件を満たす必要がありますが(※ギリシャが基本的な統計を偽り、これらの条件を粉飾によりごまかしていた疑惑があることは有名です)、いったんユーロ圏に入ってしまえば、「各国通貨間での為替リスク」という問題が解消するなどのメリットがあります。

たしかに、ユーロ導入前にヨーロッパを旅行で訪れた人なら、両替がとても煩雑だと思った人も多いでしょう。実際、ユーロが導入されたことで、事実上、「ヒト・モノ・カネ」のほぼ完全な自由移動が実現しました。これにより、ユーロ圏は巨大な人口と経済力を抱え、米国や日本に対する競争力を確保したといえるでしょう。

しかし、それと同時に、ユーロという通貨の制度設計には極めて大きな問題点があります。それは、「財政を統合せずに通貨だけ統合してしまったこと」に尽きます。実際、2008年のリーマン・ブラザーズの経営破綻に端を発する国際的な金融危機は欧州に飛び火し、欧州の銀行不安が欧州各国政府の「国債リスク」に発展して、ユーロ圏加盟国の財政破綻リスクが強く意識されたことは記憶に新しい点です。

また、「緊縮財政第一主義」を掲げるドイツの金融思想が、事実上、ECBを牛耳ってしまっている点も大きな問題点です。そして、ユーロ圏が持つ大きな矛盾が解消されなければ、「ドイツの巨額貿易黒字」「南欧諸国の巨額財政赤字」という「表裏一体の問題」により行き詰るのは時間の問題でしょう。

ところで、興味深いことに、EU加盟国は原則として「将来的にユーロを採用しなければならない」ことになっているはずなのですが、EU離脱を決めた英国を除けば、EU内でユーロを採用していない国が8ヵ国あります(スウェーデン、ポーランド、デンマーク、ハンガリー、チェコ、ルーマニア、ブルガリア、クロアチア)。これらの国がユーロに加盟しない事情は、2003年の国民投票でユーロを拒絶したスウェーデンのような例や、ユーロ危機以降、ユーロ圏入りすることをためらう東欧諸国のような例もあります。また、デンマークの場合はユーロを採用していませんが、欧州為替安定メカニズム(ERM2)に従い、事実上の「通貨ペッグ制度」を採用しています。

シェンゲン協定

一方、「欧州統合」の中でも興味深いのは、「シェンゲン協定」です。

データが少し古くて恐縮ですが、わが国の外務省のウェブサイトによると、シェンゲン協定加盟国は2013年7月時点で次の26カ国です。しかし、この「シェンゲン協定」の範囲は、EUやユーロ圏加盟国とずれています(図表3)。

図表3 シェンゲン協定加盟国
区分 シェンゲン協定加盟国 シェンゲン非加盟国
EUのうち、ユーロ圏 ドイツ、フランス、イタリア、スペインなど合計17ヵ国 アイルランド、キプロスの2ヵ国
EUのうち、非ユーロ圏 スウェーデン、ポーランド、デンマーク、チェコ、ハンガリーの5ヵ国 英国、ルーマニア、ブルガリア、クロアチアの4ヵ国
EU非加盟国 アイスランド、ノルウェー、スイス、リヒテンシュタインの4ヵ国

ここで、EU駐日代表部のウェブサイトは、ユーロが導入されたことで、「人、物、サービスおよび資本が(中略)自由に移動すること」ができるようになったと述べていますが、この説明は正しくありません。というのも、本当に完全な意味で「人の移動が自由になる」ためには、シェンゲン協定に加盟することが必要だからです。

そして、アイルランドの場合は英国と入国管理を共通化しているため、ユーロ圏でありながらシェンゲン協定に参加していません(ただし英国のEU離脱に伴い、将来、アイルランドがシェンゲン協定に加盟し、英国とアイルランドの間での国境検問が復活する可能性はありますが…)。

「欧州統合」は簡単ではない!

欧州の問題とは「ドイツ流デフレ問題」だ!

当たり前の話ですが、「欧州統合」は口で言うほど簡単ではありません。

日本でも鳩山由紀夫氏が首相に就任した直後、EUのマネをしたのか、唐突に「アジア共同体」なる構想を提唱したことがあります。日本国の内閣総理大臣という立場にある者が、経済連携協定も自由貿易協定も人の移動の自由も実現していない国に対し、唐突に「通貨統合」をぶち上げていったいどうするのかと呆れた記憶があります。

もちろん、欧州では悲惨で残忍な戦争を多く経験するなど、長くて困難な歴史の末に、ようやく「平和的な市場統合」が実現したという経緯もあります。「共通の価値認識の下で統合を推し進めようとする」という発想自体は素晴らしいものであり、私もこうした努力自体は素晴らしいものだと思います。

ただ、それと同時に、2010年のユーロ危機により、ユーロの「通貨としての矛盾」が一気に表面化したことも事実です。経済成長を続けるためには、財政政策と金融政策の有機的で一体的な運用が必要であり、日本でも「アベノミクス」が中途半端ながらも好転しているのは、まさにこの「財政と金融の一体性」にあるのです。

現在の欧州が抱えているのは、ユーロ問題だけではありません。たとえば、中近東諸国から安価な移民労働力が大量に流入していることで、欧州の人々の雇用が失われています。実際、OECDのデータによれば、スペインなどの南欧諸国を中心に、酷い場合には失業率が50%に達している国もあります。つまり、簡単にいえば、ドイツによる「デフレの輸出」です。

ドイツの企業が安価な移民労働力を使って製品を大量に製造し、為替変動がないことを奇貨として南欧諸国に大量に売り付け、結果的に欧州全体が貧しくなってしまう、という「負のスパイラル」が生じているのです。

経済統計を読んでみても、明らかに主要先進国と比べてドイツの輸出依存度(輸出額のGDPに対する比率)は高く、OECD加盟国の中でも輸出依存度が40%前後に達している国はドイツと韓国だけですが、「緊縮財政」と「移民労働力」によりコストを抑制したドイツがデフレと貧困を武器に、欧州全域の犠牲で繁栄しようとしているのが、EUの正体だと思います。

フレグジットは実現するのか?

ドイツ、英国と並ぶ経済大国であるフランスでも、「ドイツ流のデフレ財政政策」と「移民流入」がフランス国民を貧しくしているとする不満が国民に渦巻いているようです。こうした中、5月7日(日)に予定されている決選投票で、ルペン氏がフランス大統領に当選する可能性は、決して低くないと見るべきでしょう。

ただ、仮にルペン氏が次期フランス大統領に当選したとして、彼女の政権下で「フランスのEU離脱」(Frexitフレグジット)が実現するのかといえば、そこは微妙です。というのも、欧州統合には、主なものだけでEUだけでなく、ユーロやシェンゲン協定などがあるからです。

もともと島国であり、ユーロ圏にもシェンゲン協定にも参加していなかった英国は、EUからの離脱もそこまで大変ではありません。しかし、フランスは自国通貨を廃止してユーロを採用してしまっており、さらにはスペインやイタリア、ドイツなどの欧州主要国と国境を接していて、シェンゲン協定の恩恵も受けている国です。仮にフランスがユーロとEUとシェンゲンから同時に脱退すれば、欧州自体にとっても大きな打撃であることも間違いありませんが、フランス自身も大変な混乱に直面してしまいます。

つまり、「フレグジット」の困難さは「ブレグジット」とは比較にならないほど大きい、ということです。

ルペン氏がフランス大統領に就任すれば、すぐにフランスがEUから離脱する、というほど単純なものではないことは間違いありません。しかし、ルペン氏が取り得る選択肢は、別に「フレグジット」に限られません。「フレグジット」をちらつかせながら、EU(とドイツ)に対して、フランスの要求を突き付けることだって、十分に立派な「選択肢」です。

その意味で、「ルペン=極右」とレッテルを張って思考停止に陥るマス・メディアの報道に騙されず、引き続き、冷静に事態を見極める必要があることは間違いないでしょう。

新宿会計士:

View Comments (2)

  • EUがうまくいってないのは、「ユーロ」という通貨の問題が大きい。財政がバラバラで、各国がつながっていないため。金持ちのドイツはますます金持ちになり、貧困国はますます貧しいです。「大英帝国」のプライドの高い英国はドイツに頭を下げるのがいやだから脱退した(その後中国に近づいたがうまくいってない)。でもフランスまで脱退すると、本当にドイツ一国だけになり、崩壊の可能性もありますが、そこまではならないと思います。フランスは英国と異なり島国ではありません。地理的にも近隣国との経済活動は活発でしょうし、押し寄せる難民とかを負に勘案してもEUに留まると思います。

  • 外為市場的にはもうマクロン大統領ありきですね
    24日、月曜の朝、日本の為替市場は先週に比べ大幅な円安で始まった
    ユーロ円で3円、ドル円で1円、いわゆる「窓を開け」てスタート
    EU離脱無しと市場は判断して、ユーロ買いに転じた

    もっとも、マーケットはケインズが言う美人投票なわけで
    他人がどんな投資行動をするかを予測してそれに乗っかるゲーム
    たとえそれが「浅い議論」だとしても、皆が浅い議論のレベルなら
    参加者にとってはそれが正解で、それ以上でもそれ以下でもない
    そこに善悪はないし、単に儲ける者と損する者がいるだけ
    ルペンならEU離脱でリスク回避の円高
    ルペンでないなら離脱なしでリスク選好のユーロ高
    こういう単純なシナリオを描いて連中は右往左往する

    でもブレクジットの時は、全マーケットが予想外したし
    トランプの時は同じようなポカを全マスコミがした
    今回は日経がマクロン優勢と報じてる(悪い?良い?予感しかしない)

    ルペンは25日「極右政党」国民戦線の党首を退くと表明した
    全てのフランス国民を代表できる「自由な」候補として大統領選を戦うと
    さてさて大統領選の行方はまだまだ分からない

    そう言えば安倍さんも韓国じゃ極右呼ばわりでしたねw