週末にドイツの温泉街で行われた「G20財相会合」は、明らかな「潮目の変化」が感じられました。というのも、行き過ぎたグローバリズム是正という流れに加え、日本の存在感がかつてなく高まっているからです。グローバリズムが是正された場合に困る国とは、具体的にはドイツ、中国、韓国であり、その一方で米国と日本が再び世界で主導権を取ろうとしている、という構図が明らかになりつつあります。本日は「米独の不仲」とユーロ圏の問題について、改めて「政治的な視点」から深掘りしてみましょう。
目次
「トランプデビュー」に怯える欧州
「メルケルとの握手を拒否したトランプ」?
欧州と米国の関係が「きな臭く」なってきました。
先週金曜日に米国を訪問したアンゲラ・メルケル独首相はホワイトハウスでドナルド・トランプ米大統領と会見。その冒頭で、メディアの前に姿を現した米独両首脳は、恒例の「握手」を交わさなかったことが、ちょっとした「話題」になっています。
No shake: Donald Trump snubs Angela Merkel during photo op – video (英国時間2017/03/17(金) 18:09付=日本時間2017/03/18(土) 03:09=付 The Guardianより)
「ガーディアン」によると、金曜日にホワイトハウスの執務室であった両首脳は、恒例となっているメディアの前での会見場で、周辺の人々(メディア関係者か?)から「握手は?(Handshake?)」と聞かれるも、トランプ氏はそれをスルーする、という動画です。
もちろん、この部分だけを切り取って、米独両首脳が「仲が悪い証拠だ」と見るのは早計です。しかし、これと全く同じ場所で、「安倍晋三(日本国内閣総理大臣)とは19秒間も握手をした」のと比べると、あまりにも対照的です。
次のリンク先にはCNNの報道がありますが、メルケル氏を前にして、記者らから「握手は?」と要求されたトランプ氏が、次のシーンでいきなり安倍晋三総理大臣と握手する、というシーンに差し替えられている、というものです。
Did Trump snub Merkel handshake?(CNN politicsより)
英語がわからなくても、リンク先の動画自体は1分少々のもので、映像化されているため、よく分かると思います(特に動画の0:36~)。CNNは、
トランプ氏が掲げる「米国第一主義」はメルケル氏の「グローバリズム」と対決するものであり、これから米独関係が史上最悪なものとなるだろう
とでも言いたいのでしょうか?
G20財相会合が「決裂」?
こうした中、もう一つ、非常に気になる報道も入ってきました。
「G20会合」といえば、2008年の金融危機後に非常に注目された会合でもありますが、近年では形骸化が著しく、正直、ニュースバリューもありませんでした。ところが、日曜日にドイツの温泉街・バーデンバーデンで開かわれたG20財相会合では、「保護主義への反対」を明記するかどうかを巡り、事実上、意見が決裂しました。
Divisions on Trade Dominate G-20 Global Summit (米国時間2017/03/19(日) 20:43付=日本時間2017/03/20(月) 09:43付 WSJオンラインより)
WSJは
U.S. Treasury Secretary Steven Mnuchin, rejecting a concerted effort by rivals here, got finance officials to drop a disavowal of protectionism from a closely watched policy statement issued by the Group of 20 industrialized and developing nations.
(仮訳)米国のスティーブン・ムニューチン財務長官は注目されていたG20財相会合の共同声明を巡って、保護主義への反対を明記することを拒絶した。
と報じており、「保護主義への反対」が米国の反対によりG20声明に盛り込まれなかったと述べています。考えてみれば、これは非常に大きなニュースです。というのも、ソ連崩壊以降、1990年代から続いていた「グローバリゼーション」の潮目が大きく変わりかねないからです。
グローバル時代の「勝ち組」
特に、欧州連合(EU)と共通通貨・ユーロの恩恵を一番大きく受けて来たのがドイツであり、また、世界経済の一体化により安い労働力を提供することで経済成長を果たしてきたのが中国です。これに対して米国と日本は、安価な労働力により仕事を奪われてきた被害者のようなものでしょう。
ドイツ
ドイツは1990年に再統一後、欧州連合(EU)圏内における経済的な国境をなくし、関税をなくすことで、経済的な「勝者」となりました。それだけではありません。2001年から正式に流通が開始された通貨「ユーロ」は、ドイツにとって「貿易黒字を積み上げ続ける仕組み」だったのです。
通常であれば、ドイツのように産業競争力が強い国は、放っておけば自国の通貨(ドイツ・マルク)の価値が上昇してしまい、輸出競争力が弱まってしまいます。しかし、ドイツは「ユーロ」に加盟することで、南欧諸国をはじめとするユーロ圏に対していくら貿易黒字を積み上げたとしても、少なくともユーロ圏内で為替相場は動かないため、いわば無限に貿易黒字を積み上げ続けることができる仕組みを作り上げたのです。
それだけではありません。
ドイツは旧西ドイツ時代を通じて、トルコなどから安価な労働力を移民として受け入れて来たので、国内の労働コストを抑えながら、安価な移民労働力で作らせたドイツ製品を周辺国に輸出することで経済成長を続けて来たのです。
ドイツは輸出依存度(GDPに対する輸出の比率)が2015年で39.6%と、主要国と比べて極めて高く、一方で輸入依存度は31.4%に過ぎません。つまり、巨額の貿易黒字を計上することで、周辺国から「搾取」しているという言い方もできるでしょう。
中国
ドイツと同じく、「グローバル化」で大きく成功した国は、中国でしょう。
日本や米国がその典型例ですが、中国の安い労働力を当て込んで、1990年代から多くの西側諸国の企業が中国に進出。これに加えて、1990年代から2005年まで、中国の当局は自国通貨の人民元の為替相場を人為的に低く抑えることで、輸出競争力を確保して来ました。
中国の経済力は、1990年代には「世界の最貧国」レベルでしたが、今や日本を追い抜き、世界で2番目の経済大国となりました。その大きな要因は、輸出と投資に依存した経済成長だったのです。
ただし、中国の場合は経済規模が大きくなり過ぎたのか(あるいはGDPを粉飾しているためでしょうか)、2015年で輸出依存度は21.0%、輸入依存度は15.5%ですが、ただ、同国の経済規模を考えるならば、これも随分と巨額です。
韓国
グローバル化により大きく成功した国をもう一つ挙げるなら、韓国でしょう。
この国も、特に米国財務省からは「為替相場を人為的に操作している」と批判されているとおり、日常的な為替介入に加え、多くの国と締結したFTA(自由貿易協定)などの効果により輸出競争力を高めており、2015年時点の貿易依存度は、輸出依存度が38.2%、輸入依存度が31.7%となっています。
独中韓の共通点
つまり、ドイツ、中国、韓国には、次の共通点があるのです(図表1)。
図表1 独中韓の共通点
項目 | 特徴 | 備考 |
---|---|---|
為替相場 | 日本などと異なり、いずれの国も為替相場は安定しており、貿易黒字を積み重ねても自国通貨高にならない | ドイツはユーロ圏に加盟することで、中国や韓国は日常的な為替操作を行うことで、為替相場の安定を確保している |
輸出大国 | いずれの国も、輸出のGDPに対する比率が極めて高い | 少なくとも輸出依存度は20%を超えている |
貿易黒字 | いずれの国も巨額の貿易黒字を積み上げている | GDP比5%を超える大幅な貿易不均衡を抱えている |
高すぎる貿易依存度
このことを数字で確認しておきましょう。
総務省統計局が公表する『世界の統計2017』をベースに、独中韓の3ヵ国と、比較のために他のG7諸国(カナダを除く)、インドについて、GDPや貿易収支などを列挙したものが、図表2です。
図表2 主要国のGDPと貿易高一覧(2015年、金額単位:百万ドル)
国 | 名目GDP | 輸出 | 輸入 | 貿易収支 |
---|---|---|---|---|
米国 | 18,036,648 | 1,503,870 | 2,306,822 | -802,952 |
中国 | 11,158,457 | 2,281,856 | 1,681,671 | 600,185 |
日本 | 4,383,584 | 624,874 | 625,568 | -694 |
ドイツ | 3,363,600 | 1,331,194 | 1,056,341 | 274,853 |
英国 | 2,858,003 | 465,922 | 629,229 | -163,307 |
フランス | 2,418,946 | 573,056 | 651,496 | -78,440 |
インド | 2,116,239 | 264,381 | 390,745 | -126,364 |
イタリア | 1,821,580 | 458,751 | 408,971 | 49,780 |
韓国 | 1,377,873 | 526,897 | 436,536 | 90,361 |
これを見ると、もはや中国のGDPは日本の3倍近くに達していますが、もう一つの特徴がわかります。それは、貿易高(特に輸出)が2兆ドルを超え、非常に巨額である、という事実です。また、中国この輸出高は、米国(1.5兆ドル)を遥かに凌駕します。
ただ、経済規模で中国の4分の1程度の国であるドイツも負けてはいません。輸出高は1.3兆ドルで、これは図表2に示した国の中で、中国、米国に次ぎ、上位3番目だからです。さらに、ここに列挙した中で、経済規模が一番小さい韓国の輸出高が約5269億ドルに達しており、この金額は世界第3の経済大国であるはずの日本の輸出高と大差ない、という事実にも驚きでしょう。
比率にすると極端に!
こうした数値を比率にすると、さらに極端なことがわかります。
図表2中の輸出高とGDPを比較した「輸出依存度」、さらに貿易収支のGDPに対する比率を示してみると、明らかに、中国、ドイツ、韓国の3ヵ国が異常です(図表3)。
図表3 明らかに高すぎる3ヵ国の貿易依存度
国 | 輸出依存度 | 貿易収支GDP比率 |
---|---|---|
米国 | 8.34% | -4.45% |
中国 | 20.45% | 5.38% |
日本 | 14.25% | -0.02% |
ドイツ | 39.58% | 8.17% |
英国 | 16.30% | -5.71% |
フランス | 23.69% | -3.24% |
インド | 12.49% | -5.97% |
イタリア | 25.18% | 2.73% |
韓国 | 38.24% | 6.56% |
GDPに対する輸出の依存度が高い国はいくつもあります。たとえば、イタリアは25%、フランスは24%と、いずれも中国(20%)を上回っています。しかし、貿易黒字だけに着目すると、GDPに対する貿易黒字の割合が5%を超えている国は、中国、ドイツ、韓国だけです。
つまり、これらの3ヵ国は、為替競争力が働かない世界で、不公正に貿易黒字を積み上げていると批判されても仕方がないような国ばかりなのです。
日米両国の逆襲が始まる
自国の犠牲のもとに中国を育てた「負け組」は日米両国
1990年代では、日米両国は2ヵ国だけで、世界のGDPの半分近くを占めていました。しかし、日本は1990年代以降、財務省と日本銀行の失策に次ぐ失策により、極端な円高政策と製造拠点の海外流出が続き、「失われた20年」と呼ばれる長期的な停滞に苦しんでいます。米国も状況は似たようなものでしょう。
こうした中、日本で2012年12月に、マス・メディアの偏向報道を物ともせずに、安倍晋三政権が奇跡の復活を遂げたのも、米国で2016年11月に「米国第一主義」を掲げるドナルド・トランプ氏が大統領に選出されたのも、私には単なる偶然とは思えません。
世界が安倍・トランプに注目する時代
そして、もう一つの特徴は、安倍総理に世界が注目する時代が到来した、という事実です。
冒頭に紹介したWSJの記事では、「3月19日に安倍総理とメルケル首相が会談を行った」という下りが出てきます。
German Chancellor Angela Merkel, who chairs the G-20 this year, signaled her frustration with global tensions over trade on Sunday, two days after a meeting with U.S. President Donald Trump, which at times appeared strained. Mr. Trump said after that meeting that he supported free and fair trade, but talks on a trans-Atlantic deal between the U.S. and European Union appear stalled.
“In times when we have to fight with many people about free trade, open borders, democratic values, it’s a good sign that Germany and Japan don’t fight,” she said after a meeting with Japanese Prime Minister Shinzo Abe in Hannover, Germany.
(仮訳)今年のG20会合で議長を務めるドイツのアンゲラ・メルケル首相は日曜日、貿易を巡って世界的な摩擦が高まっていることへの不満を示唆した。メルケル首相は2日前に、米国のドナルド・トランプ大統領と、明らかにとげとげしい雰囲気の首脳会談を行ったばかりだ。トランプ氏自身、首脳会談後には、いちおう、「自由・公正な貿易を支持する」と発言しているものの、その割には環大西洋自由貿易協定(TTAP)も停滞している。
メルケル氏はドイツ・ハノーバーで行われた日本の安倍晋三総理大臣との会談後に、「自由貿易体制と開かれた国境、民主主義の価値などを巡り、今は多くの人々と論戦しなければならない。ドイツと日本がこの件で争わないことは重要だ」と述べた。
つまり、「トランプ旋風」に怯えるメルケル氏が、安倍総理を味方につけようと躍起になっている、ということです。
麻生総理も存在感示す!
今回のG20財相会合は、米国のムニューチン財務長官にとっては事実上の「外交デビュー」でしたが、ここでももう一人、強い注目を集めた政治家がいました。それは、麻生太郎総理(※)です。
(※余談ですが、麻生太郎氏の現職は「副総理・財相」ですが、同氏は内閣総理大臣経験者であるとともに、リーマン・ショック直後の日本経済を立て直すために奔走した功労者でもあるため、私は敬意を込めて、わざと「麻生総理」と呼ぶことがあります。)
そして、WSJの記事では安倍総理と並んで麻生財相も登場。
“I feel that many of those talks are exaggerated and made up,” Finance Minister Taro Aso said, adding that a summit meeting held earlier this year between Messrs. Trump and Abe involved “no discussions whatsoever that smacked of protectionism.”
(仮訳)「(保護主義が台頭するという)これらの懸念は誇張されており、また、作られたものだ」と麻生太郎財相は述べ、そのうえでトランプ・安倍会談についても「保護主義を進めるような動きは全くなかった」と強調した。
という下りで、麻生氏の発言が引用されています。
米国のメディアの記事で、日本の政治家が2人も出てくるのは、極めて異例のことです。ここでも「デビューしたばかりの米財務長官を日本の財相がサポートする」という構図が見て取れます。
孤立するトランプを助けるのは安倍
今年7月に開催されるG20への参加が事実上の「国際社会デビュー」となるトランプ氏にとって、安倍総理は非常に「頼りになる先輩」です。一方、欧州連合(EU)を敵視するトランプ氏と向き合う欧州首脳陣にとって、テリーザ・メイ英国首相と並んでトランプ氏との首脳会談を済ませた安倍総理は、「何を考えているのかわからないトランプ」との橋渡し役にもなります。
つまり、安倍総理と日本の外交における価値が、かつてなく高まっている、というのが事実なのです。
これまでの日本は、国際社会でいまひとつ存在感を発揮することができませんでした。これに加え、日本は常に周辺国に悩まされてきました。日本人を拉致し、核兵器や生物化学兵器を開発する無法国家・北朝鮮や、虎視眈々と世界征服を狙う邪悪な大国・中国、さらには日本の味方のふりをしながら、常に日本を貶めようと画策している「コウモリ国家」韓国。日本はこれまで散々、これらの国に妨害され、苦しめられて来ました。
しかし、米国でトランプ政権が成立したことは、日本にとっては実は極めて大きなチャンスなのです。もちろん、トランプ氏の進める政策が米国の経済にとってプラスになるのかマイナスになるのかという問題はあるでしょう。しかし、日本は日本で、日本自身の国益を最大化するように動けば済む話なのです。
いずれにせよ、日本は現在、非常に大きな交渉力を持っています。たとえば、安倍総理がトランプ大統領に「自由貿易の需要さ」を巡って釘をさす役割を引き受ける代わりに、G20会合では中国の海洋進出を議題にするよう、議長であるメルケル首相に要求する、といった「バーター取引」もできるようになります。
日本にとっては非常に面白い時代が到来したことは間違いないでしょう。