一般人がマスコミに勝てる時代

早いもので、ビジネス評論に関する独立ウェブサイトを立ち上げてから、そろそろ3か月が経過します。ここらで少し立ち返り、私のような「ビジネスマン」が評論サイトを運営する意味について、普段の考えをまとめてみたいと思いました。日本には、一部には信頼できるジャーナリストも確かに存在するものの、マス・メディアの報道は質の低下が激しく、現場の第一線で働くビジネスマンにとって満足できる水準ではありません。そして、「三種類の情報」を手掛かりに、インターネットを通じて一般人がマス・メディアに勝てる時代が到来したことについて議論しましょう。

評論サイト3か月の御礼

早いもので私が大手ブログサイトにブログを書き始めてから6年3か月、自分自身のビジネス評論サイトを立ち上げてから3か月が経過します。こちらの専門評論サイトを立ち上げた理由は、きわめて単純です。それは、「既存のマス・メディアの報道に満足ができないから」、です。そして、私と同じように感じているビジネスマン諸氏も多いのではないかと思います。そこで、私が目をつけたのが、「ニュースの深掘りを中心としたビジネス評論」というジャンルだったという訳です。

評論サイトをジャーナリストではなくビジネスマンが運営する意味

ここ3か月の話題の一つは、たとえば政治分野では民進党代表に選出された村田蓮舫(れんほう)参議院議員の「二重国籍問題」がありますし、社会分野では豊洲市場の盛り土問題に加え、某著名人が「差別発言」を行ってテレビ番組から降板させられたなどの事件がありました。さらに、経済分野では「アベノミクス」の動向に引き続き関心が集まっています。しかし、マス・メディア(特に新聞やテレビ)が取り扱う範囲が広すぎるためでしょうか、今一つ、個別ニュースの深掘りが物足りないと感じてしまうのです。

もちろん、このウェブサイトは私が個人で運営しているものであり、圧倒的なマンパワーを持つ既存のマス・メディアと「ニュース配信競争」などを行っても、量や速報性では勝てるはずがありません。当ウェブサイトの強みは、「記事の量」や「速報性」などではなく、「特定のテーマを深掘りして議論すること」にあります。そして、私はジャーナリストではなくビジネスマン(しかも金融に特化した公認会計士)です。マス・メディアで発信される情報と比べると、速報性には劣るかもしれませんが、間違いなく、金融・マクロ経済などの分野ではプロフェッショナルです。

私は別に「有名人」でもありませんが、それでも当ウェブサイトには、外部検索エンジンなどから「日韓スワップ」や「ハード・カレンシー」といったキーワードで多くの人が訪れてくださっています。言い換えれば、既存のマス・メディアの報道を上回るクオリティの記事を書き続けていれば、やはり確実に、多くの方に支持をしていただける、ということなのだと思います。もちろん、商業ベースに乗るだけのアクセス数を頂くには至っていませんが、それでも「読者最優先」で、根気よく続けていきたいと考えております。

ジャーナリストとビジネスマンに違いはあるのか?

ジャーナリストの感覚と一般のビジネスマンの感覚――。何か異なるところがあるのでしょうか?「本物のジャーナリスト」であれば、一般のビジネスマンとほぼ同じ感覚があるはずです。

私は以前より、マス・メディアの報道には信頼できないことがあると感じることがあります。多くのビジネスマンが読んでいる「日本経済新聞」にしたって、時々、とんでもなく人騒がせな誤報が掲載されることがあります。「従軍慰安婦問題」を捏造し、積極的に世界中に拡散した朝日新聞社のような新聞社は論外として、最近だとフジテレビが豊洲市場の写真を「加工」して放送したとか、朝日新聞と毎日新聞と時事通信が「日本政府の見解だと、日本の国籍法上、台湾国籍の人には中国の法律が適用される」とウソの報道を行ったとか、そういった不祥事は枚挙に暇がありません。

では、なぜ日本の新聞・テレビは信頼に値しないのでしょうか?あるいは、なぜジャーナリストの中には、いい加減な記事・報道を垂れ流す人物が多いのでしょうか?その理由は、簡単です。新聞にせよテレビにせよ、鉄壁の「参入障壁」で守られてきた業界ですから、単純に日本のジャーナリストの多くが、大した仕事をしていなくても勉強していなくても、適当に記事を書いて垂れ流していれば、それでお金になってきたからです。

しかし、これはあくまでも、日本だけの話だと考えるべきでしょう。実は、日本のマス・メディア業界自体、何かと問題を抱えていることは事実ですが、それでも日本のジャーナリストの中にも、青山繁晴さん(※)や長谷川幸洋さん、鈴置高史さん、福島香織さんなど、尊敬に値する優れた人はたくさんいらっしゃいます。

(※)もっとも、青山繁晴さんの場合は、現在は参議院議員でもあるため、あくまでも彼は「元ジャーナリスト」と見るべきかもしれませんが…。

ただし、「ジャーナリスト」ないし「評論家」として、情報発信をするためには、必ずジャーナリスト出身でなければならない、という訳ではありません。具体的には、三橋貴明さんのように、「ブロガー」出身の優れた経済評論家も出現し始めています。その意味では、現代では、「プロ意識を持ち、真剣に調べて情報発信を行う能力がある人」であれば誰でも「ジャーナリスト」あるいは「評論家」を名乗ることができるのです。

そのように考えると、私自身は、現在のところ、本業(金融商品会計と金融規制の専門的サービスラインの提供)とこちらの評論サイトを分けていますが、将来的には「新宿会計士」ではなく、実名を出して、「ビジネスマン評論家」として活躍していく、というのも一つの選択肢なのかもしれません。もちろん、それはあくまでも「可能性の一つ」に過ぎませんが…。

マス・メディアの問題点

マス・メディアの問題に話を戻しましょう。

情報の種類

新聞・テレビなどが流す報道、あるいは私が運営している当ウェブサイトなどに掲載する情報には、実は三つの種類があります(図表1)。

図表1 三つの情報
区分概要具体例
①客観的事実誰がどう報じても必ず同じ内容になる情報「2016年のノーベル医学生理学賞は東京工業大学の大隅良典栄誉教授に授与された」
②主観的意見報じる人により内容が異なる可能性がある情報「大隅教授の受賞は日本人の優秀さを示す証拠だ」
③フィクション事実とは異なる情報。テレビドラマや新聞小説だけでなく、朝日新聞による慰安婦捏造事件など、事実を捻じ曲げることも含む「2016年のノーベル賞受賞者は、物理学賞、化学賞、文学賞、平和賞のすべてが日本人だった」

このうち「①客観的事実」については、誰がどう報じても、全く同じ内容になるはずです。しかし、「②主観的意見」については、報じる人や立場によって、内容が全く異なる可能性があります。「具体例」のところに「大隅教授の受賞は日本人の優秀さを示す証拠だ」と記載してみましたが(※私がそう思っている、という意味ではなく、あくまでも例示ですが)、「大隅教授がたまたま日本人だっただけの話であり、大隅教授が受賞したからといって、必ずしも日本人全体が優秀だという意味ではない」、という反論もあり得るでしょう。つまり、「絶対唯一の正解」があるのが「①客観的事実」、「絶対的な正解」が存在しないのが「②主観的意見」です。

なお、「③フィクション」については、新聞小説やテレビドラマのように、「明らかに作り物」とわかって楽しむコンテンツもあります。しかし、報道が「フィクション」であることは許されません。この典型的な事例の一つは、朝日新聞がでっち上げた「従軍慰安婦問題」です。これは、「客観的事実」に見せかけたウソであり、朝日新聞だけでなく、報道に対する全般的な信頼性を貶めたものです。しかも、朝日新聞社は過去に、沖縄県のサンゴ礁を傷つけたり、福島第一原発の吉田所長の調書を捏造して引用したり、といった「捏造事件」を多数、発生させています。

また、捏造事件を頻発させている朝日新聞社は論外としても、日本経済新聞を初めとする日本の他のメディアも、偉そうなことは言えません。彼らも色々と誤報をしでかしているからです。しかも、困ったことに、これらのメディアは多くの場合、誤報をしても、訂正を行いません。さらに、日本のメディアの報道には、「①客観的事実」と「②主観的意見」をわざと混ぜるような記事も多く(ただし、外国のメディアも状況は似たようなものですが)、マス・メディアの記事に対する信頼性を喪失させかねない状況となっています。

誤報・偏向報道・捏造報道の違い

ここで、マス・メディアの「不適切な報道」を整理しておきましょう(図表2)。

図表2 メディアの不適切報道
区分説明備考
A.誤報主に「①客観的な事実」に関係するもので、事実関係を誤って報道すること誤報の原因は裏付け取材が不十分なケースだけでなく、情報源がウソをつくケースもある
B.偏向報道主に「②主観的な意見」に関係するもので、非常に偏った立場から意見を述べること一定の立場に大きく偏った意見であり、社会通念上、「公正な立場」とは言えないようなもの
C.捏造報道「③フィクション」を、あたかも「①客観的な事実」であるかのように報じること読者・視聴者を騙す目的でなされる報道であり、極めて不法行為性が高い行為

このA~Cの中で、「A.誤報」については、比較的短い期間で判明するため、社会的な影響はそれほど大きくないと思う方もいるかもしれません。しかし、「●●会社がライバルのXX会社と合併する!」といった報道が流れると、仮にそれが誤報であっても、それだけで株価が動いたりします。

一方、「B.偏向報道」とは、読者・視聴者が賢くなれば、容易に見抜くことができます。日々、インターネット上の掲示板(いわゆる「2ちゃんねる」など)で、朝日新聞や琉球新報、毎日新聞、東京新聞、北海道新聞といった「左翼メディア」の愚かしい社説が叩かれていますが、今や日本の知的階層はインターネット空間でこれらの社説を監視しています。

しかし、「C.捏造報道」については、我々のような一般人としては、どうにもこうにも検証しようがありません。我々社会人の多くは自分自身の仕事を持っている訳であり、その意味でも、「不適切な報道」の中では群を抜いて悪質です。朝日新聞社が行った「慰安婦捏造事件」や「福島第一原発捏造事件」などを振り返るならば、まさに同社がマス・メディアに値しない組織である証拠でしょう。

インターネットの役割

以上の議論をまとめておきましょう。ざっくりと、「客観的事実」を誤って伝えることが「誤報」、「主観的意見」が偏ることが「偏向報道」、そして「わざとウソを報じる」ことが「捏造報道」、という具合に分類できます。我々一般人がこれを監視する時に、一番簡単なのは「偏向報道」(つまりインチキ社説など)ですが、「客観的事実が誤って伝えられたこと」については監視が難しく、そして立証することが一番難しいのが「フィクションを捏造して報道すること」です(図表3)。

図表3 不適切報道と監視
情報の種類対応する不適切報道監視の容易さ
①客観的事実A.誤報2位
②主観的意見B.偏向報道1位
③フィクションC.捏造報道3位

我々のような一般人は、インターネットという情報収集・発信手段を得たとはいえ、現実には今でもマス・メディアが発信する情報の重要性は高いといえます。私も、優秀なジャーナリストが発信する情報については貴重だと考えています。ただし、今日でも「不適切な報道」は続いており、我々有権者は、メディアの報道自体を監視しなければなりません。

このうち、「②主観的意見」の典型例は新聞の社説などですが、報道するニュースを新聞社などが恣意的に選ぶことも偏向報道の一種です。しかし、我々日本国民が賢くなれば、こうした偏向報道など容易に監視することができるようになります。一方、「①客観的事実」に関する誤報は、偏向報道ほど監視が容易ではありませんが、これも「明らかに不自然なニュース」に対して「怪しい」と思えるだけの感覚を持つことは重要でしょう。ただし、「③フィクション(の捏造報道)」については、我々としても看過することはできませんし、より厳しい監視が必要です。

一般人がマスコミに勝てる!

ただし、インターネットが発達している現在ではありますが、それでもまだ、社会への情報発信力という観点からは、我々一般人がマス・メディアに勝つことは容易ではありません。しかし、確実に、その兆候は見え始めています。

そして、私が考える「インターネットの役割」とは、二つあります。

一つは、マス・メディアが報じるこれらの情報を監視することです。この役割は、既にインターネット掲示板(いわゆる「2ちゃんねる」や「まとめサイト」など)が担っています。そして、もう一つは「自ら情報を発信すること」であり、世の中のブログ・メディアや評論サイトなどがこの役割を果たし始めています。この「二つの役割」を通じて、一般人がマス・メディアに「勝つ」ことが、次第に現実のものになり始めているのではないでしょうか?

私自身も、非常にささやかではありますが、このウェブサイトで、自分なりの専門知識を生かす形で、情報の発信を続けていきたいと考えております。

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