欧米とイスラムの対立

欧米社会ではイスラムに対する嫌悪が強まっており、欧州では各国でイスラム教徒女性の「ブルカ」着用を規制する法案の提出などが相次いでいますし、米国では半ば「イスラム排除」を公言するドナルド・トランプ氏が共和党の大統領候補に指名されています。「入管豚肉事件」などを除けば、日本ではまだイスラム教徒との「異文化衝突」はそれほど大きな問題となっていませんが、それでも世界で何が生じているかを知っておく必要はあるでしょう。そして、あれだけたくさんの「イスラム国家」があって、どうしてイスラム国家側から、一部のイスラム過激派らに対する公式の批判声明一つ出てこないのかが疑問でなりません。

欧州・イスラム排除の動き?

本日はこんな話題を紹介しましょう。昨年来、欧州には中近東やアフリカなどから大勢の難民が押し寄せていますが、ここに来てフランス、ドイツという欧州の二大国を含め、欧州各地で「ブルカの禁止」という動きが活発化しています。

※FTオンラインの場合、契約をしていないとリンク先が読めないこともありますのでご注意ください。

ブルカとは?

日本ではあまり触れられていない話題ですが、欧州では、公共の場所で女性が「ブルカ」を着用することを禁止しようとする動きが議論を招いています。イスラムの「聖典クルアーン」の記載が原因でしょうか、一般的にイスラム教徒の女性は近親者以外に対して顔や体を隠す傾向が強いのですが、その程度には差があるようです。顔を覆う布も、髪の毛を隠す程度の「ヒジャブ」、目以外の部分を覆い隠す「ニカブ」、そして目の部分まで覆ってしまう「ブルカ」などがあるようです。同じイスラム圏でも、たとえば厳格な宗教国家・サウジアラビアと開放的なドバイを比べても、ずいぶんと差があるようですし、意外なことですがタリバーンが支配する前のアフガニスタンでは、女性は随分と開放的な服装をしていたそうです。

このうち、フランスでは既に2011年に部分的な「ブルカ禁止法」が導入されているようですが、FTオンラインによると、フランス議会は今年6月に、「ブルカを着用すること」が「民主主義国としての原則」に反するかどうかの「調査を開始」し、その結果を議会に報告させる方針だとしています。この報道に関する続報はありませんが、「ブルカ着用は民主主義に反する」という結論となった場合、現行の「ブルカ禁止法」がさらに強化され、「同国における全面的なブルカ禁止規制(of a total ban on the burka in this country)」に発展する可能性がある、ということです。

また、FTは8月ドイツでは政権与党でメルケル首相の出身母体であるCDU/CSUが、ブルカの着用を部分的に禁止する法案に、条件付きで賛成する意向だと報じています。これについても今のところ続報はありませんが、移民の受け入れに積極的だったメルケル首相自身の出身母体がブルカ着用の規制に賛同するとは、皮肉なものです。

さらに、「スイスインフォ」日本語版によると、9月下旬にスイス国内でのブルカ着用を禁止する法案を下院が僅差で可決したそうです。「スイスインフォ」によると、これが上院を通過するかどうかはまだ不明だとしていますが、「永世中立国」というイメージの強いスイスが特定の宗教の服装をターゲットにして禁止するとは、やや意外感があります。

そして、共同通信によれば、同様の法律がブルガリアでも可決成立したとのことです。ここまで来ると、もはや「ブルカ禁止」は欧州各地の潮流となりつつある、と言っても差し支えないでしょう。

ブルカの問題点

FTをはじめとする欧米メディアの記事の多くは、欧米圏の読者に向けて執筆されているため、これらの記事を読んでも、今一つ、「なぜブルカを禁止するのか」が見えてきません。そこで、次の「ニューズウィーク日本版」の記事を見てみましょう。

イスラム女性に襲われISISがブルカを禁止する皮肉/Even in ISIS Territory, a Backlash for Burqas(2016年9月8日(木)16時20分付 ニューズウィーク日本版より)

ニューズウィーク日本版は

「ブルカ禁止はもともと、顔を隠し武器を隠し持ったテロリストを恐れたヨーロッパが始めたイスラム差別だ」

と述べていますが、なるほど、イスラム教徒であることを理由に、顔を含めた全身を覆い隠し、武器を隠し持つ(または「武器を隠し持っているのではないか」と恐れられる)ことが問題化している、という側面があるようですね。ただ、ブルカを着用する全ての女性が「テロリスト」である、などと決めつけるのは、それこそ差別に違いありません。しかし、違う見方をすれば、特定の服装を禁止する法案が可決されるほど、欧州へのイスラム教徒の流入が「社会問題化している」という証拠でもあります。

米国の動き

一方、米国では、今年11月に行われる米大統領選に共和党の公認候補として出馬しているドナルド・トランプ氏が、イスラム教徒を排撃するような発言を行い、物議を醸しているようです(トランプ候補は今年8月にも、イスラム教徒の米兵を侮辱する発言を行ったなどとして批判されたばかりです)。ただ、「過激な言動をする大統領候補」が出現したということは、言い換えれば、その「過激な言動」も含めたトランプ氏自身が、米国の有権者に支持されているという証拠です。

私たちは米国に居住している訳ではありませんので、米国内のイスラム教徒に対する「空気」を感じることは難しいのが実情ですが、メディアの報道から間接的に、米国人の意識をうかがい知ることはできます。たとえば、「The Atlantic」に掲載されている次の記事が、ある程度の参考になるかもしれません。

Donald Trump and the Rise of Anti-Muslim Violence(2016/09/22付 The Atlanticより)

リンク先記事によれば、カリフォルニア州立大学サン・ベルナルディーノ・センター(California State University-San Bernardino’s Center)が公表した「嫌悪と過激主義に関する調査(the Study of Hate and Extremism)」によれば、2015年における全米の「反イスラム感情」は2001年9月11日の「同時多発テロ」以来、最悪の水準に達しているのだそうです。そのうえでThe Atlantic は「トランプ(候補)は人々の恐怖や懸念を捉えた(Trump has seized on people’s fears and anxieties”)」ことで支持を伸ばしている、と指摘しています。

イスラムが欧米から嫌われる理由

以上より、欧州における「ブルカ着用規制」、米国におけるトランプ候補の台頭という事例から、イスラムが欧米から強く排除され、嫌われているという事実が判明します。では、どうしてイスラム教徒は、特に欧米と強い摩擦を起こしているのでしょうか?そして、なぜ日本では「反イスラム感情」がそれほど強くないのでしょうか?

おそらく、我々日本人の中にも、「爆買い」などで大量に日本を訪れる中国人を見て、彼らの振る舞いが日本人としてのマナーと異なるがために、眉をひそめる人もいるかもしれません。私個人は大学時代に多数の中国人留学生と知り合いになり、いまでも友人関係を続けている相手もいるのですが、中国人の知り合いがいない人にとっては、中国人の振る舞いに違和感を持つ人もいるでしょう。

イスラム教徒独自のルールの押し付け

日本と中国でさえ、こういう状況なのですから、イスラムと欧米の違いはもっと大きいに違いありません。たとえば、イスラム教徒は豚を食べないことで知られていますが、日本では昨年に続き今年も、イスラム教徒に豚肉を提供して問題になるという事件が発生しました。

各種報道によると、事件の概要は次の通りです。

「◆東京入管横浜支局が8月3日夕方、退去強制手続で収容中のパキスタン国籍のイスラム教徒の男性に対し、誤って豚肉のハムが入った煮物を提供した、◆宗教上の理由から豚肉が禁忌となっているにも関わらず、入管が誤って提供したもので、パキスタン人男性は抗議のため水と蜂蜜しかくちにしていない、◆支援団体は入管に対して厳重に抗議した」。

実は、問題となっている東京入管横浜支局は、この事件のほぼ1年前にも、同じような事件を起こしています。

「◆入管は2015年8月12日、豚肉のベーコンを含んだマカロニサラダを収容中のパキスタン国籍のイスラム教徒に提供した、◆男性はこれを「人権侵害」だとして、水と栄養補助剤しか摂取しないハンガーストライキを続けている」。

二つの事件、経緯はそっくりです。イスラム教徒である収容者(どちらの事例でも強制退去手続中のパキスタン国籍男性)に対して豚肉を提供し、その後、収容者が抗議のために「水とサプリメントだけしか摂取しないハンガーストライキ」を起こした、とするものです。この「支援団体」とやらの正体は良くわかりませんが、抗議の仕方にフォーマットでもあるのでしょうか?この「支援団体」とやらの正体を、報道各社にはもう少し詳細に報じてほしいものです。

もちろん、人権の尊重は日本国憲法にも定められている規定であり、相手が日本国民でなかったとしても、最低限の節度を守ることは必要です。入管が宗教上の禁忌にも、できるだけ配慮すべきであることは言うまでもありませんが、それと同時に収容者が入管法違反を犯して強制退去の手続中だという身分を考えるならば、個人的にはそれほど同情できない気もします。

ただし、日本の場合は欧米諸国と異なり、難民認定人数が極端に少なく、また、多くの場合、イスラム国家から日本への入国にはビザが必要です。結果的に日本ではイスラム教徒を日常的に目にする機会がそれほど多くないため、欧米におけるイスラム教徒への強い反発が、日本では理解され辛いのかもしれません。

イスラムとジハード

イスラムといえば、「9-11テロ」を起こしたオサマ=ビン・ラーデン率いる国際テロ組織「アルカイーダ」やアフガニスタンを支配していた「タリバーン」、「刑罰」と称する残虐な行為を繰り返す「ISIL」、さらにアフリカで少女を誘拐するなどの人権侵害を行う「ボコ・ハラム」など、過激な組織を思い浮かべる人も多いでしょう。実際、これらのテロ組織は、中近東やアフリカなどのイスラム圏を拠点としており、国際的な取締りが必ずしも功を奏していないのが実情です。

イスラム圏は何をしている?

ところで、イスラム圏といえば、世界最大の産油国であるサウジアラビアをはじめ、比較的豊かな産油国が多いのが実情です。もちろん、同じイスラム国家であっても、「正統派イスラム国家」であるサウジアラビア以外にも、世俗色が強いトルコ、シーア派でペルシャ語族のイラン、自由主義経済を部分的に取り入れているアラブ首長国連邦(UAE)など、さまざまな国が存在しています。また、地域的にもインドネシアや北アフリカなど、イスラム教国は広く存在しています。しかし、私がいつも不思議に思うことは、欧州でブルカ着用禁止法案が提出されていても、あるいは米国で大統領候補が「ムスリムの入国を禁止する」などと叫んでいても、これらのイスラム圏が一致団結してこれに抗議している様子はない、ということです。

もっといえば、ISILやタリバーンなどに対し、サウジアラビア王家などがきちんと声明を出し、あるいは経済制裁に乗り出すなどして、取締りを行っているような兆候も見られません。つまり、欧米社会が「イスラム排除」に乗り出しているにもかかわらず、イスラム社会がこれに一致団結して対処しようとする動きは全くないのです。

イスラム圏自身がイスラム教徒の不法行為を放置するということを続けるならば、結局は、イスラム圏とイスラム圏以外の「対立構造」が固定化するしかありませんし、日本は日本で、厳格な国境コントロールを続けざるを得ないというのが実情ではないでしょうか?

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