選挙権は「志と実務能力」を見極めたうえ正しく行使を
政治家に必要な少なくとも2つの要素とは、志(こころざし)と実務能力です。そして、これらを兼ね備えた人物を、私たち有権者は自身の判断と責任において選び出さねばなりません。非常に幸いなことに、これまで有権者の投票行動を歪めて来た最大の犯人であるオールドメディアが社会的権威と影響力を猛烈に失い始めています。選挙権は正しく考え、正しく行使しましょう。
目次
政治家に必要な2つの要素
当ウェブサイトでは常々、政治家には少なくとも2つの要素が必要だと指摘してきました。
ひとつは、志(こころざし)です。
政治家は私たちが暮らすこの民主主義社会において、民主主義を実践するうえで最も大切な職業のひとつであり、また、大変多くの人に影響を与える立場でもあります。法律や予算を作る国会議員、都道府県の行政のトップである知事などは、とりわけそうでしょう。
当然、こうした立場になりたいという人は多いのですが、単に「権力」、「歳費」、「文書通信交通滞在費」といった欲望ないし願望でその職に就いていただいては困るのです。やはり、政治家になるためには、「この国・地域を良くする」、「この国・地域の安全を守る」、といった志が、最低限、必要です。
ただ、それ以上に重要なのは、政治家としての高度な実務能力です。
そこで、本稿では最初に、この「実務能力」について、少しじっくりと考えてみたいと思います。
この要素をどう実装するか
実務能力とは?
政治家にとっての実務能力とは、いったい何でしょうか。
たとえば、政治家のなかでも国会議員は、法律を作る専門家でもあるはずです。
ある法案に賛成するにしても反対するにしても、自分が関わっているその法案が何を意味しているのかについては、官僚や議会スタッフなどの助けがなくても読めなければなりませんし、立法趣旨を含めて深く理解しておかなければなりません。
また、もう少し主体的に法案策定に関わるのであれば、自分で国政の課題をちゃんと調査し、現在、社会でどんな問題が生じていて、それを解決するためにはどんな法律を作れば良いのか、といった論点について、ときとして民間人の意見なども聞きながら考察していく能力が欲しいところです。
さらには、過去に同様の問題が生じたときに、どう解決できたか(あるいはできなかったか)に関する知見も欲しいところですし、日本と同じような条件を持っている外国の事例を調べたりすることも必要になってくるかもしれません。
その意味で、政治家に必要な実務能力は、多岐にわたります。その一例として、たとえば、法学、経済学、会計学、税法、工学、数学といった専門的で高度な知識を持っていることや、産業、金融などに関する深い知見を有していることなどが考えられますが、それだけではありません。
政官財各界や外国政府などに人脈があり、常に最新の情報を仕入れることができる、といった状況も望ましいですし、当然、語学力(とくに英語)があるとなお可。ネイティブ並みの英語力を身に着ける必要はありませんが、最低限、外国の実務家と通訳なしで議論できる程度の英語力が望ましいところです。
(※なお、どうでも良い話ですが、著者も英会話はからっきしダメで、 “bonjour” や “je t’aime” などの簡単な挨拶をなんとか聞き取れるというレベルですが、不思議なことに、自身の専門分野に関していえば、外国の実務家と英語でやり取りができたりします。専門家にはそういう人が多いのです。)
つまり、もし政治家を目指すのであれば、専門知識(法律、経済、金融、会計、産業、工学など)や人脈、交渉・対話能力、さらには語学力などからなる、総合的な実務能力を兼ね備えているべきである、とするのが著者自身の見解なのです。
両方揃ってこそ優れた政治家
このあたり、改めて少しだけ苦言を呈しておくと、「優れた政治家には、少なくとも志と実務能力のふたつが揃っていることが必要だ」、という点について、意識がない人も多いのではないでしょうか。
「あの人は素晴らしい人格者だ」、「だから政治家に選ばれるべきだ」、といった主張を見かけることも多いのですが、正直、この発想は、正しいとは思えません。
その人に政治家としての志があるかどうか、という軸と、その人に政治家としての実務能力があるかどうか、という軸を設定すると、政治家は大雑把に次の4津に分類できるかもしれません。
- ①志あり、実務能力あり
- ②志なし、実務能力あり
- ③志あり、実務能力なし
- ④志なし、実務能力なし
上記①のような政治家は、滅多にいません。
約2年前にテロリストの凶弾に倒れた故・安倍晋三総理大臣のような人物は、その数少ない例外でしょうが、このような大宰相が日本に出現するのは、よほど条件が揃ったときでしょう。
その一方で、志も能力もない④のような政治家は、結構多いのが実情です(ただし、④のような類型の政治家は、いわゆる「与党のヒラ議員」のように、単純に法案に賛成するだけの要員、あるいは一兵卒として、一定の需要もあるようですが…)。
では、②と③は、どうでしょう。
なにをもって「志あり/なし」とするかは微妙ですが、その点はとりあえず脇に置くとして、ここでは「この政治家は人格が素晴らしい」、「この政治家は思想が素晴らしい」など、とにかくその志が秀でていることを示す何らかの証拠があれば、その人を「志が高い」とみなすとします。
結論からいえば、②は有害です。
②のような類型の政治家、クチでは立派なことをおっしゃっているのかもしれませんが、それを実行に移すだけの能力がないことが多いからです。
法律を修めたわけでもなければ、経済学の素養があるわけでもない。
「語学力も怪しければ、人脈にも乏しい」。
そんな人物を政治家にしたところで、良くて何の成果もあげずに任期を終えるのが関の山であり、下手をすると政治の現場に混乱をもたらし、さんざん引っ掻き回した末に「さようなら」、となりかねません。
これに対し、志は怪しくとも、とにかく実務能力が高い政治家であれば、困難な課題(たとえば行政のデジタル化など)に続々と立ち向かい、実務的な成果をあげていくというケースもあります。
要するに、政治家といえども人材ですので、適材適所での「使い様」なのです。
政治家を志すなら実務経験を積むのが手っ取り早い(かも)
余談ですが、著者自身は政治家には実務能力が必要だと考えているクチであり、もしも若い人(たとえば学生など)から「自分は政治家の家に生まれたわけではないが、政治家になりたい」と相談を受けたならば、著者自身としては、まずは「どこかに就職して実務経験を積むこと」を強くお勧めすることにしています。
就職先は、役所でも良いですし、民間企業でも良いでしょう。中央官庁である必要はありませんし、大企業である必要もありません。実務能力というものは、べつにどこにいても磨くことはできるものなのですし、実務経験を積むなかで、自身の専門知識を見つけ、研鑽していけば良い話です。
もちろん、いきなりどこかの政治家(国会議員など)の事務所に就職し、議員の私設秘書として下働きをしたうえで、市区町村議会、都道府県議会、とキャリアアップを図っていく、といった方法も、ないわけではありません(実際、そのような経験をした知り合いがいます)。
しかし、あくまでも私見ですが、やはり「政治家一家に生まれる」などの事情でもない限り、何らかのバックグラウンドを持ったうえで政治家に転身した人の方が、政治家として良い仕事をしているような気がするのです(※ただし、あくまでも「気がする」、というだけの話です。異論は認めます)。
志と実務能力を持たない政治家たち
余談はともかくとして、良い政治家になるためには、「国・地域をより良くする」、「国・地域をしっかり守る」、といった熱い志とともに、高度な専門知識・交渉能力・語学力などからなる実務能力をも兼ね備えているのが理想的であることは、改めて指摘しておきたいと思います。
ただし、非常に残念なことに、それらを兼ね備えているような政治家は、少数派でしょう。
誰のこととは言いませんが、また、どの政党のこととは言いませんが、、国会議員のなかには「気に入らないことがあったらすぐ審議拒否」、「週刊誌片手にスキャンダル追及」、「すぐにレッテル張り」、「怪文書をでっち上げ」、「地位を悪用して官僚にパワハラ」といった、大変にレベルの低い者たちがいるのです。
そういえば、著者自身が存じ上げている「とある事例」だと、最初はその選挙区で全得票の30%近くをかっさらい、トップ当選を決めていたものの、最近になればなるほど得票率が下がっている、という人物がいるようです。
風の噂によるとその人物は「ブーメランの名手」であり、ご自身が放ったブーメランがご自身の後頭部に頻繁に突き刺さるそうですが、この人物も「実務能力」という意味では、大変に興味深い事例といえるかもしれません。
極端な話、日本に代表される民主主義国においては、たとえ政治家にとって必要とされる実務能力が皆無であっても、当選に必要な十分な数の票さえ獲得すれば、政治家として選ばれてしまいます(これは民主主義の仕組み上、仕方がないことです)。
結局のところ、こうした「実務能力のない者」、「志のない者」が政治家になるのを防ぐためには、私たち有権者自身が賢くなるより方法がありません。
選挙権の行使に必要なこと
低レベルな政治家を選ばせてきた「腐敗トライアングル」
ただ、著者自身は日本国民が愚民だとはまったく思いませんし、むしろ世界水準で見ても、大変聡明で優秀な民族であると確信しています。
ではなぜ、こんな聡明な日本民族が、ときとして「ブーメランの名手」をトップ当選させるほどに愚かな投票行動を見せて来たのでしょうか?
ここで思い出しておかねばならない論点が、「腐敗トライアングル」です。
以前の『【総論】腐敗トライアングル崩壊はメディアから始まる』などでも指摘してきましたが、これは、官僚、メディア、特定野党という三者が結託し、お互いに依存(あるいは「寄生」?)しながら日本社会を悪くしてきた、という問題点です。
たとえば日本は長年のメディア支配により、ごく一握りのメディア(大手新聞社、大手民放テレビ局、NHK、通信社など)が人々の投票行動に悪影響を与え続けてきた、という経緯があります。メディア・スクラムによる偏向報道により政権交代が実現してしまった2009年8月の衆院選が、その典型例でしょう。
また、その大手メディアなどは、官僚機構が準備した「記者クラブ」を中心とする仕組みに寄生しており、逆に、官僚機構は自分たちにとって都合が良い情報を記者クラブに垂れ流すことで、国民を欺く、といったことが常態化していました。
「国の借金」論などは、その典型例でしょうし、最近の事例でいえば「悪い円安」論(要するに、「円安は日本経済に悪影響を与えているから、日銀は利上げしなければならない」、とするトンデモ言説)も、おそらく出所は「霞が関」のプロパガンダです。
つまり、官僚機構に寄生しているオールドメディアが偏向報道を繰り返し、特定野党議員を飼っている、という構造です(その野党議員に、官僚が合同ヒアリングなどのパワハラ大会でいじめられている、というのも、皮肉なものです)。
この三者、弱い与党が共通の利益
なぜ、そんな構図が成り立つのか。
それは、官僚、オールドメディア、特定野党議員の三者に共通している「ある特徴」を考えれば、おのずから理解できます。それは、「国民から選挙で信を得たわけではない」、という点です。国民から信を得ていない者たちにとっては、「弱い与党」こそが共通の利益、というわけです。
これを、分解して考えてみましょう。
まず、官僚は国家公務員試験に合格した者から選ばれ、国民からの選挙の信を受けることはありません。逆に、自分たちの上に立つ与党議員は「目の上のタンコブ」であり、与党が適度に弱くなってくれた方が、自分たちにとって都合が良い政省令を勝手に起案することができ、好都合です。
次に、オールドメディア産業の関係者も、やはりそれぞれの会社・団体が実施する採用試験などに合格した者であり、国民から選挙で選ばれた存在ではありません。彼らはときとして自分たちのことを「第四の権力」などと自称していますが、報道も事実上の権力ですので、これはあながち間違っていません。
そして、野党議員は選挙で選ばれた存在ではありますが、選挙で多数を得た存在ではありません。野党議員、とりわけ「最大野党」の議員ともなれば、国会で与党を圧倒する質問時間を与えられ、国会議員としての国政調査権なども乱用することができるうえ、高い給料を得るなど、「王様気分」も味わえて快適でしょう。
これらの「腐敗トライアングル」のうち、とりわけ官僚とメディアは悪質です。
巨大な権力を持っているわりに、私たち国民が有権者として彼らを権力の座から追放する手段がありませんし、彼らには専門知識を担保する仕組みもなければ、職務執行が不適切だった場合にそれを是正する仕組みもないからです。
というより、任期もなく、監査のチェックも受けないわけですから、これで腐敗するなという方が無理な相談でしょう。
メディア支配の崩壊が始まった!
その意味で著者自身は、現在の日本の政治が悪い原因の多くも、だいたいはこの「腐敗トライアングル」で説明がつくと考えています。国民が賢明に投票行動を取ろうとしても、メディアがずさんな報道を行うがために、人々の判断が歪んでしまうからです。
先ほど取り上げた、明らかに志も低く実務能力も皆無に近い某政治家にしたって、かつては選挙区で3割近い票をひとりでかっさらい、トップ当選していたという事実を思い出すだけでも、メディアの報道の弊害は推して知るべし、です。
ただ、非常に幸いなことに、現在ではインターネット環境が急速に発展し続けており、徐々にではありますが、オールドメディアによる世論支配体制が、各所で打破され始めています。
たとえばX(旧ツイッター)などで見られるように、最近だと、大手メディアの報道記事が「炎上」するなどの現象が散見されます。また、いわゆるコミュニティノートのように、そのメディアの権威をぶち壊すかの仕組みがXに実装され始めたことも、こうした変化を加速させているようです。
そうなってくると、やはり最も重要なのは、「マスコミ」という「権威」がどう言ったかではなく、私たち有権者が自身の頭で考えて、個々の選挙でどの候補者が最善の(あるいは「最もマシ」な)候補者なのかを判断し、選択するという決断を下すことです。
選挙権は正しく考え正しく行使を!
ちなみに2013年改正公選法以降は、SNS、ブログ、ウェブサイト等を通じ、誰であっても選挙運動を行うことができるようになりました(細かい要件が設けられているほか、法令の改正はその後もなされている点に注意は必要ですが…)。
したがって、理屈の上では、個別具体的な選挙について、当ウェブサイトでも「誰それは素晴らしい候補者だから、この人を当選させよう」、「誰それは酷い候補者だから、この人を落選させよう」、などと呼び掛けることが可能です。
しかし、当ウェブサイトはあくまでも「ウェブ評論サイト」に徹したいと思っていますし、著者自身が「これは酷い」と思っている政治家に関しても、現在のところは「落選運動」まではしないつもりです(あくまでも「現在のところは」、ですが)。
もっとも、普段からの当ウェブサイトの議論を眺めていらっしゃる方からすれば、「この選挙に立候補するこの候補は酷い」、と思うに至った、という事例も多いかもしれませんが、それはあくまでも客観的事実を陳列した結果、個々の読者の方がそういう判断に至ったというだけの話です。
この点、ウェブ評論サイトの性質上、「100%完全に中立的に論じる」ということは難しいのが実情です(というか、そんなつもりもありませんし、数十人の候補者が乱立している選挙で、すべての候補者に焦点を当てた記事など書くなど、非現実的な話です)。
ただ、それでも当ウェブサイトの主張は、やはり以下の点に尽きるのだと思います。
- 納得がいかない報道をする新聞を、購読しない。
- 納得がいかない報道をするテレビを、視聴しない。
- 選挙では必ず投票する。
結局、選挙とは、私たちが暮らすこの社会を作っていくうえで欠かせない手続です。
したがって、個々の有権者が個別の選挙について調べたうえで、誰に投票するかを熟考したうえで、ちゃんと責任を持って投票すべきものであり、その投票行動による責任は、その有権者自身が負うべきものです。
たとえば、「ろくな候補者がいないから棄権する」、というのも、その有権者の判断ですが(大変無責任な行動だと思います)、その判断と行動の結果、何らかの不利益が生じたとしても、その責任はその有権者(やその有権者が暮らす国・地域全体)に降り注ぐのだということを、どうか知っておいていただきたいと思います。
現実の政治というものは、濁った池の水をバケツリレーで少しずつきれいにするようなもの。
現実の選挙というものは、ゴミのような候補者のなかから、少しでもマシなゴミを選び出すようなものです。
走り続ける首都圏の過密鉄道路線の輸送力を高めるためには、実務家が何年もかけて精緻にプラニングを行い、複々線化・立体交差化するしかないのと同様、現実社会をより良くするためには、実務家が何年もかけて少しずつ改良していくより方法はありません。、
現実の社会に、リセットボタンはないのです。
選挙は自己責任。
選挙権は正しく考えて、正しく行使しましょう。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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【おしらせ】人生で10冊目の出版をしました
自称元徴用工問題、自称元慰安婦問題、火器管制レーダー照射、天皇陛下侮辱、旭日旗侮辱…。韓国によるわが国に対する不法行為は留まるところを知りませんが、こうしたなか、「韓国の不法行為に基づく責任を、法的・経済的・政治的に追及する手段」を真面目に考察してみました。類書のない議論をお楽しみください。 |
【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました
日本経済の姿について、客観的な数字で読んでみました。結論からいえば、日本は財政危機の状況にはありません。むしろ日本が必要としているのは大幅な減税と財政出動、そして国債の大幅な増発です。日本経済復活を考えるうえでの議論のたたき台として、ぜひとも本書をご活用賜りますと幸いです。 |
>現実の政治というものは、濁った池の水をバケツリレーで少しずつきれいにするようなもの。
>現実の選挙というものは、ゴミのような候補者のなかから、少しでもマシなゴミを選び出すようなものです。
>現実の社会に、リセットボタンはないのです。
同意いたします。
しかしリセットすればよくなると勘違いする人たちが多く存在します、そのことを踏まえ施策もなくリセットを声高に叫び投票者を煽る党や政治家、リセットを煽るマスコミたちもいます。
リセットで世の中を変える前に私たち投票者の意識が変わらなければ世の中は良くならないですね。
マスゴミが当てにならない今、当ブログのようなサイトが地道に活動していただくほかないようです。
ぶっちゃけ、そこまで高度な専門知識のある人は、政治家やオールドメディアは目指さないと思う(すべてがそうだとはいいませんが)。
志(こころざし)や道徳レベルは、少なくとも選挙期間中は虚飾・偽装できそうだが、せめて実務能力が低すぎる人物は足切りにしてほしいものだ。
個人的には、政治家になるための資格試験+実務修習を設けてほしいと思っている。
“政治家”のみならず“政治屋”にさえ、『デキル』と評価されるに足る能力は講習研修で途付けられる類いでは無いやうにも思われまする…
“秀才”で事足りるなら官僚で事足りるやうな…
あ~、しかし、演技で事足りるなら今後は生成aAIの無双時代が到来するやに夢窓夢想と無想セントスorz
最近面白いと思ったのが「政治家生け贄説」です。政治の細かい部分は,大半が官僚組織によって立案・実行されます。もちろん,首長の意向もある程度斟酌されます。しかし,首長が条文を自分で書くようなことは要求されません。
政治には「運」の要素も強くて,誰がやってもうまくいかないことはしばしばあります。選挙民の不満がたまってきたとき,その矢面に立って批判を受けて人柱になるのが政治家の役目である,というのが政治家生け贄説です。官僚の玉避けかもしれません。
ところで,フランスどうなるのかな?都知事選より,ロシア,中国,アメリカ,欧州の政情のほうが日本への影響が大きそうです。諸外国を見渡すと,日本はとっても平和で暮らしやすい国です。
「少しでもマシなゴミを選び出す」というのは,いい表現ですね。それでも,日本は十分快適に回ります。
都知事選に関しては、私は「蓮舫は嫌い、でも小池百合子はもっとキライ」の立場で対応に苦慮しております。
敬愛する安倍元総理が「彼女の弱点は、驚くほど実務が苦手な点です」と生前語っていた、小池氏がなぜ2期8年もやっているのか、こんなパフォーマンスだけの政治家がどうして人気があるのか、不思議でなりません。
しかしながら、情勢は小池氏に有利なようです。
「小池43.6」「蓮舫32.1」都知事選の自民世論調査の数字を公開する
https://news.yahoo.co.jp/articles/39c68520f96e32fab70d40a717a825226c8ac9ef
後は、まかり間違っても、ポスト岸田の見えない秋の自民党総裁選の候補にならないことを祈るばかりです。
taku様
「殿様が志村けんでも、家臣がしっかりしていれば
国は栄える」
みたいなものでしょうね。
志村けんは賢いぞ
お笑い以外の仕事ができるかどうかは別として、お笑い屋としての能力は高い
俳優でも声優でも漫才でもそうだが
馬鹿キャラの役は頭が良くないとできない
志村けん、全くおもしろく無かった。何故、面白いのか、何故、人気スターの立場になるのかさっぱり分からなかった。
志村けんはいかりや長介氏が手取り足取りしてたからと聞いた事があります。
政治家や村長は清濁併せ呑む以上汚職やエコ贔屓に自分最優秀に陥り易いのではと考えます。
「志と実務能力を見極めて、正しく選挙権行使を」と言うのは簡単ですが、(古代アテネの時代から)それを見極めるのは、簡単ではありません。
蛇足ですが、実現しないことを前提に志があるように振る舞うのが、もっとも簡単ではないでしょうか。
(メキシコの場合ですが)「暗殺されることを覚悟で立候補する人は志がある」ということでしょうか。それはそれで問題ですが。
毎度、ばかばかしいお話を。
ある東京都知事選候補:「暗殺防止のために、バーチャル街頭演説システムをつくろう」
まあ。安倍元総理の暗殺事件を考えると、日本でも必要になるかも。
ホリエモンがあれこれ言うのは愛嬌としても
近頃マスゾエが各所でエラソーに書いてるのを見かけます
レンホーさんはそれなりに支持者があるので納得ですが
マスゾエの話なんぞ聞きたい奴はおるんかな
マスコミも安価な埋め草として利用価値があり
本人も忘れられたくないので利害関係が一致してるのでしょう
まあ、同類を数多く生み出した
インチキ国際政治学者の嚆矢として思い出に残るかもしれません
そうですね。
マスゾエさんは、遥か前、TVに出始めた頃から、言説の信憑性に疑問を感じました。何か、為にする、事実では無く自分の秘められた意図の為に言説を展開しているような。ですから、彼が何を書こうと話そうと、信頼が出来ない感じです。また、世の中、俺だけが賢いと思っているような隠された傲慢さも感じます。
志と実務能力を知ることも大事だし、その人の「人となり」を知ることも大事だと思います。
Xの投稿で、蓮舫の演説に参加した人の投稿で、
「蓮舫さんの演説を聞いて感動しました!私が不満に思っている事にほとんど応えてくれて、投票は蓮舫さんにしたいと思います!」
って感じでした。工作員なのか、釣りなのか、はたまた本心でそう思っているのかはわかりませんが、私はこういう人を見かけると言いたいです。
『何を言っているかではなく、何をやっているかで判断して欲しい』です。
どんなに心地よく、耳障りの良い言葉を羅列して、親身になっているように感じてても、その人が過去にどのような事を行ったことを鑑みれば、その言葉がウソかどうかすぐにわかると思います。テレビなどは切り取りで放送しますし、本当に騙されないようにして欲しいです。
では、その人の演説は聞く価値が無いのかと言うと、そうでもないです。仮に蓮舫の演説が、「私は都知事になっても、自民党を批判!批判!批判!し続けます!」って言うような演説であれば、『あぁ、この人の言う事は信用できるな』と思うでしょう。投票はしませんがね。
某ロックバンドがアルバム制作中にプロデューサー馘にしたトキのメンバーによるコメントを思い出しますた
「たしかに彼はいい奴さ。だがそれを言うならオレのオヤジだっていい奴だよ。いい奴だからっていいアルバムが創れるわけじゃないんだ。」
*批判ではなく非難。総てにおいて否定。
如何なる時も「このままではいけない!」としか言えない人たちに政治は任せられないですね。
特に若い世代は、就職率や賃金上昇傾向を鑑みれば現状をリセットされたくないのですしね。
・・・・・
彼らの「変よう。チェンジ!!」と繰返される掛け声も虚く、
私には「変。ようちえんじ?」としか響かないこの頃です。
・・。
チェンジ!
変えよう。
リセット!
*言葉を変えても中身がありません。
チェンジ、は、旦那クリントン、オバマ、の選挙スローガンでした。
二人とも、このスローガンで勝利しました。
しかし、スローガンは、その時勢にハマらなければ、逆効果。つまり、現状に不満を持っていなければ、誰も現状を変えたいとは思わない。むしろ、変化を嫌う。
保守系は、モアアップ!、というスローガンでやればいい。
つまり、今いい所まで来ている、更に良くしよう、という意味を込めればいい。
選挙参謀にしてくれれば、もっとアイデアだしてあげるんだが。
そう言えば、チェンジアップ、って飲料あったような
。
レスポンスありがとうございます。(その通りですね)
7UP(セブンアップ)でしたら、見覚えがあります。
ゲン担ぎ(喜の草書体=777)には持ってこいですね。
そうでした。7アップでした。
考えて見ると、クリントンもオバマも、チェンジとは言いましたが、アップとは言いませんでした。
変えても、良くできるかどうか分からないですからね。
しかし、ここ迄書いて来て気がついたことは、保守政権は、なんだかだと、戦後、日本を良くして来ましたね。
あの民主党政権の悪夢、あの時ほど、4年間が早く経って欲しいと思ったことはありませんでした。
何しろ、民主党、絶対に衆議院を解散しないと分かっていましたから。
>結論からいえば、②は有害です。
>②のような類型の政治家、クチでは立派なことをおっしゃっているのかも
これ、③の事を言っていませんか?その後に
>これに対し、志は怪しくとも、とにかく実務能力が高い政治家であれば
とあるので、こっちが②の事を意味している様に思えるのですが……
新宿会計士さまのブログで選挙をテーマにする時は、必ず投票に行くように呼びかけていますね。自分のその考えに勿論賛成です。
しかし日本は、国政選挙であろうが、地方自治体選挙であろうが、総じて投票率が低いです。理由は、政治不信や投票の大切さを教える教育が足りないなど色々言われていますが、自分は、大きく二つの理由があると思います。
一つ目の理由は、投票に行く「大切さ」を教えるより、投票に行かない「危険性」を深く教えて来なかったからだと思います。一般的に投票率が下がると組織票を持ってる候補者の方が有利となりますが、その組織の中には、半日団体や宗教団体も含まれ、それらの団体の構成員や信者は、普通の団体に比べて、それはそれは熱心に選挙活動を行うからです。選挙の度に創価学会の人から投票のお願いをされた経験がある人は、かなりいるのではないでしょうか?そうなると、それで当選した議員は、その団体が望む政策をしなければなりません。たとえ反日団体と分かっていてもそのお陰で当選すれば、反日的な政策を進めないといけないし、宗教団体のお陰で当選するとその宗教の考えに合わせた政策をしなければなりません。つまり投票率が下がれば下がる程、こんな議員が増える事になります。これは日本にとって大変危険です。従って投票に行かない「危険性」を多くの日本人が知る必要があります。(日教組やオールドメディアが、こんな事を教える筈もありませんが)
二つ目の理由は、日本が豊かで安全すぎる国だからだと思います。大多数の日本人は、明日食べる物にも困らず、日常的に命の危険に晒される事も無く、世界でもダントツに治安が良いです。そういった生活を日々過ごしていると、別に現状を変えようとする意識は当然薄れ、投票に行かなくても現状が悪くならなければ、「わざわざ投票場に足を運ばなくても良くね?」みたいな感覚になっているのかなと思います。職場の者と話しても、この感覚を持った人の方が多い気がします。(一つ目の理由の危機感の欠除に繋がりますが。)
この二つの理由から、日本は当面投票率の上昇は見込まれ無いのかなと思います。一つ目の理由で述べた様に、気付いたら、”反日の政治家ばかりになっていた”なんて事になると、もう手遅れです。メディア(特に朝日、毎日)も何故か、反日議員ばかり応援してるように見えます(と言う事はメディアは既に反日の人々に乗っ取られてる?)。
しかし、今回の都知事選挙は、ネットやYouTubeで有名になった石丸氏や暇空氏が立候補してるので、投票率が少し上がるかもしれませんね。
このブログのコメントを下さる方々は勿論、Yahooのコメント欄等を見ても、メディアの主張と真逆な反応が多いです。なので、オールドメディアだけで無く、ネットからも情報を取得して、その中から取捨選択できる方々は、「メディアが推す人は怪しい」事に気付き始めてます。自分の肌感覚では、少しずつですが年々「気付いた人」が増えてるように感じます。先の沖縄県議会選挙の結果では、「気付いた人」が増えた証なのかもしれません。そうなると、都知事選挙も「メディアの印象操作に乗せられた人」と「気付いた人」の割合が、どれくらいなのかを計る指標ともなる選挙と考える事が出来ますので、どんな結果になるか注目です。