ESTAを使って北朝鮮をさらに締め上げるのは可能か

出来ることからコツコツと――。北朝鮮を経済的に締め上げる手段としては、いくつかの手法が考えられるのですが、そのなかでもとくに大切なポイントがあるとしたら、地味な方法であってもコツコツと積み上げていくことではないかと思います。こうしたなか、先般より、当ウェブサイトでも「日本版ESTA」について取り上げることが増えているのですが、米国のESTAに倣い、「北朝鮮渡航歴がある外国人にビザの取得を義務付ける」といったかたちで、北朝鮮制裁を強化することはできないものでしょうか。

入口と出口で不法滞在者を減らす努力が必要

以前の『「入口と出口で不法滞在者を減らせ」…和田議員の説明』では、自民党の和田政宗参議院議員が執筆した記事などをもとに、入口段階として入国管理を厳格化するとともに、出口段階として入管法の難民申請要件を厳格化するなどして、不法滞在者を減らそうとしている、とする話題を取り上げました。

このうち「出口戦略」部分に関しては、難民申請の審査手続を半年で終わらせるとするとともに、「正当な理由」がない限りは、3回目の難民申請ができなくなる、という法改正がすでに昨年実現しており、今年6月に法が施行されれば、「何度も難民申請を繰り返す」などの手法で不法滞在することが難しくなります。

ただ、前者の「入口戦略」部分のうち、和田氏が説明する「ESTA(エスタ)」と呼ばれる仕組みについては、本格的な運用開始まで、まだしばらく時間が必要だ、などとしています。

やはり、法制度は一朝一夕に変えていくことが難しい、ということであり、だからこそ、既存の法制度を少しずつ変えていくという試みが大変に重要なのだと思わざるを得ません。

経済制裁の7つの類型

さて、こうしたなかで、本稿ではちょっとした話題をひとつ取り上げておきます。

以前の『【総論】経済制裁「7つの類型」と「5つの発動名目」』などでも議論してきたとおり、当ウェブサイトとしては、いわゆる経済制裁には、「ヒト・モノ・カネ・情報の流れを制御する」という観点から、次の7つのものがあると考えています。

  1. 自国から相手国へのヒトの流れの制限
  2. 自国から相手国へのモノの流れの制限
  3. 自国から相手国へのカネの流れの制限
  4. 相手国から自国へのヒトの流れの制限
  5. 相手国から自国へのモノの流れの制限
  6. 相手国から自国へのカネの流れの制限
  7. 情報の流れの制限

このうち②、③、⑤、⑥の制限は、外為法を使えば発動可能であり、また、④の制限(相手国からの入国禁止措置など)についても入管法などの規定で発動可能ですが、①に示した「自国から相手国へのヒトの流れの制限」、⑦に示した「情報の流れの制限」については、なかなかに容易ではないのです。

この点、⑦の「情報の流れのコントロール」については、高市早苗・経済安保担当相や小林鷹之・衆議院議員(前経済安保担当相)らの尽力で、いわゆる「セキュリティ・クリアランス」関連法が成立の運びとなったことなどもあり、少しずつ状況は改善するものと期待したいところです。

経済制裁としての渡航制限の導入は困難

しかし、そして、日本の場合、上記のすべてについて、経済制裁を発動できるという状況ではありません。なかでもとりわけ①の制限については、なかなかに大変です。

たとえば日本は北朝鮮に対して経済制裁を課していて、②「日本から北朝鮮へのモノの流れ」については輸出規制、③「日本から北朝鮮へのカネの流れ」については支払制限や資産凍結措置、④「北朝鮮から日本へのヒトの流れ」については入国制限などの措置が、それぞれ講じられています。

しかし、①「日本国民の北朝鮮への渡航制限」については、特段課せられていません。これは意外な盲点かもしれませんが、日本国民が北朝鮮に渡航しても、特段の罰則はないのです(※日本国民には帰国の自由があるからでしょうか)。

ときどき、ユーチューバーなどが北朝鮮に渡航し、それを動画にしたりしていますが、そのようなことを行っても別に咎められたりはしません(※もっとも、一部の情報だと、北朝鮮はコロナ禍の時期に一般の観光客の受入を禁止していたようですが…)。

それどころか、「北朝鮮旅行」、「北朝鮮ツアー」などで検索すると、そのようなサービスを行っている会社はいくらでも見つかりますし、「旅行斡旋をしていたこと」で摘発されるという話もあまり耳にしません。北朝鮮に金銭や物資を違法に搬出しているなどの事情でもない限り、公安当局としても、取り締まることはできないでしょう。

北朝鮮に渡航したら米国入国にビザが必要となる

では、北朝鮮に渡航して、まったく不利益がないものなのでしょうか。

じつは、ESTAに関連し、興味深い現象が発生しているようなのです。

在日米国大使館ウェブサイトの『ESTA(エスタ)申請』というページの説明によると、2011年3月1日以降、北朝鮮に渡航したことがあれば、ビザ免除プログラムを利用して渡米することができなくなった、というのです。

ビザ免除プログラムが使用できないケース
  • ビザ免除プログラム参加国の国籍の方で、2011年3月1日以降にイラン、イラク、北朝鮮、スーダン、シリア、リビア、ソマリア、イエメンに渡航また滞在したことがある方(ビザ免除プログラム参加国の軍または正規政府職員として公務を遂行するためにこれらの国に渡航した場合は特例あり)
  • ビザ免除プログラム参加国の国籍と、キューバ、イラン、イラク、北朝鮮、スーダン、またはシリアのいずれかの国籍を有する二重国籍者の方
  • ビザ免除プログラム参加国の国籍の方で、2021年1月12日以降にキューバに渡航または滞在したことがある方

(【出所】在日米国大使館『ESTA(エスタ)申請』より)

これは、案外重要な盲点かもしれません。

日本国民が北朝鮮に渡航しても、日本の法律でその本人に何らかのペナルティを下すことはできませんが、米国の制度で、そのような人が不利益を受ける可能性があるからです。

とくに旅行好きの人からすれば、これは大変に影響が大きいことです。米国自体が日本人にとっての人気の渡航先であるだけでなく、たとえば中南米などに出掛ける際には、米国がその乗り継ぎ地点になったりすることもあるため、米国にビザなし渡航できないだけで、旅行の幅が狭まるのです。

もちろん、この「北朝鮮への渡航歴」は、「そのようなことをしたら入国できなくなる」という話ではなく、別途ビザを申請して認められれば、問題なく米国に入国することが可能です。

また、もしあなたが北朝鮮などに渡航した経歴を持っていたとして、あなたが米国のESTAを申請したときに、米国の当局がどうやってそれを発見するのかはよくわかりません。極端な話、北朝鮮などへの渡航歴を隠してESTAを申請すれば、バレないかもしれません(※バレたらどうなるのか知りませんが…)。

しかし、そうしたリスクを抱えながら北朝鮮に渡航するというのも、なんだか危険です。

やはり、自然に考えて、北朝鮮に渡航したことがある人は、粛々と米国大使館に赴いてビザを取得するのが正解でしょう。

日本版ESTAでも同じことをやってみては?

そして、これも考え方ですが、かりに日本もESTAを導入した際に、同様に「北朝鮮に渡航したことがある人は日本への入国にビザを要求する」という仕組みを作れば、北朝鮮経済をさらに締め上げることができる(かもしれない)のです。

北朝鮮は欧州諸国とは国交を維持していたりするため、欧州から北朝鮮に渡航している観光客はそれなりに存在するものと考えられ、それらの観光客は北朝鮮に外貨収入をもたらしている可能性があります。

ということは、①「北朝鮮に入国したことがあれば日本に入国することが難しくなる」という仕組みを作ることに加え、②そのような仕組みの採用を諸外国にも働きかけることで、北朝鮮の観光産業を徐々に締め上げることができるのではないでしょうか。

「北朝鮮に拉致されたすべての日本人を取り返すために北朝鮮に軍事侵攻できるよう、日本国憲法第9条第2項を無効化する」、といった議論ももちろん大事なのですが、できることからコツコツと北朝鮮を締め上げていく努力を続けることも必要ではないか、などと思う次第です。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. より:

    米国ESTA申請時に虚偽申請し、その後渡航、入国できたが、入国と同時に24時間付きっきりの監視を受けた方を知っています。犯罪歴の詐称のため対応が厳しかったようです。
    審査は申請時だけでは無いかもしれませんね。

    1. 匿名 より:

      >その後渡航、入国できたが、入国と同時に24時間付きっきりの監視を受けた方を知っています。犯罪歴の詐称のため

      ESTAでも何でもいいが、米国の制度を甘く見てはいけない。入国と同時に監視がついたなら、虚偽申請はバレていたのです。この人は、泳がされたのです。米国内の犯罪組織と連絡を取るか、取れば米国の司法当局が把握していない犯罪組織があ?かもしれない、と。

  2. 通りすがり より:

    ロシア→北朝鮮,中国→北朝鮮の物流をESTAで締め付けるには,ロシア人や中国人の渡航歴を,欧米が把握できることが必用ですが,可能ですか?日本は,せめて中国人スパイは把握できるようにしたい。無関係ですが,先月,上海空港で,日本のパスポートで自動ゲートを通れるか試してみたのですが無理でした。審査官のいない自動ゲートで可な国が増えてきたので,ついつい癖で自動ゲートに行ってしまいました。トランジットでの出入国だったので市内までは行っていません。でも,上海空港が閑散としていて,暖房もろくに効いていなかったのが印象的でした。空港内の売店も半分以上閉まっていましたし。

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