イエレン氏は本当にスワップに「含み」持たせたのか?

韓国といえば、「言った」「言わない」の議論になりがちな相手国です。こうしたなか、いくつかの韓国メディアは昨晩から今朝にかけ、「米国が通貨スワップ締結に含みを持たせた」、などと大いに報じているようですが、不思議なことに、米財務省のウェブサイトを見たところ、現時点でそれに相当する報道発表は見当たらないのです。そもそも本当にイエレン氏は通貨スワップないし為替スワップに「含み」を持たせたのでしょうか?

通貨スワップに関しては「ほぼゼロ回答」だが…

今朝の『韓国待望の米韓通貨スワップはほぼゼロ回答=財相会談』では、ジャネット・イエレン米財務長官が19日に韓国を訪問したことと関連し、韓国企画財政部の報道発表をベースに、「米韓通貨スワップ」をめぐって米国側は「ほぼゼロ回答」だったと述べて良いのではないか、と報告しました。

ただし、韓国政府側の発表を読むと、なかに一文だけ、通貨スワップまたは為替スワップの締結を示唆するような表現がないではありません。それが、次の趣旨の記述でしょう。

秋慶鎬副首相とイエレン長官は、韓・米両国が必要流動性供給装置など多様な協力方案を実行する余力がある(have ability to implement various cooperative actions such as liquidity facilities if necessary)という認識を共有した」。

これについて当ウェブサイトとしては、もし本当にイエレン氏が「必要な流動性供給装置」に言及したのだとしたら、それは為替スワップかもしれないし、FIMAレポファシリティの拡大かもしれないとは考えています。

ただ、イエレン氏自身、現在は財務長官であり、FRB議長ではないため、管轄外のことにうかつに口出しすることはできませんし、もし米国が為替スワップ・ファシリティを再開するのだとしても、それは「いま」ではありません。米国にとって金融緩和の必要性があるなどの条件が必要だからです。

韓国メディアは「スワップに含み持たせた」

もっとも、韓国メディアの受け止め方は、また違うようです。実際、この一文に注目し、いくつかの韓国メディアは「米国が通貨スワップに含みを持たせた」、などと報じています。『中央日報』(日本語版)の次の記事など、その典型例でしょう。

韓米「必要時には外為市場流動性供給装置実行」…通貨スワップに含み残す(1)

―――2022.07.20 07:55付 中央日報日本語版より

韓米「必要時には外為市場流動性供給装置実行」…通貨スワップに含み残す(2)

―――2022.07.20 07:55付 中央日報日本語版より

中央日報は記事の冒頭で、次のように伝えています。

韓米の財務相が次第に悪化する世界の経済状況の中で緊密な政策共助が必要だということに同意した。外国為替市場安定策として注目を集めた通貨スワップ締結はなされなかったが、『外貨流動性供給』を明示して今後の韓米通貨スワップ再締結の可能性を残しておいた」。

あいかわらず、為替スワップのことを「通貨スワップ」と表現しているのはご愛敬、といったところでしょう。為替スワップでは韓国銀行が直接、FRBやニューヨーク連銀からドルを入手することはできず、したがって得たドルを為替介入に溶かすこともできませんので、通貨スワップとは別物です。

ただ、その点を別とすれば、中央日報は米韓「通貨」スワップの締結が見送られた点について、次のように述べます。

通貨スワップが具体的に議論されなかったのは、米財務省より米連邦準備制度理事会(FRB)の業務に近いという理由が作用したとみられる」。

そんなこと、イエレン氏が訪韓するより以前からわかっていた話です(少なくとも当ウェブサイトでは先週の段階で何度か指摘しています)。中央日報自身も「イエレン訪韓で通貨スワップ」という観測を煽っていたことを踏まえると、本当に奇妙な記述と言わざるを得ません。

それに相当する発表が米国側に見当たらない

もっとも、今回のイエレン氏の訪韓では、米韓財相の共同声明は出ていませんし、今朝も指摘したとおり、この「流動性供給手段」云々の議論はあくまでも韓国政府側の発表をもとにしているものです。

実際、米国政府側はいったい何を発表しているのでしょうか。

現時点で米財務省のウェブサイトを確認した限り、イエレン氏の訪韓に関連する記事は4本ありますが、どの記事を読んでも「スワップ(swap)」、「流動性(liquidity)」、「外為市場(foreign exchange market)」などに関する言及は皆無です。

Remarks by Secretary of the Treasury Janet L. Yellen at LG Sciencepark

―――2022/07/19付 米財務省HPより

Remarks by Secretary of the Treasury Janet L. Yellen at Bilateral Meeting with Deputy Prime Minister and Minister of Economy and Finance of the Republic of Korea Choo Kyung-ho

―――2022/07/19付 米財務省HPより

READOUT: Secretary of the Treasury Janet L. Yellen’s Meeting with Republic of Korea President Yoon Suk Yeol

―――2022/07/19付 米財務省HPより

READOUT: Secretary of the Treasury Janet L. Yellen’s Meeting with Women Entrepreneurs in Seoul

―――2022/07/19付 米財務省HPより

…。

これについて、いったいどう考えれば良いのでしょうか。

言ったかもしれないし言ってないかもしれない

結論的にいえば、現時点においては何とも言えません。イエレン氏が本当に言ったかもしれませんし、言っていないかもしれない、ということです。これについては、今後の米財務省の記者会見で、どこかの社の記者が質問するかどうかには注目して良いと思います。

ただ、そもそも今回、米韓共同声明、会談後の共同記者発表などが見当たらないという時点で、米国にとって今回のイエレン氏の訪韓の位置づけが非常に低いことは間違いありません。

イエレン氏が「流動性」云々と述べたのだとしたら、それはあくまでも一般論として、世界で流動性クランチが生じたときには、米国としてもできる範囲の支援をする、という意味と考えるのが自然ですし、ましてや韓国だけ特別扱いして通貨スワップを締結すると言明した、と考えるべきではありません。

また、そもそも韓国政府の発表に相当する内容を含んだ記事が、米財務省に現時点で掲載されていないという事実は、そもそもイエレン氏が本当に「流動性供給」云々と述べたのかどうかという点においても、大きな疑念を抱かせる材料であることは間違いないでしょう。

日韓外相会談:両国発表の6箇所の相違が意味するもの』でもふれましたが、韓国政府の発表は相手国政府の発表内容とは大なり小なり異なることが多いのですが、もしかすると、米国としてもそんな韓国との共同記者会見をしたくない、というのが本音なのかもしれませんね。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. クマ より:

    韓国は一種のアナウンス効果を狙ったのでは。アメリカ側が真っ向から否定しない限りは、一応の効果はあるかもしれない。

  2. 通りすがり より:

    世界平和に仇為すならず者国家である中国や北朝鮮に媚びる態度を常々取っておきながら、困った時は日本やアメリカに泣きつけば助けてもらえると思っている。
    しかもこれまで何度も窮地を救ってもらっておきながら、恩は仇で返す。

    そんな人でなしな国家に更に救いの手を差し伸べてやることなど、盗人に追い銭を渡すようなもの。
    これまでの国際的な不法行為を全て改めたとしても簡単に助けてよいものか、と思う。
    泣きつくなら中共に泣きつけばいい。

  3. とゆら より:

    為替市場の『安定性』のために「見せ金」として「米国」の名義をウリに貸してくれないだろうか。
    米国に迷惑はかからないし、期待の高まっている韓国民にも言い訳が立つ。
    常設スワップが出来なくとも韓米友好のためにウリ(尹政権)の顔を立てて欲しい。

    こんなところでしょうか。

    1. ひやかし より:

      >「見せ金」として「米国」の名義をウリに貸してくれないだろうか。

      実際には「使えないスワップ」を、あたかも「使えるスワップ」のように見せかける・・・金メッキしたタングステン塊を金塊に見せかける(金とタングステンの比重は殆ど同じ)のに似た、韓国的な、グッドアイデアという訳ですね。案外、使えるかも知れませんね。(笑)

      1. たろうちゃん より:

        キシダリスクにリンリンリスク、、(カタカナが多いとやっかいだな)それだけが、心配の種。内閣改造で、高市早苗と岸信夫の処遇が気にかかる。いっその事、高市早苗外務大臣、岸信夫防衛大臣留任、政調会長に河野太郎あたりを据えたら、保守派と安倍晋三信者の支持は爆発だな!(オレも信者だ!)

        1. 匿名 より:

          たろうちゃん 様

          保守支持者としては高市岸の両氏の処遇は当然として、河野太郎の要職はいただけません。

          彼のこれまでの中国に対する迎合するかの様な甘々の姿勢、在日外国人への参政権付与の賛成推進の立場。

          これらが、日本の国益に付与するとは到底思われない。

  4. 農家の三男坊 より:

    ”条約・合意を守らない、嘘つき国”のメディアをまじめに分析しても仕方がない。

    その程度の英語力・コミュニケーション力と見た方が正解と思います。

    ”すべては我田引水”、その通りにならなければ”逆恨み”。

    こんな国は世界に仇を為さぬ様、金一味と同様、生かさず・殺さず、国力を徹底的に削ぐべきと思う。

  5. カズ より:

    アンダースタンドで、賛同を得た。
    明確な否定を避れば、共感を得た。
    ノーコメントだ!で、含みを残す。

    *外交的な言い回しにも、もう少し曖昧さの排除が必要。

  6. sqsq より:

    共同声明じゃないからアメリカ側のチェックが入らない。
    つまり言ったもん勝ち。

  7. がみ より:

    「ふくみ」っていいことばかりに使う言葉じゃないですよね?

    「…だけど韓国は論外だよ(ボソッと)…」

    でもふくみはふくみ…

  8. 匿名 より:

    これって、FRBが

    韓国とのスワップはない

    と明確に回答したら韓国経済が死亡するという手札を
    アメリカが握っただけとも解釈できるのでは、、、

  9. より:

    東亜日報の記者がぶら下がりでイエレン長官から米韓スワップについてコメントを取ろうとしたけれど、イエレン氏は口を噤み、何もコメントしなかったという話が流れてますね。つまりは、「ノーコメント」ですらないということです。
    それをどのように解釈するかは色々でしょうが、一部の韓国人が言うような「事実上のスワップ協定は成ったも同然だ」という解釈には、どう考えても繋がらないように思いますがねえ。

  10. sqsq より:

    もしもイエレンさんがスワップがらみのことを言ったならUSD/KRWのレートに直ぐ反映するはず。
    あまり動いてないところみると意味のある事言ってないのでは。

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