新聞業界への補助金創設の可能性

書店数が全国的に減っているとする話題はよく目にしますが、こうしたなかで経済産業省のウェブマガジンに12日、とある自治体で対面販売の書店の新規出店に補助金を出す、などとする話題が美談であるかのごとく紹介されています。もしかして、石破茂・前首相やその関係者らが頑なに税金を拒んだのも、こうした補助金を死守するためだったのかもしれません。ただ、この書店補助金を敷衍すると、近い将来、新聞業界も補助金を要求し始める可能性はないでしょうか。

事実と意見を分ける

公開情報ベースの議論にどう付加価値をつけるか

以前からしばしば報告している通り、当ウェブサイトでは「読んでくださった方々の知的好奇心を刺激すること」を目的に、政治、経済などから日々話題を選んで、(ウェブ主の勝手な見解が中心ではありますが)何らかの仮説を立てるなどし、考察を展開しています。

その際に使う題材は、おもに官庁や公的団体、業界団体などが公表する一次データであったり、法令・基準の条文であったり、各種報道であったり―――、と、さまざまであり、最近だとSNSなどネットに転がっている、一般の人々のちょっとした情報発信などがウェブ評論の手掛かりとなることもあります。

ただ、それらに共通点があるとしたら、それは「誰もが(比較的簡単に)手に入れられる情報」、ということだと思います。

著者は残念ながらジャーナリストではありませんので、たとえば高市早苗総理大臣などの政治家に直接インタビューを行う、なんてことはできませんし、また、「官邸筋」だ、「外交筋」だ、といった秘密の情報源を持っているわけではありません(皆無ではありませんが…)。

ということは、誰もが簡単に手に入れられる情報「だけ」をもとに議論を行う、ということであり、それだけだと付加価値をどうつけるのかが問題となります。

事実と意見を分ければ良い

ただ、この「情報に付加価値をどうつけるのか」を巡っては、案外難しくないと思います。

そのヒントがあるとしたら、「客観的な事実」と「主観的な意見」を可能な限り分ける、ということに尽きると思うのです。

「客観的事実」とは「誰がどう報じても必ず同じ内容になる情報」のことです。たとえば、こんな具合です。

高市早苗内閣が提出した令和8年度予算案が金曜日夜、衆院本会議で可決された」。

これは、誰がどう見ても正しい記述であるはずです。

この点、「高市早苗内閣」を「高市総理」、「高市首相」などと表現する人もいるかもしれませんし、「令和8年度予算」を「2026年度予算」、「金曜日夜」を「2026年3月13日夜」、などと表現する人もいるかもしれませんが、これらは表現の違いであって、本質的に述べている内容の違いではありません。

これに対し、「主観的意見」とは「報じる人によって内容が異なる可能性がある情報」のことです。たとえば、こんな具合です。

政府・与党は結局、野党の反対を押し切って予算案を強行採決した」。

「強行採決」ってなんだ!?

この「強行採決」なる用語、メディアの情報発信などにはありがちな表現ですが、これはいったい何でしょうか。

いちおう『ウィキペディア』(日本語版)の『強行採決』というページには、こんな定義っぽいものが掲載されています。

強行採決(きょうこうさいけつ)とは国会など議会で全野党から採決合意が得られず、過半数議席を持っている際に与党単独が賛成する形で審議を打ち切り、委員長や議長が採決を行うことを意味する日本のマスコミ用語。与党単独採決ともいう。

…。

この定義、正直、意味がよくわかりません。ウィキペディアに責任はないのかもしれませんが、控えめに言って意味不明です。

与党が過半数議席を持っていて、野党がゴネて審議が進まなくなった場合などは、ある程度審議を尽くしたと委員長や議長などが判断すれば、職権でこれ以上の審議を打ち切って採決に移らなければ国会運営が進みません。

野党がゴネて審議が進まないときに委員長や議長が職権で審議を打ち切り採決に移ることを「強行採決」と定義するならば、野党がゴネさえすれば、国会の採決のほとんどすべてが「強行採決」に該当することになりそうですね。

余談ですが、当ウェブサイトで(『ウィキペディア』を参考にすることはあるにせよ)普段、『ウィキペディア』を極力引用しない理由は、やはり『ウィキペディア』だけだと情報に信頼性がないと判断せざるを得ない事例が大変に多いからでもあります。

既存メディアの困った報道

選挙前の「玉木氏が中道改革連合との連立に含み」報道

いずれにせよ、「主観的意見」とは、それを報じるメディア、あるいはそのメディアの「中の人」の主観や好みで記述が大きく変化する(可能性が高い)情報のことです。

そして、当ウェブサイトでは常々、こうした「客観的事実」と「主観的意見」は混ぜるべきではなく、それぞれを明確に分離すべきではないか、と申し上げているわけですが、なぜそんなことを述べるのかといえば、日本のメディアには両者をごちゃ混ぜにした報道が横行しているという実態があるからです。

その事例のひとつが、衆院選前の『事実と意見ごちゃまぜ記事に政治家が即時反論する時代』でも取り上げた、「国民民主党と中道改革連合の連立構想」という話題です。

これは、とあるメディアが国民民主党の玉木雄一郎代表に対するインタビューで、「中道改革連合との連立に含みを持たせた」と報じた件です(該当する外部リンクは上記記事をご参照ください)。

記事の表題に、『国民民主党・玉木氏、中道改革連合と連立に含み』、とあり、これだけを読むと、中道改革連合、すなわち選挙直前に衆院側の立憲民主党と公明党が合流した新党を巡って、国民民主党の玉木雄一郎代表が将来的な連立に前向きな姿勢を示したかにも見えます。

やはり、国民民主党だって、しょせんは旧民主党から出て来た政党であり、立憲民主党やその後継政党である中道改革連合に対し、シンパシーを感じているのか」―――。

表題だけを読むと、そういう感想を持つ人が出て来たとしても、不思議ではありません。

当該報道は玉木氏自身が速攻で否定した

ただ、これについては実際に記事の中身を読んでみると、また全然違った印象があります。

記事によると玉木氏は「中道改革連合」を巡って、「安全保障やエネルギーを巡る政策を現実路線に転換したことを評価」したものの、連立政権を組む可能性を巡っては、両党が「参院、地方組織も合わせて結集していくかまずは見定めたい」と述べたに過ぎません。

通常、「(玉木氏が)連立に含みを持たせた」などと書くのであれば、最低でも、玉木氏本人が明確に連立に言及するなどの発言―――たとえば「条件次第では将来的な連立もあり得る」など―――をしていなければおかしいはずです。

それなのに、玉木氏は「まずは見定めたい」としか述べていないことに注意して下さい。

要は、「連立に含み」など、玉木氏本人は全く述べておらず、記事を書いた人の勝手な主観に過ぎないのです。この「まずは見定めたい」が、なぜ、「連立に含み」に化けるのでしょうか?

なんだか、驚きですね。

ちなみに玉木氏本人も、この報道については「選挙前の大事な時期に、誤解を招くようなビュー数稼ぎの記事やめてほしい」、「中道改革連合が、参議院の立憲民主党や公明党すら結集していないのに、我が党が結集するはずないと言ったまで」などとし、記事を速攻で否定しています。

現実には合流の可能性は低そう

もちろん、政治の世界は一歩先が闇ですので、国民民主党が将来、中道改革連合に合流する可能性が絶無だ、とまでは申し上げるつもりはありません。

ただ、少しだけ余談を述べておくと、両党が今すぐ合流すると考えるのは非現実的でしょう。解散前の時点で172議席の勢力を持っていたはずの中道改革連合自体、獲得議席がまさかの49議席に留まり、しかも6議席が自民の「おこぼれ」で、小選挙区当選者は7人に留まったからです。

中道改革連合 49議席の内訳

◆公明党出身者 28議席
┣小選挙区当選 0議席
┣比例代表当選 27議席
┗比例おこぼれ 1議席←チームみらいから
◆立民党出身者 21議席
┣小選挙区当選 7議席
┣比例代表当選 8議席
┗比例おこぼれ 6議席←自民党から

(【出所】報道等)

というよりも、(あくまでも報道ベースですが)中道改革連合自体、参院側、あるいは地方組織では、立憲民主党と公明党の合流のめどが立っていないようですので、結果的には選挙前の玉木氏の懸念通りに、合流は無期限延期、といった状況だと考えてよさそうです。

もちろん、選挙前の時点でこの結果を予想したメディアはほとんどなかったわけですが、それにしても玉木氏が述べてもいない「国民民主党と中道改革連合の将来的な連立(または合流)」を匂わせるかのような記事は、やはり正確性という観点から、大きな問題があることは間違いありません。

そして、この手の「主観的意見」を、本来ならば「客観的事実」を報じるべき記事に混ぜ込んでしまうのは、日本のメディアの悪い癖です。

というか、玉木氏が記者団との会見で、中道改革連合との合流については「今すぐは考え辛いが、将来的にはあり得る」などと述べていたとしたら、そのときには「含みを持たせた」と報じても間違いではないのかもしれませんが、玉木氏はそんなことヒトコトも述べていません。

その意味では、報じられた本人が国民に向け、直接発言できる手段があるというのは、本当に良い時代になったものです。

ネット時代は新聞記者の「特別感」を崩壊させた

さて、本件について、敢えて玉木氏の発言からタイトルを付けるなら、『国民民主党・玉木氏、中道改革連合との連携は「まずは参院結集見極め」』、といったところでしょうか。当時の玉木氏の発言などから、「連立する/しない」などの段階ではないことくらい明らかだったからです。

ただ、私たち一般人は、インターネットがなかった時代だと、こうした報道に接して、「あぁ、そうなのか」、「玉木氏は中道改革連合との連立に含みを持たせたのか」、などと素直に信じてしまっていた可能性はあるでしょう。

その理由は、私たち一般人の側で、「新聞記者は私たち一般人と異なり、政界のさまざまな文脈を読み解いた結果、玉木氏のこの発言が『中道改革連合との連立に含みを持たせた』ことを意味すると解釈したに違いない」、などと自分で自分を納得させていたフシがあるからです。

しかし、こうした新聞記者に対する「特別感」が崩壊したのが、このインターネット時代の特徴ではないかと思います。

当ウェブサイトでは「誰でも簡単に手に入れられる客観的事実」と「それらに対する主観的意見」を明確に峻別(しゅんべつ)することを意識しており、客観的事実からわかる内容と、その客観的事実から主観的意見がどう出て来たのかというプロセスを、可能な限り検証可能にすることを意図している次第です。

(※それが実際にできているかどうかは別として。)

補助金で産業を維持するのは正しいのか

活字へのハードルの低下⇒本が売れない時代

そして、当ウェブサイトを10年近く運営してきて気付くことがあるとしたら、「文字情報」を作るハードルの低さです。

ネットが出現する前、活字や映像コンテンツは新聞社やテレビ局などの「特権」的な立場でなければ配信できないという代物でしたが、このインターネット時代、それらを作るハードルはどんどんと下がり、いまやYouTubeやX、ブログサービス、Note、各種SNSなどで誰もが気軽に情報発信できるのです。

そうなると、テレビ、新聞、雑誌、あるいは書籍などの相対的な価値が低下するのは不可避です。

こうしたなかで興味深いのが、書店数です。

昨年6月の『書店活性化プランに見る典型的な「タックスイーター」』などでも取り上げたとおり、新聞業界、雑誌業界のみならず、紙の書籍自体が現在、売れなくなりつつあるようで、日本では書店自体が猛烈に廃業しており、この20年で書店数自体がほぼ半減した状況です。

当該記事では、書店を守るために、経済産業省が「書店活性化プラン」を策定した、などとする話題を(かなり批判的に)取り上げたのですが、その「続報」でしょうか、経産省ウェブサイトにこんな記事が掲載されていました。

無書店自治体に再び文化の灯を。「書店=人と情報が集まる場」と気づき、動いた行政

―――2026/03/12付 経済産業省 “METI Journal” より

記事タイトルでも何となくわかるかもしれませんが、同記事で取り上げられているのは、書店がゼロになってしまったとある自治体で、「市民生活の質の向上に資する」書店に対し、「開設準備や家賃などの経費を助成」するという制度が創設された、というものです。

減税拒否は「補助金死守」のためなのか?

なんでも当該自治体では2024年3月、店舗面積1300平方メートル、駐車場50台以上を備え、駅や市役所からも徒歩圏内にあった市内唯一の書店が閉店してしまったのですが、これを受けて同自治体では10年間で最大5500万円の補助に加え、初期経費の半額(最大500万円)を助成。

これに名乗りを上げた書店に対し、自治体側は次のように要請したそうです。

  • 地域のイベントに積極的に参加して本文化を広めてほしい
  • 高齢者が訪れやすいよう、対面販売を続けてほしい

…。

正直、これを美談であるかのごとく喧伝されても困ります。書籍はインターネットを使って注文することが一般化しており、何なら書籍自体も紙媒体ではなく、電子デバイス(PC/タブレット/スマホなど)で閲覧できる時代だからです。

こうした時代に「高齢者が訪れやすいよう(人間の店員による)対面販売を続けてほしい」には、個人的には強い違和感もありますし、こうした経産省のウェブマガジンを読んでいくと、技術の進歩や時代の変化に取り残された産業が公費を得て延命を図るという構造が見えてきます。

もしかして、石破茂・前首相らやその関係者らがしきりに「財源は足りない」だの「消費税を守れ」だのと抜かしていたのも、こうした下らない補助金制度を死守するためだったのではないか、などと思うと、やはりこの国の病理の一端が見えてくる気がします。

新聞業界も補助金を要求したりしないか?

そして、こうした書店業界への補助金制度を敷衍(ふえん)すると、将来的には新聞業界も、もしかしたら「新聞の灯を消すな」、「新聞業界に補助金を投じよ」、などと主張し始めたりしないか、といった気がしてなりません。

この点、『カネを払うに値しない…再販制度のツケを払う新聞業界』や『新聞が売れなくなったのは読者の質の低下のせいなのか』でも取り上げたとおり、著者は新聞業界が斜陽産業化している最大の要因は、新聞業界自体にあると考えています。

新聞業界が不正確な情報を配信したら、ネットで速攻否定され、証拠付きでどんどんと拡散されてしまううえに、新聞自体に「信頼に値しない媒体」だという印象を持つ人が増えてしまうのでしょう。

もちろん、ありとあらゆる新聞が「信頼に値しない」わけではありませんし、新聞記者のなかにはかなり真面目に取材し、精緻に事実関係を調べてから情報発信するという人もいますが、残念ながら、そのような優秀な記者が新聞業界の圧倒的多数を占めているとも思えません。

個人的に懸念しているのは、テレビを設置しただけで事実上の支払い義務が生じるNHK受信料のように、「郵便受けを設置しただけで新聞購読料を払え」、といった制度が出てくることですが、懸念点はそれだけではありません。

公費による新聞産業への助成が開始されでもしたら、それは事実上、私たち国民の税金が新聞業界の延命に使われる、ということになりかねません(余談ですが、NHK受信料も「受信料」と名乗ってはいますが、その性質は限りなく税金に近いものだと考えられます)。

いずれにせよ、ごく近い未来、「新聞業界への補助金」、といった構想が出てくる可能性はそれなりに高いと思われ、この点も警戒が必要なゆえんではないか、などと思う次第です。

本文は以上です。

金融評論家。フォロー自由。雑誌等の執筆依頼も受けています。 X(旧ツイッター) にて日々情報を発信中。 Amazon アソシエイトとして適格販売により収入を得ています。 著書①数字でみる「強い」日本経済 著書②韓国がなくても日本経済は問題ない

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読者コメント一覧

  1. より:

    >もしかして、石破茂・前首相らやその関係者らがしきりに「財源は足りない」だの「消費税を守れ」だのと抜かしていた・・・
    言葉の表現は、品位を表します。

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