カネを払うに値しない…再販制度のツケを払う新聞業界

新聞業界を巡っては、日刊新聞法や記者クラブ制度、宅配制度など、業界の独占を守るための制度がいくつかあるのですが、そのひとつが再販価格維持制度です。本来、独禁法では製品の製造者が小売価格を決めて守らせることは「不公正な取引方法」として排除されるものですが、新聞に関してはここからなかば恣意的に除外されているのです。ただ、これに対して「本当に優れた思想や作品は、商業主義ではなく、賢い人がちゃんと選別しなければならない」、などと忠告して来た「A先輩」というのがいました。

再販価格制度と新聞業界

独禁法にいう「不公正な取引方法」

最初に、ちょっとした「思い出話」をするのをお許しください。

著者は大学時代から新聞業界がおかしいことを強く認識しており、とくに新聞の「再販価格維持制度には強い疑問を持っていました。

そこに疑問を持つに至った経緯を話し出すと少し長くなるので省略しますが、結論からいえば、大学生の時点で、どうやら新聞業界にはいくつかのおかしな慣行・特例があり、この業界の権益がガチガチに守られていることを認識していたのです(これに気づくに至った経緯はいずれ機会があれば別稿にて触れます)。

それはともかくとして、この「再販価格維持制度」とは、生産者が小売価格を決定し、定価を守らせることができるという仕組みです。

本来、メーカーなどが小売店に対し販売価格を拘束するなどの行為は独占禁止法では第2条第9項第4号において「不公正な取引方法」に指定され、同第19条において禁止されており、違反した場合は同第20条第1項の排除命令などの対象となります。

私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律 第2条第9項

この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう。

<略>

四 自己の供給する商品を購入する相手方に、正当な理由がないのに、次のいずれかに掲げる拘束の条件を付けて、当該商品を供給すること。

イ 相手方に対しその販売する当該商品の販売価格を定めてこれを維持させることその他相手方の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束すること。

ロ 相手方の販売する当該商品を購入する事業者の当該商品の販売価格を定めて相手方をして当該事業者にこれを維持させることその他相手方をして当該事業者の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束させること。

…。

著作物の再販指定

これを新聞業界に当てはめると、明らかにこの第2条第9項第4号イの定義にピタリと当てはまっています。

相手方に対しその販売する当該商品の販売価格を定めてこれを維持させることその他相手方の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束すること

⇒新聞は販売価格を新聞社が決めており、しかも新聞販売店や駅スタンド、コンビニなどが当該新聞の販売価格を自由に決定することができない

したがって、本来であれば、新聞社に対し、公正取引委員会は排除命令を出さなければならないのです。

ただ、公正取引委員会が新聞社に再販価格維持で排除命令を出したという話はまったく耳にしたことがありません。これはいったいなぜなのでしょうか。

そのからくりは、「著作物の再販指定」という例外規定にあります。

同法第23条では、公取が指定する商品(第1項)または著作物(第4項)についてはこの禁止行為の例外とされているのです。

新聞は「著作物」だから、同法第23条第4項に従い、再販価格を新聞社が拘束する行為は「不公正な取引」には当たらない、というロジックです。

著作物の定義は公正取引委員会が勝手に決めている!

しかも、第23条第4項の問題点は、ほかにもあります。「著作物」の範囲は法令に明文の規定がなく、事実上、公正取引委員会が勝手に決めているのです。

具体的には、公取は著作物について、書籍、雑誌、新聞、音楽用CD、音楽テープ、レコード盤の6品目が該当するとの見解を示しています(『よくある質問コーナー』Q12等)。

公取によるとこの見解の原文は、1992年(平成4年)4月15日付の『レコード盤、音楽用テープ及び音楽用CDの再販適用除外の取扱いに関する公正取引委員会の見解』というタイトルの文書だそうです(ただし、その原文はネット上で発見することができませんでした)。

新聞再販指定の考え方
  • 商品の製造者が再販売価格を決定して販売者に強制することは独禁法第2条第9項第4号にいう「不公正な取引方法」にあたり、同第19条で禁止され、同第20条で罰則も設けられている
  • ただし、公取が指定する商品(同第23条第1項)や著作物(同第23条第4項)に関しては、こうした「不公正な取引方法の禁止・排除・罰則」などの規定が設けられていない
  • この「著作物」に関しては、公取としては▼書籍、▼雑誌、▼新聞、▼音楽用CD、▼音楽テープ、▼レコード盤―――の6品目がこれに該当するとの見解を1992年4月15日付で公表している

…。

これ、著者は大学生時代からずっと調べている論点ですが、何度読み返しても、どこからどう突っ込んで良いのかわからない考え方です。公正取引委員会という役所と規制対象である新聞業界がなあなあの関係を持ち、ずっと新聞業界に恣意的な価格統制を認めて来たということでもあるからです。

自由主義経済競争から守られた新聞業界

これに加え、新聞業界にはほかにも、▼独占的な宅配網を維持することで新規参入を防ぐ、▼独占的な記者クラブ制度でマスコミ業界以外の人間を取材源から排除する、▼日刊新聞法で株式の譲渡制限を設ける―――などの手法で、業界を守ってきた格好です。

つまり、企業買収リスクを防ぎつつ、記者クラブで取材源にマスコミ業界関係者以外が入ってくることを防ぎつつ、宅配網を独占して新聞業界への新規参入を防ぎつつ、再販価格を維持することで安定的な収益を確保する、といった仕組みが完成していたのです。

若いころの著者は、現在と比べて知識も経験もまったく足りていませんでしたし、細かい条文を読み込むテクニックなどもまだ身に着けていませんでしたが、それでも新聞業界の既得権益の一部である再販価格維持制度の存在とその問題点に気づいていたことは、我ながら慧眼だったと自画自賛したいと思います。

そして、若いころにはそれなりに正義感もあって、「新聞業界の独占を守るようなルールを撤廃しないと、却って新聞業界のためにならない」と考えていたクチです。

なにより、日本は自由主義市場経済の考えを採用する国であり、また、著者自身を含め、当時の多くの日本人はソ連の崩壊を目撃していて、社会主義/共産主義の壮大な実験が失敗に終わったことを思い知っていたという事情も無視できません。

いずれにせよ、若いころの著者には、新聞業界が価格独占を悪用し、情報を独占しているという点に対する湧き上がる嫌悪感のようなものがありましたし、また、新聞業界が事実上の権力者としてこの国に悪影響を及ぼしている点については、知識や経験が足りなりにも、薄々感じ取っていたのだと思います。

新聞業界の利権が崩壊

「A先輩」の忠告

もっとも、こうした考えに対し、とある「先輩」のAさんから苦言を呈されたこともあります。

「先輩」、とカギカッコ付きで表現している理由は、このAさんが実年齢では2~3歳年上であり、入学した年度も1年早かったからですが、ただ、知り合いになったときには同学年でしたし、卒業する時点ではAさんが「下級生」になっていたからです。

ただ、この「A先輩」は、当時からかなり高尚な書籍を読み、何とかいう政治思想家がどうだ、といった難しい考え方が大好きだったのですが、周囲を下に見るフシがあり、著者などもこの「A先輩」からかなり議論を吹っかけられたクチです。

著者がとある授業のレポートでこの新聞業界に関して友人らとディスカッションしていたときに、「A先輩」が勝手に議論に割り込んできて、こんな趣旨の持論を展開していったのです。

なんでもかんでも自由経済競争という考え方には、僕は賛同できない」。

新聞や出版の場合、本当に優れた思想や作品は、商業主義では残らない。賢い人がちゃんと選別し、制度的に保護しなければならず、そのためには新聞社や出版社に、自由経済競争から隔離して、ある程度儲かる仕組みを残さなければならない」。

再販価格維持制度は新聞社や出版社に一定の儲けを保証する優れた仕組みだ。情報のプロフェッショナルである新聞社や出版社が選別した優れた思想や作品を維持するためにも、再販価格維持制度を廃止することは許されない」。

若いころからハイヤーで移動する川岡さんと粟田さん

「A先輩」が話した内容は、もう少し稚拙だったかもしれませんが、ただ、だいたい上のような事を述べたことは間違いありません。

これに対し、著者(あるいはその場にいたほかの友人など)が、「じゃぁその『優れた作品』『優れた思想』は誰がどうやって判断するの?」、「それを判断する人はどうやって選ばれるの?」「新聞社の入社試験が偏ってたらどうするの?」、などと次々とツッコミを入れたところ、「A先輩」はそそくさと逃げて行ったのが印象的です。

風の噂によると「A先輩」はその後、なんとか卒業はできたものの、「司法試験を受ける」などと言いつつ、その後もしばらく大学のキャンパスで目撃されていたようですが、その後どうなったのかについては定かではありません。

ただ、著者自身も会計士となり、それなりに忙しいビジネスマンとなりましたが、やはりこの「A先輩」が言い残した、「本当に優れた思想や作品」、という表現は、ずっと心に引っ掛かっています。調べれば調べるほど、この表現、新聞業界の「中の人たち」の思想を体現しているようにしか見えないからです。

「何が優れた思想なのか、何が重要な話題なのか、何が正しい道なのか」を、新聞社やテレビ局などのマスコミ関係者が決め、それを無知蒙昧な一般大衆に伝えてやっているのだ―――。

メディア産業関係者と話をしていると、業界にはそんな発想を持った人も多いらしく、また、若いころからエリート意識を植え付けられて舞い上がってしまうケースもあったようです。

実際、ひと昔前の新聞社では、取材現場に行くのにタクシーやハイヤーなどを多用していたようであり、1990年代に発行されたとあるグルメ漫画を読むと、架空の南北新聞社(仮)の文化部に所属する川岡史郎(仮)さんと粟田(あわだ)ゆうか(仮)さんが頻繁にハイヤーで移動している、といった話題も有名です。

たしかに昔は新聞社の入社試験もそれなりに難しかったようであり、それを突破して新聞社に採用された若き記者にとってはそれなりのエリート意識もあったのでしょう(※余談ですが、現在の某新聞社では活動家崩れのような人ばかり採用しているとの噂もありますが、時代は変わるものですね)。

新聞記者を選挙で選んだ事実はない!

ただ、それと同時にもっと重要なことを指摘させていただくと、新聞社、あるいはそれにテレビ局や通信社なども含めた広い意味での「マスコミ」業界は、べつに民主的なプロセスで国民から選ばれたわけでも、自由経済競争を勝ち抜いてきたわけでもありません。

新聞業界は「1940年体制」で戦前から残っていた社が集約されて現在の原型が出来上がっており、在京・在阪の大新聞はいずれも(社名変更などはあったにせよ)戦前からの体制が残っただけであり、とくに平成期に新たに設立されて大手全国紙にのし上がった事例はありません。

また、在京5局などのテレビ局も、新聞社とほぼ同一の資本で設立されたケースが多いです。

もちろん、朝日新聞とテレビ朝日・朝日放送テレビなどのように「新聞社優位」というケースもあれば、フジ産経グループのように「テレビ局優位」というケースもあり、はたまた毎日新聞とTBSのように資本関係自体はほぼ解消しているなどのケースもありますが、ただ、新聞社とテレビ局の関係は基本的に密接です。

つまり、国民が何らかのプロセスで選定したわけではない人たちが、報道という実質的な権力を握り、日本社会に悪しき影響を及ぼしているわけです。

過去にはメディアの報道が有権者に対して働きかけることで、選挙における投票行動に影響を与えたと思しき事例がいくつか存在しますし(1993年の「椿事件」や2009年の政権交代選挙がその典型例でしょう)、また、メディアの非科学的な報道で病気が蔓延した、いわゆるHPVワクチン事件なども発生しています。

なお、2009年の政権交代については、直近では『偏向報道を排除した日本人を中国が騙すのは百万年早い』などでもメディアと政権交代の関係を論じていますので、よろしければご参照ください。

いずれにせよ、私たち国民が直接選挙などで選んだわけでもない人たちが、報道を通じた社会的な影響力という意味での「実質的な権力」を握っているフシがあるのは由々しき問題であり、そうした不健全な体制を支えている制度のひとつが、著者が学生時代に発見した「再販価格維持制度」だったわけです。

新聞社を守っていたもうひとつの要素である「独占」が壊れた!

ただ、ここでもうひとつ、自分自身を褒めてあげたい点があるとしたら、この制度自体が新聞社をダメにする方向に働く、という「予言」が当たったことだと思います。

新聞社は値引き販売から守られており、いわば、自分たちの商品を自分たちが決めた値段で売りさばくことができるわけですが、こうしたビジネスモデルは、単に公取法という法律に加えて公正取引委員会という組織を味方につけているというだけの理由で成り立つものではありません。

もうひとつ、「サービスを独占していた」という「極めて特殊な条件」が存在していたことで、初めて成り立っていたのです。

その証拠が、社会のネット化・SNS化でしょう。

私たち現代人はNEWSを新聞、テレビだけでなくネットで知ることができます。しかも、そこで知ることができるNEWSは、タテ、ヨコ、高さという三次元で見て、新聞・テレビを通じて得るものと比べて、圧倒的に優れているのです。

  • タテの広がり:同一の話題・類似する話題を時系列で調べられる
  • ヨコの広がり:同一の話題を他社がどう報じているか調べられる
  • 高さの広がり:同一の話題をより源流にさかのぼって調べられる

その結果、新聞、テレビが蹴散らされるようにネットとの競争に敗北するようになったのです。

実際、『新聞と折込の広告市場規模は四半世紀で3分の1に縮小』でも述べたとおり、ネットの広告費は増える一方であるのに対し、マスコミ4媒体の広告費は減る一方ですし、『社会のネット化で国民は完全に変わった…政治家側は?』でも指摘したとおり、新聞部数も減る一方です。

こうしたなかで、新聞部数が激減していることを取り上げた論考もチラホラ目につくのですが、正直、それらの多くはピント外れも甚だしく、「新聞業界を挙げて、再販価格、日刊新聞法、宅配網、記者クラブ制度などでガチガチに固めたはずの独占体制が、ネットの登場で脆くも崩れ去っている」という本質を突いていません。

「A先輩」や新聞業界関係者が決定的に間違っていたのは、市場の力を過小評価し過ぎていたことです。

「市場メカニズムに任せていたら本当に優れた思想や作品が消えてしまう」、という思想の正体とは、市場メカニズムに対する侮辱であるとともに、「市場メカニズムの外で本当に優れた思想や作品を拾えるだけの審美眼が自分達にはある」という思い上がりでもあります。

カネを払うに値しない

だいいち、かつては新聞社の入社試験が狭き門で、それなりのレベルだったことは事実かもしれませんが、それに受かっただけの受験秀才が「市場メカニズムでは正当に評価されない本当に優れた思想や作品」とやらを拾う能力などあるのでしょうか。

なぜそんなことを指摘するのかといえば、やはり一部の新聞記者らを見ていると、かつての「A先輩」のような思い上がりが漂ってくるからです。

「私たち新聞記者は国民の代表である」。

「私たち新聞記者は官僚と対等である」。

「私たち新聞記者は議員と対等である」。

「私たち新聞記者は社会の木鐸である」。

「私たち新聞記者は第四の権力である」。

こういった思い上がりが一方的に記事を選別し、勝手に角度を付け、その結果、多くの国民が求めていない、新聞記者の身勝手な思想を押し付けるかのような記事が量産されてくれば、国民が新聞を見捨てるのも当たり前の話でしょう。

カネを払うに値しないからです。

新聞業界は「外部からの新規参入」からは守られていたのですが、新聞業界自体に対する社会的ニーズが消滅していることには気づけなかったのです。

だから新聞業界は今後、「外部から新聞産業に新たな事業者が参入する」というかたちではなく、内部から崩壊していくことで、再販価格制度をはじめとしたさまざまな利権制度の対価を払うことになるのです。

なお、著者としては「A先輩」との議論については数十年越しで伏線を回収できたと考えており、学生時代の仮説が成就しつつあることをもって、もう十分に満足ですが、それでももし「A先輩」が本稿を読んでくれているならばもうひとつ、申しげたいことがあります。

「司法試験、受かりましたか?」

本文は以上です。

金融評論家。フォロー自由。雑誌等の執筆依頼も受けています。 X(旧ツイッター) にて日々情報を発信中。 Amazon アソシエイトとして適格販売により収入を得ています。 著書①数字でみる「強い」日本経済 著書②韓国がなくても日本経済は問題ない

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読者コメント一覧

  1. はにわファクトリー より:

    時事報道に値段はつかない。新聞はカネを払うに値しない商品である。

    会員制オンライン新聞読者を紙バージョン商品と同じかちょっと高めに設定するリーゾニングはこうでしょう。

    – 売上げを減らしたくない
    – 紙面面積の縛りがなくはるかに多量な記事を随時公開し続けているのだから、同じ値段でもはるかにお得なはずだ
    – もし紙バージョン商品より安く設定すると、それの消滅を速めてしまう

    つまり、売る側の理屈、読者不在の視点である。これだけ社会が発展して生産性が高まり、コストが下がり、自由流通・自由編集のおかげで多用な情報が手軽に手に入るようになっているのに、進化はおろかカイゼンもない。脱皮なんて夢の夢。動く紙面を作って見せてすごいと思ってもらえるつもりでいる。周回遅れも甚だしい。

    新聞産業がダメな理由は単純です。商品設計と価格設定が間違っている。ただそれだけです。

  2. 匿名 より:

    >「私たち新聞記者は社会の木鐸である」。
    それが本当に果たせていたら日本がこんなに凋落することはなかったはずですけどね。奴雁としての責任感の欠片もない連中ですわ。

    1. カズ より:

      >社会の木鐸

      少年:木鐸(ぼくたく)ってなぁに?
      記者:日本のは木製の呼び板だね。

      少年:どうやって使うんだろうね?
      記者:「NEWSだよ」って叩くんだ。

      少年:社会の木鐸の核心を教えて?
      記者:中身が無いほど、良く響く!
      ・・。

  3. 農民 より:

     外部からの新規参入を阻んで安穏としていたら、企業・事業としての参入が無いまま無数の個人がネットとして参入してきたでござる。
     これ、「商品が情報」であるがゆえの悲劇(?)ですね。自分に置き換えても、各戸で菜園が義務付けられたとしたって、農産業が衰退するとは思えません(むしろ今衰退と言われているし生産高が余っているわけでもなく振興ですらあるかもしれない)。自動車製造業なんて、各戸で自作なんてそもそも不可能です。造船だの半導体だのなんて以ての外。でも情報は違います。個人が優れた情報を持っていることも多く、専門家の情報が必ずしも正しいという事も無く、何より記者・出版放送社が情報の製造者ではなく、選別を行っているにすぎない。大昔は流せる情報の少なさ、受け手の専門的理解の乏しさ故に、その選別がありがたかったのでしょうけども。
     そもそも社会の木鐸と言っている時点で自覚していなければおかしいのです。木鐸は「お上の」言う世を導く正しいお言葉を伝える際に使う道具です。反権力なのになぜ木鐸なのか意味不明ですし、木鐸が意思を持ってお上の言うことを都合よく改竄するなど、むしろあってはならないことのはず。
     保護されたいのならば政府に臣従して公社にでもなって心を入れ替えるべきだし、それが嫌ならば本当に価値のある情報(本稿の通り、どうやってそれを保証するか謎ですが)をウリにして、大昔のように実際に国民の支持歓心を得られるよう努力するべきで。どちらも拒んだのだから、現状は残念でもなく当然です。

    1. はにわファクトリー より:

      要約するとこうですね。
       「電話線が勝手にしゃべるな」「木鐸が意見を言うな」

    2. KN より:

      >社会の木鐸

      真の「お上」は別にいる、あるいは自分自身が「お上」と考えているなら、辻褄があいそうです。
      彼らの監視対象であるはずの、本来の「お上」から、お金やお墨付きをもらおうとするのは意味不明ですが。

      https://shinjukuacc.com/20241011-03/

      1. 農民 より:

         日本的な発想でお上と表現し、木鐸を単純な例示・由来物とした場合は前述なのですが。故事的には、「ある人が孔子に対して『貴方は天の声を伝える木鐸たるよう天が遣わしたのでしょう』と称賛した」とするもので。中国では皇帝ですら「天子」ですので、乱れた世にあってそれを飛び越えて「正しい天の声を伝える」というのは、つまり今の治世は天の意思に反しているととれる、場合によっちゃクビをハネられかねないものなよーな。

         孔子の故事からとって木鐸を自称しているとしたら、彼らは「我々は現代の孔子である」と自認し、民主的政府なんぞに正当性は無く、自分達の脳内にある謎の「優れた思想」こそが全てに優越する天の声である、ということですね。これまではA先輩レベルが国家運営に強く影響していたと。特に某新聞は「天声人語」なんて気取っているけど、本音は「天声我語」か「我声人語」かってところでしょうか。
         誰がどういう意図で言い出したんでしょうねぇ、社会の木鐸。

  4. KN より:

    民意や市場によって選ばれていない権力者によって歪められてきた民主主義が、ネットの普及で可視化され、是正されつつある。いい傾向だと思います。
    SNSも、イーロン・マスク氏が「キュレーションチーム」を排除してくれて、だいぶ風通しがよくなりました。

  5. 引っ掛かったオタク より:

    ま、要するに「手前勝手なノーブル気取りが手前勝手にノブリスオブリージュ気取っとんねん」ちゅーことがお天道様に晒されてアワアワしとるのと開き直っとんのとアーアーキコエナイしとんのが居るちゅーこっちゃナ
    知らんけど

  6. 引きこもり中年 より:

    (新聞業界に限りませんが)ツケは、支払日が来るまでは、楽である、ということでしょうか。
    蛇足ですが、高尚な意見を、自分自身の力だけで見つけ出すことが出来る人が、どれだけいるでしょうか。

  7. 白紙 より:

    本記事タイトル
    >カネを払うに値しない…再販制度のツケを払う新聞業界

    カネを払うに値しない…放送法第64条第1項に守られてなお沈みゆくNHK
    に置き換えても通用しますね。
    ブログ主の過去から一貫しての主張ですから、当たり前か…。

  8. 元雑用係 より:

    >その証拠が、社会のネット化・SNS化でしょう。
    >私たち現代人はNEWSを新聞、テレビだけでなくネットで知ることができます。

    本記事を読みながらgrokと議論してたんですが、少し面白い資料を出してくれました。本記事で示されたSNSの良い影響は、実は日本に特有かもしれないと言う話。
    オールドメディアはSNSでエコーチェンバー化やらタコツボ化、ひいては社会の分断が進むと警告しますが、欧米では確かにその傾向が強いものの、日本では必ずしもそうではないそうです。
    欧米のSNSでは個人が名を出して主張するケースが多く、衝突による社会的影響を避けるためにミュートやブロックを選択する結果、タコツボ化が進みやすいと。また、情報取得に当たっては自分の意見に近い情報を敢えて選択する傾向が強いそうです。
    一方で日本のSNSは匿名発信者が多いためSNS上では激論が交わされることが多く、逆にそれによって意見の相対化がなされ全体的には中庸に寄り、極端な意見は少数化しやすい傾向があると。欧米のような情報選択の傾向も余り見られないようです。
    欧米の一神教的価値観と、価値観に対してより鷹揚柔軟な姿勢の違いが出ているのだろうかと想像が膨らみました。そんな素地があるからこそ、多様な情報が得られるネット空間が日本の世論形成にはプラスにはたらいている可能性ですかね。

    新聞テレビなどのマスメディアが衰退し消費者から選択されなかったのは日本人の良識の結果だった、なんて結論になるかどうかはわかりませんが、そうであったとするとマスコミ関係者としてはいたたまれないでしょうね。2ch文化も影響あるかもですね。
    まあ、ネット時代で政治に関しては日本の未来は明るいかもですね。ポスト・ポスト冷戦の時代に穏当な世論によって穏当な政策選択がなされ、他国からロールモデルとされる日本、という未来があるかもです。

    総務省:インターネットによる世論の二極化についての定量的な研究結果
    https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd114220.html
    ・米国では過去10年の間で二極化が進んだことを示す研究結果が出ているが12、我が国での実証研究例は少なく、二極化していると断定することはできない。
    ・メディアの継続利用者について見ると、全体としてメディアの継続利用による政治傾向の変化は軽微であった。ネット利用が分極化を進めている証拠は乏しく、むしろネットメディアの利用者はどちらかといえば穏健化している。
    ・ソーシャルメディアの利用は意見の過激化と有意な正の相関はあるものの、過激度に最も大きな影響を与えているのは「回答者の年齢」であり、年齢が高いほど過激な意見を持つ傾向があることが明らかになった
    ・もしネット利用が分極化を促進するならネット利用に熱心な若年層でこそ分極化が生じているはずであるが、そうはなっていない。むしろネット利用が相対的に少ない中高年でこそ分極化が起きている。この事実はネット利用が分極化を促進するという仮説に疑問を抱かせる

    他、リンクのみ。

    エコーチェンバーの原因を理解する:各国における政治ニュースの選択的露出
    Understanding Causes of Echo Chambers: Political News Selective Exposure Across Countries
    https://www.waseda.jp/top/en/news/82473

    ネット社会における人々の分断と差別に関する調査研究
    https://www.ccb.osaka-u.ac.jp/wpccb_handle/wp-content/uploads/2025/03/TsujiDaisuke2025JP.pdf

  9. 名無しで結構 より:

    昔は記者会見とかで、何時間も前から砂かぶり席を大手紙以外の記者が確保していると、開始寸前にA日新聞の記者がハイヤーで会場入りして、砂かぶり席にいる記者を野良犬でも追っ払うようにどけていたなんて話も聞きます。今はネットでの発表が多くなって、平等になりました。

  10. 七味 より:

    >新聞や出版の場合、本当に優れた思想や作品は、商業主義では残らない。

    「優れている」かどうかって、なにか物差しにあてて測るもので、物差しによって結果が変わるものだとと思うのです♪

    物差しが市場メカニズムならより多くより長く売れたものが優れてるし、物差しがA先輩の感性なら、A先輩が社会的影響力を持てば後世に残すことができるんだろうと思うのです♪
    A先輩も逃げたりせずに堂々と「『優れた作品』『優れた思想』は自身が選ぶ」と答えて欲しかったのです♪

    >カネを払うに値しない
    なんかしっくりくる記事があったので貼っときますね♪

    なぜ新聞は売れなくなったのか?実はCDアルバムと同じ理由だった
    https://news.yahoo.co.jp/articles/458825a5d4001fab594b84ff146952ddd08748a9

    1. はにわファクトリー より:

      新聞記事よ、さらば。
      無料 AI がいくらでも読みたい文章をその場で生成して教えてくれる。
      正確かどうか確かめるために行動を起こすかは読者の意欲に任される。

      >物理メディアという「モノ」でしか供給されない文化的な諸要素が、思いのほか多くの人にとって「なくても支障はなかった」

      残酷な事実は現実です。

      負担可能な通信料金は各人それぞれで違っている。自腹で払っている通信料金に上乗せする有料ネットサービスには厳しい選択圧が掛かる。電子版・オンライン・デジタルを訴える新聞社オンラインサービスは果たして適正価格だろうか。それともぼったくりだろうか。

      1. 七味 より:

        はにわファクトリー様
        コメントありがとうございます♪
        ところで、新宿会計士様の
        >若いころからハイヤーで移動する川岡さんと粟田さん
        の元ネタと思われる漫画では、ふたりの関わっている文化的な事業の記事のおかげで、ライバル社との部数競争で一歩先を行くといった描写があったように思います♪
        当時としては仕方ない部分もありますが、真に競争すべき相手と競争の方法を間違っていたんだってことかも知れませんね♪

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