ケンポーキュージョー教と古代文明の共通点は科学否定

とある古代文明では、神殿に生贄を捧げることで太陽の寿命を延ばしていると信じられていました。現代だと一笑に付されるような考え方ですが、なぜ現代でこれが受け入れられないのかといえば、現代社会では科学が発達し、多くの人々が科学を常識として受け入れているからです。ただ、「生贄で太陽が活動している」と同レベルのカルト説も存在します。「平和憲法のおかげで戦争が発生しない」、がそれです。

ピラミッドパワー=経済波及効果

古代文明と聞くと、やはり興味を掻き立てられる、という人は多いのではないでしょうか。

著者自身は歴史家ではありませんので、古代文明で行われていたとされる、さまざまな儀式や出来事については、それこそ歴史書で読んだ程度の知識しかありません。たとえば古代エジプトの文明についても、その言語が読めるわけでもなければ、その歴代王朝の名前などを諳(そら)んじることができるわけでもありません。

ましてや古代の建造物、たとえば「ギザの3大ピラミッド」がいかなる目的で建造されたのか、その正確な意図を理解する、といったことはできっこありません(※もっとも、この点については世界中の学者も同じかもしれませんが…)。

ただし、著者自身は金融評論家ですので、その「経済的な側面」から、これらの建造物が現代社会にいかなる効果をもたらしているかについては言及することが可能です。

たとえば以前の『最新科学が明らかにしたピラミッドパワーの正体とは?』でも述べたとおり、ピラミッドパワーとは、あの世にも奇妙な三角形の建造物を目当てに、全世界から年間1000万人を超える観光客をひきつける経済的効果を意味します。

NHK新社屋より安い?クフ王大ピラミッド

あまり厳しいことを言いたくはないのですが、やはり「あの国」は古代エジプト人が建造した「あの建造物」(とフランスが建造したスエズ運河)により多大なる恩恵を受けているのではないかと考えざるを得ず、その意味では数千年前の王様が遺した建造物は、今でも富を作り出し続けているのです。

ちなみに株式会社大林組が公表した『クフ王型大ピラミッド建設計画』によると、まったく同じ場所に現代の最新技術を用いて同様の建造物を建設する場合、主要な工事機械は日本から運搬し、設計・施工の管理は同社が行い、施工作業スタッフは現地人を雇うとして、コストは1250億円、工期は5年とされます。

もちろん、昨今は物価上昇も激しいため、想像するに、いまだと1250億円では作れない気がします(そういえば、NHKが2015年に発表した新社屋建設コストは約3400億円ですので、ピラミッド2.5個分、といったところでしょうか)。

ただ、1250億円で耐用年数4,500年以上の構築物が作れ、毎年1千万人の観光客がやって来るのだとしたら、コスパは非常に良さそうです。観光客1人あたり20万円使ってくれれば、年間2兆円経済効果が見込めるからです。

このように考えたら、日本でも地方創生の一環として、古代文明にあやかってピラミッドの2つや3つ、建設してみても良いかもしれません(財源はピラミッド地方債でしょうか?)。

もっとも、「地方創生2.0」とか抜かしていた人物はすでに首相ではなくなってしまっていますが…。

アステカ王国の太陽神信仰

さて、本稿で述べておきたいのは、ピラミッドパワーではありません。

古代文明をいろいろと調べていくと、本当にさまざまな信仰に出会うことに気づきます。

そのひとつが、世界各所に残る「太陽神信仰」です。

太陽神信仰という意味では、古代エジプト文明もその一種かもしれませんし、また、日本の場合も神道と太陽神信仰の関係を議論する学者がいるようですが、大地にさまざまな恵みをもたらしてくれる太陽を神として崇め奉るという考え方は、世界各地で同時発生していても不思議ではありません。

ただ、こうした太陽神信仰のなかでも、ひときわ印象的なのが、アステカ王国のそれです。

この信仰もなんだかよくわからないのですが、調べたところは、「太陽は52年ごとに危機が訪れ」、「太陽を動かし続けるためには生贄が必要である」、などとするものです。

アステカの首都であるテノチティトラン(≒現在のメキシコシティ近郊)には「太陽のピラミッド」が設けられ、定期的に生贄が捧げられていた、などとする話もあります(スルガ銀行株式会社・2013年9月17日付『古代メキシコアステカ文化の世界観』等)。

ただ、この「生贄が捧げられているから太陽の寿命が延びている」、とする説、現代社会からすれば人々から笑い飛ばされるものかもしれませんが、当時のアステカ文明からすれば、これは逆らうことができない真理だったのではないでしょうか。

現代人が「それは間違っている!」と説得したとしても…

そうなると、仮に現代人である私たちがタイムスリップし、アステカの人々に、「生贄を捧げようが捧げまいが、太陽の活動とは関係がない」と伝えたとしても、なかなか彼らを納得させることは難しいのではないかと思います。なにせ、彼らは現に生贄を捧げているわけですし、それで現に太陽は今日も登ってきているからです。

もちろん、彼らがいう「危機のときに生贄を捧げたから太陽の寿命が延びている」を否定したければ、いけにえを捧げるのをやめてみれば良いのです。そうすることによって、生贄を捧げても捧げなくても、それと無関係に太陽は東の空から登って来ることが立証できます。

しかし、この方法は、彼らにとっては非常に危険な賭けかもしれません。

なにせ、ためしに生贄を捧げるのをやめてみたとして、それで明日から太陽が本当に登って来なくなるかもしれないからです。

おそらくテノチティトランの神官たちは、現代人である私たちの提案を聞き入れることはしないでしょうし、予定通り生贄を捧げようとするでしょう。何ならタイムスリップした現代人である私たちが、捕まって生贄として太陽に捧げられてしまうかもしれません。

では、どうすれば良いのか―――。

オカルトに勝つのは科学

じつは、オカルトに勝つのは科学です。

なぜ現代人である私たちが、「太陽に生贄を捧げようが捧げまいが、太陽の寿命とは関係ない」と考えているかといえば、それは私たちが科学を知っているからです。

彼らがこの「大いなる大地」だと思っているのは、太陽の周囲を公転している地球というちっぽけな惑星に過ぎず、そして「東から登ってきている光の塊」だと思っている太陽は、じつはその地球の約33万倍の質量を持っていて、その太陽は地球の活動と無関係に水素核融合反応を発生させています。

現在の科学だと、太陽は誕生してから46億年ほど経過しており、あと50億年ほど経過すると寿命が到来し、赤色巨星となり地球を呑み込んだあと、やがてはガスを放出し、太陽の残骸は白色矮星となって徐々に冷えていくと考えられています。

したがって、彼らが勝手に定めた周期(「52年ごと」、でしたっけ?)とは無関係にあと45億年程度は太陽は光を放ち続ける可能性が高く、したがって、で生贄を捧げようが、捧げまいが、太陽が活動を停止する可能性は非常に低いのです。

ただ、現代人だと、多くの場合、こうした事情を常識として知っています(※某国の場合だと大地はフラットで地球の周りを太陽が回っていると信じている人も根強く存在するようですが…)が、古代人にとっては初めて聞く話でしょう。

光の速さは一定、地球は丸い、永久機関は不可能

とくに、私たちが暮らしているこの大地が丸い、という点は、なかなか理解に苦しむ発想でしょう。

大地が丸いって?じゃぁ、反対側にいる人は落っこちちゃうじゃない!?

もちろん、この世にはそもそも万有引力というものがあって、私たちが大地に立っているのも地球から引力を受けているだけの話なのですが、こうした科学はときとして私たちの直感と明らかに反する真理を伝えています。

そういえば、質量をもつ物体は光速度(秒速約30万キロメートル)以上に加速することができず、光速度に近づけば近づくほど時間の流れ方が変化するという、いわゆる特殊相対性理論なども、反科学界隈からは「机上の空論だ」、などと嫌われている考えだと聞きます。

アインシュタインが提唱した相対性理論は、しかし、机上の空論などではなく、現実にカーナビなどにも利用されているGPSでは相対性理論(一般相対性理論と特殊相対性論)を織り込んでシステムが組まれており、現に今この瞬間も、世界中でこの理論の正しさが証明されているのです。

また、磁石を使った永久機関などがときどき提案され、こちらは詐欺商法によく利用されるようですが、これもエネルギー保存則などの物理法則に反するものです。オカルト界隈は永久機関ではなく、エネルギー保存則などの物理法則を目の敵にしているようですが…。

いずれにせよ、私たちが科学を学ばなければならない理由は簡単で、それは「直観に反する事実を理屈で理解すること」にあります。生贄を捧げなくても太陽は活動を続けますし、光の速さはいかなる慣性系から見ても変わりませんし、地球は丸く、永久機関を作ることはできません。これらは科学的真理なのです。

「平和憲法のおかげで戦争にならない」も同レベルのカルト

ところで、この「生贄を捧げた」⇒「太陽が活動し続けている」というレトリック、どこかで見おぼえがあると思いませんか?生贄を捧げたことを原因として、太陽の滅亡が先延ばしされるという結果が生まれる、というデタラメな因果関係です。

そう。それは、「憲法に戦争禁止と書き込んだ」⇒「戦争が発生していない」、です。憲法に戦争禁止条項を作ったことを原因として、戦争が発生していないという結果が生まれる、というデタラメな因果関係です。どこかの国だと未だにこれと同じレベルのことを信奉している集団がいるというのです。

しかも、どうもこの集団は、憲法に「戦争禁止」、「軍隊禁止」とでも書いておけば戦争が発生しないと思い込んでいるらしく、外国との安全保障条約があること、事実上の軍隊が存在していること―――などの事実は目に入らないようなのです。

しかも興味深いことに、この「憲法に書いとけば戦争にならない」病、あるいは「ケンポーキュージョー教」は、ほんの20年前まではかなり大きな力を持っていたのです。これに疑問を差し挟んだら、少し前までは論壇で袋叩きに遭うなど、激しい批判にさらされたからです。

これ、「生贄など捧げなくても太陽は死なない」と提唱したら神殿の神官らから袋叩きに遭うという古代王国の「太陽に生贄」論と、いったい何が違うのでしょうか。本質的には何も変わらないのではないでしょうか?

いずれにせよ、SNSの発達と普及は、「太陽生贄論」のような邪教を科学の光で退治するがごとく、「平和憲法論」の非科学性を浮き彫りにし始めたのではないかと思います。『衆院選はSNS時代本格化と護憲リベラル拒絶感の表れ』でも指摘したとおり、社会は間違いなく変わり始めました。

ケンポーキュージョー教も、ザイム真理教(財政再建原理主義)も、社会保険万能説も、科学的根拠を欠くカルト言説のようなものであり、証拠主義のSNS社会で生き延びて行けるはずもないのかもしれない、などと思う次第です。

※本稿ではちょっとあまりにもバカにし過ぎたかもしれません。謹んで、古代アステカ文明には、ケンポーキュージョー教と同列視してしまったことを、深くお詫び申し上げたいと思います。

本文は以上です。

金融評論家。フォロー自由。雑誌等の執筆依頼も受けています。 X(旧ツイッター) にて日々情報を発信中。 Amazon アソシエイトとして適格販売により収入を得ています。 著書①数字でみる「強い」日本経済 著書②韓国がなくても日本経済は問題ない

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読者コメント一覧

  1. はにわファクトリー より:

    中華人民共和国の「戦後秩序観」は絶望的に壊れており、彼らとは決して話が通じないことを、まず現実として認識しておかねばなりません。彼らは国共内戦をだらだら続けているだけです。

    そのうえで、中公文庫「日本再軍備 米軍軍事顧問団幕僚長の記録」を広くお勧めします。これはすごい読み物です。あとがき解説はこう述べています。「本書が六九年に出版されたときにも、さほど大きな反響を呼んだわけでなく、本書の内容についても半信半疑の読者が少なくなかったようである」

    フランク・コワルスキー陸軍幕僚長は、GHQ による日本占領統治にあって警察予備隊創設に尽力した重要人物です。当時の複雑な国内事情が活写されています。文体は生き生きしている。作り話でないかと思われて来たのは当然と思います。コワルスキー氏の Wiki は今ではかなり充実しています。

    アメリカは大戦中大日本帝国軍と交戦経験のない人材を選んで日本に配置しました。目的は統治だったからです。欧州勤務から配置換えされてきたのが彼のような人物で日本は幸運だったとしかいいようがありません。

    1. 匿名 より:

      彼らは国共内戦をだらだら続けているだけです。・・・本当にそうだ。

  2. 引きこもり中年 より:

    信仰は、科学を上回る。ただし、信仰を信仰と自覚しているなら例外になる。

  3. 匿名 より:

    戦前にも似たような信仰がありました。日本は神風が吹いて守ってくれると信じられていたわけですが、その神風がケンポーキュージョーに置き換わっただけですよね。
    ケンポーキュージョー教の人たちは戦争から何も学んでいないようです。

  4. 転勤族 より:

    日本には
    キリストの墓
    ピラミッド
    が存在する村があります。
    青森県三戸郡新郷村ってところなんですけどね。

    真面目な観光施設です。
    お近くにお寄りの際は是非とも。

    ちなみに「しんごう」村と読みますが、信号機は教育用に1つだけあります。

  5. 団塊の世代の現役親父 より:

    ブログ主様は、「この「憲法に書いとけば戦争にならない」病、あるいは「ケンポーキュージョー教」は、ほんの20年前まではかなり大きな力を持っていたのです。」と仰せですが、この病の重症患者が司法試験受験界のカリスマ講師として多数の司法試験受験生を洗脳しており、また、司法試験考査委員に就任していることに鑑みれば、「油断は禁物」と、言いたいです。

  6. 引っ掛かったオタク より:

    本筋逸れた盛大?な脱線デスが…
    既に歴史上の存在であるメソアメリカ文明の太陽信仰とその祭祀は“西洋文明を基軸とした現代社会の常識に照らせ”ば『未開人の土俗信仰』と評するあたりが妥当ではないかと…知らんけど
    “科学信仰”の下“非科学的な”モノ・コトが“『邪』となる”のは理解出来るモノノ、遠い?過去の既に“科学文明へと連なる側が攻め滅ぼした”かつて在ったモノ・コトに“科学的知見”を充てた結果評するコトバとして『邪』という表現はイササカ“科学的表現とは言い難い”と云ふ実感を覚えまス、ハイ
    て知らんけど

  7. Sky より:

    ピラミッドや地球とのアナロジー。ナルホドと思いました。
    大勢の中で異を唱える難しさ、信念、人の心にある常識を変えるには「大きなチカラ」が必要、ヒステリシスって辺りのワードを想起しました。
    特に難しいのは、地球の周りを太陽が回ってるっていう人にもその人なりの信念とかその人なりの常識とか世間体とか社会的地位とかある事。
    あまり言いたく無いのですが、所謂、理系文系という断層。人間社会にとって根が深い、解決が難しい問題だと思います。ひょっとしたらAIがメンターとしてその助けになるのかもしれませんが、AI=絶対神は怖いです。

  8. んん より:

    反証可能なのが科学であり
    反証不可能なのが宗教である
    という有名な説がありますね
    科学は新たな知見により常に更新されていく
    宗教は反論できない虚構の核がある
    むしろ理系にもあり得る信者の存在への警鐘でしょう

  9. 時代遅れse より:

    いつも思うのが、戦争をしたい日本人がどこにいるというのだろうか?
    「あなたは戦争をしたいと思いますか?」と世論調査をするまでもなく、ゼロとは言わないがゼロに限りなく近いだろう。
    議論のスタート地点が違うのだから、そりゃ話が合わないよなぁと思う。

    日本には放っておくと戦争をしたくてしょうがない人たちがいる、だから平和憲法があれば戦争を起こさない。
    隣国には放っておくと戦争をしたくてしょうがない人たちがいる、だから平和憲法では平和を守れない。

    世界を見渡して実例が山ほどあるから後者が国民的な同意事項になってきたというだけだろうと思う。
    前者をごり押ししようとする人たちは自分の中の抑えきれない力による現状変更欲求を平和憲法で抑えている、とでも言うのだろうか?

    1. KY より:

      9条ナイフマンは自己の暴れたいという願望を憲法9条で抑え切れなかったのですね。今は亡き某DV作家もその口だったのでしょう。

  10. 庭師 より:

    あの界隈にとっては日本国憲法は9条と99条しか無いですから

  11. 匿名 より:

    物事は様々に関係しあっているのに、なぜとか本当かとか思うことなくエコチェンされると無意識に概念自体を怖いと思うようになるらしい。キュージョーもテンノー、ジェータイも。教育界には自国を大切にするなとばかりな教師が多く、理想を語って現状をただ批判してキレイゴトを追求したいと姿勢を示せば評価された。そのなかで育った方々が中堅・重鎮として存在して、自分たちの思想は正義だと押し付けようとすることも多い。未だに学校の授業でも憲法、特に9条だけに授業時間を大幅に割いたり、何かしらのデモに参加したことや自分が無宗教であることを誇って生徒に話す教師たちもいる。無宗教だとしても、ある種の信仰に染まりきっていることに気付けない。冷静に様々な視点から考える10代が増えることを願う。

  12. DEEPBLUE より:

    ピラミッドはまだ公共事業としては一定の効果があったらしいですが、9条カルトとザイムカルトは文字通り有害無益ですからねえ。

  13. 元雑用係 より:

    >「平和憲法のおかげで戦争にならない」

    終戦直後の頃には真実と言えなくもなかったんでしょうが、その後の国際社会の環境変化に合わせてアップデートしなかったんですよね。80年間。
    もともと平和主義とか言い出した頃は、現実を踏まえて論理的に(科学的に)というよりは、世の中の雰囲気的には敗戦に対する懺悔の意味合いが色濃かったんではないかと想像します。少なくとも新聞はそう煽っていたようです。
    教条的でオカルト色を帯びるのには成立の過程に理由があったのかも知れません。マスコミ全盛時代の特有の産物であったのかもしれません。マスコミが力を持つと教条的でオカルト的になってしまうとすると、皮肉なもんですね。

    もう九条護持の護憲リベラルは大きな波を起こすことはさすがにもうないでしょうね。終了。
    選挙が終わってから、SNS上では左翼の論客各氏がいまだに政権や一般人への批判や誹謗中傷やデマ拡散を続けているのですが、正直酷すぎて見てられないです。

  14. 農民 より:

     左派の皆様方は、9条の”あの程度の”条文で効果があったというのならば、護憲派とか言って解釈運用に甘んじていないで、
    ・国際紛争の解決を永久に放棄する
    ・前項を達するため殺傷能力のある機器の保持は一切認めず、生存権もまた認めない
    ・外国軍との連携を禁ず
     といった、解釈変更も許さず誤解も一切産まない、「完璧なる究極至高の9条」へと改憲すべきです。しない理由がありません。きっと日本市民は両手を上げて賛成可決し、世界中から羨望尊敬の喝采があがり、一切の戦争が無くなることでしょうよ。

     無理でしょ?つまりそういうことです。

     かく言う私も9条はそれなりに評価していまして。平和で居られる環境に於いて、平和をじっくり味わうためには中々の効果があるのではないかと考えています。※平和で居る効能はございませんので、平和でいるための方策は別途お買い求めください。
     料理の金箔みたいなもんですかね。金箔じゃ腹は膨れないし無味無栄養なんですけど。きれいですよねー。

  15. 元日本共産党員名無し より:

    私の記憶の中では日共は、昔は(自衛隊は対米従属だからダメだけど)自主防衛の日本軍は必要、ぐらいの路線であったと記憶しております。それはいつぐらいかと言うと、おそらく1970年代(1980年より前)程度には日共の中で共通理解だったはずです。
    また「天皇制は政権奪取したらすぐに廃止」などと過激な事を言う事は無かったが、「時代が来たら天皇無しの共和政に」ぐらいの路線であったと思います。タイ王家やカンボジア、その他の事実が、国民統合の象徴と言えない人物がたまに代替りで継ぐ事もある、と言う感じです。
    これらの事は要するに「いずれ改憲」と言う認識が日共の中にはあったと言う事です。日共は1961年に綱領を改め(朝鮮戦争勃発と同時に過激化し、国民から遊離したのを軌道修正)たのでしたが、それ以降でもこの様に「改憲OK」でした。
    いつ頃1947年憲法絶対護持の路線にすり替えられたのか、不勉強な当方にはよくわからないのですが、多分21世紀に入ってからは日共は、まるで昔から護憲派でしたと言わんばかりにケンポーケンポー言う様になりました。自分としては、そのため人に日共の路線を宣伝する為に説明する時にこの護憲路線の説明は苦手でした。

  16. 元雑用係 より:

    「知の巨人」氏が「戦争」を知るためにお勧めする書籍だそうです。

    「戦争」がどういうものかを知るのに一番いいのは、戦争で死にかけて生き残った人の書いたものを読むのと、戦争に行く前に軍隊でどこまで人間の魂が破壊されるかを描いたものを読むことだと思います。お薦めは吉田満『戦艦大和ノ最期』、大岡昇平『俘虜記』、野間宏『真空地帯』、— 内田樹 (@levinassien) February 17, 2026

    80年前の戦争ばかりでは現代の戦争は理解できないでしょう。
    ISWのレポートとか読んだことないのかな?

    1. 農民 より:

       ”戦艦大和ノ最期”は小学生の頃に読みました。戦闘機プラモとか組んでた少年には興味の対象ど真ん中。今となっては詳細な内容までは覚えていないものの。轟沈に至る章では何度も”地獄絵図”の表現が用いられ、戦闘の惨状というものが克明に想起され、その点は今でも鮮明に印象付いています。
       ただ、子供心にすら、「戦争はしない方が良いのだろうな」とは思ったものの、戦争忌避が人類普遍の倫理だとか、絶対正義だとは思えませんでした。個人の悲哀には大変に心を打たれ、戦争経験者には畏敬の念を抱くものですが。むしろなぜ戦争をしなければならなくなるのか、また起こってしまって戦場に向かう人々の胸中を想像すれば、そう単純でないことくらいすぐにわかるからです。
       悲惨であればあるほど、それをおしてまで戦争を行うのはつまり、戦争(防衛であれば尚更)は凄まじい価値を有するということです。
       知の巨人氏あたりは、むしろそのへんの想像力が欠如して感じられます。挙げられた作品らは戦争のデメリットは知ることができるかもしれませんが、戦争そのものを理解し、分析し、活かし殺す事を探求するには、正直あまり資するとは思えません。”戦争にチャンスを与えよ”のルトワックとは対極的。
       知の巨人氏はじめ左派護憲派の方々は、「戦争がどういうものか」の理解を拒んでいるだけで、(当該書籍を薦めISW等を無視する)選り好んだ「知る」とやらは価値観を正当化する手段にしているだけです。靖国神社を否定することとも矛盾しますね。
       戦争が近づいていると思える現代に於いては足を引っ張る存在です。戦争をしないために、氏らを否定し、高市政権を支持するものです。

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