日本製鉄のポスコ全株式売却が象徴する日韓関係の未来
日本製鉄が韓国・ポスコの株式をすべて売却するそうです。時期は未定とされていますが、おそらくは市場動向をにらみながら、最終的には全株式を放出するのでしょう。ポスコ自体が日韓国交正常化の申し子のような会社であること、戦略的提携関係にも関わらず、日本製鉄の前身の新日鉄がポスコと訴訟沙汰になったことなどを踏まえると、両者の関係はさまざまな意味で日韓関係を象徴しています。さらに日本製鉄といえば自称元徴用工問題の被害企業であることも忘れてはなりません。
目次
日本製鉄がポスコの全株式を手放すと発表
日本製鉄株式会社は24日、韓国「ポスコホールディングス株式会社」の株式をすべて売却すると発表しました。
ポスコホールディングス株式会社株式の売却について
―――2024/09/24付 日本製鉄株式会社ウェブサイトより
同社の発表内容の要旨は、次の通りです。
- 当社はこれまで、2000年8月の戦略的提携契約と2006年10月の株式相互追加取得契約などを通じ、提携関係を構築し、さまざまな分野で成果を挙げており、今年8月には戦略的提携契約を更新し、今後もカーボンニュートラル、半製品の相互供給、技術交流など両社共通の課題に取り組んでいく
- こうした戦略的提携関係を継続する一方、資産圧縮による資本効率向上を目的とし、当社が保有するポスコHDの全株式(2,894,712株)を売却することにした。売却時期は市場動向を見極めたうえで判断する
- 当社はポスコ株式の売却を行うものの、今後とも同社との提携施策を推進し、さらなる成果の発揮に取り組む所存。
- 2025年3月期の損益への影響は、個別財務諸表については現時点で未確定であり、連結財務諸表はIFRSベースであるため、当該事象による当期利益への影響はない
日本製鉄はさまざまな会社と提携しているが…
この報道発表文から見える日本製鉄の行動、いかにも日本企業的です。
いきなり関係を完全に断ち切るのではなく、まずは包括的業務提携そのものを継続したうえで、出資関係だけを解消する、というやり方は、ある意味では非常に賢明です。業務提携契約が残っていても、出資関係が消滅すれば、それだけで投資リスクをかなり圧縮できるからです。
ちなみに『日本製鉄ファクトブック2023』によると、同社は昨年までの時点で、ポスコ以外に国内だと神戸製鋼所、海外だとブラジルのウジミナス、欧州のアルセロール・ミタル、バローレック、台湾の中國鋼鐵などとの提携を行っていました。
また、(米政権の動向にもよりますが)日本製鉄は現在、USスチールの買収を試みているなど、常にアライアンスを組み替えながら、最大の成果を挙げようとしていることは間違いありません。
こうしたなかで、日本製鉄がなぜ、ポスコの全株式を売却すると決断したのか、その「ホンネ」の部分については、私たち部外者にはうかがい知れない部分ではあります。
ポスコは日韓国交正常化が生んだ…さまざまな意味で日韓関係を象徴
この点についてはいちおう、表向きは「資産効率の向上」というもっともらしい理屈が付けられていますが、歴史的経緯に照らしてみれば、そもそもポスコという企業自体が、1965年の日韓国交正常化と日韓請求権協定によって誕生したようなものである、という点を忘れてはなりません。
というのも、ポスコの前身の浦項総合製鉄株式会社は1968年に韓国政府が主体となって設立したもので、日韓請求権協定に基づく有償・無償の支援5億ドルの一部を流用する形で建設され、しかも日本企業が多く技術協力を行ったからです。
また、日本製鉄の前身である新日鐵はポスコとの間で、技術流出などで訴訟沙汰になったことがあります。
日本製鉄ウェブサイトに残る『POSCO等に対する訴訟の提起について』などによると、新日鐵を退職した技術者が「方向性電磁鋼板」に関する技術をポスコに流出させたとして、新日鐵側がポスコと同社の日本法人、元技術者らを提訴。
2015年にはポスコから新日鉄に300億円の和解金を支払うなどを条件に、新日鐵は日米韓3ヵ国で提起していた訴訟をすべて取り下げています。
つまり、ポスコ自体が日韓正常化を契機に誕生したような会社であること、戦略的提携関係にあったとはいえ、新日鐵/日本製鉄とポスコとの関係は一筋縄では行かなかったこと、そして「資産圧縮による資本効率改善」をお題目に出資関係を終了することが、日韓関係の現状を象徴しているようにも思えてなりません。
そして、日本製鉄という会社名で忘れてはならないのは、自称元徴用工問題でしょう。
自称元徴用工問題とはもちろん、「戦時中に日帝により強制徴用された」と自称する者たちが、(確たる証拠もなしに)日本企業を韓国の裁判所で提訴し、一部では日本企業敗訴の判決も出ているという問題のことです。
日本製鉄は3件の訴訟で賠償を命じられた
これについてはつい先日の『韓国紙が「コップの水」理論で日本企業に追加出資要求』で取り上げたとおり、現時点までに韓国の最高裁にあたる「大法院」の確定判決が出ている事例が12件あり、うち1社には、裁判所への供託金を没収されるなどの実害も生じています。
被害企業の状況は図表の通りですが、このうち日本製鉄は2018年10月30日、23年12月21日、24年1月11日の合計3件で、韓国側から敗訴を言い渡されています。
図表 自称元徴用工訴訟の違法な大法院判決の被害企業一覧
時点 | 被害企業 | 訴訟件数 |
2018年10月30日 | 日本製鉄 | 1件 |
2018年11月29日 | 三菱重工業 | 2件 |
2023年12月21日 | 日本製鉄 | 1件 |
2023年12月21日 | 三菱重工業 | 1件 |
2023年12月28日 | 三菱重工業 | 2件 |
2023年12月28日 | 日立造船 | 1件 |
2024年1月11日 | 日本製鉄 | 1件 |
2024年1月25日 | 不二越 | 3件 |
合計 | 12件 |
(【出所】報道等。なお、2018年10月30日の被害企業については、当時の社名は「新日鐵住金」)
ちなみに日本製鉄がポスコとの間で設立した合弁会社であるPNR社に関しては、現在、自称元徴用工らの手によって株式が差し押さえられている状態であるはずです。したがって、この状態が継続している限り、日本製鉄がPNR社から投資持分をすべて引き上げようとしても、それを実行に移すことはできません。
差し押さえられている部分については動かすことができないからです(『非上場株式の売却、「法治国家では」とても難しい』等参照)。
ただ、日本製鉄がポスコの株式の売却に踏み切ると決断した背景には、正直、自称元徴用工問題を含めた韓国の法的な不安定さもあったのではないでしょうか?
というよりも、PNR社の株式程度ならば差し押さえられても日本製鉄の経営の屋台骨が揺らぐことはありませんが、さすがにポスコ株を差し押さえられようものなら、日本製鉄の経営陣に対し、株主代表訴訟が起こされる可能性もゼロではありません。
それならば、まずはリーガル・リスクが高い国の企業との資本関係を整理するというのは筋が通った行動でもあるはずです。
このあたり、韓国では文在寅(ぶん・ざいいん)政権時代に、ずいぶんとメチャクチャな判決が多く出ましたが、それらの判決が韓国という国自体の国際的信頼性をいまだに傷つけている可能性は濃厚です。
日韓の出資関係はこれから薄まるのか?それとも…
また、尹錫悦(いん・しゃくえつ)政権時代になり、「韓国は国際的な約束を守れるようになった」、「ずいぶんとマトモになった」、などと考える人も多くいますが、著者自身はこうした考え方には同意しません。
そもそも国際的な約束を守るのは先進国・法治国家にとっては常識レベルであり、その「常識レベル」のことができるようになったからといって、それを「評価できる」、というのもおかしなはなしです。
さらに、先ほどの図表を眺めていただきたいのですが、12件の判決のうち、9件は、尹錫悦政権下で韓国側が自称元徴用工問題の「解決策」を打ち出したあとの2023年12月以降に出ているのです。異常判決を出すのを止めない韓国に対し、「マトモな国になった」、もなにもありません。
いずれにせよ、日本製鉄がいかなる理由でポスコの株式を手放す決断をしたのか、あるいは(表向きの理由である)「資産圧縮による資本効率改善」以外に何らかの理由があるのかどうかに関しては、現時点では憶測の域を出ません。
ただ、今回の株式売却の完了により、「ニッポン株式会社」にとってはますます韓国に対する投資残高が減ることになります。
日韓両国は隣国同士でありながら、じつは投資関係は薄く、財務省・日銀の統計によれば、2023年末時点で日本企業の韓国への直接投資残高は5兆4849億円で、これは日本の対外直接投資全体(288兆8913億円)の1.90%に過ぎません。
さらに国際与信統計(日本集計分)によれば、邦銀による韓国への対外与信は2024年6月時点で463億ドル(7兆4416億円)で、邦銀の対外与信4兆9706億ドル(799兆6763億円)の0.93%と、1%未満に過ぎないのです(『邦銀の国際与信は「香港向け」と「韓国向け」が急減中』等参照)。
このように考えていくと、日韓はそもそも隣国同士なのに、「カネ」(投融資など)を通じた関係が非常に薄い、という点に、大きな特徴があることがわかります。
そして、「ニッポン株式会社」にとって、韓国との関係がこれから再び深まるのか、それともますます薄まっていくのかについては、第一義的には韓国が国際的な約束を守るかどうか、あるいは韓国で法の適正な執行が期待できるかどうかにかかっていると思うのですが、いかがでしょうか?
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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