新聞は「社会の木鐸」で「権力の監視役」。政府がちゃんと仕事をしないならば、新聞記者が勇気をもって提言し、報道の力で世の中を変えていべきだく――。もしかしたら、そんな勘違いをしている人の典型例は、新聞記者そのものなのかもしれない。そんなことを考えてしまいます。例の「パラシュート投下」発言で知られるとある新聞の女性記者が9日、今度は自衛隊員のパラシュート降下に言及し、それを実戦投入しなかったことで、「救える命が救えなかったんじゃないですか」と言い放ったのです。
2024/01/10 08:00追記
記事カテゴリーを訂正しました。内容については変更ありません。
目次
「なぜ被災地にパラシュート投下をしないのか」
先週の『例の記者「孤立集落へパラシュート投下は可能と思う」』でも取り上げたとおり、とある新聞の女性記者の方が林芳正・内閣官房長官の5日付の記者会見の場に出現し、「質問」と称して延々述べた持論のなかに、孤立している集落への空中からの物資の投下というものが含まれていました。
「珠洲市で713名もの方が孤立しているという報道を見ていると、水も食べ物も足りていないという声も聞こえてくる。パラシュート投下みたいなことは、輸送機を使えば積極的にできると思うが、こういった地域に(そのようなことが)できているのか」。
彼女の述べる「パラシュート投下」が、いわゆる空中投下ないし物料投下などと呼ばれる行為(物資にパラシュートを付けて空中から地上に投下する行為)を指しているのだとしたら、そして彼女がもし、本気でこれをおっしゃっているのだとしたら、なかなかに信じられない話でもあります。
(※なお、本稿においては外部リンクを参照している都合上、「空中投下」、「物料投下」という用語が混在していますが、どうかご容赦ください。)
『乗りものニュース』に見る物料投下の難しさ
これについてはいくつかのウェブページがあり、日本における物料投下の訓練の様子に関しては『乗りものニュース』に昨年7月19日付で掲載された次の記事が参考になるだろう、という点については、先日も当ウェブサイトにて紹介したとおりです。
お届け時間は“秒指定”OKって!? 空自の宅配便「物料投下」のスゴ技 C-2輸送機からそんなものまで落とすとは!
―――2023.07.19付 乗りものニュースより
詳しい内容についてはリンク先記事を読んでいただきたいと思いますが、要するに、これはこれは飛行場のない場所や、滑走路が使用不能であるなどの場合に講じられる手段ではあるものの、「できる条件が限られている」とする記事です。
日本の航空自衛隊だとC2輸送機に加え、C1、C130輸送機なども「物料投下」に対応していますが、「パラシュートが付いているとはいえ重量物を空中から落とすのですから、安全を確保するために、地上には誰も立ち入らない広い空間が必要となります」、とあります。
今回の被災地である能登半島の「孤立集落」において、この条件を満たしている場所がどの程度あるのかは不明です。
国連WFPによると空中投下のコストはトラック輸送の7倍
これに加えて本稿でもうひとつ紹介しておきたいページが、国連WFP(U.N. World Food Programme)のウェブサイトに2021年7月14日付で掲載された、こんな記事です。
人道的空中投下:希望の光
―――2021.07.14付 国連WFPより
先ほどの『乗りものニュース』の記事にあった「物料投下」と、こちらのWFPの記事中の「空中投下」は、おそらく同じ意味でしょう。
記事タイトルには、「空中投下」は「希望の光」、とあり、このタイトルだけを読むと、「空中投下は素晴らしい」、とする記事であるかのように勘違いするかもしれませんが、記事の趣旨は、そうではありません。リード文にはこんな記述があるからです。
「空中投下は危険で、地上輸送の7倍もの費用がかかるうえに、一回あたりの輸送量に限りがあります。それでもなお、食料を供給する最終手段として国連WFPが空中投下を行う背景を探ります」。
WFPのサイトを要約すると、この空中投下は紛争、過酷な気象条件、インフラの不整備といった事情で、どうしても援助の手が届かない場所に食料を支援する際、ほかの効果的な選択肢がないときに限って実施されるものです。
ただ、空中投下による着地時の激しい衝撃に耐えるため、空中投下される物資は頑丈に梱包され、ひとつひとつの袋はミシンを用いて6重に補強されるほか、強風や砂嵐など気象条件では正確な空中投下に支障をきたすため、気象データの分析と現地職員からの報告を照合し検証する必要があります。
しかも、投下場所は「開けていて見通しがよく、できるだけ平らで空から確認しやすい場所である」必要があるとされ、投下する高度によって、小さいものではサッカーのフィールドくらいの広さから、「大きいものでは1,000メートルから1,500メートル四方の広さを要する」とされています。
空中投下は危険かつ非効率
これらの情報を総合すると、この女性記者がいう「パラシュート投下」には、いくつもの課題が存在することがわかります。
- 空中投下はトラック輸送と比べてコストが7倍である
- 空中投下は非常に危険である
- 空中投下をする際には衝撃に耐え得るよう、物資を厳重に梱包する必要がある
- 空中投下には最低でもサッカー場程度の人が立ち入らない平地が必要である
- 空中投下は気象条件次第では実施できないこともある
- 空中投下は運搬できる物資の量も限られている
…。
すなわち、物料投下ないし空中投下と呼ばれる手法は、ほかにどうしても手段がない場合に講じられる「最終手段」であり、非効率であるのに加えて危険であり、地形的にそれを実施することが難しい地点も多いと考えられるのです。
これに加え、能登半島の地形はただでさえ海岸線や山地などが入り組んでいて、集落によっては「見通しが良く人が立ち入らない地点」なども少ないと考えられます。
言い換えれば、貴重な平野部は市街化などが進んでいて、もしも下手に空中投下を実施し、民家や商業物件などにぶつかれば、それは間違いなくそれらの物件に何らかの損害をもたらします。
たとえば300メートルの「低空(?)」から重量100㎏の物体を投下したら、大変な運動エネルギーを持っていますので、たとえパラシュートで減速していたにしても、落下地点を間違えれば爆弾を投下するような破壊力を伴います。
しかも、現在のような冬季だと天候が良好な状況は限られ、風向き次第ではとんでもない地点に落下するかもしれないことから、失敗したときの二次災害のコストは計り知れません。
以上より、物資搬入は普通にヘリでピストン輸送した方がはるかに効率的ではないでしょうか。
今度は空挺部隊「救える命が救えなかったんじゃないですか」
もっとも、それでは納得がいかないのか、それとも単純にまったく勉強していないのかは存じ上げませんが、同じ記者の方が9日も林氏の会見場に姿を現したようです。
令和6年1月9日(火)午前
―――2024/01/09付 首相官邸HPより
該当する箇所は、動画の19:02以降で視聴することができ、質問(というかこの女性記者の演説会)は3分半途切れることなく行われたことが確認できます。
この記者の方は、7日に千葉県習志野駐屯地で陸自が実施したヘリコプターによる降下訓練が行われているとしたうえで、こんな趣旨のことを述べているのです(聞き取りながら音写したのでところどころ不正確かもしれない点についてはご容赦ください)。
「こういった陸上自衛隊のまさにこういう時にこそまさに官部とかですね、あの道路が陥没しててもパラシュートを含めて降下できるような第一空挺団のような規模のものをなぜ早く3日以内に派遣をしなかったのか。こんなパラシュート訓練をしてる間に救える命が救えなかったんじゃないですか」。
なかなかの言い様です。
この記者はこれに加えて相も変わらず「物資のパラシュート投下」などと言い続けているようですが、正直、ちょっとあんまりです。
当たり前の話ですが、空挺部隊の降下訓練は習志野駐屯地という広大な(?)場所で定期的に行われているものであり、物料投下と同様、地形が入り組んでいる能登半島でおいそれと実施できるような代物ではありません。
なぜメディアは彼女の質問を取り上げないのか
正直、この女性記者の方が空中投下ないし物料投下と呼ばれるオペレーションに詳しいとも思えない(平たくいえば「素人」っぽい)のですが、ただ、それ以上に驚くことは、既存メディアの多くが、この記者の素人っぽい質問内容をほとんどろくに取り上げようとしないことでしょう。
当ウェブサイトでは何度となく指摘してきたとおり、新聞、テレビを中心とするオールドメディア業界は、他業界に対してはやたら高圧的かつ舌鋒鋭く批判するわりに、身内に対しては極めて甘いという特徴があります。
たとえば、海保機との衝突・全損という大事故を発生させたにも関わらず、乗客・乗員全員を短時間で脱出させたJALに対し、新聞記者がやたら偉そうに「御社の信頼に関わる」などと迫った件については、先日の『新聞記者、JALに対し「御社の信頼に関わる」と糾弾』でも紹介したとおりです。
しかし、JALは1985年8月のジャンボ機墜落事件を風化しないよう、社を挙げて語り継いでいるのに対し、「御社の信頼に関わる」などと迫った人物が所属している新聞社は、過去にシャレにならないレベルの捏造報道事件をいくつも発生させている社でもあります。
あまり厳しいことは言いたくないのですが、年初の『「新聞がなくなったら社会に莫大な利益」とする考え方』などでも取り上げた新聞部数激減などの話題についても、「今の新聞業界を見ていると仕方がないよね」、「むしろ新聞がなくなった方が社会に利益があるよね」、などと思う人がいても仕方がない気がします。
新聞は廃れ、公開情報を並べたサイトが増える
新聞は「社会の木鐸」で「権力の監視役」。政府がちゃんと仕事をしないならば、新聞記者が勇気をもって提言し、報道の力で世の中を変えていべきだく――。
もしかしたら、そんな勘違いをしている人の典型例は、新聞記者そのものなのかもしれません。
ただ、非常に残念なことに、それは壮大な勘違いであり、幻想です。
すでに社会のインターネット化はかなり進み、現に会計士を自称する怪しげなウェブ評論家が、こうやって首相官邸のウェブサイトに直接アクセスし、文字起こししたうえで外部ウェブサイトの情報をいくつかつなげた文章を作っているわけです。
もちろん、本稿にどの程度の説得力があるのかを決めるのは、この文章を読んだあなたです。あなたがここに記された内容ではなく、くだんの新聞記者の発言の方が信頼できると思うのならば、ウェブ主自身にはそれを止める権利はありません。
しかし、当ウェブサイトと似たような検証は、べつに当ウェブサイトだけの特権ではありません。少なくとも本稿で紹介した外部リンクについては(現時点では)一般に広く公開され、誰でも簡単に入手できるものばかりだからです。
本稿をお読みになった皆さまも、もしご興味があれば、是非ともやってみてください。
そして、これからの時代は新聞が廃れ、「誰でも簡単に入手できる客観的事実」を並べただけのサイトがもっと増えていくのではないかと思いますし、そのようなサイトに大きな付加価値が生じる時代が到来するとは、何とも面白いことだと思う次第です。
View Comments (39)
>こんなパラシュート訓練をしてる間に救える命が救えなかったんじゃないですか
アニメのGATEで、女性議員が伊丹さんたちの行動を追求するシーンを思い出したのです♪
実は第三期に向けた壮大な前振りだったりして・・・
不謹慎な想像でしたm(_ _)m
七味さん
残念なのは林官房長官が「あなた~ おばかさ~ん?」って言ってくれないことですね。
まあそれはそれで気持ち悪いですがw
(。・д・)ノ「皆さんは勘違いをされています」
F6F様
返信ありがとなのです♪
それはそうと、おバカさん~って、言いたくても実際には言えないセリフですよね♪♪
第三期分くらいは漫画が進んでるので作ってほしいですよね。
sey g様
期待してるのです♪
毎日の更新お疲れ様です。やはりマスゴミは自己陶酔の傾向が見られますね。空輸や空中投下なんて米軍みたいなコスト度外視できる組織しか出来ません。自衛隊が所有するパラシュート数を調べていれば使い捨てに等しい空中投下なんて数回で終わりです。ましてや空挺降下なんて披補給対象が増加ですよ。
「報道機関の所有するヘリにも物資運搬の協力をお願いします」
「いえ、我々は被災地の方々に困っていただかないと仕事になりませんので」
BBCが被災地報道をして、それを視て、一部の有識者が批判し、一部ネットが賞賛していましたが、これは、外からマスゴミ村の被災地報道の掟を無視する黒船がきて、それによって比較対象ができたことを批判しているのではないでしょうか。
読者雑談専用記事通常版 2024/01/09(火)
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毎度、ばかばかしいお話しを。
例の記者;「どうして岸田総理は、地震をとめなかったのか」
ありそうだな。
地震を憲法で禁止せよ!
これぐらい言ってもらわないとw
阪神淡路大震災のとき、東京キー局が制作していたワイドショーで、コメンテーターがアホなことを言っていたのを思い出す。
「神戸には海があるんだから、フェリーを停泊させて、被災者にはそこに避難してもらえばいいじゃない。」
今なら間違いなく炎上する発言だけど、当時はまだインターネットが普及していなかった。
それ、実際に行われたことですね。
http://www.kobe-ship.com/topic.html
岡目八目、という言葉がある。
ど素人が、プロの仕事に厚顔無恥を曝け出し乍ら口を出す事、を言うのだろう。
ある分野に精通しその仕事の芯に到達したプロは、「仕事」とは何かを知っているので、他人の仕事には簡単に口出ししない。
この記者?に限らず、日本のマスゴミ界隈の人種は、凡ゆる分野に於いて、自分達が、その分野のプロよりもその仕事に精通していると、思っているらしい。
この記者?など、災害対応本部長や政府の災害対応のプロよりも、自分の方が「高度」な「現実的」かつ「実効的」な対応判断ができると思っているらしい。そして、現場の指揮官は、無知で臨機応変な対応が出来ない素人だと思っているらしい。
日本のマスゴミさま達は、何でもお見通しのスーパー知能をお持ちらしい。
ここから分かることは、日本のマスゴミさま達は、マスコミという分野に於いても全くプロではないということ、永遠のど素人だということ。「素人は強い、素人は強心臓」とも言われるが、本当は、「知らないことは、とても恐ろしい」こと。然し乍ら、ど素人はその恐ろしさも知らない、究極のど素人が日本のマスゴミ界隈の人種達、ではないのか?
早く、オールドメディア、消滅してくれないと、日本本体まで危うくなる。
パラシュートよりはまだドローンでの輸送の方が実現できそうな気はしたが…調べるとまだ実験段階で投入は難しいようね。残念。
個人的にはパラグライダーあたりのほうがあり得そうに思います。2人乗りできるということは50キロくらいの荷物は運べて道路や運動場くらいには降りられるでしょう。
着いた後、飛び立てないかもしれないけど。
>岡目八目、という言葉がある。
岡目八目は、全く逆の意味でした。冒頭の一行は、削除します。
コメントの主旨は変わりせん。
>質問は3分半
バスケのように30秒ルールを設けたらいいのに。
>彼女の質問をとり上げないのか
エセ論説シリーズの新作を期待してしまう。
>ただ、それ以上に驚くことは、既存メディアの多くが、この記者の素人っぽい質問内容をほとんどろくに取り上げようとしないことでしょう。
彼女の言動は「突拍子すぎて取り上げようがない」のではないでしょうか?
斜め上から投下され、明後日の方向に飛んでゆく落下傘の如くですね・・。
*さすがに、同類とは思われたくないのでしょう。
落下傘というか、どっかで迷惑な巻き添えを出すだけの風船爆弾って感じですね……誰もキャッチしたがらないでしょう。
こんな質問をして足を引っ張っている間に救えた命が救えなかったんじゃないですか。
大地震(阪神淡路、東日本、そして前回の能登半島地震等)ごとの自衛隊関係の記述・手記を眺めると、大地震を感知した瞬間に各地の基地や司令部が行動を始めるということがうかがい知れます。例えば阪神地方で大地震らしい、という時点で「福岡師団はすぐに準備せよ、しかし熊本や沖縄は防衛の都合上動かすのは不適切。首都防衛は動かせないし、北海道は機甲部隊中心なので除外……中部からは出せる、でも遠い師団に先に連絡を」といった判断を即座にしたそう。
出動要請・出動命令が無ければ"正式な出動"はできませんが、要請・命令があってから準備を始めなければならないなどという理屈もありません。というかそんなんしてたら間に合いません。そして中には事が済んだら自分の首を差し出すからという違法スレスレな現場判断や越権行為も見られます。おかげで"多くの救えた命が救えた"事例もあるでしょう。阪神淡路での呉や各護衛艦の判断や、東日本での各陸自、あるいは米軍に於いてもなんとか法の範囲でそれぞれが最良最速の判断をした話が残っている。
そんな自衛隊(しかも第一空挺団?)を捕まえて、災害を無視して行事を優先したかのような言い草を、普段はやれ自衛隊は違憲だの暴走が不安だの解体しろだの米軍は出ていけだのと喚き散らかし、自衛隊や米軍の初動を躊躇わせる原因を創り出しているだけの連中の一人が、「こんな」扱いとはね……物料投下からさらに恥を上塗りしただけです。