年間訪日者数は2千万人台回復も…素直に喜べない理由

観光業は典型的な労働集約産業:日本は製造業・金融業大国

年間訪日客数が、ついに11月までで2000万人を突破しました。日本政府が昨年10月に外国人観光客の受入をほぼ正常化して以来、まずは順調に回復しています。ただ、この訪日客の伸びを素直に喜んで良いものでしょうか。これについては観光業が典型的な労働集約産業であることを思い出しておく必要があるかもしれません。

急回復する訪日者数

「200万人超」は6ヵ月連続!

驚いたことに、「6ヵ月連続して200万人の大台超え」となりました。

日本政府観光局(JNTO)が20日に公表した『訪日外客統計』によると、2023年11月に日本を訪れた外国人の総数は2,440,800人だったそうです。すなわち訪日外国人は今年6月に200万人の大台を超えて以来、じつに6ヵ月連続で「200万人台突破」です。

日本政府は昨年10月に外国人観光客の受入を(条件付きで)正常化したのですが、それ以来、訪日外国人数は順調に回復しています。

図表1は2018年11月以降の6年分の訪日外国人数(月次データ)をグラフ化したものですが、2020年に関しては4月以降ほぼ近くで推移し、2022年10月に回復し始めて以来、ここまで順調に訪日外国人が増えていることがわかります。

図表1 訪日外国人データ(月次)

(【出所】JNTOデータをもとに作成)

また、この訪日者数は、今から4年前、すなわちコロナ禍直前の2019年11月の2,441,274人と比較しても、ほぼ遜色ない水準です。数字「だけ」で見たら、インバウンド需要はほぼコロナ前に戻ったと考えて良いでしょう。

訪日客トップは中国人ではなく韓国人

もっとも、事情はそこまで単純ではありません。

コロナ前後で比較すると、訪日外国人のトップに大きな違いが生じています。2023年11月と2019年11月の国籍別訪日者数を比較すると、

図表2 訪日外国人(2023年1月vs2019年11月)
2023年11月2019年11月増減
1位:韓国649,900205,042+444,858
2位:台湾403,500392,102+11,398
3位:中国258,300750,951▲492,651
4位:香港200,400199,702+698
5位:米国184,800148,993+35,807
6位:タイ114,100140,265▲26,165
7位:シンガポール86,10065,295+20,805
8位:フィリピン63,70064,763▲1,063
9位:豪州59,60048,327+11,273
10位:マレーシア51,40064,987▲13,587
その他369,000360,847+8,153
総数2,440,8002,441,274▲474

(【出所】JNTOデータをもとに作成)

ここで「増減」欄に着目していただくとわかりますが、2019年11月と比べ、韓国人が約45万人増えた反面で中国人が約49万人減っています。すなわち、2019年と2023年を比較すると、中国人と韓国人が入れ替わったのを除けば、ほかはあまり大きく変動していない、という言い方もできるかもしれません。

(ただし、米国やシンガポール、台湾、豪州などが増える一方、東南アジア諸国からの訪日客が減っているなどの細かい変動もありますが、この点の詳細は割愛します。)

今年は11月までですでに2000万人台回復

また、今年1月から11月までの累計値を2019年の同期間と比較すると、やはり中国人訪日客の減少が目立ちます(図表3)。

図表3 訪日外国人(2023年1月~11月vs2019年1月~11月)
2023年1月~11月2019年1月~11月増減
1位:韓国6,175,7675,336,638+839,129
2位:台湾3,802,8794,542,333▲739,454
3位:中国2,112,5698,884,160▲6,771,591
4位:香港1,863,2782,041,150▲177,872
5位:米国1,862,7521,579,363+283,389
6位:タイ869,7701,154,041▲284,271
7位:フィリピン543,143531,572+11,571
8位:ベトナム536,820464,445+72,375
9位:豪州523,605549,118▲25,513
10位:シンガポール477,604391,876+85,728
その他3,563,8353,880,966▲317,131
総数22,332,02229,355,662▲7,023,640

(【出所】JNTOデータをもとに作成)

累計値で比較すると、今年の訪日外国人は現時点ですでに2000万人を超えていることがわかります。

とはいえ、さすがに今年前半はまだ本調子ではなかったことを踏まえると、2019年と比べれば訪日外国人は700万人ほど少ないのですが、もしも中国人訪日客が2019年並みに戻っていたと仮定したら、現時点で2019年の累計を超えていた可能性がある、ということです。

いずれにせよ、2023年の訪日客については、2019年にはトップを占めていた中国人については団体観光客が戻って来ていないこと、および2019年に「ノージャパン」が吹き荒れ、激減していた韓国人訪日客が、ノージャパンはどこへやら、現時点でほぼ元通りになっていること、という2点で説明がつきそうです。

産業構造と観光業

日本人が外国に行かなくなった!?

さて、こうしたなか、中国人観光客について述べる以前に、もうひとつ話題として取り上げておきたいのが、インバウンド(外国人訪日客)とアウトバウンド(日本人出国者)の対比です(図表4)。

図表4 インバウンドvsアウトバウンド

(【出所】JNTO、出入国在留管理庁データをもとに作成)

アウトバウンド(出国日本人、A)を下側に、インバウンド(訪日外国人、B)を上側に、その差分(B-A)を赤線で、それぞれ表現しています。

これでわかるとおり、インバウンドとアウトバウンドの差は、過去最大水準にあります。

これは、「外国人が日本を訪れるようになった」という要因もありますが、むしろ「日本人が外国に行かなくなった」という側面もあるのではないでしょうか。

円安+諸外国の物価高も原因か

では、その背景とは、いったいなにでしょうか。

これについては円安と諸外国における物価高で、だいたい説明がつくのではないか、というのが著者自身の現時点の仮説です。

とくに民主党政権時代前後は円が1ドル=100円を割り込むなどの円高が続いており、これに加えて諸外国の物価水準も現在ほどは高くなかったなどの事情もあってか、日本人にとって海外旅行のハードルは現在ほどは高くありませんでした。

しかし、1ドル=140円を超える円安が常態化しているのに加え、コロナ明け・ウクライナ戦争などの要因も重なったためか、諸外国でも物価水準の上昇が認められ、国によっては円建ての滞在費用が2010年代と比べて2~3倍に膨らんでいる、というケースもあるようです。

実際、法務省データによると出国日本人は2023年11月時点で1,027,110人だそうであり、これはコロナ禍以前の平均値(毎月140~150万人程度)と比べてずいぶんと低い水準です。

いずれにせよ、日本人が以前ほど頻繁には海外に出掛けなくなっているという証拠でしょう。

客単価上昇と地方観光推進は正しいが…

さて、JNTOの報道発表には、こんな趣旨の記載があります。

個人観光再開から1年が経過し、訪⽇外客数は堅調に回復をしているところ、今後も、『持続可能な観光』『消費額拡大』『地方誘客促進』の実現に向け、市場動向を綿密に分析しながら、訪⽇旅⾏プロモーションに取り組んでいく」。

いかにも役所らしい、いったい何が言いたいのかよくわからない表現ですが(とりわけ「持続可能な観光」は意味不明です)、要するに「一部の観光地に偏っている訪日外国人を地方にもばらけさせる」、「客単価の高い国からの観光客誘致」を目指す、という方針だと考えればわかりやすいでしょうか。

この点、インバウンド観光に関しては、図表2や図表3で確認したとおり、中国人入国者数が戻っていないことが、2019年と比べて日本のインバウンド数がいまひとつ十分に戻っているとは言い難い要因であることは間違いありません。

こうしたなかで、ともすれば、「中国人団体観光客をどうやって元通りにすべきか」を議論しそうになりがちですが、これは設問として正しいのでしょうか。

中国人団体客が回復していないことを「歓迎」する観光業界

むしろ、中国人団体観光客が日本のインバウンド産業にとってどのような意味があったのか、冷静に検証すべきかもしれません。

以前の『ホテル業界が「中国人団体観光客は不要」に転じた理由』でも紹介したとおり、ホテル業では現在、部屋の清掃やベッドメイキングなどのスタッフが恒常的に不足しており、中には客室の稼働率を100%に高めることが難しい事例もあるようです。

とりわけ、今年8月に福島第一原発のALPS処理水の海洋放出が始まって以降、中国人の団体客の訪日旅行キャンセルが相次いだ、などの報道もありましたが、一部メディアはこれについて、こう説明しています。

意外にも、ホテル側の受け止めはいたって冷静だ。『受け入れ態勢ができていないので、いま中国人団体観光客に来られても困る』と、名門ホテルの幹部は胸をなでおろす。他のホテルも異口同音に『中国人客のキャンセルなどによる影響はほとんどない』と語る」(2023/09/23 06:00付 東洋経済オンライン『ホテルが「中国人団体客はいらない」と言い切る訳/「処理水問題」よりも深刻な宿泊施設のある事』)。

このあたり、有効求人倍率が全国的に常に1倍を超過している状態が続いている(図表5)なかで、人手不足が早期に解消するとは考え辛いところです。

図表5 有効求人倍率

(【出所】政府統計の総合窓口『一般職業紹介状況(職業安定業務統計)』データをもとに作成)

観光業は典型的な労働集約産業

このように考えていくと、むしろ日本のインバウンド産業にとっての正しい処方箋とは、(「持続可能な観光」という意味不明な文言は脇に置くとして)意外とJNTOが述べているとおり、「地方観光の開発」、「客単価の上昇」にあるのかもしれません。

もう少し平たく言えば、「人数目標ありき」ではなく、質の高い観光を開発していく必要がある、ということです。

これについて考えるうえでひとつの視点が、観光業が典型的な労働集約産業であるという点にあるのかもしれません。

当ウェブサイトではこれまで何度となく指摘してきたとおり、外国人観光客が日本国内に落とすカネは、年間で5兆円前後という水準であり、これは日本のGDPの1%弱に相当します。

しかし、日本の輸出額は2022年実績で98兆1250億円であり、このうち「機械類及び輸送用機器」、「原料別製品」、「化学製品」の3品目だけで78兆9149億円と、全体の80%を占めています。

また、輸出入以外にも、日本は現在、巨額の経常収支黒字を稼いでいますが(図表6)、こうした経常収支黒字は所得収支によって押し上げられているという側面があります。所得収支といえば投資活動であり、これを担っているのは製造業に加え、金融業です。

図表6 経常収支(2023年については9月まで)

(【出所】財務省『国際収支の推移』サイトの『6s-1-4  国際収支総括表【月次】』データを基に作成。なお、2023年に関しては9月までのデータ)

これに対し、インバウンド観光客が現在の2倍になり、客単価も1.5倍になったとすれば、観光業が稼ぐ外貨は年間15兆円程度に増えますが、それでも自動車やその関連製品の輸出高とやっと等しくなる程度に過ぎません。

そして、日本は生産年齢人口がこれから減っていくと想定されます。

このことから、「外貨を稼ぐ」という目的だけを見るならば、日本は人的資本を湯水のように消費するインバウンド産業よりも、むしろ現時点で巨額の輸出を稼いでいる製造業(自動車、半導体、化学薬品、鉄鋼など)や所得収支を稼いでいる金融業、あるいはIT・ソフトウェア産業などに人材を投入する方が、国家戦略としては遥かに賢明でしょう。

産業振興は効率的に

くどいようですが、著者自身は観光産業自体を振興することを否定するつもりはありませんが、それを国家の基幹産業に位置付けることについては懐疑的です。

先ほども指摘したとおり、そもそも外国人が日本国内で消費する金額は年間5兆円少々ですが、それよりも2023年9月末時点で758兆円にも達する対外証券投資の運用を効率化し、年利3%を達成するだけで、23兆円もの収益が得られる計算です。

年利5%を目指せば40兆円弱(!)で、製造業の輸出額の半額近くを金融所得で叩き出すことも、現在の日本にとっては夢ではないのです。

また、観光業の売上が少々増える可能性もあるかもしれませんが、先ほども指摘したとおり、さすがに今後の数年で10倍、20倍に増えるとも考え辛いところです。

もちろん、観光業などを振興すること自体は悪い話ではありませんが、正直、現在の日本の産業構造に照らし、これらの労働集約産業が日本の産業の根幹を担い得ると考えるにも、やはり無理があるのではないか、などと思う次第です。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. さより より:

    >産業振興は効率的に

    観光業・訪日観光客の話から、この結論を導き出すのは、流石です。
    観光客の増加で日本政府は舞い上がっているのかどうか分かりませんが、訪日観光客の75%は、アジアからであり、中韓の比率も高い。それらの客は客単が低いです。
    観光客が増えていると言っても、安近短で選ばれている感があります。
    安近短でやって来る大量の騒がしい客達の為に、国内は大騒乱で、ゴミ箱を増やせという、観光振興団体の理事までいるらしいですね。
    こんな国内を騒がしくする客単の低い客達の為に、国内の労働力を割くのは、やはり、産業構造的に効率が悪いです。
    観光目的の入国には、特定の入国料を徴収するなどして、客単の低い観光客を少なくする方策が必要ですね。
    そうしないと、観光地が客単の低いアジアからの観光客で騒がしければ、欧米豪の優良観光客が、日本観光を避けるようになるかもしれないです。
    又、日本は個人資産が多いようだから、これからは、金融資産に稼がせるという方向へ産業の視点を変えて行くことも、あり、かもしれません。
    その為には、日本人に損をさせない国際金融商品の開発など、金融証券業界の奮闘が必要でしょう。

    1. 世相マンボウ* より:

      入国税導入に賛成で待ったなしだと思います。
      イベントでもアミューズメント施設でも
      安全と満足度維持のため入場制限をするものです。

      さよりさまおっしゃるように、
      1位になるほどたくさん来日しても
      マナーが悪く金払いも少なくて
      帰国後も、嘘捏造で謝罪と賠償ねだる自国に
      批判の声も挙げない人がほとんどの国の人で
      観光地が混雑してしまい、
      はるばる遠くから来て日本を好きな国の方が
      楽しめない今の構成は問題です。
      本来、あまり来てほしくない近くて来やすい国には、
      反日加算とか距離に応じて逆累進加算を
      してもいいぐらいですが、ただ、
      公平な一律入国税だけでも目的に叶うと思います。

      それは、一律定額の入国税でも
      一人当たり支出費用が、欧州豪州より
      1/3程度しかない1位の国は、
      日本に来るまでの航空運賃合わせて
      割高に感じてもらえるので、
      自動セーブ機能として効果をあげると思います。

      入国税は比較的高額にして、目的は
      『訪日観光環境の充実』とともに、
      日本をよく知ってもらう周知活動として
      『日本固有の領土竹島のアピールなど』に使う
      ということを明らかにすれば、
      さらなる効果を得られると考えます。
      また、韓流政党である立憲民主党などは、
      屁理屈捏ねて大反対するでしょうから(笑)
      彼らの隠している立ち位置を炙り出すのにも
      有効です。(^^)/

  2. 簿記3級 より:

    奈良や北海道など観光地として有名なところは自前で観光学が学べる遠月学園のような大学があると業界にとってよいのではないでしょうか。

    ちなみに韓国人観光客に対しては、
    彼らは2.3日の短い滞在日数で行いことは「日本食を楽しむこと」「日本酒を飲むこと」に関心が際立って高く、逆に歴史や伝統文化の体験、神社、仏閣には興味があまり高くないそうです。
    また彼らは生粋のビルマニアであり高いビルを見るとそれを自国のビルの高さと比較し、勝ち誇ったり嘆いたりするほどビルを愛しています。韓国人観光客の誘致際はビルは必要不可欠であると言えるでしょう。
    また食事に関してもキムチを数日摂取しなければ精神状態が極めて不安定になるそうです。朝のビッフェにはキムチ食べ放題のコーナーが喜ばれることだと思います。

  3. はるちゃん より:

    日本政府の役割は、外国からの観光客を増やす目的を、金儲けでは無く日本の歴史や文化を理解し親近感を持ってもらうという政策の旗振り役になる事です。
    金儲けを優先するから、数や単価ばかりが意識されるのではないでしょうか?
    中国や隣の半島の国の人たちは日本に親近感を持つことは無さそうですので、今後成長が期待されるASEAN諸国の人たちが増えると良いと思います。

  4. ぬい より:

    中国にも流行語大賞のようなものがあって、「特殊兵式旅行」というのが今年は流行ったらしい。お金をかけずに沢山の場所を強行日程で回る様子が特殊部隊の隊員のようだからという。

    メディアの皆さんがやたら推奨&期待している中国人インバウンドで、そんな切り詰め旅行者ばかりが押し掛けて来たらどうなっちゃうんですかね。

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