世界銀行が年1回公表する国際債務統計(IDS)の最新版が、日本時間の昨夜までに更新されました。今回公表されたのは2022年時点のデータです。これによると「低・中所得国」に対する国際与信総額は8兆9659億ドルで、その4分の1超に相当する、最も多くカネを借りている国は中国でした。発展途上国の顔と資金援助国の顔をうまく使い分けている格好です。もっとも、債権国側として見たときの中国の与信額は1823億ドルに過ぎません。これを、どう見るべきでしょうか。
目次
CBSの限界
国際決済銀行(BIS)のCBS
当ウェブサイトで少なくとも3ヵ月に1度以上の頻度で取り上げている話題が、『国際与信統計』(Consolidated banking statistics, CBS)です。
これは、国際的な資金の詳細な流れを集計した、非常に有益な統計データであり、「報告国」の中央銀行などが国際決済銀行(BIS)に自国の数値を報告し、これをBISが取りまとめて四半期に1度、公表しているものです。
最新データについては『日本は8年連続で「世界最大の債権国」=BISデータ』でも説明したとおり、世界の2023年6月末時点の国際与信総額は「最終リスクベース」で31兆5924億ドルに達しており、債権国側から見たら日本が32四半期連続でトップです(図表1)。
図表1 全世界向け与信・上位10ヵ国(最終リスクベース、2023年6月末時点)
ランク(債権国側) | 金額 | 構成割合 |
1位:日本 | 4兆6459億ドル | 14.71% |
2位:米国 | 4兆4368億ドル | 14.04% |
3位:英国 | 4兆3992億ドル | 13.92% |
4位:フランス | 3兆4671億ドル | 10.97% |
5位:カナダ | 2兆6283億ドル | 8.32% |
6位:スペイン | 2兆1603億ドル | 6.84% |
7位:ドイツ | 1兆8009億ドル | 5.70% |
8位:オランダ | 1兆5313億ドル | 4.85% |
9位:スイス | 9956億ドル | 3.15% |
10位:イタリア | 9846億ドル | 3.12% |
その他 | 4兆5424億ドル | 14.38% |
報告国合計 | 31兆5924億ドル | 100.00% |
(【出所】The Bank for International Settlements, Consolidated banking statistics)
CBSだと中国からの与信を見ることができない
これで見ると、日本、米国、英国、フランス、カナダといったG7諸国、あるいはスペイン、オランダ、スイスなどの欧州諸国が国際与信の債権国の上位を占めていることがわかります。
ただし、この図表1を見て、こう思った方もいらっしゃるかもしれません。
「なぜ、中国が債権国に挙がってこないのか」。
その理由は簡単で、このBISデータは、BISにデータを報告している国のものしか出てこないからです。
現時点の「報告国」は31ヵ国とされ(※「報告国」でありながらデータを提出していない国・地域もあります)、中国はこの31ヵ国に含まれていないのです。同じく経済発展著しいとされるインド、ブラジル、軍事大国とされるロシアなども、「報告国」ではありません。
したがって、報告国から漏れている国が巨額の対外与信を行っていたとしても、その金額はこの統計には出てこない、というわけです。
また、この統計はあくまでも民間金融機関が取っているリスクを集計したものであり、国際開発銀行(世銀やアジア開発銀行、IBRD、EBRD、米州開発銀行など)が貸している金額については、統計では明らかになりません。
債務国の把握自体は可能
もっとも、この統計の優れている点は、債務国側からも統計を取ることができる、という点にあります(図表2)。
図表2 全報告国の対外与信相手国・上位10ヵ国(最終リスクベース、2023年6月末時点)
ランク(債務国側) | 金額 | 構成割合 |
1位:米国 | 8兆0921億ドル | 25.61% |
2位:英国 | 2兆2635億ドル | 7.16% |
3位:ドイツ | 1兆7773億ドル | 5.63% |
4位:フランス | 1兆5204億ドル | 4.81% |
5位:ケイマン諸島 | 1兆4875億ドル | 4.71% |
6位:日本 | 1兆1963億ドル | 3.79% |
7位:香港 | 8893億ドル | 2.81% |
8位:中国 | 8333億ドル | 2.64% |
9位:イタリア | 8254億ドル | 2.61% |
10位:ルクセンブルク | 7590億ドル | 2.40% |
その他 | 11兆9484億ドル | 37.82% |
合計 | 31兆5924億ドル | 100.00% |
(【出所】The Bank for International Settlements, Consolidated banking statistics)
そして、こちらの債務国側から見たランキングでは、ケイマン諸島、香港、中国などの姿を確認することができます。中国は「自国がどの国におカネを貸しているか」というデータをBISに報告していませんが、先進国などは「わが国から中国にいくらおカネを貸している」というデータを提出しているからです。
したがって、不完全ながらも、国際金融の世界における中国などの存在感を、このCBSによって垣間見ることはできる、というわけです。
いずれにせよ、このCBSは四半期に1度という頻度で公表されていること、当ウェブサイトで紹介している以外にもさまざまなデータが取れることなど、非常に有用性が高い統計ではあるのですが、それと同時に中国など新興国からの資金や、国際組織からの資金の流れがよく見えないという欠点があるのです。
世銀IDSレビュー
CBSの欠点補う世銀のIDS
こうしたなか、世界銀行が公表している『国際債務統計』(International Debt Statistics, IDS)という統計があります。
このIDS、公表される頻度が年1回と非常に少ないのですが、先進国などを除く「低・中所得国」(※ただし、世界のすべての国ではありません)の対外債務額などに関するデータを取ることができるため、これはこれで大変に有益です。
しかも、BISのCBSと異なり、「貸し手」には中国などの新興国が含まれているほか、世銀、IMF、アジア開発銀行、欧州連合といった国際機関・国際組織からの資金の流れも収録されているため、なかなかに便利です。
債務国ランキング20ヵ国
先ほどの図表1(債権国側)、図表2(債務国側)に倣い、このIDSを、債務者、債権者双方から見ていきます。まずは全世界の「低・中所得国」に対する債務額ランキングを、少し多いのですが、上位20ヵ国列挙してみましょう(図表3)。
図表3 債務国ランキング(債権国:世界合計、2022年)
債務国 | 金額 | 構成割合 |
低・中所得国合計 | 8兆9659億ドル | 100.00% |
1位:中国 | 2兆3887億ドル | 26.64% |
2位:インド | 6169億ドル | 6.88% |
3位:メキシコ | 6004億ドル | 6.70% |
4位:ブラジル | 5786億ドル | 6.45% |
5位:トルコ | 4587億ドル | 5.12% |
6位:インドネシア | 3960億ドル | 4.42% |
7位:ロシア | 3761億ドル | 4.19% |
8位:アルゼンチン | 2477億ドル | 2.76% |
9位:タイ | 1921億ドル | 2.14% |
10位:コロンビア | 1841億ドル | 2.05% |
11位:南アフリカ | 1721億ドル | 1.92% |
12位:エジプト | 1631億ドル | 1.82% |
13位:カザフスタン | 1617億ドル | 1.80% |
14位:ベトナム | 1466億ドル | 1.63% |
15位:ウクライナ | 1396億ドル | 1.56% |
16位:パキスタン | 1269億ドル | 1.42% |
17位:フィリピン | 1112億ドル | 1.24% |
18位:ナイジェリア | 983億ドル | 1.10% |
19位:バングラデシュ | 970億ドル | 1.08% |
20位:ペルー | 881億ドル | 0.98% |
(【出所】THE WORLD BANK, International Debt Statsitics データをもとに作成)
中国は相変わらず世界最大の債務国
これによると2022年末時点で「低・中所得国」が世界から借りているおカネは合計で8兆9659億ドルであり、そのうち4分の1以上に相当する2兆3887億ドルを中国が借りていることがわかります。つまり、債務者側のランキングでは、トップは意外なことに中国だ、ということです。
図表2で見るBISのCBSだと、中国が外国金融機関から借りている額は8333億ドルですが、これはあくまでも先進国金融機関のみからの借入です。その一方、図表3に示したものは、おそらくはODA枠などでの借入金などが中心です。
すなわち、「途上国枠」で見れば、中国が依然として世界最大の「借り手」であることがわかります。
発展途上国の顔と「貸し手」の顔を使い分ける、中国らしい行動といえますし、いい加減、国際社会もそろそろ中国を「発展途上国」扱いするのは控えた方が良いのではないか、という気がします。
また、2位以降はインド、メキシコ、ブラジル、トルコ、インドネシア、ロシア、アルゼンチン、と、「G20諸国」が続き、9位にタイ、10位にコロンビアがランクインしています(ただし、ウクライナ戦争の影響でしょうか、ロシアの借入額は472②億ドルだった2021年と対比して20%以上落ち込んでいます)。
貸し手は国際機関などが中心
一方で、これら「低・中所得国」に対する債権者ランキングを並べてみると、図表4の通りです。
図表4 債権者ランキング(債務者:低・中所得国合計、2022年)
債権者 | 金額 | 構成割合 |
世界合計 | 8兆9659億ドル | 100.00% |
1位:その他のマルチプル・レンダー | 4兆4682億ドル | 49.84% |
2位:債券保有者 | 2兆2536億ドル | 25.14% |
3位:国際通貨基金 | 4084億ドル | 4.56% |
4位:マルチプル・レンダー | 2568億ドル | 2.86% |
5位:世銀・IBRD | 2242億ドル | 2.50% |
6位:世銀・IDA | 1836億ドル | 2.05% |
7位:中国 | 1823億ドル | 2.03% |
8位:アジア開発銀行 | 1384億ドル | 1.54% |
9位:日本 | 1217億ドル | 1.36% |
10位:米州開発銀行 | 946億ドル | 1.06% |
11位:オランダ | 743億ドル | 0.83% |
12位:フランス | 477億ドル | 0.53% |
13位:アフリカ開発銀行 | 434億ドル | 0.48% |
14位:ドイツ | 411億ドル | 0.46% |
15位:米国 | 358億ドル | 0.40% |
16位:欧州投資銀行 | 342億ドル | 0.38% |
17位:ロシア | 289億ドル | 0.32% |
18位:英国 | 287億ドル | 0.32% |
19位:UAE | 216億ドル | 0.24% |
20位:アンデス開発公社 | 207億ドル | 0.23% |
(【出所】THE WORLD BANK, International Debt Statsitics データをもとに作成)
図表4の合計額の8兆9659億ドルが、図表3のそれと一致しているのは、同じ統計を債権者側から見ているからです。
1位の「その他のマルチプル・レンダー(Other Multiple Lenders)」、4位の「マルチプル・レンダー(Multiple Lenders)」の違いはよくわかりませんが、一般に「マルチプル・レンダー」は複数の貸し手によるローンを意味します(我が国の場合も「協調融資」や「シンジケーテッド・ローン」などの仕組みがあります)。
また、2位の「債券保有者」は、公募債券の形で資金調達を行っていることを指しているのでしょう。公募債券は一般に債券が市場で転々流通するため、債権者が常に変動する、という性質があります。
CBSの場合はあくまでも「債権者側」からの統計であるため、債券の形で投融資を実行していたとしても、その与信相手の最終リスクの所在国で「どの国に対する与信か」を把握することができますが、世銀IDSの場合はおそらく「債務者側」からの統計であるため、それを把握することができない、ということなのでしょう。
また、3位、5位、6位、8位はそれぞれIMF、世銀グループの国際復興開発銀行(IBRD)、国際開発協会(IDA)、アジア開発銀行(ADB)がランクインしており、その間を縫うように、7位に中国が、9位に日本が、それぞれ姿を見せています。
「融資1兆円」とされる一帯一路金融の実情
ただ、中国の低・中所得国全体に対する与信は1823億ドルで、正直、「意外と少ない」と思った人も多いのではないでしょうか。中国が誇る「一帯一路金融」の総額は1兆ドルだ、などといわれていますが、少なくともIDSで判明する与信額はその6分の1程度に過ぎない、ということだからです。
ただ、それにしてもさすがに1823億ドルと1兆ドルだと、差があり過ぎます。
このことから、中国の対外与信はこの世銀のIDSでも補足し切れていない部分があと8000億ドル程度存在するのか、または、中国の一帯一路金融の規模が1兆ドルであるとする主張自体がウソであるか、そのどちらかの可能性を疑っておくべきなのかもしれません。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
なお、このIDS、アルゼンチンやインド、ロシアなどについても調べてみると興味深い事実が浮かび上がったりしますので、これについてはまた機会を見て、別稿にて触れていこうと思う次第です。
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目次の3番目で、「融資1兆円」は、返ってこない「融資1兆ドル」ですね。
この融資で中国にとって、価値のある抵当があればよいのですが?
日本はかなりお人好し
GDPが抜かれたのが2010年
円借款は2007年
無償資金協力も大部分が06年に終了
完全に終了が2021年度末
参考
https://www.nippon.com/ja/in-depth/d00828/
https://www.newsweekjapan.jp/tokyoeye/2022/05/oda.php
https://www.sankei.com/article/20190104-V3HYAGB2V5IZTGKRBH553P2WMI/
わりと知られた話ですが、日本は東海道新幹線の建設費を世界銀行から借り入れしていたんですよね。
完済したのはバブルの頃の1990年だったそうですが、それを聞いた当時はそんな借金はとっくに返済済みなのだと思ったものです。
世界銀行としても日本への融資は優良プロジェクトで実績アピールにもなるし、計画通りにチマチマ返済することを望んだ、なんて話も聞きました。
世銀の日本への融資総額は(たった)8億ドルだったそうです。中国のそれはわかりませんが恐らく桁違いなのでしょう。
今や世界の秩序に挑戦し、国際法廷の判決を「紙切れ」と言ってしまうような大国化した中国ですが、世界銀行にとって実績をアピールできる優良貸出先となるのでしょうかね。
世銀:日本が世界銀行から貸出を受けた31のプロジェクト
https://www.worldbank.org/ja/country/japan/brief/31-projects
世銀:鉄道技術の粋を集めた「夢の超特急」プロジェクト
https://www.worldbank.org/ja/country/japan/brief/31-projects-shinkansen
>当時の技師たちが世界銀行から学んだことは、その後の新幹線事業を含むあらゆるプロジェクトに生かされています。
だそうですよ。(笑)
新幹線構想は戦前の弾丸列車構想の引き継ぎ、とは誰でも知っていること。
>https://ja.m.wikipedia.org/wiki/弾丸列車
世銀さんが、プロジェクトの専門家とは知らなかった。そんなに世銀が優秀なら、世銀融資は全て成功、完済されるはずだが。
世銀が教えるべきは、プロジェクトのやり方ではなくて、金の返し方、完済の仕方だろう。その辺りは、日本から学んだ方が良かったのにね。世銀、学習能力が無い?
プロジェクトの進め方なんて事よりも、金が返せるようにコントロールする力を付けた方が良いだろう。
まさか、国際機関等から低利で借りたカネ、高利で途上国に貸し付けてるのが、「債務の罠」の実態なんじゃ?